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旧作 作者:hayashi

シーズン2 第1章「再会」

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標的

前話までのあらすじ。
リサは『特戦部隊のヒロイン』としてマスコミから祭り上げられ、世間ではちょっとした有名人になってしまった。けど、最近は取り上げられることもなく、世間から忘れ去られたかに思えたが……
 その日、セイヤは残業があった。
「明日の朝食用のパンと卵、切らしちゃって……買い物しないといけないから、先に行くね」とリサは、セイヤとは別々に帰途についた。その時に治安局の周りで張っていたらしい『おっかけ』に後をつけられてしまったようだ。

 駅近くのスーパーに立ち寄り、リサが買い物を終えた時はもう夜9時だった。
 一昔前ならともかく、治安が悪化している昨今、この時間帯での女性の一人歩きは危険とされていた。セイヤに連絡をして、待ち合わせして帰ろうとも考えたけど「こんなことも一人で切り抜けられないなんて、治安部隊の人間としてなさけない」と思ってしまい、そのまま自宅へ向かった。

 途中、タクシーが見つかれば拾いたかったが、こういう時に限って拾えない。セイヤからも「タクシーで帰るように」と言われていたけど仕方ない。
 人通りのある道を選んで行ったが、旧市街にある住宅地周辺はそうはいかず、路行く人は少なくなり、閑散としてきた。この分では誰もいない道を通ることになるかもしれない。
 ……でも、あれから尾行されている感じはなくなった。撒いた、とリサは判断した。

「もう大丈夫そうね」
 小高い丘にある自宅へ向かった。眼下にある賑やかな街並みを背に、家々の隙間を縫うような坂道を上る。そこを上り切るとわりと真っ直ぐな道に出る。外灯が照らすその道には誰もいなかった。我が家まであともう少し。リサは足早に行く。

 と、そのリサの目の前に、横の公園の植え込みの陰からいきなり3人の男が飛び出してきた。
 とっさにリサは買い物したものを足元に置いた。カバンは持ち去られると困るので、しっかり握る。
 男らに取り囲まれ、そのうちの1人に「リサさんですよね。ファンです」と腕をつかまれそうになり、その手を振り払った。今度は後ろから手が伸びてきたが、肘鉄砲で防ぐ。
 「触らないでください」
 ……私の体に触れることができるのはセイヤだけなんだから……リサは3人を睨みつける。

 また1人がしつこく「握手してください」とリサに手を伸ばしてくる。
 その時、誰かが走ってくる足音が響いてきた。3人の男たちもその足音の方向へ顔を向ける。
 恐ろしい形相をしたセイヤが全速力で駆けつけてきたと思ったら、リサの手をつかんでいた男を乱暴に引き離した。

 男は悲鳴をあげ、派手に転んだ。
 セイヤは、リサと残りの男2人の間に立ちはだかり、身構える。
 が、転んだ男が「痛い、痛い」と騒ぎ出し、セイヤを前にした2人の男らも「警察と救急車を!」と大声で叫ぶ。その間に、どこからともなく人が集まってきた。


 その後、セイヤとリサは治安局の警察捜査隊に事情聴取された。
 相手は「握手を求めただけなのに、いきなり暴行された」と訴えており、現場を目撃したという第三者も同じようなことを証言しているという。
「見も知らぬ男らに囲まれ、無理やりに手をつかまれました。そこに駆けつけた夫がその手を引き離そうとしただけです」
 リサはそう説明した。

 結局、暴行罪にまでは至らず、セイヤは相手の男性に謝罪するだけですんだが、この件が週刊誌で話題になってしまった。
 ――『あの特戦部隊ヒロイン・リサの夫が暴力行為』『ヒロイン様、図にのってませんか』という見出しで――その記事の内容は「握手を求めたファンに暴行」「ちょっと手が触れただけで大激怒」「ヒロイン様、自意識過剰」というものだった。
 セイヤとリサ側の主張は無視し、相手の男たちの主張のみが取り上げられた偏った記事で、匿名の第三者によるいい加減な証言が並べられていた。誰かが写真を撮っていたらしく、一緒に載せられた写真は、いかにもセイヤが暴力を振るい、男性を転倒させた感じの画になっていた。

 テレビや新聞では話題にならなかったが、世間の評判を気にするファン隊長から二人は注意を受けた。
「手を払った勢いで相手が転んだので、暴行というのはあまりに大げさです。それに相手はわざと派手に転んだように見えました」
 隊長に呼び出されたセイヤとリサはそう釈明した。

