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旧作 作者:hayashi

シーズン4 第5章「悪人」

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虚無の人

 数日前に行われた選挙。
 その結果は――クジョウ率いる民主平和党は議席を落としたものの、かろうじて政権与党の座を守り、クジョウはそのまま首相続投となった。
 共和党は大幅に議席を減らし、党存続の危機に陥っていた。

 こうして選挙は無事に終えたものの、投票率は20パーセントしかなく過去最低だった。
 この投票率の低さは、治安悪化で人々が外に出歩くのを嫌がったこともあるだろうが、どの党を選んでいいのか分からなくなったことも大きな原因かもしれない

 当初、臓器売買が疑われるシベリカで心臓移植させた親たちとマオー氏、ヤハー氏は世間から非難されていた。が、親の一人が自殺したことにより、トウア世論は矛を収めた。さらにもう一人の親がシベリカ人に惨殺されたことにより、トウア世論は再び『反シベリカ』へと傾いた。

「作戦は……概ね成功ということにしておこう。あの時点でサマー医師が公の場で自白するとは思わなかったがな。ま、おかげでサマー医師のことを治安局に密告しなくて済み、マスコミへのリークなど面倒くさい工作もなしで、うまく事が運んでくれた……」
 警察捜査隊の取り調べから解放された共和党党首の第一秘書官リバー氏はほくそ笑む。
 自宅のマンションに戻ってからは自室に籠り、ソファでくつろいでいた。

 グラスを取り出し、赤ワインを注ぐ。
 注ぎ終わると、リバーはそれをじっと見つめる。部屋の間接照明がワインを赤黒い色に見せていた。

 ――まるで腐った血のようだ――

 リバーはそれを一気に飲み干す。深いため息が漏れる。

 取り調べでは――サマー医師から情報を買ったことだけは認めたが、マオー氏とヤハー氏への脅迫については知らないと最後までつっぱねた。もちろん、子どもを襲撃した少女との関係も否定した。実際、リバーはサラとは会ったこともない。全てミスズに任せていた。

 警察側も証拠がとれず、自白に期待を寄せていたが、リバーは否定し続けた。
 そのうえ、リバー氏には凄腕の弁護士がついており、取調官が少しでも強く出ると人権侵害を主張し、ちょっとのことで騒ぎ立てた。
 警察側は厳しい取り調べもできず、時間切れとなった。
 よって、嫌疑不十分でリバー氏は釈放された。

 警察があまりにしつこければ、『ミギー氏』が裏で手をまわすことになっていたが、そこまでせずに済んだ。
 もちろん、共和党党首のほうも釈放だった。こちらは本当にほとんど何も知らず、秘書のリバーに任せきりだったのだ。

 ――共和党は終わった。今まで第2党として野党の中で一番存在感があった党だが、つぶすことができた。党首も政治家としてはもうおしまいだろう――

 思わずリバーは失笑する。愉快でたまらなかった。

 ――クジョウ派グループもかなり弱体化した……こんなにうまく行くとはな――

 そう、リバーは民主平和党のスパイだった。ただし、クジョウ首相とは派閥が異なるミギー氏に仕えている。

 ミギー氏は、クジョウ派が党を牛耳る前には、幹事長を務めたこともある、民主平和党の重鎮だった。ゆくゆくは首相になるとウワサされていた人物だ。
 しかしクジョウ派が幅を利かせるようになると、隅に追いやられてしまった。当然、ミギー氏は『クジョウとその一派』を快く思っていない。

 国会襲撃事件の時、クジョウの派閥に属する議員が大勢亡くなったが、ミギー派に属する議員は誰も犠牲になっていない。クジョウ本人も始末できていればよかったが、それは、かなわなかった。それでもクジョウ派は相当減り、弱体化した。ミギー氏の望み通りになった。

 リバーの任務は、まずは民主平和党に続く第2党の共和党をつぶすことだった。民主平和党にとって、力をつけてきている共和党は目障りな政敵だった。

 リバーは、ミギー氏のスパイとして共和党に潜入し、まずは党首の信頼を得て、第一秘書官となり、長い年月をかけて工作した。同時にクジョウ派に属する議員らの弱みも探っていた。
 今回の作戦は『共和党をつぶし、かつ民主平和党のクジョウ派の弱体化』を狙ったものだった。

