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ジョグ・ウォード短編集2

作者:支援BIS
 1

「まあ! にいさま。それは本当のことですの?」
「もちろん本当だとも、エル。その騎士、ジョグ・ウォード卿は、たった一人で十五人の盗賊団を追い払ったんだ。いや、追い払っただけではなく、十五人のうち八人は、ひどく打ち据えられてしまい、簡単に捕獲できた。逃げた七人のうち少なくとも三人は、戦えないほどの痛手を受けた。捕獲した賊から隠れ家を聞き出して、今、第八騎士団が向かっているから、結局この一味は全滅だね」
「あら? その騎士さまには配下の騎士がついていたとおっしゃいませんでした?」
「ああ、コリン・クルザーだね。なかなか腕の立つ騎士のようだ。だが、ウォード卿は、コリン殿が手を出すのを禁じたんだ。自分一人でじゅうぶんだ、ということだと思うよ」
「ふふっ。その騎士さまも、まさかこのガイネリアの王子を助けたとは、思いもしなかったでしょうね」
「そりゃあそうさ。ろくに護衛もない小規模な隊商だったからね。馬車もごく質素なものだ。それが作戦だったんだけどなあ」
 スキャンター王子は冗談めかして言ったが、もしもジョグ・ウォードが現れなければ、この国は継嗣を失ったかもしれないのだから、事態は冗談どころではなかった。
 とはいえ、好奇心にあふれたこの王子は、とても王宮の奧で静かにしていることなどできず、国内の各方面をひそかに訪れては、見聞を広め、民や交易の様子を調べていたのであり、いつかこういうことになるのは、むしろ必然だった。
 これが作戦だった、というのは、豪華な馬車では狙われやすいから、わざと質素な馬車にしたということだ。
 また、護衛をたくさんつければ、それだけ貴重な荷物を運んでいるとわかってしまう。この場合の貴重な荷物とは、スキャンター王子自身なのだが。
 だから、狙われないため、質素なふりをし、まともな護衛をつける価値もないほどの隊商だというふりをしたのだが、それが裏目に出てしまったのだ。
 スキャンター王子は、ガイネリア王ラフサモルトノ・ヴァレンシュタインの子である。三つ年上の兄がいるが、母の身分が低いため、王位を継ぐのはスキャンター王子だと、誰もが思っている。この国は、そういう身分秩序にひどくこだわる国なのだ。
 伝統で凝り固まった王宮で生まれ育ったとは思えないほど、スキャンター王子は自由奔放である。ただしその自由さは、わがままさではなく、この国の将来を案ずる行動と柔軟な思考につながっている。
——この国は、ゆっくりと滅びへの道を歩んでいる。
 それが、ここ数年で得たスキャンター王子の実感である。
 王宮や都にいたのでは決してわからないことだが、段々と交易路は削られ、他国に利権は侵され、ガイネリアの勢力圏は狭くなってきている。
 騎士たちは砂漠に勇躍することをやめ、都や各都市に引きこもってしまっている。
 それを一部の愚かな廷臣は進歩だとか文明化だとか言うが、もはや国家全体の衰退はごまかしようもない。
——活力がいる。この国に新たな息吹を吹き込む、強力な活力の持ち主が必要だ。
 そんな思いを持つスキャンター王子にとって、ジョグ・ウォードとの出会いは、コーラマ神の啓示のように思えた。

