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旧作 作者:hayashi

シーズン1 第4章「借り」

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敵のもくろみ(続き)

前回の、ホテルの一室にいるサギーの視点より。続きです。
 シベリカ国からトウア国に仕掛けられている工作とは――

 まず、戦うことを悪とする『平和教育』を広め、軍を敵視するような『絶対平和主義』をトウア国に浸透させることだった。
 このシベリカの教育工作は20年に渡って密かに続けられている。サギーは教員という仮面をかぶった数ある工作員のうちの一人に過ぎない。

 教育工作のほか、力を入れているのは世論操作だ。軍と治安部隊を強化させないよう、予算を削っていくよう、世論で持ってトウア国政府を牽制する。

 さらにシベリカ人を労働力として大量にトウア国に送り込みながら、同時進行でトウア国の警察力を削いでいく。

 シベリカ人による犯罪が目立つようになれば、そのうちトウア人の中にはシベリカ人を差別し、憎悪する者も出てくるだろう。
 その時、トウア国でシベリカ人大量虐殺事件をでっちあげる。ただしトウアの治安部隊が事件を解決できないように巧妙に仕組まなければならない。

 これが成功すれば「トウア国の警察力は当てにならない。これ以上トウア人によるシベリカ人への弾圧は許されない」という名目ができる。名目さえできれば、こっちのものだ。
 シベリカ国は「シベリカ人を保護する」という旗印を掲げ、トウア国に介入する。

 こうしてトウア国をシベリカ国が実効支配し、併合することが最終目標だ。
 その頃には、軍事予算を減らし続け自国軍をないがしろにしてきたトウア国はシベリカ国と戦う力もなく、あっけなく白旗を振るだろう。トウアの富はシベリカのものとなる。

 ――シベリカ国はかつて、同じようなやり方でジハーナ国とアリア国を崩壊させた――

 ジハーナ人は理想を追い求める『おめでたい民』だったので、ジハーナ国を消滅させることは容易かったという。そのジハーナ国には、移民として多くのシベリカ人が住んでいたことから、ジハーナ国領土の大部分をシベリカ国は併合し、モノにすることができた。

 ジハーナ国は周囲を広い海で囲まれ、海に守られていた海洋国家だったため、歴史的に領土争いに汲々したことがなく、のんびりしていた。

 対してシベリカのような大陸系民族は、度重なる領土争いで血塗られた歴史を歩んできた。すぐ隣には敵国があり、いつ攻められるかと警戒しながら生きてきたのだ。

 そんな熾烈な生存競争を強いられてきた大陸系民族から見れば、ジハーナ人のような『外国人にまで自国民と同じ権利を与え、外国との友好を信じていた海洋民族』は呆れるほどの『お人よし』に思えた。

 ジハーナ国が消滅した理由――それは人間を性善説で捉え、性善説で社会システムを構築してしまったことだ。

 一方、常に領土争いをしてきた大陸系民族は人を疑うことを基本としている。人間を性悪説で捉え、性悪説で社会システムを構築している。

 警戒心もなく外国を簡単に信用してしまった海洋民族ジハーナが、熾烈な生存競争を勝ち抜いてきた大陸系民族シベリカにしてやられたのは当然だった。

 そもそも世界各国が掲げる『正義』とは、己の利益のために動くことを正当化する道具に過ぎないことをジハーナ人は知らなかったのかもしれない。世界の国々は善意や正義のために動いてくれると最後まで信用していたのだろう。

 そのジハーナ人と似た気質を持つ海洋民族トウア人――ジハーナと同じ運命をたどるのは時間の問題かもしれない、とサギーはほくそ笑む。

 工作員サギーはトウア国の教職員となり、『絶対平和主義』を浸透させるために行った平和道徳授業では『不戦の民ジハーナ』を崇め奉った。
 が、彼女の本音は『ジハーナ人は単なるおバカさん』でしかなかった。

 ちなみに、外国人がトウア国の国籍をとるのはそう難しくなく、わりと緩い条件で帰化できてしまう。
 サギーは、トウア国籍を持ったシベリカ人工作員と偽装結婚して、5年でトウア国籍を手に入れた。一度、国籍を手に入れてしまえば、その後のチェックはほとんどない。公務員にもなれる。選挙権もあるし、国会議員として立候補もできる。当選すれば政治家になれるのだ。うまくすれば、国の中枢に入り込み、難なく機密情報を手に入れられるかもしれない。
 そんなトウア国の平和ボケぶりにサギーは内心、呆れていた。

