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旧作 作者:hayashi

シーズン4 第3章「黒い政界」

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黒い疑惑

 党首討論会は放送前半の視聴率は優れなかったが、サマー医師が登場してから、徐々に上がり始め、おそらくネットでの速報や口コミで話題になり、そこで多くの人がチャンネルを合わせたのだろう……あるところから一気に跳ね上がり、右肩上がりを続け、最高瞬間視聴率50パーセントを記録した。

 繁華街から離れた寂れた古いワンルームマンション。
 テレビとパソコンとベッドと小さなローテーブルとタンスがあるだけのあまり生活感がない部屋で、ミスズは例の党首討論会生放送番組を見ていた。

「これからマスメディアによる共和党叩きが始まるわね。民主平和党も非難を浴びるだろうけれど」
 つい、ひとりごちてしまった。

 共和党のスパイとなっていたミスズだが、サマー医師のことは知らなかった。任務と関係ないことは知らされない。シベリカ工作員サラとの仲介を任されていただけだ。

 全てを取り仕切っていたのは、共和党党首の第一秘書官リバー氏だ。党首は秘書に任せっきりで、詳細は知らなかっただろう。ミスズは党首に会ったことはないし、話したこともない。秘書のリバー氏から指令を受けて動いていた。

 そして、ミスズはこのリバー氏の愛人でもあった。
 サラが欲しがっていた『8年前の夏にシベリカ国で心臓移植手術を受けたトウア人の子どもの情報とそのドナーの情報』もリバー氏を通じて渡された。その情報の入手先など質問しても教えてくれなかった。それはミスズの任務にとって必要な情報ではないからだ。

 愛人とはいえ、任務は任務としてミスズは割り切っていた。リバー氏も仕事には妥協しなかった。愛人だからと言って、特別扱いしない。

 このようにリバー氏は注意深い人物だったのに……今回のお粗末さがミスズにはちょっと不可解だった。

 国会襲撃工作の情報を得るところまでは、共和党の利益になっていた。しかしその後『サラの復讐』を利用し、クジョウ首相を陥れるためとはいえ、マオー氏とヤハー氏の孫の殺害予告をしてシベリカでの心臓移植の件を公に晒そうとするのは、共和党にとってもリスクの高い危ない橋を渡ることになる。そして案の定、相手に放ったはずの刃はブーメランとなって返り、己が致命傷を負った。

 サマー医師がこんなに簡単に裏切り、おまけにテレビで証言してしまうとは思いもしなかったのかもしれない。そんなことをしたらサマー医師も世間から非難され、己の首を絞めることになる。

「サマー医師の件は想定外だったのかも……」
 ミスズは思い直した。

 聞くところによれば、サマー医師は3か月後はトウア国を離れて海外へ出る予定だったという。たしかゴルディア国の病院へ呼ばれていたとかで、トウア国立中央病院を辞めることになっていた。だからリバー氏はサマー医師については手を打ったつもりだったのだろう。

 リモコンを手に取り、ミスズはテレビを消し、大の字になって床に寝転がった。
「結局、私たちの作戦は失敗に終わったということなのかしら……」

 何となくスッキリしなかった。それは「失敗したから」というのではなく、この作戦の目的が本当に「民主平和党に打撃を与えるため」だけだったのか、ふと疑問に思ったからだ。

 ちなみに、サラとキリルに逃げられた後、ミスズは自力であの小屋から何とか抜け出した。バイクは西地区『シベリカ人街』の食堂に返しておいた。口止め料として礼もたっぷりはずんでおいた。
 作戦は失敗し、共和党ももう終わりだ。なのに……一度抱いた疑問は膨れ上がる。

「リバー氏から託された活動資金……本当に共和党から出ていたのかしら」

   ・・・・・・・・・・

「シジョウさん、また勝手に病院を抜け出しましたね」
 党首討論会を終え、病院に戻ってきたセイヤはさっそく看護師からお叱りを受けた。

 すると通りかかりの入院患者がセイヤに近寄り、顔をまじまじと見つめてきた。
「あれ? さっきテレビで党首討論会にサマー医師を連れてきた人じゃない? 見てましたよ。すごい番組になっちゃいましたよね」

 とっさにセイヤは否定した。
「違いますよ。人違いでしょ」

 看護師のほうも「テレビ?」と首をかしげていた。仕事中であの党首討論会なんて見ていなかったのだろう。
「何でもありません。退屈だったんで、そこいらをブラブラ散歩していたんです」
 そう言って、セイヤはそそくさと立ち去った。
 公務員特別室に入る時も周囲を伺ってしまった。

「疲れたな……」
 入院部室に戻ったセイヤはベッドに寝転んだ。体が重く沈んでいくようだ。

「それにしても共和党のやったことはあまりにお粗末だな……本当に共和党が黒幕なのか?」
 何となくひっかかりを覚えていた。共和党はあまりに危ない橋を渡ろうとしていた。こんなリスクの高いことをするだろうか。少しでも計算が狂えば、身を破滅させる方法だ。