「ま、三流週刊誌はあることないこと書きたてるからな。それでもリサ、キミは世間に注目されている身なのだから気をつけたまえ」
「はい……」
 ここはおとなしく引き下がるしかなかったが、隊長の次の言葉にリサは耳を疑った。
「キミは宣伝向けに採用したんだから、マスコミに叩かれるようなことはするなよ」

「え? 私は射撃の素質を買われて採用されたのでは?」
 思わずリサは問うてしまった。たしか特戦部隊に配属された時、ファン隊長は「射撃の素質を買った」と言ってくれたのだ。だから射撃の腕を伸ばそうと今までも人一倍訓練に励んできた。

 しかし、ファン隊長はそんなリサをあざ笑うかのように言い放った。
「リサ、本当にそう思っていたのか……いや、失礼。実は……キミは華奢でひ弱そうで、マスコミ受けしそうなカワイイ女だから採用したんだ。世間は弱者ががんばっている姿に感動するからな」

「……」
 リサは言葉を失った。
 隣にいるセイヤは視線を下に向けた。やはり、リサを特戦部隊に採用したのはそういうことだったか、と冷めた思いだった。

 さらにファンはリサに止めを刺すよう、こう締めくくった。
「キミは今、特戦部隊という男社会の中で健気にがんばる『かよわきヒロイン』だ。そのヒロイン像を壊すようなことだけはするな。それがキミの仕事だ」

 セイヤとリサは隊長室を後にした。
 リサは表情をなくしていた。セイヤはどう言葉をかけていいか分からなかった。けど、これでリサが仕事に嫌気がさして、やめてくれるんならそれはそれでいい、と考えていた。

「……仕事、やめてもいいんだぞ?」
 セイヤの遠慮がちな問いに、リサは即座に答える。
「やめない。絶対に負けない。ファン隊長を見返してやる」

 そうだ、リサはこういう女なんだよな……これで、ますます仕事に燃えるんだろうな、とセイヤはため息をついてしまった。

 それからのリサはさらに射撃訓練に励んだ。
 ……思えば、あの発電所立てこもり事件の時も、逃走する犯人に一発も当てることができなかった……そうだ、射撃の素質を買われたなんてウソだということが、何で分からなかったんだろう。隊長にバカにされて当然だ……リサは悔しさを撃ち込むようにトリガーを引いた。的を外せば、さらに悔しさが募った。

 一方、セイヤは週刊誌に対して不信感を募らせていた。
「最初から、はめられた感じがする」
 そう、ネタを作るために仕掛けられたのでは、と思っていた。

 そんなセイヤに、ジャンは「大変だったな」と声をかけてきた。
「ま、三流週刊誌の記事だから、まともに受け取る人は少ない。気にするな。そのうち誰も話題にしなくなる」
 そう言うと元気づけるようにセイヤの肩を軽く叩いた。

 しかし、その同じ週刊誌の次の号では――『あの特戦部隊ヒロイン様の夫の黒い過去』というタイトルで、セイヤが10歳の頃に起こした木刀殴打事件のことが記事になっていた。

 木刀殴打事件――
 セイヤが未成年養護施設に送られた当時、いじめの標的にされ、様々な嫌がらせを受けていたのだが――そこで大切にしていた両親の写真にいたずら描きをされ、ついにセイヤは切れ、いじめっ子に立ち向かった。しかし、いじめっ子らのリーダーはセイヤより3つ年上で体も大きく、あっけなく返り討ちに合ってしまい……その時、いじめっ子たちに体を押さえつけられ、そのリーダーに油性のペンで恥部をいたずら描きされるという屈辱を受けたのだ。
 その後、セイヤは木刀を持って、いじめっ子リーダーの不意をつき、めった打ちにし、報復した。いじめっ子リーダーは入院するほどの大怪我を負った。

 だが週刊誌では、セイヤが酷いいじめにあっていたことには一切触れず、相手を木刀でめった打ちをしたことだけが取り上げられ、セイヤの暴力性を強調していた。まるでセイヤの人格に問題があるかのような書き方だった。

