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旧作 作者:hayashi

シーズン1 断章

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逆鱗

 セイヤの逆鱗に触れたいじめっ子リーダーは大怪我を負い、入院した。

 先生たちは、暴力をふるったセイヤを厳しく処罰しようとした。
 今まで散々『不戦の民の子孫』であるセイヤを持ち上げ、セイヤを利用してきた平和主義者の先生たちにしてみれば、ほかの子どもたちに示しがつかず、セイヤの行為は許せなかっただろう。

 ――セイヤは先生たちの顔に泥を塗ったのだ。

 けど、セイヤは、大人たちがよく遣う言葉を駆使しながら正当防衛を主張する。
「先に仕掛けたのは相手のほうだ」「一番大切な両親の写真を悪意でもって汚し、また恥部へのいたずらという人間の尊厳を傷つける犯罪に等しい行為をした」と訴えた。
 そして「体の小さな自分は不意打ちを狙い、武器を持って戦うしかなかった」「話し合いが無意味なことは、いじめが繰り返されたことから見ても明らかなはず」「最後に残された手段は徹底的な報復だった」として、決して謝ろうとはしなかった。

 その時、私は思った。心の底では別に反省などしなくていいのだから、とりあえず形だけの謝罪をすればいいのに、と。そのほうが先生への心証は良くなり、罰も軽くなるのに、と。

 でも、セイヤは形だけの謝罪すらしたくなかったよう――それほど怒りと憎悪が大きかったのか……あるいは、形だけとはいえ相手に謝って、ちょっとでも自分の非を認めるようなマネをしてしまえば、またいじめが繰り返されると考えていたのかもしれない。

 セイヤは頑として譲らなかった。
 そう、この頃からセイヤは本当に譲れないものについては、決して譲らない頑固者だった。

 形ばかりの謝罪をさせたり、話し合いをしても、いじめは止まない。
 いじめを止めさせるには、自分が強くなり、それを相手に知らしめるしかない。自分を攻撃したら、それなりの報復があり、損をするということを、相手に徹底的に分からせるのだ。

 ――結局、人間は損得勘定で動く――

 ただ、そんなセイヤの行為や考えが平和主義の先生たちに認められるわけがなく「不戦の民の子孫」として恥ずかしい行為をしたと皆の前で責められ、1週間夕飯抜きの罰を受けた。

 するとセイヤは、この罰は人権侵害だと訴えた。
 そもそも、なぜ自分だけが『不戦の民の子孫』を持ち出され、厳しく咎められるのか。ほかのいじめっ子らも同じような罪を犯し、形だけの謝罪をしながらいじめを繰り返したのに、罰が与えられなかった――「これは差別だ」とセイヤは反論した。

 また、私ルイ・アイーダについても、セイヤはこのように先生たちを批判してくれていた。 ――『戦犯の子孫』と言っても本人には全く罪がない。なのにその子孫だというだけで反省を求めるのは出自による差別――「民族差別だ」と。

「平和と人権を大切に」と教えていた先生たちは、セイヤの反論に対し、何も答えられなかった。
 それなのに「セイヤは屁理屈ばかり言って反省の色がない」として、さらに1週間、夕飯抜きの罰を与えた。

 こうやって先生たちは自分に都合の悪いことは、屁理屈だと言って片付けてしまう。
 結局、彼らが唱える「平和と人権」は、ご都合主義で無責任で不公平なまがいモノだということね。

 でも、セイヤは屈しなかった。役所に行き「自分はろくに食事を与えられずに人権侵害を受けている」と告発した。

 役所の福祉関係部署の役人らが養護施設の監督にくるようになり、先生たちを指導した。仕方なく先生たちはセイヤに対して矛を収めた。

 その後――
 先生たちは、この時10歳になっていたセイヤから距離を置くようになった。当たらず障らずである。セイヤはずる賢く、屁理屈ばかり捏ね、卑怯で計算高い――先生たちはそういう目でセイヤを見るようになった。

