挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
異世界転移女子~ハルカ、無双します!~ 作者:神崎 創

第二章 目指すはバルデシア大陸・先行の旅路 編

31/41

31) 船出の街に、暁は訪れる

「――で、東の絶壁をよじ登って北側から忍び込んできた、というのか」

 予定外の出来事から少しあと。
 ハルカとランリィは、積み荷倉の一棟へと案内されていた。
 物陰で絡み合っていた若い男女――マチスという青年、娘はアンといった――が、事情を聞いてそれならばと船乗り頭に話を通じてくれたのである。無論、逢引の一件は黙っていて欲しいとせがまれたが。
 船乗り頭はライケルといった。
 頭髪をすっかり失った中年男だったが、船乗りらしく逞しい体つきをしている。腕が大木のように太かった。
 大酒をくらって熟睡中だったところを起こされたせいか、機嫌がよくない。
 寝ぼけ半分、といった面つきでハルカの説明を聞いていたが、メスティア軍が決起してアルセス奪還に成功したこと、そしてエミーの名を出すと急に両眼をぎらつかせ

「そうか。メスティアが蜂起してエミーがお宝を手にした、か……」

 呟くように何度も口にして、考え込んでいる。
 言うだけのことを言ったハルカは、黙ってライケルの出方を見守っている。
 その彼女の背後では――アンから縫い針を借りたランリィが、裂けた衣装の裾をせっせと縫っている。
 ややあって、ライケルがその鋭い眼差しをハルカに向けた。先ほどまでの寝ぼけ眼ではない。

「……お前の言い分はわかった。エミーがアルセスで上手いことやったというのも、信じなくはない。だが」
「だが?」

 油塊に灯された赤い光を受けて、ライケルの禿頭がキラリと反射した。

「ドボスの連中を襲って街を奪い返すにゃ、それなりの人数と戦力が必要だぜ? 生半可に反乱を起こしたって、逆に殺されてそれまでだ。今、ここにやってきているっちゃ、お前さんとその後ろの嬢ちゃん二人きりじゃねェか。メスティアの軍勢はいねェんだろ? 東の絶壁を乗り越えてきたのは認めるが、俺達に必要なのは腕っぷしの強い連中だ。悪いが、か弱い娘が二人加勢にきたくらいで、はいそうですかと反乱を起こす気にゃならんぜ」

 周りに、人が数名いる。
 マチスから急を聞いてやってきた船乗りの男達だが、どれもこれも海の荒くれ者といった風貌で、いかにも強そうである。
 その彼らが、ライケルの言葉に深く頷いている。ドボスに対するを恐れがあるらしい。

「あたし達だけじゃ、信用できないっていうことね?」
「まぁな。信用できないとは言わねェが、ドボスに歯向かって立ち上がるには不足があるってこった」

 ライケルが答えた。
 大真面目に応対している態度から、決して面倒くさがっているのでないことだけはわかる。決起することによって、仲間の船乗り達が傷ついたり命を落としたりするのを嫌っているに違いない。その点、見た目は不愛想だが、思いやりの心を持った船乗り頭であるといえる。立ち上がるからには一か八かの博打を打つのではなく、万全を期したいと思う気持ちもわからなくはない。
 ともかくも、交渉は旗色が悪い。
 手を動かしながら黙って聞いているランリィは、ハルカがどう応じるのかと不安になった。
 そのハルカ。
 ライケルの言い分を聞くや、なんだそんなことか、といった風に表情を緩め

「まあ、そうよねー。あたしとランリィの二人で助けに来たって言っても、それはちょーっと無理があるよね。どうみても、ただの女の子二人だし」ピッとライケルを指し「おじさん、そのとーり!」

 おちゃらけに、周囲の男達の中にはムッとした顔つきになった者もいる。
 が、相手が少女だからか、ライケルはさすがに真に受けず、苦笑で受け止めた。

「まァ、そういうこった。悪いこたァ言わねェから、ドボスの連中が目を覚まさないうちにここから――」

 言いかけて、言葉を飲み込んでいた。
 船に積む荷を納める大きな荷箱が幾つも積み上げられているのだが、ハルカはにこにこしたまま、それを無造作につかむなりひょいと持ち上げて見せたのである。
 一つではない。
 二つ積み重ねてあり、しかもその上に若い船乗りが一人、腰掛けたままの状態である。どんな力自慢の船乗りでも、これは無理であろう。
 とどめに、片腕ときた。

