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かみさまロード
作:光太朗



天使襲来


 名前、木下晃平。
 年齢、十四歳。
 成績、上。運動神経、上。容姿、上々。(自己申告)
 
 将来の夢、神。


「あのねー、木下くん」
 放課後、オレは職員室に呼び出され、担任の中本可奈子の甘ったるい声を聞かされていた。教師のくせに髪を茶色に染めている、年齢不詳な国語教師。香水のにおいが不評。
「作文、読んだわー。原稿用紙十枚の大作」
 中本サンの手には、先週国語の授業で書かされた作文があった。中学二年生にもなって、テーマは「将来の夢」。
「先生、感動しちゃった。とてもね、よく書けてると思うのー。で、質問なんだけどー」
 キィ、とイスを回して、中本サンはオレの顔をのぞき込んだ。オレの眼鏡に、中本サンのベビーフェイスが映る。表情一つ変えずにいると、彼女は作文の最初の一文を指差して、こちらに示した。
「これ、フィクション?」
「どうしてそのテーマでフィクションを書き上げる必要が?」
 逆に問うと、中本サンは目を瞬かせた。ゆっくりと、三回。
「じゃ、本気なんだ?」
「当たり前です」
 ふぅん、と鼻を鳴らすようにして、中本サンはもう一度デスクの方を向くと、お世辞にも整頓されているとはいえない引き出しの奥深くから、緑色の封筒を取り出した。少し折り目のついてしまっているそれを、埃を払うかのように軽くはたき、オレに差し出す。
 グリーンリバーコンツェルン──物々しいロゴの入った封筒だ。
「じゃ、これあげる」
「なんですか」
「さあー、よく知らないけど、渡すことになってんのー」
 首を斜めにして、中本サンはにっこりと笑った。コピーとってあるから、と前置きされ、作文も返される。
「見ればわかるみたいよー」
 オレは、手元に戻ってきた作文の、書き出しに目を落とした。
 我ながら、簡潔かつインパクトのある書き出しだ。
『将来の夢は、神になることだ』という、一文。
 厳密には、「夢」ではない。
 オレは本気だ。

「考えてもみろ。テストは常に百点、運動部の助っ人に出れば必ず勝利、調理実習の料理は特別講師のシェフの舌をもうならせる……オレが、このオレが、将来なるものっていったら、もう神しかないだろ」
「相変わらず病んでるなー」
 職員室前で待ちかまえていた友人の山本孝史は、実に失礼な感想を口にした。成績、運動神経、容姿、すべてが中の中。幼稚園からの腐れ縁だ。
「おまえさ、そもそもなんで神なの? 総理大臣とかでよくね?」
 さすが中の中の男。平々凡々とした問いかけをよこしてくる。甘いな。小倉カスタードパフェなみだ。
「オレは世界を手中に収めたいんだ。総理大臣じゃ、日本のトップ止まりだろ」
「独裁者にでもなって、戦争起こして、全世界を支配すりゃいいじゃん」
「……危険だな、おまえ」
 オレにいわせれば、こいつのほうが病んでる。出会った頃にはもうすでにゲーム漬けの男だったが、とうとう現実と空想の区別がつかなくなったか。
「危険ってなんだよ晃平、哀れんだ目すんなよ。おまえより俺のがまだまともなこといったと思うぞ」
「自覚がないのが気の毒だ」
「そっくりそのままお返ししよう、友よ」
 孝史はがっしりとオレの両肩をつかんだ。放課後とはいえ、生徒がちらほらと残っている学校の廊下で、見つめ合う男二人。しかも、オレは有名人だ(かっこいいから)。視線を感じる。
「……神になんて本当になれると思うのか」
 オレは鼻で笑った。
 小さい男だ。
「なる」
「…………」
 なぜか孝史は天井をあおぎ、大きく息を吐き出した。
「……あのな、晃平。おまえ背は低いけど顔はいいんだし、頭もいいんだしさ、もうちょっと可能性のあるビジョンを見ろよ」
「低くない」
「着眼して欲しいのはそこじゃねーよ」
「可能性ならある」
「……根拠は」
 オレは孝史の腕をつかみ、肩からはずさせると、そのまま腕を組んだ。本当なら見下ろしたいとこだが、若干、ごく若干、背丈に差があるので、不本意にも見上げる形になる。
「オレは、神に会ったことがある」

