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異世界転移女子~ハルカ、無双します!~ 作者:神崎 創

第二章 目指すはバルデシア大陸・先行の旅路 編

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37) まさかの事態、そして・・・

 翌日。
 メスティア一同の決定を聞いたダッツは

「……そうか。わかった」

 とだけ答え、あとは黙々と出港の準備を進めることに専念していた。旧知のライケルに対しては口数が多かった彼も、今ではすっかり無口である。愛想がいいとはいえなかったが、約束を守ろうとしてくれている以上、メスティアの面々にとっては差し支えない。
 ハルカやランリィも身支度を整えにかかり、明日は出港という日になったのだが――ここへきて、思わぬ事態に見舞われてしまった。
 ウォリス、それにゼイドまでが突然高熱を発して倒れたのである。
 幸い、島には高齢ながら医士がいる。
 二人を診た医士はハルカとダッツに

「恐らく、ラド熱じゃな。ここらの船乗りどもは慣れておろうが、こちらの方々はかかったこともあるまい。一度かかっておれば次にかかってもすぐ治るが、最初はなかなか熱が引かんて。薬をこしらえて進ぜるがな」

 どうやら、風土病のようなものらしい。
 治る見込みがあるのは良かったが、これでは明日の出港に間に合わない。熱病の人間を船に乗せていくわけにはいかないのだ。

「どうする? しばらく見合わせるか?」

 ダッツが訊いてくれたが、ハルカはちょっと考えてから

「いえ、明日はキーゼ島までお願いします! あたしとランリィで、行きます!」

 きっぱりと言った。
 こういうときだからこそ、まずは自分ができることをやっておこうと思ったのである。もちろん、二人でキーゼ島を陥とそうなどと無茶なことを考えたりはしていない。偵察の程度のことなら、ウォリスやゼイドがいなくてもなんとかできるだろうと考えたのだ。

「二人だけで乗り込もうってのか……」

 さすがのダッツも驚き、ためらいを隠さなかった。彼はハルカの戦いを目の当たりにしていないから、その強さというものを知らない。
 しかし、すぐに

「……わかった。キーゼまで、送り届けてやる。船出は明朝、用意をしておけ」

 それだけを言って立ち去りかけたが、つと足を停め

「キーゼがどうなっているのか、俺達も知りたい。だから、上陸には手を貸してやる。――ただ、俺達は戦いの玄人ではない。先駆けは任せるからな」

 付け加えた。
 相変わらず素っ気ない態度ではあったが、気持ちとしてはハルカとランリィの女の子二人だけを放っておけない、ということらしい。
 ハルカとしては、そう申し出てくれたことが率直に嬉しかった。

「ありがとうございます、ダッツさん! よろしくお願いします!」

 そうして明朝。
 船に乗り込むべく旅宿を出る前、ハルカはウォリスとゼイドを見舞った。
 二人ともなおも熱が引かず、高熱にうなされて意識も定かではない。

「ウォリスさん、ゼイドさん。あたし、ランリィと行ってきます。無茶はしません。行くだけ行って、様子を見てきますから。どうか、ゆっくり身体を休めてくださいね……」

 届かないのを承知で、声をかけたハルカ。
 思えば、ウォリスにもゼイドにも、ひどく世話になっている。特にウォリスは、今回の先行に付き添う必要などないというのに、わざわざ自分から進み出てくれたのだ。今はこの二人を休ませてやりたい気持ちのほうが強い。
 時折、苦しげに顔を歪めるウォリスをじっと見つめていたが、徐に立ち上がり

「……行こ、ランリィ。ダッツさん達が待っている」
「はい、ハルカ様!」

 外へ出ると、空は明るくところどころ日差しが見えたが、雲がある。流れが速い。

「少し、風がありますね。沖のほうは大丈夫でしょうか?」

 風に乱される前髪を抑えつつ、心配そうなランリィ。
 気象の知識はからっきしのハルカは何とも答えようがなかったが、その道にかけては熟練のダッツ達がついていてくれる以上は大丈夫だろうと思った。
 船着き場へ赴くと、二人に気付いた若い船乗りが