 ――それに比べ、旧アリア国はシベリカ国のすぐ隣にある同じ大陸系国家だったので、アリア国への工作は苦労が多かったという。サギーは先代から聞いていた話を振り返る。

 アリア国は警察や公安の力が強く、軍備にもそれなりの予算をつぎこんでいた。外国への警戒心が強かったアリア国では『絶対平和主義』はあまり浸透しなかった。
 よって、アリアの国力を削ぐために、ありとあらゆる手が使われた。

 移民として紛れ込んだ多くのシベリカ工作員らはアリア国の治安を悪化させるために、あちこちで犯罪を起こした。このことでアリア国は疑問を持つようになり、厳しい移民制限を設けるようにしたが、すでに遅かった。シベリカ国は大量の工作員をアリア国に送り込んでいた。

 だが、アリア国の警察や公安の力もあって、工作員たちは逃げ切れず――証拠を残さないために自害する者も多かった。
 シベリカ国の工作員は殉国すると、その遺された家族にはハイクラスな生活が約束されている。証拠を残さなければ工作の成功報酬は莫大なものとなり、危険が高い職務とはいえ工作員志願者は年々増加していた。

 ただ――決定的な証拠は残さなくても、アリア国の警察や公安はシベリカ国の関与を疑っていた。
 それはアリア国民にも伝染した。アリア人の中には、シベリカ移民を差別する者が現れ、シベリカ人に対する憎悪をあからさまに示すようになる。

 そこをシベリカ国は利用した。大規模な無差別殺人事件を企て、アリア国市民を虐殺したのだ。
 シベリカ国を疑っているアリア人はますますシベリカ人を憎悪するようになり、アリア国政府もシベリカ国を非難した。

 が、シベリカ国はとぼけるどころか「アリア人は移民として受け入れたシベリカ人を差別し迫害している。アリアは極悪国家だ」として「アリア国は証拠もないのに、無差別虐殺事件をシベリカ国のせいにし、シベリカ移民への憎悪を煽り、シベリカ国を貶めた」と逆にアリア国を批判するようになった。
 アリア国民を激怒させ、アリア国に宣戦布告させて、最初に攻撃をさせることが目的だった。

 すでにシベリカ国は、対アリア国への戦争準備をかなり前から進めていた。毎年国家予算の60パーセントを軍備につぎ込んでいた。そのため、シベリカの国民は我慢を強いられたが、シベリカ政府はアリア国の悪どさを喧伝し、反アリア教育を行い、憎悪を煽り、シベリカ国民を鼓舞させた。
 実際、アリア人はシベリカ人移民を嫌悪し弾圧していたので、シベリカ人もアリア人を憎むようになった。

 そしてついに――シベリカ国の思惑通り、アリア国はシベリカ国に戦争を仕掛けてきた。
 アリア国アイーダ大統領は、国民の世論と軍部の怒りを抑えることができず、戦争へのゴーサインを出さざるを得なかったのだろう、と伝えられている。

 しかし、サギーは思う。

 ――もしシベリカ国との戦争が、アリア国にとってマイナスになると判断したのであれば、アイーダ大統領は国民の世論や軍部の怒りなど蹴散らし、戦争へのゴーサインなど出すべきではなかった。
 もちろん、戦争に勝つそれなりの戦略があり、シベリカ国へ戦争を仕掛けることがアリア国の利益につながると判断したのであれば、それでいい。それが国というものだ。

 だが、敵国の戦略謀略にひっかかり、敗戦した国の大統領に同情の余地はない。
 愚かだった――ただ、それだけのことだ。ルイ・アイーダがどう思おうが、ルイの祖父は国を導く力量のない大統領だった。
 そして、そのような大統領を選んだアリア国民が悪い。それが真実だ。

 その後、アリア国から攻められたシベリカ国は世界に訴え出た。アリア国がシベリカ国を侵略しようとしていると。アリア人虐殺事件をシベリカ国のせいにして戦争侵略の口実を作り、世界の平和を乱す行為を始めたと。アリア人は移民として受け入れたシベリカ人を弾圧していると。