 あれは、オレが五歳のときだった。
 研究職である両親は海外を拠点にしており、滅多に日本の家にいることはなく、幼いオレはそれなりに寂しい日々を送っていた。だがその日、家政婦のトメさんが、届いたばかりの親からの手紙を渡してくれた。
 オレは、手紙は秘密基地で読むと決めていた。封筒を握りしめて、近所の公園へ急いだ。
 饅頭屋の角にさしかかったところで、突然、突風がオレを襲った。封筒は風にさらわれ、瞬時にして空高くに舞い上がった。
 オレは叫んだ。
「おお、神よ! あなたには慈悲というものがないのですか……!」
「いやそれおかしいだろ」
 モノローグに突っ込むな。最後まで聞け。
 すると、オレの声に応えるかのように、空から一人の男と、白い羽根の天使が降り立ったんだ。
「慈悲ならあるぜ」
 男はいった。オレに、封筒を手渡しながら。
 あなたはだれですか、と尋ねると、男は微笑んで、
「神だ」

「──それは、フィクションか?」
「ノンフィクションだ」
 感動の回想シーンの間中、ずっと苦いものを食べてしまったというような顔をしていた孝史が、重々しく聞いてきた。どいつもこいつも失礼だ。 
「それから、オレの夢は、大統領から神に変わったんだ」
「……………………そうか」
 何かいいたげな長い沈黙を挟み、沈痛な面持ちでたった一言、孝史は返した。そのまま空々しく、窓の外も見ずに、良い天気だなあ、などとつぶやく。
「しかも、オレの夢は今日、実現に向かって動き始めた」
 かまわず、オレは中本サンから渡された緑色の封筒を、指で挟んで見せびらかす。孝史は眉根を寄せた。
「おまえな、せっかく友人として病んだ話題を流そうとしてやってんのに」
「まあ、これを見ろ」
「……グリーンリバーコンツェルン?」
 呆けた顔で、ロゴを読みあげる。やがてその顔が、驚きに変わった。
「グリーンリバーっていえば、一流大学出ても就職できないっていう大企業じゃん。なんでそんなもの持ってんだよ」
「中本サンからもらった」
 そう、教師としてはあまりにも胡散臭い、元ヤンと噂される中本可奈子。普段はのらりくらりしているが、怒らせたら学校中で一番怖い。優等生であるオレも、ヤツには一目置いている。
 その中本サンが書かせた、「将来の夢」なんつー怪しい作文……これは何かあると、踏んだわけだが。
 案の定、呼び出されて、この封筒だ。
 堪えきれず、オレは笑い出した。
「吠え面かくがいい! オレが神になった暁には、その神々しい姿を見せつけて、ぎゃふんといわせてやるからな!」
「ヤだよー、そんなレトロなセリフ吐く神なんて。どっちかっつーと悪役じゃねーかよ。もうなんでもいいからゲーセン行こうぜ」
 テンションの違いが著しい。
 確かに、中本サンに呼び出されるまでは、孝史につきあってゲーセンに行くつもりだったが、もうそんな気分ではなくなってしまった。
 神になるため、勉強しなくては。
「でもちょっと興味あるな。開けてみろよ、それ。就職の斡旋だったらどうする?」
「おまえ、夢見がちだな。こんな大企業が中学生をヘッドハンティングするかよ」
 あしらいながらも、それもあるかもしれないと思う。孝史のいうとおり、この会社は一流大学を出てもなかなか就職できないと有名だ。しかし、各地に支社を置くマンモスぶりからすれば、人材はたくさん必要なはず。
 まあ、なんつーか、オレ、優秀だもんな。グリーンリバーが欲しがるのも無理ない。
「……よし」
 オレは意を決した。
 話しながら歩いてきたので、すでに下駄箱まで来ていた。靴を履き替え、足早に校舎裏に回り込む。
 孝史はまあいいとして、不特定多数に見られたくはない。
「開けるぞ」
 孝史がごくりと息を飲むのがわかる。軽んじていたわりにはがっついてきている。
 オレも少し緊張しながら、緑色の封筒の端っこを、できるだけ丁寧に破いた。
 なかには、四つに折りたたまれた、これまた緑色の高そうな紙が二枚。開いてみると、一枚目には、平仮名ばかりの大きな字で、
「『そんなきみのゆめをかなえよう』……?」
オレは思わず、声に出していた。
 丸いフォントで印刷された文字。あの名高いグリーンリバーとは、イメージが到底結びつかない。
 しかし、この内容。夢を叶える、ということは。
「なんだよこれ、中本サンにからかわれたんじゃねえの」
 拍子抜けした、といった調子で孝史がぼやく。紙をのぞき込もうとしてくる頭を押しのけて、オレは続きに目を落とした。
「『きみがほんきなら、きみのしょうらいのゆめを、おおきなこえでさけんでみよう』」
 一枚目はこれだけだ。二枚目には何も書かれていない。
「おい、叫ぶなよ。やめとけよ。他人のふりするぞ」
 慌てた様子の孝史を無視して、オレは思い切り息を吸い込んだ。
 本気なら、だと? 冗談じゃない。
 人生の序盤で、信念を疑われてたまるか!
「オレは、神に、なる──!」
 校舎裏の木々を揺らして、オレの声が響き渡った。隣で孝史が、あちゃーと頭を抱えている。
 数秒の沈黙。
「ラジャです──!」
 頭上から、声が届いた。
 オレは目を見張った。
 見上げた空に浮かぶ白い雲に、一点、黒い点が生まれたように見えた。だんだんと大きくなり、それが人の姿だと認識できるようになるころには、彼女はオレたちの目の前に着地していた。
 舞い降りた、というのではない。重力に逆らわずに落ちてきて、それだけの衝撃を受けたかのように轟音をとどろかせ、まさに「着地」したのだ。
