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マッチョ売りな少女

「マッチョ、マッチョを買っていただけませんか?」

 数十人のマッチョを引き連れた一人の少女が、なにやら危ない言葉を行き交う住人達へと投げかけました。
 マッチョ売ります。
 住人達は突然の人身売買宣言に、目を丸くして少女を見つめました。

「マッチョ、活きの良いマッチョはいりませんか? 煮てよし焼いてよし、いざとなったらボディガードだって出来ちゃう素敵なマッチョはいりませんか?」

 人々の驚きの目も気にせず、小さな女の子はテカテカと光るマッチョを売るために必死に言葉を続けます。
 貧しさから履くものが何もなく、赤くなった足をすり合わせながらも頑張ってマッチョを売ろうとしているのです。
 寒い寒い町の中、身体からほこほこと湯気を立ち上らせるマッチョ達。どこか暑苦しさを感じさせながらも少女はマッチョの良さをアピールしました。

「すり潰せばお薬にもなるマッチョ、マッチョはいりませんか?」

 そんな少女の言葉に、一人の男が小さく悲鳴をあげました。
 どこからどうみても人間だというのに、あれをすり潰すと女の子は言ったのです。そんな恐ろしすぎる光景を想像して、思わず悲鳴をあげてしまいました。
 その男の小さな恐怖は、訳の分からない現状に混乱していた人々を現実へと連れ戻し、今取るべき行動を取らせます。
 すなわち、逃げるということ。

 様々な悲鳴をあげながら、住人達は自分達の家や宿へと逃げていってしまいます。
 そしてわずかの間に石造りの通りには、少女と大量のマッチョ以外、誰もいなくなってしまいました。
 少女はあどげない顔に疑問の表情を浮かべ、小首を傾げ呟きました。

「おかしいわ……こんなに素敵に育ったマッチョなのに、なんでみんな逃げてしまうの?」

 少女は不思議でたまらなかったのです。こんなに素敵で愛らしいマッチョなら、みんな大喜びで買ってくれると思っていたというのに、買ってもらえるどころかみんなして逃げていったのですから。
 と、少女はパンッと手を打ち鳴らし、顔を輝かせました。

「そうだわ! マッチョの良さをもっとアピールすれば、きっと町のみんなもわかってくれるはずよっ!」

 少女はこう考えたのです。
 マッチョはこの町では珍しくて、分からないものだからみんな怖がったんだ。それなら、マッチョって良いものなんだとわかってもらえれば、きっと買ってくれるはずよっ! と、そう思いました。
 当たってはいますが、微妙にズレているのは気のせいでしょう。
 しかしそういったことに気がついていない少女は、スカートをくるりとひるがえし、マッチョ達へと身体を向け、言いました。

「さぁみんなっ!」

 女の子がにこりと笑いかけると、静かにしていたマッチョ達は待っていましたとばかりに嬉しそうに動き出しました。

「フンハッ」
「フンムッ」

 彼女が思いついた名案。それはポージングです。
 思い思いのポーズをとりながら、マッチョ達は実に楽しそうにその肉体美を披露していくのですが、誰かが出てくることはありません。
 少女は再びマッチョ達へと言葉を投げかけました。

「もっと、もっとよ! もっと汗を迸らせるのっ!」

 住民達に余すことなくマッチョの素晴らしさを伝えるべく、彼女はマッチョ達をより激しく、暑苦しくさせていくのです。
「さぁこれでどうっ!?」
 と、少女は通りを挟む建物を見やり、逃げ込んだ住民が出てくるのを待ちました。
 しかし、誰も出てきません。
 幼い女の子は唇を噛み締め、うなだれました。

「そんな……これじゃあお家に帰れないわ……」

 ちゃんとマッチョ達を全部売ってくると母に約束していた少女は、目尻に涙を浮かべながら途方に暮れてしまいます。
 こんな事なら、後で一緒にいきましょうと言っていた母の言うことを聞いておくべきだったと後悔していたのです。
 ああ、今頃町の人たちは温かいご飯を食べているんだろうな。そう考えると、今すぐ家に帰りたくなる彼女ですが、そうしたらきっと母は怒るかもしれない。それでも
 やはり売らなければと決心した彼女は、ある場所へと向かうことにします。

「あそこなら……。そうよ、あそこならきっと買ってくれるわっ」

 彼女の見つめる先、そこにあるのは――この街の主である貴族の住まうお城でした。
 貴族様ならお金も一杯もっているし、きっと買ってくれるに違いない。ああ、なんて名案なのかしら。貧乏人共にこんな可愛いマッチョを売るなんて、そもそもの間違いだったんだわ。 そう思いながら、ステップを踏みながらお城へと向かうのでした。


 女の子が城へと着くと、真っ先に門番の兵士が声をかけてきました。

「お嬢ちゃん。どうしたんだい? こんな寒い日に、何も履かずにいるだなんて……お母さんとはぐれてしまったのかい?」

 身につけた鎧と男の身長よりも少しばかり長い槍を手に、不思議そうな、それでいてとても心配そうな顔をしています。
 そんな彼に、少女は首を横にふりました。
 心なしか口元が引きつっている兵士へ、少女はお願いをすることにします。

「どうかマッチョを、マッチョを買ってくれませんか?」
「まっちょ……まっちょって、あのマッチョかい? キミの後ろにいる」

 男は彼女の後ろにいるホカホカと湯気を立ち上らせている暑苦しい何かを指差しながら訪ねました。冬だというのにブリーフ一枚で突っ立っている奇妙な筋肉男達、しかし男にとって問題なのは、そこではありませんでした。気にはなっても、職務に忠実である彼はあえてそこをスルーするのです。