「……!」

 あんぐりと口を開けたままで固まっているライケル。
 ハルカは荷箱と船乗りをゆっくりと床に下ろしておいて

「……ま、こういうことなんでー! それでも信じられないなら、あたしの大剣を貸してあげてもいいよ? そこにあるから、手にとってみてもらえばわかると思うケド」

 親指を立てて背後を指した。
 一振りの長大な剣が壁に立てかけてある。アルセスの職人達から贈られたものだが、鍛えた当人達でさえ一人では持ち上がらず、三人がかりで王城まで運んできたのだとあとになって聞かされた。
 室内が暗いためにその存在に気付かなかったのであろう。あらためて目にした船乗り達は、その大きさに三度度胆を抜かれたようであった。
 そういうことか、と、ハルカの機知を頼もしく思ったランリィ。
 腕っぷし自慢の男達相手には、口頭であれこれ説くよりも何かしらを見せたほうが早い、とハルカはふんだに違いない。実際に、男達をあっさり黙らせてしまったではないか。
 少しの間というもの、ライケルは口を利くことを忘れたかのように呆然としていたが、やがて

「……わ、わかったよ。俺はまた、さっき飲んだ寝酒が回っちまってるのかと思った」

 呻くように言った。
 面持ちに、なおも信じられないといった気色が残っている。
 ハルカは他愛なくにこにこしたまま

「今日の夜に飲むお酒はもっと美味しいと思いますよ? ドボスから解放されたお祝いのお酒、さぞかし美味しいんじゃないかしら?」

 今度は悪戯っぽい笑みを浮かべ

「あたしはお酒、飲めませんケド」

 ――それから、ほどもない。
 期待していた船乗り達の協力を取り付けられたことにより、ポーム奪還戦の幕は切って落とされた。
 闇はまだ深く、明けるまでに時間がある。
 ドボス兵に喧嘩を仕掛けて船乗り達に損害を出したくない、というライケルの意向を汲み取り、ハルカが示した作戦は至ってシンプルだった。
 ドボスの連中が詰めている兵営には、ハルカが単身乗り込んでいく。
 屈強な船乗り達は、手に手に得物を携えつつ、街の人達を守っていてもらう。ドボス兵が襲いかからないとも限らないからである。
 実のところ、段取りを聞いたライケルは、自分をはじめ何人か人数をつけると申し出てくれた。信じられない能力を目の当たりにしたとはいえ、女の子をたった一人で敵の本拠へ向かわせることに罪悪感を覚えたらしい。
 しかし、ハルカは婉曲に辞退した。
 幸い、ドボス兵残党のほとんどが街の南部に集中している以上、一気にカタをつけてしまいたい。
 街をぶっ壊さない程度に大暴れしてやろうと思うのだが、近くに船乗り達がいては、巻き添えにしてしまいかねない。

「ここのところ、立て続けにアルセスに呼ばれていったみたいだからな。ポームにはもう、それほどの数は残っちゃいねェと思う。――アルセスで何かあったんだろうとは思っていたが、まさかメスティアの連中が反撃を開始していたとはな。まったく、恐れ入ったよ」

