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異世界転移女子~ハルカ、無双します!~ 作者:神崎 創

第二章 目指すはバルデシア大陸・先行の旅路 編

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39) 邂逅・神秘の島にて

 人魚の娘達によって小さな島へと連れられてきたときには、もうとっぷりと日は暮れていた。
 彼女達が「人魚の島」と呼ぶそこは丸い三日月状を成しており、湾となっている部分から泳いだまま島の中央へと入っていけるようになっている。陸地には木々が生い茂っていて、それがちょうど人魚達のいる湾を外から隠すようにしていた。
 驚いたことに、夜だというのに真っ暗ではなく、やや視界が利く程度にほんのりと明るい。
 目を凝らしてみると、無数の小さく青白い光があちこちに散らばっていて、それのせいであった。チカチカと輝くイルミネーションを彷彿とさせる。幻想的で美しい光景である。
 疲労も忘れて見入っていると

「タナラです、ハルカ様。指先のように小さな生き物ですが、暗くなると身体から光を発するのです。でも、ここまで多くのタナラが集まっているのは初めて見ました。恐らく、森を荒す人間がいないからでしょう」

 ランリィが説明してくれた。
 ああ、蛍のようなものか、とハルカは解釈した。蛍よりも明るいかもしれない、とふと思った。
 湾の奥は砂浜になっている。
 ようやく足のつく陸地に上がった途端、ハルカはがっくりと膝をついて崩れた。体力を消耗しすぎて、立っていられなかったのである。

「ハルカ様っ!」
「あ、大丈夫よ、ランリィ。ちょっと、疲れただけだから……」

 弱々しい笑みとともにそう答えたが、ランリィは黙ってハルカの脇から支えるようにした。これ以上疲労させたくなかったのである。
 島のちょうど真ん中にあたる位置、浜を外れた場所にひときわ目立つ一本の大木がそびえている。
 その木陰に、品良く座っている一人の人魚。
 フルールよりもまだ上の年嵩に見えるが、それでも外見は若い女性といっていい。
 長く伸ばされた髪の下、端正という表現が相応しいよく整った相貌。女神のごとき穏やかさと慎み深さを感じさせる。
 仮に熟練の造形士が真似をしてもここまでの成形は不可能と思えるような、上半身から腰にかけての見事なプロポーション。重力に逆らって持ち上がっている大きなバストやきっちり絞られた腰のくびれのラインが絶妙かつ妖艶である。すらりと伸びた下半身、そして尾ひれを覆う鱗はプリズムのように虹色に輝く。
 全身からは侵しがたい威厳が漂いくる反面、王侯のような気高さと気品をも兼ね備えている。
 まさに完璧な容姿をもった女性がそこにはいた。
 ああ、これが人魚族の長か。
 ハルカもランリィも、紹介されずともすぐに理解していた。
 ただ――その相好にどこかしら暗い陰があるように、ハルカには感じられた。
 不安や心配ごと、悩みごとを抱えた者によく見られる暗さである。

「……ようこそ、人魚族の住む島へ。人間の方がいらっしゃるのは、もう何十年ぶりでしょうか」

 海から浜へと上がってきた二人に対し、人魚のほうから声をかけてくれた。
 透き通っていて、低く湿ったような響きの声である。艶やかといっていい。

「あ……はじめまして。あたし、ハルカっていいます。この子はあたしの従者、いえ、妹のランリィです」

 声に力がなかったが、長の美貌に圧倒されているハルカは一瞬身体の疲れを忘れてすらいた。
 彼女を脇から支えているランリィ、妹と紹介されると、嬉しそうな表情を隠さなかった。
 二人に付き添っているフルールが自分達の長を紹介しようと口を開きかけたが

「はじめまして、ハルカ様にランリィ様。私は人魚族の長、エルメルと申します。嵐に遭ってさぞかし難儀されたことでしょう。人魚の子達が間に合って本当に良かったと思っております」