 また授業でも『不戦の民の子孫』を持ち出すこともしなくなった。
 いじめっ子らも、セイヤにちょっかいを出すことがなくなり、その代わり無視するようになった。けど、無視される分にはセイヤは痛くも痒くもなかったようで、それどころか清々した様子を見せていた。

 私も、いじめっ子らとはもちろん、ほかの皆とも距離を置いた。
 やっと――セイヤと私は平穏で静かな生活を手に入れた。

 それからまもなくのこと。
 セイヤは私を連れて、いじめっ子のリーダーが入院している病院を訪ねた。リーダーの部屋を見つけ、誰もいないのを見計らって、ベッドに寝ているリーダーに近づいた。
 その時のリーダーの顔といったら……恐怖で歪みまくっていて、あんなに面白い顔って見たことなかったわ(爆)

 セイヤは不適な笑みを浮かべながら、リーダーに脅しをかけた。
「オレは大切なものを必ず守る。オレの大切なものを奪ったり、傷つけたり、汚したら、とことん攻撃する。どんな卑怯な手を使っても、しつこく制裁を加える。今度は木刀で殴る程度じゃすませない」と。

 そして「ルイをいじめたら、どうなるか分かるな」と私のことも守ろうとしてくれた。

「お前がこれだけ大怪我したのに、今回、オレは子どもということで傷害罪にも問われなかった。人権って便利だよな。子どものオレは何でもできるということだ。せいぜい人権ってヤツを利用させてもらうからな」

 ガタガタ震えているリーダーにセイヤは覆いかぶさるように顔を近づけ、さらに威嚇する。二度とこちらに手出しさせないように。

 体を起こしたセイヤは冷たくリーダーを一瞥し、そのあと振り返ることなく「行こう」と私を促し、部屋を出ていった。

 病院からの帰り道。
 夕暮れの空の下、薄れゆく淡いやわらかな光が私たちを出迎えてくれた。石畳の道を踏む足元の影はすっかり長くなっていた。

「オレたちはここで生きていくしかない。だから、がんばろうな」
 セイヤは私を勇気づけるようにして微笑んだ。

 ――その時から……私はセイヤのことが好きだったのかもしれない――

 オレンジ色に染まった白壁の家々。その間を縫うように養護施設の宿舎へ向かう路地を歩いていくと、海が見えてきた。
 駆け抜けていく潮風に、なぜかホッとするものを感じた。
 苦手だったはずの潮の匂いに、いつの間にか安らぎを覚えるようになっていた。

 こうして私たちは完全にいじめから解放された。戦うことで自分たちを守ったのだ。

 セイヤは決して『不戦の民』ではなかった。戦う時は徹底的に戦った。卑怯な手を使い、暴力を振るい、悪辣に脅し、世間で言うところの『悪人』になった。自分を守るにはこれしか方法がなかったから。

 平和教育や人権教育がお盛んな学校だったけど、実態はこんなもの。私たちを『いじめ』という暴力から守ってはくれなかった。私たちの人権を守ってくれなかった。
 先生たちは『平和と人権』を唱えて「正義を教える上等な人間だ」と悦に浸っていただけ。
 あるいはサギー先生のようにある種の目的を持ち、トウアの未来を背負う子供たちを去勢させるために行っていただけ。

 ま、世の中に『正義』なんてものはないってことね。平和・人権教育がお盛んだったあの場所で学んだのはこれだけよ。

 セイヤは子どもの時から頭の切れる、敵にまわしたら厄介な人だった。世の中は甘くなく、キレイ事では渡っていけないことも知っている。相手が一線を越えた時には戦うことが必要だと認識している。卑怯な手を使ってでも、相手に立ち向かった。決して従順な譲ってばかりの良い子ではなかった。

