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偶然と呼ぶ奇跡
作:風切りの猫



06,美菜と恵


 やたらと長くそして重厚なテーブルをいつものベンチの前まで運び終える。テーブルを持っていた二人は疲弊しきっていた。でも何故か美菜は満足そうな笑みを浮かべていた。
「いやー御苦労御苦労ね、お二人さん」
 美菜は二人の背中をポンポンと叩いて労いの言葉を掛けた。啓次は「いえ、とんでもございません」と言い、微笑みを浮かべ首を横に振るのだが、それに対しシュンはひきつった顔で美菜を見る。見ると言うより睨むに近い。シュンがついそんな態度をとってしまうには訳がある。寂れたバッティングセンターと至る所に損傷が起きているベンチ、そこにとても高級そうなテーブル。不釣り合いにもほどがある。何度も見比べたがどう足掻いても似合わない。そんな結論に達し「間違っとるだろ」と正直な心情を漏らす。
「何か言った?」
 地獄耳。シュンの呟きを美菜は聞き逃さなかった。より一層笑顔が増し、シュンの顔を覗き込む。心奥底に邪悪なものが感じ取られる。口には言わないが「文句あるの?」と思っているにちがいない。シュンも黒い思惑を感じ取ったのか、そっぽを向いて「何でもねえよ」と力弱く小声で返す。敗北宣言を言ったような感覚。正論は美菜の力技によりねじ伏せられた。
 三人のやりとりを少し離れた距離で傍観していた恵。落ち着いた時を見計らってシュンに話しかける。
「ねえ、どういう関係なのよ」
「どういうって……ただのダチだよ」
 シュンの返しに不思議そうな顔をする。思っている通りの答えをしたのに、恵の思慮深く窺って来るため、シュンは少し動揺してしまう。
「な、なんだよ」
 まだ窺って来る。シュンはいい加減にしてほしいと言うような顔をして恵を手で払いのけようとするのだが、さらり避ける。そしてまた窺う。
「仲いいね、どちらさんなの俊輔」
 不意打ち。前の奴を対応するのに精いっぱいだったため隣まで寄って来た美菜に気付かず、急に話しかけられ、シュンは後ろに大きくのけ反り大き過ぎる反応をしてしまう。それを見た
二人、大層喜ぶ。女二人の笑い声がバッティングセンター中に響き渡る。コケにされたシュンは当然怒った。
「お前らなぁ!いい加減にしろよ!」
「アハハッ!俊輔怒った〜!」
「シュンったら、大人げないな〜」
 恵の疑問に動揺した自分が悪い、そうシュンは自覚してはいたが見え見えの思惑にどうも怒りを堪え切れない。初対面にも関わらず息がぴったりの二人は更にからかいにかかる。
「シュンちゃんのお顔赤くなってる〜」
「ホントだ〜シュンちゃんか〜わいい〜」
「ね〜」「ね〜」
 無邪気な子供のように大きな素振りでやり取りをする。ね〜の部分は声や首を傾ける動作等まるで双子のようにうまくシンクロして絶妙なコンビネーションだ。そんな小悪魔二匹にもうシュンの心には怒りより諦めが上回っていた。どうにかその場から離れようと、ベンチで座って観ている啓次の元へ向かおうとして、しかし行く先をすぐさま回り込まれる。
「ほ〜ら〜シュン早く紹介してよ〜」
「ウルサイ!お前らだけでしろ!俺を巻き込むな!」
 シュンは完全に向こうを向き、去ろうとしているのだが二人がつかんで離さない。
「シュンちゃ〜んね〜え〜」
「あんたまでシュンと呼ぶな!」
 気が付けば悪乗りにより美菜までシュンと呼んでいた。二人の流れに逆らえきれなくなったシュンは強行手段に打って出る。無理やり初速から猛スピードで通路の奥まで駆けだした。その勢いに二人は掴んでいた手を放してしまう。
「きゃっ、ま、待てシュン!コラ〜!」
「シュンちゃん何で逃げるの〜!」
 まるで犬の扱い。何言われようとも逃げる事が最善の手段と考えていたシュンにそんな静止は効くはず無い。すぐ奥の突き当りまで到達しトイレへ駆け込む。扉の鍵を閉める。時間の限り籠城。しかし二人の変に上がりきったテンションを覚ますためにはこれしかない。
「だめ、鍵が掛かっちゃってる」
「油断したぁ〜……」
 扉が開かないのを確認した後、いつものベンチまで戻る。その短い間もちらちらとトイレを確認したが一向に開く様子はない。音さえもしない。よほど警戒しているようだ。
 シュンをしばらくほっとく事にした恵・美菜コンビはベンチへと腰を下ろしお互いの自己紹介を始めた。ちなみに端には虚無の存在感で啓次が座っている。