「共和党もえげつなかったが、民主平和党も負けず劣らず……陰での派閥闘争も凄まじい」
 空になったグラスをテーブルに置き、リバー氏はうすく笑う。

 そんなリバーも懸案事項を残していた。ミスズをどうするか決めかねていた。
 ちなみにマオーとヤハーに脅迫電話をかけた男はすでに始末しておいた。

 ――あの女は処分するには惜しい。愛人としてもそこそこ楽しめる。それにあの女の抱えている虚無感は私と通じるところがある――

「ミスズには、治安局に疑われるような行動は慎み、自重するよう言い含めておくか……」

 ――そもそもミギーに仕えているのも……いや、仕えているのではなく、私がミギーを利用しているのだ。これは私にとって単なるゲーム……ミギーはゲームの駒でしかない。私は黒子となって、この虚無感を紛らわせるためのゲームをプレイしているに過ぎない。そう、暇つぶしのゲームを――

 黒子であることは大事だ。矢面に立たずに済む。目立てば必ず打たれる。不必要に敵を作ることになる。真のプレイヤーは影の存在であるべきだ。

 リバーは先ほどの血を思わせる赤黒いワインの色を思い出す。

 ――クジョウでは生ぬるい。所詮、ジハーナ人。究極の平和ボケ民族の血が流れている彼では思い切ったことはできない。駒として動かしにくい。
 ――トウア国の力をもっと大きくしたがっているミギーには、自由の民ユーア人の血が混ざっている。ユーア人は一か八かの賭けに出る冒険気質型の民族だ。私の駒には、そういった人物がふさわしい。

 ――かく言う私は、ノースリアの血が入っている。

 ここでリバーは昔のことを……祖父のことを思い出す。

 ――王家の独裁政権が何代にも渡って続き、国家権力が強く、国民を牛耳っている国、ノースリア――
 ――祖父はそんなノースリアを捨て、トウアに亡命し、ここトウアで財を気づいた――
 ――ノースリア国に残された祖父の親族は、おそらく強制収容所送りとなり、そこで殺されただろう――
 ――祖父はそのことを忘れるかのように働いた。
 ――私は早くに両親を事故で亡くし、祖父に育てられた。
 ――が、祖父が笑ったのを見たことがない。怒りもしない。感情というものを持ち合わせていないのでは、という人物だった。
 ――祖父も虚無感を抱えていたのかもしれない。行っていた事業はその虚無感をまぎらわす体のよい暇つぶしだったのだろう。

 さきほどまで得ていた満足感は、今はもう薄れてきている。リバーは飢えていた。心はすでに『次のゲーム』を求めている。

 ――さて、どんなゲームをしようか……どうせならば、大きなゲームをしたい。ミギーの言う「国を大きくする」のも、また一興だ。この世は所詮、弱肉強食――

 リバーは目を閉じ、思考する。

 ――国力を高めるには――シベリカがやってきたように、資源が豊富にある国を支配下に置くことも、ひとつの手段だ。
 それには圧倒的な軍事力が必要だ。なにも戦争をしようというのではない。軍事力は――相手へこちらの力を見せつけ、交渉を有利に進めるための有効なカードに過ぎない。

 しかし、それにはまず平和ボケという病に侵されていトウア国民の目を覚まさなければならない。
 このシベリカ国の工作は、劇薬だったが、効き目は抜群だったようだ――

 そう、ミギー氏はじめ民主平和党の幾人かの議員は、公安を含め独自の情報ルートを持ち、ずっと前からシベリカからの内なる攻撃・工作に気づいていた。
 が、あえて何もしなかった。
 そっと息を潜め、時が来るのを待っていた。
 劇薬によってトウア国が死なないように、それだけを気をつけていた。
 お人よし海洋民族ジハーナの結末を知っている。さすがに同じ轍は踏みたくない。

 ――平和ほど退屈なものはない。ゲーム=戦いがあってこそ、おもしろい。

 そう、ノースリア国には豊富な地下資源がある。ノースリア国をモノにし、王家を支配下に置く。
 ミギーであれば、このゲームに乗るかもしれない――

 ――王家の独裁政権で苦しんでいるノースリア国民を、人権に篤いトウア国が解放してやるのだ。『世界の人々にも平等に人権を』という錦の旗を上げれば、きっと人権派の連中も賛成してくれるだろう。「外国人にも国民と同じ権利を与えよう」「世界は一つ。みんな地球市民」と考える連中ならば、独裁政権下にある他国民の人権侵害にも無関心でいられないはず、『ノースリア国民にも人権と自由を』はいい名目となるかもしれんな――

 リバーは再び、失笑した。シベリカ工作員らがわが国で行っていた『人権教育』を利用してやるのだ。

 ――正義を掲げるのは、なんと容易いことか――

 この時、ふとリバーは思う。ノースリア国をつぶせば、祖父も喜んでくれるだろうか、と。
 いや、もう祖父はいない。

 目を開けたリバー氏は、間接照明によって壁に映された己の影を見やる。
 その影は黒子のようだった。

「……私にふさわしい姿だな……」
 そのうち……黒子のような影は、ポッカリ穴が開いているように見えた。
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