第13章
結婚してから一年後、わたしは身篭もって双子の赤ちゃんを生んだ。上が男の子で理一郎、下の子が女の子で真亜子という。正直、産婦人科で医師から「双子のお子さんですね」と告げられた時、わたしは「うぼげえ!」と思った。何が「うぼげえ!」なのかというと、わたしと零一郎は常に金欠状態のど貧乏カップルだったので、双子なんて出産した日にはあんた……とわたしは誰にともなく語りかけたくなったくらいだった。
夫、零一郎の客室係としての給与は本当に安く、わたしが産休をとっている間は本屋の給料も入らないとなると……もし斎藤家に居候させてもらっていなかったとしたら、黛家の明日は一体どっちに?というような、そんな財政状況だったに違いない。
従兄の和久は情報処理の専門学校を卒業後、市内でひとり暮らしするようになっていたので――一応念のために言っておくと、これは新婚カップルのわたしたちが彼のことを家に居ずらくさせたとか、そんなことではまったくない――友彦さんはできればこれからもずっと、同じ屋根の下で暮らしてくれると嬉しいといつも言っていた。
実際、理一郎も真亜子も友彦さんのことを実のおじいちゃんと思って少しも疑ってなどいなかっただろう。わたしたちは本当に本物の家族みたいだった。最初、零一郎はわたしにもほんの時々しか、声にだして話してはくれなかったけれど、今では家にいる時は手よりも口を動かしていることのほうが多いくらいだ。そうしないとまだ六つの子供には意味が通じないことがほとんどだったから。
この間、ちょっと聞く機会があって夫にこう質問してみた。「結婚してよかったことは?」と。
「うーん……煙草をやめられたこと、それから自分を根なし草のように感じなくなったことかな」
「逆に、悪かったことは?」
「特にない。幸せだよ」
零一郎はアニバーサリーマニアだったので、結婚記念日やわたしの誕生日には必ず、作文を書いてくれる。「僕はユカリと結婚できてとても幸せです。何故かというと、ユカリは料理がうまくてやり繰り上手でベッドのテクも最高だから」というような。また子供たちにも誕生日には必ず、どんなに自分が理一郎や真亜子のことを愛しているかということを伝えるために、バースデーカードを贈る。もちろん友彦さんにも折々に感謝の気持ちをこめたメッセージカードを書いていて、時には涙もろい彼を泣かせることさえあった。
彼はいい夫であり、子供たちのいい父親でもあったけれど――もちろんわたしたちだって普通の夫婦と同じく時々喧嘩することくらいはある。そして勝者は常にわたしだった。わたしはいつも最後には夫の顔をピシャピシャはたいて彼のことを涙目にさせ、夫婦喧嘩の勝利を得るのだった。
そんな感じで、今やわたしもすっかり肝っ玉母さんになってしまった。朝の五時にまだ眠い体に喝を入れるようにして目覚め、ごはんを作ってお弁当におかずを詰める。子供たちがTVを見ながらぼやっとごはんを食べているのをせかし、夫と子供、友彦さんを送りだしたあとは掃除に洗濯……わたしはまだ二十八歳といえばまだ二十八歳だったけど、実際の年齢よりも老けてみえる顔立ちをしていたし、服装や化粧などもあまり構いつけないので、かなりのところ所帯じみたおばさんっぽいオーラを放っていた。
それでも――理一郎の残した自分の絵を見るたびにわたしは思う。あの中にはまだ十九歳の頃の、処女であるわたしがいる。現実の肉体を持つ人間であるわたしは年を追うごとに老い、色気も何もないおばさんと化していくけれど……あの中には永遠がある。そしてわたしもいつか、理一郎がいるのと同じ魂の世界へいくことができるだろう。そこでわたしは天国の建物の壁画を制作している理一郎に会い、こう訊ねてみたいと思っている。
「あなたがわたしの中から連れだした、永遠の乙女の絵はどこですか?」と。
終わり