 エルメルは自分から名乗ってくれた。
 表情が優しげに緩められている。

「あ、はい! なんか、人魚の子達に助けに行くように言ってくださったとか。本当にありがとうございました。おかげで、溺れ死なないで済みました」

 礼を述べつつ丁重にお辞儀したハルカ。ランリィも同様の所作をとった。

「いいえ、大したことはしてませなんだ。お礼を言われては、却って心苦しいです」

 いちいちの言葉遣いにも品の良さを感じさせる。
 お疲れでしょうからどうぞ腰を下ろしてくださいまし、と勧めておいてエルメルは

「実は、私もすごく不思議に思っているのです。急に、何かこう、大切なものがすぐ近くまできているような、そんな感じがしたのです。これはただ事ではないと思いましたので、すぐにフルール達を向かわせました。身体が大きくて力の強いマーレル達ならここまで背中に乗せてお連れできたのですが、彼らは速く泳げないものですから。そこはご容赦いただけますれば」

 口ぶりに、いかにも信じられないことだ、というふうな調子がある。
 会って間もないからエルメルにどういう能力があるのかはわからないが、人魚達の話からして、並々ならぬ不思議な何かを秘めていることは想像できる。
 その彼女が「不思議だ」と言う以上、今回のことはかなり奇跡的な出来事だったのかな、という気がしているハルカ。
 うそのような幸運であるにせよ、その幸運とやらにとても感謝したい。何しろ、一命をとりとめたのだ。
 とまで思ったところで、ハッと気付いた。

「そういえば! ダッツさん達、どうしたかしら? 船、難破したんだよね!? あたし、自分が溺れて死にそうになってたから、今の今まですっかり頭になかったんだけど」

 心地がついた途端、肝心なことを思い出した。
 船を操ってくれていたダッツら船乗り達はどうなったのであろう。
 ランリィに尋ねると、彼女は

「はい、ハルカ様。私には、船乗りの人達の姿を見つけることはできませんでした。あっと思ったときには、海に投げ出されておりまして、その、ハルカ様のことだけで頭がいっぱいで……」

 悲しそうに答えた。
 ダッツ達のことまで手が回らなくて申し訳なかった、といわんばかりである。
 ハルカは思わずランリィを抱きしめ

「いいのよ、ランリィ。あなたはあたしを助けてくれるために必死だったんだもの。悪いのはあたし。ろくに泳げもしないのに、ダッツさん達がいるから大丈夫だとか勝手なことを考えていたから。ランリィは何も悪いことなんかないから、そんな顔をしないで頂戴……」
「ハルカ様……」

 ダッツらが溺れてしまったのではないかと想像して、暗い顔をしている二人。
 すると、いつの間にやってきたのか、ランリィの傍でちょこんと座っていたエーゼルテが

「それって、船乗りさん達のことですか? 船乗りさん達なら、メルティーア姉様達がお助けしましたよ?」

 事も無げに言った。

「……へ?」

 思いがけないカミングアウトに、きょとんとしている二人。

「船乗りだから海で助けられたらめん、めんぼ……あれ? 何かが立たないって言って、みんな最初は泳いでいこうとしていたみたいです。でも、島までは遠いから疲れちゃって、結局は姉様達が連れて行ってあげたみたいですけど」
「なァんだ! よかった……」

 ハルカもランリィも、ホッと胸を撫で下ろした。
 安堵した途端、同時に可笑しみが湧いてきた。荒波の中に放り出されながら「助けられては面目が立たない」などと船乗りらしい見栄を張ったものの、そのあとやっぱり助けてもらったならどうにも格好悪いではないか。
 が、それはいい。
 ともかく、あれだけの嵐に遭いながら犠牲者が出なかったことは不幸中の幸いである。
 力が抜けたようになっている二人を見ていたエルメルは微笑して

「そのこともまた、不思議に思います。いつも人魚の子達はあちこちの海へ遊びに行っていてこれだけ大勢が揃うことは滅多にないのです。それが今日に限ってみんなこの島にいたのですから。フルールやリルエンデはいつも私の傍にいてくれますが、彼女達だけだったら船乗りの方達までお助けすることは叶わなかったでしょう」