 そんな表現で、ポームに残っているドボス軍の実情を説明したライケル。
 通交が絶たれていたから、アルセス奪還の報も届いていなかったのだと付け加えた。
 状況は知らないうちにメスティアにとって有利に動いていたともいえる。もしもドボス軍がポームに十分な兵力を温存していたならば、今回のようにハルカとランリィが潜入するだけでは済まなかった可能性が大きい。ライケルらと内通しつつ段取りを整え、街の内外から一気に事を起こすように運ばなければならなかったであろう。
 とにかく、アルセス島における勝利を決定的にする戦いである。
 まずはハルカが忍び出て行って積み荷倉を張っていた見張りのドボス兵を叩きのめすと、船乗り達が一斉に街のあちこちに散っていく。特に、女性や子供のいる人家を厳重に守るよう、ライケルから指示が出ている。そのあたり、よく気遣いのある男であった。
 手際よく船乗り達の配置が完了したところで、独り進撃を開始したハルカ。
 右手に湾を眺めつつ、南側にあるドボス兵営を目指し、白い外套をなびかせて進んでいく。
 ドボス兵の注意を一手に引き受けるため、わざとゆるゆると歩いている。
 人家の多い北側へと通じる往来をハルカがのし歩いている以上、ドボス兵は彼女を打ち倒さなければ北側へは行けない。地形的に利を得ているといっていい。ランリィをライケルの傍に残してあるから、想定外の事態が起きれば真っ先に彼女が通報にきてくれる手筈になっている。
 異変に気付いたドボス兵が思い出したように飛び出して打ち掛かってきたが、都度無残な結果に終わった。
 ライケルによれば、アルセスのときのように捕らえられている人々はいないという。ダムやバルゼンといった残虐な指揮者が常駐していないという事情もあったが、何より、じっと耐え忍ぶようライケルが人々に説き聞かしめていたことが大きい。彼の慎重さをして、街の人々が危難から逃れ得たという見方ができなくもない。
 したがって、乗り込んでいくハルカとしては気が楽であった。人質をとられる心配がないゆえ、正面から堂々と斬り込んでいくだけでいい。
 やがて、行く手にやや大きな木製の扉が見えてきた。
 ポームの南側は絶壁、それに人工の石壁によって外界から途絶されている。アルセスへと通じるには、唯一の門を通らなくてはならないということになる。
 近付くにつれ、ドボス兵がまとまって姿を現し始めた。
 これだけ騒ぎになれば当然なのだが、しかしアルセスのときのような兵力は認められない。軽く目で数えても、せいぜい三十人を超えない数である。
 魔族は暗闇でも目が利くのか、動きに齟齬がない。
 対するハルカ、あたりがまだ暗いのが多少厄介ではあったが、しかし空は少しずつ白ばみ始めてきている。兵一体一体の輪郭を捉えられる程度にはなっており、間合いを誤ることはなさそうに思われた。
 半円状に取り囲むように展開しているドボス兵。
 相変わらず血のように赤い甲冑を着し、手に手に武骨な剣や槍を握っている。
 最前衛にいる数名が得物を振りかぶりざま、踏み込んできた。
 が、次の瞬間。
 闇に白く残像が描かれたかと思うと、それらのドボス兵が右から左へと薙ぎ倒されている。ばかりか、吹っ飛ばされたドボス兵は周囲の連中をも巻き添えにしてしまい、あっという間に左半分の人数が消滅していた。
 驚異的な跳躍力を活かして突進したハルカの、抜き打ちの一振りである。
 強烈な一撃を繰り出しながらも、彼女の目線はすでに、残りのドボス兵に向けられている。
 片足をブレーキ代わりに着地しつつくるりと身を返すや否や、左に回っている大剣をぐっと腰に引き付けた。
 ハルカの動きについていっていないドボス兵らは、反応することができない。

「アルセス島から……」

 一瞬の溜めのあと、下から上へと振り抜かれた大剣が半月状の軌道を描き出した。

「出て行け!」

 ドボス兵がことごとく、宙を舞っていた。
 はるか斜め上へと運ばれた彼らの下には、静かにさざめく海面が待っている。
 ほどなく、立て続けに派手な水しぶきが上がり、すぐに収まった。
 ゆっくりと浮いてきたドボス兵もあるが、絶大な破壊力を秘めた斬撃を受けたためか、どれも波間に漂ったまま動かない。残りは甲冑の重みに引き摺られて海中に沈んだようであった。
 殲滅を確認したハルカは、手にした大剣を見やった。
 職人達がどういう工夫を施してくれているのか、手の平にしっくりと馴染んでいる。鮮やかな打ち込みが決められたのは、そのためであったといってもいい。

(……職人のおじさん達、ありがと。とっても使いやすいよ)

 胸の内で思わず感謝の言葉を述べていた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