「……それは、誰かに頼まれたのかな?」

 門番は穏やかに微笑みながら、少女に説明を求めた。

「いいえ、自分で売りに来ました」
「……キミは、この領内で奴隷の売買が禁止されているというのを知っているかね?」

 男の穏やかだった表情がにわかに変わっていきます。
 無表情。それが男の今の表情でした。
 たとえ相手が子供であろうとも、破ってはいけない決まりというものがあります。それを罰するのが彼ら兵士の役目の一つあり、少女は今、決まりを破ろうとしているからでしょう。

「はい、知っています。ですが、それがどうかしたのですか?」

 彼女は首をかしげながら男に問いました。
 その言葉を聴き、兵士はさらに表情を変えていきます。
 眉をつり上げ、手にした槍を強く握りしめ、強い口調で問い返しました。

「では、なぜ奴隷を売ろうとする! こんな寒空の下、ブリーフ一丁は可哀想だとは思わないのか! この領を守る一兵士として見過ごすことは出来ん! なんだか全然寒そうじゃないとか、むしろ暑苦しいとか思うが、見過ごすことは出来んのだッ!」

 男は心底怒っていると、少女にもすぐにわかりました。
 でもそれは誤解なのです。彼女はそれに気付くと、事実を分かりやすく告げました。ただし彼女の基準で、ですが。

「違います! 奴隷じゃなくてマッチョです!」
「奴隷だろう! 細かく言えばマッチョな奴隷だろう!」
「違います! マッチョな奴隷じゃなくてただのマッチョです!」
「いやだから、奴隷だろう?」
「マッチョです!」

 奴隷だ。いやいやマッチョだ。そんなよくわからない言い争いがしばし続き、ついには兵士の方が根負けしてしまいました。

「わかった。それはマッチョだ。ああ、マッチョさ。でもなお嬢ちゃん、この領では人を売るのは禁止されてるんだ。わかるよね」

 疲れ果てた顔をした男は、少女に言い聞かせるように優しい声色で語りかけます。

「人……? いえ、人ではなくマッチョです」
「もうやだこの展開」

 門番は既に涙目でした。
 もうこの女の子、頑固すぎて付き合ってられない。そう思ったものの、かといって人を売るのを黙認するわけにもいかず、この際牢屋にぶち込んでしまおうかと考えていたりします。
 しかし、目の前の彼女が言うには、マッチョに人権は無いらしい。なんと恐ろしいことを考えるのだろうか。筋肉をつけただけで人であることを否定されるだなんて……男の背筋は冬よりもなお寒い物が走りました。

「わかった。人ではなくマッチョなんだな」
「いえ、マッチョですけど、植物なんです」

 少女の言葉に、男は首を傾げます。
 植物? 植物というと、あの草や木のことだ。自分の足で立って歩く植物なぞ、見た事も聞いた事もない。

「いやいや、こんな愉快な植物などあってたまるものか」
「いえいえ、植物なんです。ほら」

 そういって、女の子はマッチョの履いていたブリーフをおもむろにずり下げました。
 そこには、確かに彼女の言うとおりに植物である証拠があるではありませんか。
 ムキムキな肉体にはとても似合わない、白くて可憐な小さな花が咲いているのです。

「まさか本当に植物だとでもいうのか……いやたしかに、これは紛れも無く花。そしてそれがマッチョの身体から生えている、と……」

 マッチョの股間に生える花をまじまじと男が見つめると、マッチョは頬を赤くして恥ずかしがっているようでした。あまりにもおぞましい光景に、男は素早く謎の筋肉植物から離れると、少女へ疑問を投げました。

「もしかして、このマッチョな部分は根っこなのかい?」
「はい、根っこです。この子達はちょっと成長しすぎちゃってマッチョになってしまったので、とても家の中において置けません。それで売りにきたのです」
「ははぁ、確かに数十人のマッチョが家の中にいては、寒くはないだろうが狭すぎるだろうなぁ……よしわかった。領主様にお伝えしよう。ここで待っていなさい」
「はいっ、ありがとうございますっ」

 その後、温かいスープと、靴を持った兵士が笑顔で朗報を持って戻ってきました。
 ようやく、少女はマッチョを売ることができたのでした。


 その後、その領は戦乱の渦に巻き込まれてしまうのですが、彼女が売ったマッチョ達はその堅牢なる肉体をおしげもなく披露し、領を守るための立役者となったのは余談です。
 その活躍ぶりは「動く城」と呼ばれ、敵方の城の中でマッチョ達が味方の周りを囲んで作った筋肉の城に立てこもったり、マッチョが横一列に並び、「迫る肉壁」と後に恐れられた突撃を行ったりと、守ってよし攻めてよしの万能ぶりを発揮したのでした。
 そしてマッチョは戦うだけが能ではない。怪我をした兵士にマッチョが迸る汗――通称肉汁――を飲ませると、たちまち痛みを感じなくなることも大変喜ばれたのです。
 マッチョ。正式名称をマンドラゴラと言いますが、結局その名前が広まることもなく、ただ彼らはマッチョと呼ばれ、マッチョであることに誇りを持ち続けたのでした。


 これは筋肉を愛する者達が集う国、大マッチョ帝国が建国される5年前の話。
 そして世界がマッチョに包まれる、10年前のお話……。
ここまで読んでいただき、大変ありがとうございました。
※文章を微修正しました。

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