 そんな事情を話してくれた。
 振り返ってみれば、幸運の上に幸運が重なっていたとしか言いようがない。
 このことは、メスティアにとっても幸先がいいという前触れなのであろうか。
 そういう意味のことを、再度感謝の言葉と合わせて言おうとして

「へっ、へくちっ! くちんっ!」

 いきなり、立て続けにくしゃみを落としたハルカ。
 ぶるぶる震えるというほどではないにせよ、夜はやはり涼しすぎるようである。衣服がびしょ濡れのままだから、余計に寒く感じる。安心したことで人間らしい感覚が戻ってきたらしい。
 そうと気付いたランリィは

「あの、どこかで火を焚いてもよろしいでしょうか? 着ている物を乾かしたいのですが……」

 恐る恐るエルメルに尋ねてみると

「ええ、構いません。人間の方は、身体が冷えてしまうと病にかかったり死んでしまうのだとか。そうなってはいけませんから、どうぞご自由に」

 ふわっと微笑みながら、了承してくれた。
 その笑みに、ハルカもランリィも思わず見惚れてしまった。この世の者とも思えない美しさを湛えている。
 いろいろと知識の豊富なランリィは火の起こし方を知っていて、適当な石と木片を拾ってきて火を焚いた。アウトドアにはまるで疎いハルカ、ただランリィに任せるしかない。
 二人は濡れた衣服を清水で洗ってから火で乾かした。島には湧き水があるとエルメルが教えてくれたのだ。
 その間、全裸。
 人魚の島には当然大勢の人魚達がいる。
 裸を晒すことに恥ずかしい気持ちがなくもなかったが、人魚族には女性しかいないと聞いている。同性なのだからまあいいかと思ったが、よく考えてみると人魚達もほぼ全裸である。気が楽になった。
 人魚族の娘達は火が珍しいのか、一斉に浜へ上がって二人の傍へ近寄ってきた。誰も警戒心を抱いていないのは、長であるエルメルによって認められた人間だからであろう。焚き火と二人をぐるりと取り囲み、あたかもキャンプファイヤーか何かの儀式のようになってしまった。
 そこでハルカの胸を見た彼女達は皆、一様に目を丸くしている。

「わぁ……大きい胸……! エルメル姉様よりも大きいかも」
「人間の方に失礼よ、ネルジーユ。あんまりじろじろ見ちゃ駄目」
「でもでもディアナータ姉さま! フライユの実よりも大きいわ。あんなに大きい胸は見たことがないかも。きっと、重たいんじゃないかしら?」

 火よりも、ハルカの胸の大きさのほうに圧倒的に関心が集まっている。たゆんと揺れるたびにどこからともなく「わあ」という声がした。
 たくさんの人魚達から胸を見られていることに気付いたハルカ、やっぱり少し恥ずかしくなってきた。両腕で胸を隠すようにして俯いている。
 そんな彼女を、羨ましそうに見ているランリィ。

「これ、あなた達。そのように集まってきては、人間の方が落ち着かないでしょう。失礼のないようになさい」

 エルメルが呼びかけてくれたため、人魚達はまた海へと戻っていった。
 なにかと、礼儀をうるさくいう種族である。

「申し訳ありません。人魚の子達は人間の方の体つきに興味があるのです。どうか悪くとらないでください」
「あ、いえ! ぜんぜん、気にしてませんので」

 体つきというより胸のでかさに興味があったみたいなんですが……とハルカは思ったが、黙っていた。
 そういうコンプレックスを感じるということでは人魚も人間と同じなのかも知れなかった。
 砂浜に静寂が戻ってきている。
 焚き火で身体を温めつつ、エルメルと話の続きをした。