 遅れて降りた長い黒髪が、ふわりと彼女の背に落ちる。ウェーブのかかった髪、服、靴まで、何もかもが黒い。なぜか、手には黒いレースの傘。
「……ゴスロリ?」
 阿呆みたいに口を開けた孝史が、阿呆みたいにつぶやいた。
 ゴスロリ……なるほど。正式にはゴシック&ロリータ(だった気がする)。知識として存在を知っているだけで、詳しくはないが、確かにそんな感じだ。このモノトーンのやたらひらひらした服、テレビなんかで見たことがある。
 彼女は、スカートの端を片手でつかみ、足をかるくクロスさせ、優雅に一礼した。
「はじめまして、天使です」
 にっこりと、彼女は笑った。
 オレも、孝史も、言葉が出ない。どちらともなく顔を見合わせ、もう一度「天使」を見る。
 黒ずくめの美少女。背中に羽根があるわけではないが、空から降ってきたのは事実。
 しかし、いきなり天使ですといわれても。
「あれ? なんですか? なんか変ですか?」
 彼女は小首を傾げてオレたちを見た。それから慌てて、傘の側面のチャックを開ける……それ、カバン?
「名刺、名刺ありますよ! だめですねー、初対面マナーを失念していました。どぞー」
 てへー、と笑って、名刺を差し出す。
 受け取らない理由もなく、流されるままに手を出した。
『第一級悪魔 桜田佑衣奈』
 …………。
 ………………ん?
「悪魔?」
「あ、ごめんなさい、間違えちゃった!」
 神速でオレの手から名刺を奪い返し、今度は別の名刺を手渡す。
『天使見習い 桜田佑衣奈』
 ……ああ、だめだ、突っ込みどころが多すぎて。
「晃平、これは夢だったという結論でどうだろう」
 孝史は佑衣奈という「天使」から目を離せないままで、そんな提案をしてくる。
 悪くない。悪くないが。
「……未来の神が、こんなことで恐れおののくわけには……!」
「なんの意地だよ、こいつ危ないって!」
「ゆいなは危なくないですよ! 失礼なご友人ですね」
 しゃべり方がバカっぽい。本当なら、絶対関わりたくないタイプだ。
 ひょっとして、どっかのテレビ局の手の込んだドッキリなんじゃないだろうかと、そんなことまで頭をよぎる。しかし、ここで可能性をふいにするわけにはいかない。
「……佑衣奈、さん? 何をしに、ここへ?」
 できるだけ落ち着いた声を出した。佑衣奈は驚いたような顔をしたが、満面の笑みを向ける。そのへんのアイドルよりよっぽど顔はいい。
「呼び捨てでいいですよー、神様」
「質問に……」
 思考回路、一旦停止。
 オレはがくりとその場に膝をつき、打ち震えた。
「晃平! なに喜んでんだ! しっかりしろ!」
「だって、神様、神様って呼ばれた……!」
「おまえどんだけ病んでんだ!」
 そうだ、嬉しいけど喜んでいる場合じゃない。相当嬉しいけど。だいぶ嬉しいけど。
「佑衣奈、君が悪いやつじゃないということは、よくわかった」
ごほんと咳払いをして、オレは立ち上がった。
「だめだこいつ……」
 孝史は無視。
「わかってもらえて嬉しいでーす。ゆいなはお腹が空きましたー」
…………。悪いやつではなさそうだが、頭は悪そうだ。
「晃平、とりあえず、とりあえず移動しよう。気づかなかったけど、俺らだいぶ注目されてる」
 孝史にいわれて、初めてまわりを見た。放課後の人気のない校舎裏っつっても、そりゃこれだけ騒げば人も来る。人だかり、とまではいかないが、数人が遠巻きにこちらを見ていた。何やらひそひそやっている様子が勘に障る。
「……あなたたち、何をやっているの?」
「うわ、柳原千鶴」
 そのなかから一人がこちらにやってきて、オレは思わず嫌な顔をした。同じクラスの、時代錯誤のお嬢。成績常に二位。常に一位のオレに、日頃から敵対心むき出しだ。
「学校内に部外者の立ち入りを許しているのかしら、成績優秀な木下君が? 内申に響きましてよ。先生を呼んでこなくてはならないわね」
 相変わらず、中学二年生とは思えねー。純日本人のくせに金髪縦巻きロールだし。それは内申に響かないのか?
「あの感じ悪いひと、だれですか? 神様のお知り合い?」
「……かみさま?」
 柳原の眉がぴくりと動く。ああ、嬉しいけどややこしい。
「柳原さん、この子はさ、海外から帰ってきたばっかの晃平のいとこで、学校に迎えに来ちゃったんだ」
「あら、どちらの国から? いついらしたの? 木下君ともあろう方が、日本のマナーのひとつも教えなかったのかしら。かわいそうないとこさんね」
 孝史のナイスフォローに、腕を組み、柳原が高圧的に攻撃を繰り出す。さっさとその場を後にしようとするオレの隣で、佑衣奈は邪気のない笑顔を少し傾けた。
「日本では初対面で嫌味をいうのがマナーなんですかー?」
 ……ああ、どうして、わざわざ火に油を注ぐんだ。カチーンと、柳原の額に怒りマークが出現する。
「ごめんなさい、ゆいなは日本のことに疎くて。郷に入っては郷に従え、がんばって嫌味覚えます!」
「あ……あなた、頭にくるわ!」
 日本に疎いといいながら日本のことわざを披露した佑衣奈の言葉に、馬鹿にされたのだと柳原が憤慨する。正しい反応だ。
 こいつ、無邪気な感じだけど絶対根は黒いな。
「学校から出れば文句ないんだろ。行くぞ」
 行くぞ、は孝史にいったのだが、佑衣奈が「ハイ」と返事をしてくる。かまわず、オレたちは逃げるように学校を後にした。 
  