「そう言えば私の名前知らなかったわよね、私は恵、今川恵っていうの、よろしくね」
「うん、よろしく、私はね……」
「あなたは自己紹介する必要ないでしょ、松原美菜さん、ね?ね?そうでしょ?」
「えっ?あ、そうです……やっぱりバレてましたか……」
「あ〜〜!!やっぱりそうなんだ〜〜!!感激ぃ〜〜!!あ、握手お願いします〜」
「あ、はい……」
 先ほどとは違う態度に少し驚きを隠せないでいる美菜。しかしはしゃいで握手を求める恵にきちんと右手を差し出す。その手を両手でがっちり掴んだ矢先、上下にこれでもかと言わんばかりに激しく振り出す。あまりの勢いに美菜はガクンガクン揺れる。
「キャーー!芸能人と握手するの初めてーー!!しかも超スター!!」
 スターとは表現が古い。
「あ……あの……落ち着いて……」
 さすがに辛く感じたのだろう。美菜はなんとか興奮する恵を静止させようとするのだが、やめない。恵には耳に入っていないようだ。
 見かねた啓次がベンチから席を立ち、止めにかかる。
「お嬢様が大変困っています!!お止め下さい!!」
 啓次は怒鳴り、しっかりジョイントされている手を掴み引き離す。暴走する恵もこれでようやく冷静さを取り戻した。
「あ……ごめん……取り乱して……で、でもこんなスゴイ人とこんなとこで出会えるなんてもう、何たる偶然なの!!」
「そんな……スゴイなんて……私なんて大したこと……」
 恐縮する美菜。未だ興奮する恵。
「何言ってるの!今や渦中の人じゃない!私だって見たわよ、あなたのバイオリン弾いてる姿、その美貌であんな綺麗な音色奏でるなんて……神は二物を与えないなんて言うけどあれは嘘ね、私なんかとはあまりに格が違い過ぎるわ」
「今川さん、言い過ぎです」
「今川さんなんて、恵でいいわよ、恵で。あれ?でもなんでこんな所居るの?あなたって物凄く多忙なんでしょ?今なんて特に」
 美菜は少し慌てた。
「は、母の実家が近くにあるので……」
「ふーん……そっか……でもシュンとはやけに仲いいみたいね、もしかして元々知り合いだったとか?」
「あ、いや、その、何回かここへは来るんですけど、その、えっと、啓次が仲良くなってそれで……」
 ここで啓次がフォローに入る。
「そうなんです、色々と良くしてもらっています、バッティングを指導してもらったり、この間はお野菜を頂いてしまいました」
「へえー……この人、マネージャーさん?」
 恵は啓次を指差し言った。失礼にもほどがある。
「え、ええ、見たいなものです」
「ふーん」
 どうやら啓次にはそんなに興味がないらしい。
「……俊輔、出てきませんね」
 美菜は話題を変えるためシュンに気を向けさせる。
「あ……忘れてた、……そう言えばまさかとは思うけどシュンってあなたの事知ってたの?」
「……多分、知らない」
「あンの野球バカ…………おいこら、シュン出てこ〜〜い!!オマエ、姫に……」
「ああ〜〜いいですいいです!」
 吠えながら再びトイレへ向かう恵をすかさず美菜は行く先を身を呈して遮り押し戻そうとする。しかし恵は歩を止めようとしない。
「いいの!?あいつバカだから言わなかったら絶対気付かないままだよ?質も悪いし、失礼なこと言ってたでしょ?このままいい気させてたらますます調子こくよ、言っといた方が絶対いい!知って置きゃあいつでも少しは態度を改めるって!!」
「いいんです、どうか、戻って」
「むう……」
 しぶしぶ恵はベンチへと戻った。美菜はほっと一息つき恵の隣へと座る。
「ま、いいわ、美菜姫が相手じゃ敵わないし……」
「どういうことでしょう……?」
「え、うん、こっちの話だから気にしないで」
「そうですか……」
「気になる?」
「い、いえ、別に……」
 ここで恵は妙な間を取る。啓次は何かを察しトイレへ向かう。美菜は顔を伏せ黙り込んでいる。
「俊輔、開けて下さい、啓次です」
 そう言い、トイレの扉をノックする。扉の向こうからシュンの声がする。
「何言ってるんです?いいからお願いです、開けて下さい」
「……あいつらの回しモンだろ」
「違います、いいから本当に開けて下さい、お願いです」
 扉が少し開く。
「ほら二人は座ってます」
 シュンは顔だけを出し二人を確認すべくベンチの方を覗く。
「よし入れ」
 扉をさらに開け啓次を迎い入れる。啓次もトイレへ入り扉はバタンと音を立て閉まった。







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