「――おはよう、ハルカちゃんにランリィちゃん! よく眠れたかい?」

 気さくに声をかけてくれた。
 ここの船乗り達はダッツの人柄に影響されているのかあまり快活ではなかったが、年若い者達はやはり若い娘に関心があるようで、顔を合わせるたびに何かと話しかけてくれていた。視線がいつも顔より下―つまり胸だったり脚だったり――に向けられているのが気にはなったが、明るく接してくれること自体は悪い気がしない。

「おはようございまーす! 今日はよろしくお願いしまーす!」
「任せておいて! 久しぶりの航海だし、腕が鳴るよ!」

 若者は逞しい腕に力こぶしをつくって見せた。
 気負いぶりが可笑しかったが、頼もしくもある。
 それからほどなく、船はロバルドを離れたが――なんと、ハルカはしゃんとしている。
 実のところ、あの老医士にだめもとで訊いてみると

「ああ、波酔いか。多少抑える程度だが、何とかならぬこともない」

 といって、幾つか野草を配合した薬をくれたのである。こっちの世界にも酔い止めがあったのかと驚いたが、またあの苦痛を味わわずに済むかと思うとちょっと嬉しかった。
 若干の不快感はあるものの、ポームからのときに比べれば至って快適である。
 主の体調が良好であることに、ホッと胸をなで下ろしているランリィ。
 舳先に立つと、潮風が心地よい。
 しばらくの間というもの、船は好調に海原を走り続けた。
 ところが、夕刻近くになって、急に天候がぐずつきだした。
 風が唸るように吹き荒れ、帆が破れんばかりに膨らみっぱなしである。
 ほとんど穏やかだった海面が、あたかも生き物と化したように激しくうねる。押し寄せる波が船腹を打つたびに砕け散っては、甲板に水しぶきを放り上げた。
 船は絶え間なく揺られ、まともに立っていることができない。

「畜生。まだルビオの大時化って時期じゃねェだろう。何でこんなに荒れやがるんだ」

 帆柱にしがみつきながら、呻いたダッツ。
 船乗り達は必死に対処しようとするものの、揺れがひどく何かにつかまっているだけで手一杯だった。
 玄人ですら手の出しようがないのである。
 ハルカにとっては、地獄の始まりだった。
 こうなると、波酔いの薬の効き目など、あってないようなものである。

「おえ……」

 すでに戦闘不能状態。
 船倉の隅っこに転がってのたうち回っている。
 体調不調に陥った主の身もさることながら、ランリィは少し前から別のことが気にかかっている。
 もし、船が難破するようなことになったら――。
 こんな船底にいては逃げ場がなく、たちまちのうちに溺れ死んでしまうに違いない。ダッツらの腕を信用しないわけではないが、今はもしもの事態を考えておくほうがよいのではないか。
 咄嗟に腹を括ると、ハルカの腕を取って抱き起こし

「ハルカ様。お辛いでしょうが、ご辛抱ください。このままここにいれば、もしもの場合に助かりません。甲板に近いところまでお越しください」
「ふぇ? ランリィ、もしもって何……うぷっ!」

 船は前後左右に揺られ続けているため、立って歩くことはできない。
 腰をかがめてできるだけ姿勢を低くし、ゆっくりと船倉の出口を目指していくランリィ。
 そのころ、船上は荒れ狂う波のために壮絶な状態になっていた。

「舵、舵は取れるか!? 取れるものなら、ロバルドへ向けろ! ゆっくりでいい!」
「頭、無理ですぜ! この波じゃあ!」

 舵を切るどころの騒ぎではない。
 振り落とされないようにするのが精一杯。
 暴風と大波で、目も耳も利くものではなかった。問われた船乗りは大声で怒鳴るようにして答えた。
 そうこうしているうちに、船が大きく右へと傾き始めた。
 傾きはどんどんひどくなり、耐えられずに床を滑っていく者もいる。
 持ち堪えてくれよ――祈るような気持ちでいるダッツ。
 だが。

「頭ッ! 左、左だァ! 大波だァ!」

 轟々と唸る風音を縫うようにして、天台に立っている見張りの悲痛な声が届けられた。

「何ッ!?」

 左舷側へと目線を走らせたダッツは――天を突くように巨大な、真っ黒い壁が迫り来るのを見た。
 幾ばくもせずして、凄まじい衝撃が船を襲う。
 しがみついていた帆柱から、腕が離れてしまった。
 ――空が、ねェ。
 身体が宙に浮くような感覚の中、彼はそんなことを思っていた。



 船が急激に傾ぎ始めたとき、ランリィは自分の直感の正しさを思った。

(これは……もう、保たないわ!)