「おまえが何か大いなることに巻き込まれつつあるのはよくわかる! ゴメン正直俺にはムリ! 何かあったらいつでもいえよ! じゃ、ガンバッテ!」
 学校を出るなり早口でまくし立て、孝史は逃げた。オレのなかにも、逃げたいという気持ちがなくはなかったが、しかしこれが神になるチャンスならものにするしかない。
 とはいえ、家に連れて行くのにも抵抗を感じていると、佑衣奈が「お腹空きました」をくり返すので、結局制服のままで近所のファーストフード店に来ていた。
「神さ……コーヘー、なんでも食べて良いのですか?」
 心底嬉しいけどさすがに人目があるので、名前で呼んでもらうことにする。オレが頷くと、佑衣奈は目を輝かせ、かるく三人分は注文した。
 結果、小さなトレイ山盛りに、バーガー、バーガー、バーガー、ポテト、ポテト、ナゲット、ナゲット、ナゲット……(数え切れない)。
 彼女の奇抜なファッションと、その容姿で、どうにも目立ってしょうがない。オレたちは二階の一番奥に席をとった。
「で、詳しく説明してもらいたいんだが」
「ものには順序ですよー」
 さっそく食料の征服にかかった彼女に、状況を説明する気はないようだ。オレは無言で、佑衣奈のトレイをこっち側に寄せた。伸ばしてくる手を手套で落とす。
「ひどい! どういうつもりですか! 食べるのは生きる者の権利ですよ!」
「おごった者が、見返りに状況説明を乞うのも、当然の権利だと思うが」
「……なるほどー」
 佑衣奈はふむ、と納得したかのようだった。
「じゃ、権利対権利、どちらの権利を優先させるか、勝負ということですね……」
 どうしてそうなる?
「説明さえしてもらえれば、いくらでも食わせてやるから」
「だってコーヘー、お手紙読んでないですよね? そっち読んだ方が、早いですよ」
「手紙?」
 グリーンリバーの封筒のことだろうか。でもあれはもう読ん……
「あ」
 思い立って、オレは封筒を取り出した。紙を開くと、思ったとおり、白紙だったはずの二枚目がびっしりと字で埋まっている。
 神秘的!
 急いで読み始める。佑衣奈がそーっとトレイに手を伸ばしてきたが、そんなことはどうでもいい。
『神をめざす君へ──』
 そう書き出されていた。