 そして、さらに1週間後――『特戦部隊の暴力性』と銘打った記事が掲載された。
 その記事では、改めてセイヤが子どもの時に起こした木刀殴打事件を振り返りながら、今回の『公園際での暴行事件』を取り上げ、セイヤを危険人物と決めつけ「こういった問題人物に街の治安を任せられるのか」「こんな暴力隊員がいる特戦部隊は大丈夫なのか」という主旨で、まとめ上げられていた。

 ――週刊誌の標的はリサからセイヤに移った――

 するとテレビや新聞でも「特戦部隊は専門的に戦闘訓練されるから、隊員はますます暴力的になるのでは?」「隊員の人間性を暴力的にする『特戦部隊=殺人部隊』はいらない。社会の害悪になりかねない」と、セイヤ個人を標的にすることはなかったが、特戦部隊を批判するような論調が出てくるようになった。 

 またもやセイヤは、隊長室に呼び出され「週刊誌に書かれている内容は事実なのか」と問いただされた。

 それに対し「記事の内容は脚色がされている。自分はしつこい嫌がらせにあっていてたが、今までにない酷い虐めを受けたので、堪忍袋の緒が切れて報復した」とセイヤは説明した。

 ファン隊長は机の上で手を組み、ため息をついた。
「まあ、子ども時代のことだし、多少ヤンチャしたことがあるのは仕方ないと私も個人的には思う。ただ、世間はこういったことを面白おかしく取り上げるからな。君がリサの夫だと世間に知られてしまった以上、何かあれば世間に注目されてしまうようだから、これからは気をつけるように」
 そう注意して、セイヤを席に戻らせた。

「お前ら、本当に大変だな」
 昼休みに入り、ジャンも気の毒そうにセイヤとリサを交互に見やり、声をかけてきた。

 この件で、ジャンや特戦部隊の面々は同情的だったが、治安局のほかの部署ではセイヤとリサを冷ややかに見る者も少なくはなかった。「目立つことするなよ」「ただでさえ治安部隊は世間から悪く思われているのに、いい迷惑だ」と吐き捨てられたり、「さすがヒロイン様、評判落としまくり」「バカップル以下だよな」と皮肉を言われ、治安部隊の問題人物として厄介者扱いされていた。

「ま、オレは慣れてますから」
 セイヤは冷やかに応えた。
 ……勝手に『不戦の民』と持ち上げ、それにふさわしくない行動をとれば、叩き落として非難した先生たちと同様……学校も世間も似たようなものだ。そんな底意地悪い世間の関心がリサから自分に移ったことで、リサが守られるんなら、それでいい……

「オレは分かってくれる仲間や家族がいてくれれば、周りが何を言おうと気にならないです」
 弁当の包みを開けながら、セイヤは無表情に答えた。

 ちなみに弁当は、リサが余裕のある時に作っている。卵焼きと昨晩の夕食の残りの炊き込みご飯と野菜の煮物と肉団子が入っていた。夕飯の残り物がほとんどとはいえ、ちゃんと栄養バランスが考えられている。
 ……健康を気遣いながら、自分に弁当を用意してくれる家族がいる、それだけで十分だ。

「うん、私も『ヒロイン』でも『悪人』でも、どうぞお好きなようにって感じ」
 リサも卵焼きを頬張りながら冷笑した。
 ……ただ、セイヤがあんな形で週刊誌の標的になるのは、あまりに理不尽に思えた。

「それにしてもよ、セイヤがいじめられっ子だったとはな。意外だな~」
 ジャンは、セイヤやリサがそれほど落ち込んだ様子がなかったので、いつもの調子に戻り、売店で買っていたカツサンドを口に押し込んだ。

 週刊誌にこの話題が取り上げられてしまった時に、セイヤはジャンとリサには『木刀事件』の詳細を話しておいた。たしかに木刀で相手を殴り続けたのはやり過ぎたかもしれないが、当時の自分にしてみれば、あれくらいの仕返しは当然だと思っていた。自分はそれだけのことをされたのだ。

「セイヤが子どもの時に起こしたことまで嗅ぎつけて、セイヤのみ悪人に仕立て上げ……善人面してあることないこと書き立てる正義のメディア様には反吐が出るわ」
 リサの辛らつなつぶやきを、ジャンが引き継いだ。
「おお、言うね~、リサちん。ま、それが人間社会ってもんなのかもな。誰かを悪者にして叩くって気持ちいいんだろうよ。実害がないうちは適当にやりすごそうぜ」

 3人は乾いた笑いを放った。
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