 程なくして、シベリカ国の軍需工場や軍事関連施設を狙ったアリア軍の攻撃が、シベリカ一般市民の住む住宅地や学校を誤爆してしまい、シベリカ市民の犠牲が出た。

 シベリカ国はさっそくこれを利用した。「アリア国はシベリカ市民を虐殺した」として国際世論を動かした。
 ただ、シベリカ政府が軍需工場や軍事関連施設を、あえて一般市民の住宅地や学校の近くに持ってきたのも、アリア国の誤爆を期待してのことだったかもしれない。

 アリア国はシベリカ一般市民を虐殺した侵略国家、戦犯国家というレッテルを貼られ、国際世論を敵にまわしてしまった。世界各国から経済制裁を受け、弱体化し、敗戦した。

 しかし世界各国も『正義』のためにアリア国を経済制裁したわけではない。
 世界各国は、市場が広いシベリカ国と経済的なつながりが深かった。シベリカ国から資源を安価に輸入していた。シベリカ国がつぶれたら困る国も多かった。
 つまり、シベリカ国を応援した方が各国の国益にかなっていたため、アリア国に制裁を加えたのが実情だ。
 シベリカ国はそういったところも計算し、戦略を練っていた。

 もちろん戦勝国となったシベリカ国もこの戦争では相応の被害を負った。が、結果的にはアリア国を属国とし、アリア国の富をモノにしたことで、シベリカ国にとっては利益を得た戦争だった。

 ――そんなシベリカ国の次のターゲットはトウア国だ――

 大陸系シベリカ国が今、一番欲しいのは海洋権益である。かつてシベリカがモノにした旧ジハーナ国の領海ではまだまだ足りない。トウア国の海も欲しいのだ。

 トウア国への工作第1段階は、トウア国民に絶対平和主義を浸透させ、軍隊を悪の権化に仕立て、軍備を縮小させる方向へもっていくことだった。これは成功している。

 今は第2段階にきている。トウア国の治安を悪化させ、経済力を衰退させ、国力を弱らせるのだ。
 しかし、治安が悪化すれば当然、警察力の強化や、外国人含めた市民への監視を強めようという動きが出てくるだろう。これを牽制するために、平和運動と人権運動をより活発化させる必要がある。世論を上手く操ることができるかが、大きな鍵となる。

 シべリカ国は――大陸に広大な国土を持ち、人口は今も増加傾向にある。いかにして、この膨れ上がった国民を養い、内乱を起こさせずにまとめていくかがシべリカ国の課題である。国は地方を潤すまでの経済力がない。地方によっては貧しい暮らしをせざるを得ない。

 サギーはカーテンを手で避け、窓から豊かさの象徴とも言える夜景を眺めた。眼下には煌びやかな夜の世界が広がっていた。

 ――私の故郷も貧しい村だった。医療設備もなかった。
 ――そして『あの人』も死んでしまった。
 ――だから、私はシべリカ国の工作員として身を捧げることにした。
 ――その成果によっては、故郷の村の医療設備が整えられることが約束されている。
 ――私は絶対に負けられない。

 経済力が落ち込んだとはいえ、まだまだ豊かで、宝石を散りばめたような夜景を持つトウア国の街を、サギーは不適な笑みを浮かべながら見下ろす。

「そう、この世は食うか食われるか、奪うか奪われるか、よ」
 独り笑いをしながら、サギーはなぜか……無数の星が輝く故郷の夜空を思い出していた。
 電力事情が悪くてよく停電するために、故郷の村は度々暗闇に包まれた。その代わり、宝石が散りばめられた夜空を眺めることができた。
 初めてトウアに来た時、星の少なさにびっくりしたものだ。
 いや、星が少ないのではなく、ただ明るすぎる夜景が星の輝きを隠しているだけだ。富の象徴である夜景がなくなれば、トウアの夜にも満天の星が戻ってくるだろう。

 ――贅を尽くしたスイートルームの窓から見下ろす煌びやかなトウアの夜景よりも、故郷の村の地上から見上げる夜空のほうが美しい――

 サギーは故郷につながる黒い空をいつまでも眺めていた。
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