『神をめざす君へ
 信念を疑わず、神になろうと頑張る君に朗報だ!
 このたび、我がグリーンリバー社は、未来ある若者の夢を叶えるプロジェクトを開始した。これは、努力ではどうにもならないだろうと思われていた、イマジネーション溢れる夢を信じる者のみを対象としたプロジェクトだ。
 これから、二つの能力を試させてもらう。
 一つは世の中を良い方向へ導く能力。これは、すでに派遣されている天使とともに、「良いこと」をたくさんしてもらうというものだ。何が「良いこと」なのかの判断も、すべて君に託されているぞ!
 もう一つは、協力者を立派に育て上げる能力。これは、派遣されている天使を真に立派な天使にするというものだ。教育方法が悪いと、堕天使に降格するから気をつけろ!
君の頑張りを総合的に判断して、神にふさわしいと認められれば、めでたく君は神となる!
 詳しいことは、協力者である天使から聞いてくれ! 検討を祈る! チャオ!
                  グリーンリバー社代表取締役社長 緑川真之介』
 う……
「うさんくさい……」
 がくりと、うなだれた。
この、人を小馬鹿にしたような書き口はなんなんだ。子ども向けゲームの説明書か?
「そですか? グリーンリバーは、こっちの世界でも有名で、信用ある会社だって聞きましたけど」
いつの間にかすべてをたいらげ、両手で頬杖をついていた佑衣奈がオレをのぞき込んでくる。
「うさんくせえよ……そりゃ有名で信用ある会社…………こっちの世界?」
「追加オーダーいいですか?」
「こっちの世界ってナニ?」
「ゆいな、ダブルポークバーガー食べてみたいです」
「…………」
 オレは立ち上がった。ダブルポークバーガー三つとドリンクを買って、戻ってくる。
「で?」
「無知ですねー。コーヘーみたいな普通の人間が、天使や神様になると思ってたんですか?ぷっ、恥ずかしっ」
バーガー三つを奪い取る。
「冗談ですよ、神様! 神様!」
「おまえ、そーとー性格悪いだろ」
 でもちょっと嬉しかったから返す。
「つまりですねー、世界は一つじゃないのですよ。たっくさんあるんです。そのなかの一つが、コーヘーの暮らすこの世界。で、ゆいなたち、天使とか悪魔とか、こっちの世界でファンタジーとされているようなものがいっぱい住んでいる世界があるんです。『管理者の世界』って呼ばれます」
 ふむ。管理者の世界ってことは……
「こっちの世界で、神やら天使やらっていわれてるのは、その『管理者の世界』の住人ってことか」
「そゆことです。順応力ありますねー。ウソだと思わないんですか?」
「疑っても始まらないからな」
 ということは、オレが幼いころに会った神と天使も、管理者の世界から来たってことか。
 ──いや、待てよ。
 それじゃあ、オレが神になれるっていうのと、つじつまが合わない。
「でもですね、最近、この制度はどーなんだ、って意見が出てきまして。要するに、フランスで育った人がいきなり日本の総理大臣やるようなもんなんで、その世界のことはその世界の人間がやるべきじゃないかって話が出てきたんですよ、少数派ですけど。それに目をつけたのが、グリーンリバー社なんです。だから今回のこれは、試験的な試みなんですねー」
「じゃあ、グリーンリバーってのは……」
「『管理者の世界』のひとが、暇つぶしに始めた会社です。ちなみに本当は違法です。世界侵略行為に近いですね」 
 話はわかった。
 全面的に信じるとして、とにかく「良いこと」しまくれば、神になれるってことか。
 おもしろい。
「いっぱいしゃべったら疲れました。追加オーダーいいですか?」
 こいつを立派に育て上げるって方が、難しそうだ。
「おまえ、どうやったら立派な天使ってのになれるんだ?」