 戦っている時のセイヤは悪辣で容赦がない。『優しい不戦の民』だなんて笑っちゃう。

 でも、セイヤは自分にとって絶対に譲れないものや守りたいもののために戦うのであり、譲れるものについては戦わずに譲った。無駄な戦いは避けていた。

 だから時が流れると、セイヤがいじめっ子に対して行った暴力事件の記憶は薄まり――
 周囲の認識は、セイヤはめったに反抗や反撃しない従順な子ということになっていった。

 セイヤが元の通りにおとなしくなったので、先生たちは「セイヤは卑怯な暴力行為を反省している」と受け取ったのかもしれない。
 平和道徳授業でも再び『不戦の民』が取り上げられるようになり、先生たちは再びセイヤを持ち上げるようになった。いい気なものね。

 この時からセイヤは不満を示したり、怒ったりすることはなくなった。
「どうせ、ここを卒業したら皆とはサヨナラだ。いずれ無関係になる人に対して『怒る』というエネルギーを使うのはバカらしい」と心に蓋をしてしまった。

 無駄な戦いはしない――そう、セイヤは深くつきあわないで済む人間に対して、自分の感情を訴えることはしない。実害がなければ、不満があっても軽く受け流すようにして逃げる。他人に期待はしない。他人とは距離をとって適当に浅くつきあう。そんな淡々とした冷たい生き方をするようになった。

 自分を分かってもらおうというのは、セイヤにとっては無駄な戦いでしかなかったのかもしれない。
 一見、セイヤは他人に対して穏やかな人のように見えるけど、それはセイヤが他人に何も期待していないことの裏返し。

 私もセイヤを見習った。祖父や父を戦犯として貶める先生たちに対し、怒ったり、落ち込んだりするのをやめた。ほかの子どもたちにどう思われようと気にしないようにした。実害がなければそれでいい。

 ――私は、先生に従順でおとなしい良い子の仮面をかぶり、学生時代を過ごした。結局、セイヤとリサ以外、友だちもつくれなかった。いえ、つくらなかった。

 ただ……サギー先生、あなたはちょっとやりすぎたようね。
 学生時代、私の祖父や父や祖国を何度も侮辱してくれたけど、それでも私は怒りを示さなかった。あなたもいずれ、私の人生には無関係になる人だと思ったから――学校を卒業したらサヨナラのはずだった。

 けど、そうはならないようね。ならば、徹底的にあなたと戦うしかない。
 セイヤを見習って、心に蓋をしていたけどね……私の怒りは澱のようにたまっていたの。

 今の私の武器は、お母様が遺してくれた莫大な財産と旧アリア国元大統領の孫娘という肩書きと人脈――それを使って、あなたを、そしてシベリカを追い詰めてみせる。

 ふふふ……あなたは、反抗的なリサを厄介な人間と捉え、私を面倒のない従順な人間と思っていたようね。
 でも、おぼえておくといい。
 何かと怒りを顕わにしたリサよりも、よほどのことがあった場合のみ怒りを表したセイヤよりも――怒りをためこみながら、ついに怒りを表すことがなかった私も厄介な人間だということを。
 私は、あなた方シベリカ人と同じ大陸系の血を引いていることを。
 外敵の侵略に怯え、常に警戒しながら、生き残ってきた子孫であることを。
 相手を騙し、卑怯な手段を使ってでも勝ちに行くのが当たり前の世界の中で、生き抜いてきた民であることを。
 厳しい生存競争にさらされ、血塗られた歴史を歩んできたアリア人であることを。

 今日も私のもとに脅迫めいた手紙が届いた。
 これもあなたの仕業かしらね。けど、こんなことで私が屈すると思ったら大間違いよ。私の怒りに火をつけただけ。

 サギー、あなたが、あの『シベリカ人労働者の水力発電所立てこもり事件』の首謀者ね。
 そして、私の祖父と父と祖国アリアを何度も貶めた上に、私の大切な友人セイヤとリサを危険に晒し、許しがたい罪を犯した。

  ――あなたはついに……この私の逆鱗に触れたのよ――
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