 そして……自分がやったことは、果たしてよかったのか……これもよく分からなかった。

 ついに、あの殺された3人の子どもたちと、マオー氏とヤハー氏の孫が、以前から臓器売買が疑われていたシベリカ国で心臓移植を受けたことが世間に知られてしまったのだ。
「これからダイのやつ、大変かもしれないな」
 あの生意気そうな、でもちょっと自分に似ている気もしないでもないダイの顔を思い浮かべていたら、いつの間にか眠りについてしまった。

 翌日、セイヤの退院許可が下りた。
「結局、無駄な入院だったよな。今まで病院を抜け出して、普通に出歩いていたし」
 ひとりごちながら荷物を整理し、手続きを進めて退院準備していたら、リサがやってきた。

「あれ、仕事は?」
「お休みもらった。ダイ君の警護は民間の警備会社が受け持つことになって、治安局は手を引いたから」

 臓器売買が疑われるシベリカでの心臓移植の件が世間に知られてしまったので、特命チームが極秘警護する必要性がなくなったのだ。

「ところで、昨日の党首討論会の番組でサマー医師とやらを連れて乱入したのセイヤだ、っていう話じゃない。また病院を抜け出して、一体何をやっていたの?」
 さっそくリサがつっかかってきた。

「いや、その、極秘任務だよ……」
 ついウソをついてしまった。

「入院中の隊員にそんな任務やらせるはずないでしょ」
「実は入院を装っての極秘任務だったんだ」
 こうなったら、ごまかし通そう。

「ええ? ウソ……」
「本当はもう入院の必要なんてなかったんだ。医者もグルだったんだ」
 そうだ、そういうことにしておこう……じゃないとまたリサがうるさく怒りそうだし……

「でも、公の場で、しかもあんな形で証言させるなんて、そんな任務あるわけないでしょ」
 まだリサはしつこく食い下がる。

 なので、セイヤはこの話題を打ち切るように言い放った。
「これ以上はノーコメントだ。機密事案だ。詳細は明かせない。リサもこの件については黙っていろよ」

「……」
 リサはまだ疑う眼差しを向けてきた。そりゃそうだろう……でも気にしないことにした。

「ま、でも今日で退院だし、お祝いすべき日だから怒るのはなしにするよ」
 これ以上追及しても埒が明かないと思ったのか、ようやくリサは笑顔を見せてくれた。

 セイヤとリサは病院近くの食堂で軽く昼食を済ませ、タクシーで帰途についた。季節はすっかり夏になっていた。部屋の中が蒸していたので、さっそくエアコンをつける。
「やっぱり我が家が一番だよな」

 居間に入るなり、セイヤはソファにどっと身を預け、並んでいた『ゴリラ3兄弟』のぬいぐるみを蹴散らし、横になる。
 リサは浴室に直行し、シャワーを浴びていた。
 微かに聞こえてくる生活を営む音。安らぎを覚える家庭の息吹を子守歌に、いつの間にかセイヤはソファで寝入ってしまった。

 どのくらいの時間が経ったんだろうか、レースのカーテンがかかった窓の外はすでに黄昏ていた。
 カレーの匂いが漂ってきて、セイヤは目を開ける。

「あ、目が覚めた? もうすぐ夕飯だよ」
 リサがキッチンから顔を出し、声をかけてきた。
「玉ねぎと人参と冷凍にしてあった牛肉があったから、手っ取り早くカレーにしちゃった」

「カレーで上等だよ。リサも疲れているんだろう? 出前でも良かったのに」
 セイヤは伸びをし、ソファから体を起こす。

「ま、出前だと栄養偏るし、けっこう高いしね」
 そう応えながらリサはカレー鍋をかき回し、ぐつぐつ煮込む。カレーはセイヤの大好物だ。たくさん食べてもらいたい。ささやかな退院祝いだ。

 セイヤは何となしにテレビを点け、ニュース番組にチャンネルを合わせた。すると怒声と罵声が入りじまった音が聞こえてきた。番組ではシベリカ人たちの様子を伝えていた。「シベリカ人の子どもへ臓器を返せ」「恥知らずのトウア人、心臓を返せ」「金にモノを言わせて、シベリカの子どもから臓器を奪うな」「人殺し」と叫んでいた。

「テレビ……消してくれるかな……」
 いつの間にかリサが暗い顔をして部屋の隅に突っ立っている。
「あ、ああ」
 そうだ、今日くらいは安らかな気持ちでいたい……今はもう勘弁してほしい。
 セイヤはテレビを消す。喧騒が消え、部屋が静まり返った。憎悪と敵意の声がなくなるだけでホッとする。あえて社会の不幸に目を背け、かりそめの平和を得る。

「ご飯も炊けたし、カレー食べようか」
「ああ」
 テーブルには湯気を立てながら皿によそわれたカレーライスが並んでいた。エアコンをちょっと強めにする。

「いただきます」
 席に着くと同時にセイヤはカレーを口にかきこんだ。スパイスの効いた香りが食欲をそそる。やっぱりリサのカレーは旨い。味気ない病院食が続いただけに、久しぶりの我が家の食事がことさら美味しく感じられた。火照ってきた体に当たるエアコンの冷たい風が気持ちいい。