 2

「それで、それで、にいさま。そのあと、どうなったのですか?」
「うん。隊商の長は、ウォード卿にお礼を言い始めたんだが、ウォード卿は、その言葉を途中でさえぎって、こう言ったんだ。『おい、何か食いもんないか』」
 ジョグが発したという乱暴な言葉遣いに驚いたのか、その展開が予想外だったのか、エルフリアナ王女は目を丸くしている。
「長が干し肉を渡すと、ウォード卿はそれを受け取り、じゃあな、と声をかけて立ち去りかけた。私は思わず馬車の扉を開いて、お待ちください、と呼びかけたんだ」
「にいさま。それは、してはいけないことではありませんの」
 王子は、王宮から出てはならない。
 それはこの国の決まりである。
 内々に母の里を訪ねたりすることは黙認されてきたが、交易路の視察など、許されるはずもない。
 説得を重ねて王の許可を得たときの条件が、〈部下以外の人間がいる場所では絶対に馬車の扉を開けない〉ということであったのだ。
「ああ。してはいけないことだ。だが、ウォード卿をそのまま去らせることは、もっとしてはいけないことだ」
「どうしてですの?」
「エル。どうしてウォード卿は、食べ物が欲しいなどと言ったんだと思う?」
 エルフリアナ王女は、つぶらな瞳をくるくる回して思案した。
「おなかがすいていたのではありませんか?」
「うん。そうかもしれないね。だが私はこう思うんだ。あの場面では、ウォード卿は、隊商に礼のお金を要求することができた。ウォード卿が現れなければ、盗賊団は隊商の人々を殺すか奴隷に売って、荷物はすべてわが物としていたのは明らかだから、ウォード卿にはお金を受け取る権利があったんだ。それを要求されれば、隊商の長は断ることができない」
「〈命の対価〉ですわね」
「難しいことを知っているんだね。そうだ。それが砂漠の掟だ。それをしないために、食べ物が欲しいなんて言ったんだと、私は思う」
「どうしてですの。お金は誰でも欲しがるものでしょう」
「そうだよ。お金は誰もが欲しがるものだ。誰もがお金を必要としている。砂漠を行く貧しい隊商にとって、お金は特別に大切だ。ウォード卿は、そこを考えたんだよ」
「……思いやりから、お金ではなく食べ物を求めたということですか」
「その通り。ウォード卿が要求しないとしたら、隊商の長はみずから〈命の対価〉を差し出さねばならない。隊商全員の命と財産に見合う対価は、どれほどになるんだろうね。それをさせないために、ウォード卿は、長の感謝の言葉を途中でさえぎるという不作法までしたんだ」
「……騎士の名誉に傷をつけてまで、その騎士さまは、隊商の人々の暮らしを思いやったのですね」
「そうだ。それがわかったから、私は思わず引き留めずにはいられなかった。だが、引き留めたものの、困ってしまった」
「どうして困ったのですか?」
「だって、そうだろう、エル。ウォード卿は、お金を払わせないために食べ物を求めた。そのウォード卿を引き留めて、私は何を差し出せばいいんだ」
「お礼を言えばいいのではありませんか?」
「それだけでは足りない、と私は思った。それだけでは礼にならない。しかも私は、思ったんだ。この騎士は、コーラマ神からの贈り物だ。決して手放してはならないと」
「まあ! それで、それで、にいさま。それからどうなさったのですか」
「ふふ。私はとっさに考えた。相手は食べ物を求めた。つまり食いしん坊のふりをした。だから、引き留める口実には、食べ物がふさわしい、とね」
「にいさまはかしこいですわ!」
「私は、こう言ったのさ。『騎士殿。わが家にはたくさんの美味がある。一晩もてなしを受けてくださるまいか』」
「それで、その騎士さまは、何とおっしゃったのですか?」
「ジョグ・ウォード卿は、一瞬、目を細めてから、『ほう。うまい酒もあるか』と訊いてきたよ。私は、『最高の銘酒が幾樽も』と答えたのさ」
「すてきです。何だかよくわかりませんが、にいさまもジョグさまもすてきです」
「ふふ。ありがとう。お前にそう言ってもらえるのが、何よりうれしい。そして私はジョグ・ウォード卿の名を聞き出し、その夜はサズハルの街で泊まり、翌日都に帰って大いにウォード卿をもてなした。ウォード卿は、自分が救った若者がこの国の王子であると知っても、驚きもしなかったよ。大した人物だ。そして私は、ウォード卿が旅をしているわけを聞き出したんだが、これがまた信じられないような物語なんだ。こんな純粋な騎士が今どき存在すると知って、私は驚きに打たれたよ。陛下もひどく感銘を受けておられた」
「まあ! いったいどんな物語をジョグさまは語られたのですか?」

 3

 かわいい妹姫にねだられて、スキャンター王子は、ジョグの物語を語った。
 それは、自分を倒した騎士を追って決着をつけるため、領地も身分も捨てて旅に出たという、まるでおとぎ話のような物語だった。
 このガイネリアという国は、古い伝統にこだわるだけあって、騎士道、というものを頑迷なまでに信奉している。
 ジョグのふるまいは、騎士道そのものを体現しているといってよく、王も廷臣たちも、身一つで好敵手を追うこの豪傑に、好意を抱かずにはいられなかったのだ。
 そしてスキャンター王子は、ジョグこそ自分の求めていた人材であると確信し、あの手この手を使ってジョグをガイネリア国に引き留める画策を始める。
 うれしさのあまり、妹姫にジョグのことを語ったのだが、幼い姫の心に、この日、ジョグへの恋慕が芽吹いたことに、スキャンター王子が気付くのは、しばらくのちのことである。

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