 ハルカを連れて何とか外へ逃れ出た瞬間である。
 あっという間もない。
 前後左右がわからなくなっていた。
 押し寄せた波に突き飛ばされるようにして、ハルカとランリィは船から海に落されたのである。

(――!?)

 突然大量の水によって呼吸の自由を奪われたことで、、自分が海に投げ出されたことを悟ったハルカ。
 無我夢中で海面に顔を出したものの、荒れ狂う波に翻弄され、必死に手足を動かそうともどうにもならない。方向感覚も失っていた。船のことなど完全に頭に、ない。
かつ、地に足のつかないことの恐怖が身体の底からわき上がってきて、たちまちのうちに彼女を支配した。
 と、いうのも――

「――ハルカ様っ!? どちらに!?」

 揺れる海面に漂いながら、血相を変えてハルカの姿を求めているランリィ。
 同じ方向へ投げ出されたのが幸いしたか、そう遠くない位置に発見することができた。
 波間に見え隠れするハルカを認めてホッとし

「ハルカ様っ! 波に逆らってはなりません! できるだけ、力を抜いて身体を横に、、波に身を任せて――」

 声を限りに叫んだ。
 ところが、ハルカはじたばたとやってばかりで、一向に体勢が変わらない。そればかりか、時折彼女の姿が海中に消えたりする。
 もしや、と思うまでもなかった。

「た、助けてランリィ! あ、あた、あたし、およ、泳げ、なく――」

 必死に助けを請う声が聞こえてきた。
 愕然としたランリィ。
 驚異的な身体能力を誇るハルカゆえ、泳ぎなど造作もないことだと思っていた。
 身体が反射的に動く。
 絶えず押し寄せる大波に翻弄されつつ、死に物狂いて抜き手をきって近づこうと試みる。

「ハルカ様っ! しっかり、しっかりなさってくださいっ! わた、私が、どこか、岸までお連れ、いたしますから……!」

 海面は大きくうねり続けているが、一気に突っ切れば近付けそうである。
 小柄な身体のどこにそんな力が秘められていたのか、という力泳ぶりで、ランリィはなんとか主の傍へ近づくことができた。その頃には、ハルカは体力を消耗してほとんど沈みかけている。

「ハル、ハルカ様、しっかり! この通り、私が傍におりますから!」

 泳げない者は、浮いている何かにつかまることで多少恐怖から逃れられる。
 ようやく心地を得たハルカ、ほとんど半泣きで水を吐き出しつつ

「あり、あり、がと、ランリィ。あ、あたし、死ぬ、のかと……」

 ハルカが初めて見せた泣き顔。
 この人にも怖いと思うことがあったのか、という新鮮な驚きを禁じ得なかった。
 同時に、すっかり頼られているのを感じたランリィは、心にハルカを愛おしく思う気持ちがぶくぶくと湧き起こってくるのをおぼえた。
 主であり姉であるこの人を絶対に死なせはしない、そう決意すると

「この私がいる限り、ハルカ様をお守りしてみせます! どうか、お気を確かに!」

 大きな波が襲ってきた。
 咄嗟にランリィはハルカを抱きしめ、波が行き過ぎるのを待つと

「……まずは、浮き続けることです! 私が言う通りに! 少しずつ身体の力を抜いてください。波が来ても逆らわずに、波に対して体が横になるように――」

 もはや口を利くだけの体力が残されていないのか、はたまた気を失いつつあるのか、ハルカは沈黙を続けている。
 彼女を引き摺るようにして少しずつ移動を試みるランリィだったが、小柄な彼女にこの状況はきつすぎた。泳ぐことに集中するとハルカが沈んでいき、ハルカを気にすると身動きがとれなくなる。彼女自身の体力も限界を迎えつつあったが、必死に歯を食いしばって堪え続けた。

(どこか、陸、陸はないのかしら……? せめて、何か浮いている物でもあればよいのだけど)

 見渡せども、どこまでも荒れる海原が続いているばかり。岸らしきものはどの方向にも見当たらない。
 何度も波に打たれて水をかぶっているうち、ふっと気が遠のいていく瞬間があった。
 これまでか?
 さすがのランリィも、心の隅でちらと思ったときである。
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