「早食いは健康に良くないよ」
「ん」
 リサが注意するも、口の中がいっぱいで返事ができない。

 外の世界を忘れ、二人は平穏な家の中で食卓を囲み、ひとときの幸せをかみしめた。

   ・・・・・・・・・・・

 それから数日がたった。
 特命チームはとりあえず平常勤務に戻り、これまでの任務の報告書作成に明け暮れていた。その間に警察捜査隊の事情聴取にも協力する。

 犯人の『少女』の捜索は警察捜査隊とパトロール隊が引き継いでいたが、シベリカ人たちの一部が暴徒化しており、選挙に向けて、街の治安正常化も大きな課題になっていた。

 セイヤがサマー医師を連れて公共放送局に乗り込んだことで、ジャンやフィオ、ゴンザレ、アザーレからもいろいろ訊かれたが、セイヤは個人的に勝手にやったこととし、始末書を書いていた。グレドは相変わらず無視だ。

 リサに「個人的にやったって? 任務だったんじゃないの?」と詰め寄られたので、「実は任務だった。表向き、個人的に勝手にやったということになっている」と言い訳をし、そのことは口外しないよう言い含めた。嘘をつくのは心苦しかったけど、もうこの話題から離れたかった。

 相変わらずジャンとゴンザレとアザーレは報告書作成に四苦八苦しており、一方、セイヤとリサとフィオとグレドは作成を終え、さっさと帰り支度をする。

「ああ、ダイのとこに行く時間なくなっちまうな~」
 ジャンはぼやきながら、報告書と格闘していた。

「じゃ、お先に失礼します」
 セイヤとリサはそそくさと特命チーム専用室を出た。フィオとグレドは先に出てしまい、もう姿が見えなくなっていた。

「ジャン先輩、まだダイのところに行っているのか」
「うん、任務ではなく個人的にね……テレビゲームで交流を深めているそうよ」
「へえ」
「ダイ君、今、学校にも行かず、引きこもっているそうだから」
「……そうか……」

 自分の心臓が、実は臓器売買で心臓を取り出された子のものかもしれない、と思っているに違いない。きっとショックだろう……しかも、このことは全国放送のテレビで取り上げられ、トウア社会を駆け巡り、ほぼトウア国民の全員が知ってしまったのだ。心無い人たちから嫌がらせを受けているかもしれない。

「ダイ君、傷ついているだろうな」
 リサのつぶやきが聞こえた。
「先輩、休みの日もダイ君のところを訪ねているみたいよ。昼間なのに雨戸を閉めて、部屋でずっとテレビゲームをやっているんだって」

「そうか……」
 今はとことん現実逃避していいとセイヤは思った。この汚泥のような社会から逃げて逃げて逃げまくれ……でも命だけは断つなよ、と。
 そう、自分でさえ、あまりにも救いのないこの事件から少し距離を置きたいと思っているのだ。じゃないと心が蝕まれていく気がする。当事者ともなれば、その苦しみは想像を絶する。

「実はヤハーさんのお孫さんも、ダイ君と同じように引きこもっているらしくて、そっちはフィオが様子を見に行っているそうよ。漫画好きだから話が合うんだって」
「じゃあ、ひょっとしてあの『リサ漫画』見せているかもな」
 セイヤは少し笑った。リサも表情を緩めた。

「あいつら……優しいんだな……」
 心の底からジャンとフィオを尊敬した。自分には真似できない。傷ついているダイに、どうしたらいいのか分からない。かける言葉も見つからない。慰めるどころか、自分も一緒に落ち込むだろう。ジャンとフィオのような人間がいることがせめてもの救いだ。
 それでも……気持ちが重かった。あまりに酷い事件だ。

 臓器売買で心臓を取り出されたシベリカ人の子どもはもちろんだが、殺された3人の子ども、そしてダイとヤハー氏の孫も犠牲者だ。彼らには何の罪もない。
 しかし、子どもや孫を助けたいがため、臓器売買を疑いつつも、心臓移植を受けさせてしまった大人たちは間違っていた。でも彼らを責める気持ちにはなれない。

 何といっても一番許されないのはシベリカで臓器売買を行っている組織である。
 またその組織を放置し、臓器売買を見て見ぬふりをしているシベリカ国も責任重大だ。
 臓器売買が疑われる国で移植を受けるトウア人を法的に取り締まらないトウア国も同罪かもしれない。

 ただ――あの少女はどういう理由で、シベリカで心臓移植をした子どもたちを狙ったのだろうか。犠牲になったシベリカ人の子どもの関係者・遺族としての復讐なのか? ならば狙うべきは移植をさせた大人のほうなのに。
 そして一番憎むべきは臓器売買を行っている組織である。復讐心は、その組織へ向けるべきだ。

 なのに何の罪もない一番弱い者をターゲットにして殺害するなんて……セイヤはどうしても、この点がひっかかっていた。
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