「もし、差し支えなければお聞かせ願えませんか? ハルカ様達はどこからいらして、どこへ向かおうとなさっていたのでしょうか?」

 エルメルはそこが一番知りたいらしい。
 これまでのいきさつ、そして今の状況を話して聞かせたハルカ。
 もともとは別の世界で暮らしていたが、死にかけたところで転移してきた――という点をどうしようかと迷ったが、ありのままを伝えた。エルメルほどの者なら、疑わずに聞いてくれそうな気がしたのである。
 思った通り、エルメルは「本当なのか?」などという疑問を発することはなかった。
 そればかりか、やっぱり、といったように大きく頷いて

「……さもあろうと思いました。私が言うのもなんですが、ハルカ様は恐らく、女精エティシアがこの世界の混沌を鎮めるべくお呼びになった存在に違いありません。でなければ、こうも不思議な感覚にとらわれることはなかったのではないでしょうか」

 彼女の口からも、エティシアの名前が出てきた。
 人魚族の間でもその存在は信じられ、崇敬の対象となっているようであった。
 経緯を理解してもらったところで、ハルカはもっとも言いたいことを切り出した。

「それで、私達はバルデシア大陸に渡りたいんです。アリス王女様達がすんなり上陸できるようにしたくて、あたしとランリィは先行しています。でも、キーゼ島もどうなっているかわからないし、だいいちそこまで乗っていける船もありません。こんなことになってしまって、ちょっと途方に暮れているかも……」

 情けなさそうに笑って見せた。
 が、エルメルは真面目な表情を崩さず

「そのことにつきましては、またあとでお話をさせていただきましょう。私達としては、できる限りでハルカ様達のお力になりたいと思っておりますので、あまり気を落とされませんように」

 好意を示してくれた。
 長くを語らなかったが、彼女の胸中、何か期しているものがあるようにハルカには思われた。
 それ以上は踏み込まず、話はそこまでになった。
 夜も更けている。
 疲れているハルカは眠ろうかと思ったが、横になった途端に忘れていた感覚がよみがえってきた。
 ――空腹。
 船に酔ってさんざん吐いていたから、胃の中はすっからかんである。
 それはランリィも同じだったらしく、彼女は島を巡って口にできそうな木の実を取ってきてくれた。
 すると、海へ戻っていたフルールとエーゼルテが上がってきて

「良かったら、これをどうぞ。人間の方は物を食べないと死んでしまうとエルメル姉様から聞いていましたので、捕ってきたのですが……」

 手頃な大きさの魚を数匹、差し出してくれた。
 ありがたく頂戴することにしたが、ハルカは魚を調理することができない。
 またしてもランリィが木の枝に差してちょうどいい具合に焼いてくれた。
 それをほおばりつつ、ハルカは

「なんだか、ランリィにお嫁さんになってもらったみたいね。あたし、何でもかんでもしてもらってばかりで。自分一人じゃ、食事の用意もできない」

 思った通りのことを口に出しただけなのだが、聞いたランリィは「えっ!?」という顔のあと、恥ずかしそうにもじもじとし始めた。

「あ、あの、私はその……ハルカ様のお側にいられるなら、どんなことでもいたします。その、もし妻になれと仰るなら、喜んでお受けしますが……」
「ランリィったら。それじゃあたしが夫みたいじゃない。馬鹿でっかい剣とか振り回しているけど、まだ十代女子なんだからねー」

 傍でやりとりを聞いていたエーゼルテ。
 不思議そうに首をかしげて

「あのっ! 人間の人は、女の人同士でも仲良くなるんですか?」

 どうやら、結婚するのか、ということを訊きたかったらしい。
 この世界には結婚という単語がなく、男女が夫婦になることを婚成というのだと、ハルカは誰かに聞いたことがある。
 エーゼルテの無邪気な質問が可笑しかったハルカはきゃたきゃたと笑って

「それはないんじゃないかしら? さすがに、同性同士じゃ……ねぇ、ランリィ?」
「いえ、ございます。仲睦まじく婚の契りを交わすに、男女でなければならないという決まりはないのです」
「……」

 ランリィが恥ずかしそうにしていた真の意味を悟ったハルカ。
 何も言えなくなってしまった。
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