 まだ話が聞きたかったので、オレのトレイから残りのポテトを移し、質問を重ねた。佑衣奈は満足げにポテトをほおばりながら、
「簡単ですよー。良いことを進んでする良い人間に育ててください。ゆいな、基本的に良い子なんで、楽勝です」
「……良い子ね……」
 それで、名刺に「天使見習い」となっていたのか。正確には、まだ天使ではないということだろう。
「はー、腹三分目! そろそろ行きましょうか!」
 三分目なのか、とか、どこへ、とか、聞きたいことが色々あったので、オレの反応は遅れた。立ち上がった佑衣奈が、外食店特有の大きな窓に向かって右手を振り上げたのを、なぜかぼんやりと目で追っていた。
「えいっ」
 ガシャーンと、大きな音。佑衣奈が箸でも下ろすかのように、ふわりと手を振り下ろしたのと、目の前で窓ガラスが飛び散るのとが、同時だった。
 一瞬、何が起こったのかわからない。
「さ、コーヘー、おうちはどこですか?」
 ひょい、と傘を持ってない方の手で、オレを抱える。ちょっ、まさか──
「うわ──っ」
 飛び降りやがった! 高い、高いって!
 目を閉じた一瞬のうちに、いつの間にか地面に足がついている。恐る恐る顔を上げると、相変わらずの無邪気な顔で、佑衣奈がこちらを見ていた。何を驚いているのかまったくわからない、という顔。
 まわりを見る勇気はないが、ものすごく注目されているのがわかる。それはそうだ、二階の窓をぶち破って、人が飛び降りたのだから。
「おまえ……っ」
 声を張り上げようとしたが思い直し、オレは佑衣奈の手をとると、全速力で走り出した。
「コーヘー? なんですか、逃げるみたいに。あ、敵ですか! 敵がいたんですね!」
 後ろから的はずれな声が聞こえる。やばい、こいつはやばい。天使どころじゃない。「良いこと」どころか確実に悪いことをしてしまった。この女、天使見習いって絶対ウソだ!
「おまえ、本当は悪魔だろ!」
 どうにか路地をすり抜け、人気のない袋小路にたどり着く。あの名刺、最初に見せられた名刺、気になってたんだ。確かに、悪魔って書いてあった。
「パートナーを信じられないんですかー? 正真正銘天使見習いですよ。前職は悪魔でしたけど」
「あ?」
「わ、コワイ! なんですか、転職しちゃいけないんですか! 就職難のこのご時世に天使に転職なんて、けっこうすごいんですよ!」
 両手を腰に当て、怒ったようにいってくる。
 オレは肩を落とした。こいつの世界では、悪魔や天使は職業にすぎないのか……。オレが面接官なら、こいつを絶対天使見習いになんかしなかったのに。
「有名な悪魔だったんですよー。いくつか世界を滅ぼしました。でも、もう時代は天使かなーと思いまして、この度、転職を決意したんです!」
 てへ、とポーズを作られても。
「……おまえ、良いことと悪いことの区別、ついてるか?」
 どうにか言葉を絞り出す。予想どおりの言葉が返ってくる。
「もちろん!」
 涙が出そうだ。
 絶望的な気持ちで空を仰ぐと、ビルとビルの隙間から、ひらひらと何かが落ちてきた。
 もう、何を見ても驚かない、菩薩のような心境で、キャッチする。トランプのようなカードが一枚。
「堕天使カード……?」
 ジョーカーのような絵柄の上に、『堕天使カード』の文字。
「あ、それ集めちゃうと、ゆいなは堕天使に降格してしまいます。真の天使に昇格するには、『天使カード』集めなくちゃいけないんです。ゲームみたいでしょ?」
 つう、と涙が頬をつたい、しょっぱい味がした。
 ああ……前途多難ってこういうことだ……。



晃平の苦難は続く!!!!!







参加しています。





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