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異世界転移女子~ハルカ、無双します!~ 作者:神崎 創

第一章 メスティア軍の決起・アルセス解放戦 編

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21) 悪の真似は所詮悪 byハルカ

 アルセス王らを埋葬する場所については、土地勘のあるジェイ、それに数人の街人に選定を一任することになった。一国の王の遺骨を納めるのだから、その国の人々の意向も尊重しようというアリスの配慮である。
 その間、いま一つ、処置すべき事柄が残っている。
 ――捕らえたダムの処分。
 ハルカとの一騎打ちによって両腕をへし折られた彼は牙を抜かれた猛獣も同然で、自慢の剛力も思うがままに振るえない。人々によって身動きできないようがんじがらめに括られたうえ、牢の中に転がされている。腕が痛むのか、野獣のようなうなり声が牢内に響き渡っていた。
 アルセス解放戦を終えてみれば、ドボス軍で生き残っているのはダム一人だけとなっていた。他の魔族の雑兵はメスティア勢に片っ端から討ち取られたり、反撃に転じた街の人々によってことごとく仕留められてしまっていたのだった。元々大軍と呼べるほどの軍勢を擁していなかったとはいえ、ほとんど全滅させられたにも等しい。
 処分を決める衆議は、アルセスが解放された次の日に開かれた。
 話し合いの場には街の有力者数名にも参加してもらったのだが、やはり彼らは異口同音に処刑を求めた。
 無論、ただの処刑ではない。
 衆前処刑――ハルカが理解する限りでは、公開処刑の意――せよ、という。
 ダムによって殺された人々は数も知れず、また重税や労役によって塗炭の苦しみを味わわされたアルセスの民にしてみれば、彼を何度殺しても飽き足らないであろう。その心情は誰もが十分に理解していた。
 ただ――と、アリスは思わなくもない。
 大勢の人々の眼前でむざむざ命を絶つような真似をすれば、それはガルザッグのやり方と何ら変わるところがないのではないか、と。脳裏に、大衆の面前で処刑された両親の姿がある。どれだけ恨んでも恨み足りない気持ちに変わりはないものの、メスティアの者として人間として、凶悪なガルザッグもとい魔族などと同じようにはなりたくなかった。衆前処刑以外に方法がないものか、と考えてしまう。
 とはいえ、そのことを口に出すのが憚られるほど、アルセスの人々の怒りは激しい。市中へ引き摺り出したが最後、人々は寄ってたかってダムを生きたまま切り刻むであろう。
 沈黙を続けているアリスの前では、白熱した議論が飛び交っている。

「何を躊躇なさっているのですか! 奴はバルゼン同様、アルセスの人々を残酷に殺した張本人なのですぞ!」
「左様。私の隣家の青年など、ダムを見たというだけで通りの真ん中に引き摺られ、なぶり殺しにされたのです。あのときの奴の顔といったら! 狩りでも楽しむように、薄ら笑いを浮かべていた。あれを思い出すと、今でも眠れやしない」
「処刑しかありません。あんな獣を生かしておくなど、もってのほかです」

 戦場では勇敢なメスティアの猛者たちも、有力者らの勢いに押されて黙りがちである。
 辛うじて、それとなくアリスの意をくんだリディアが慎重論を唱えかけたものの、たちまち圧倒されて何も言えなくなってしまった。ドボス軍によって辛酸をなめさせられたのはメスティア勢もアルセスの人々も同じだが、恐怖支配による直接の被害を蒙っていたのはアルセスの人々である。その間、メスティア勢はアルセアに逃れていたことを合わせて考えれば、アリスらとしては強く言えない立場にあると認めざるを得ない。
 時間の経過とともに、結論が衆前処刑の方向に傾きつつある。
 有力者の代表である老人がアリスのほうを向き

「さあさ、アリス王女様、どうか、ご決断を! 人々にダムが死をもって償ったことを知らしめれば、それだけで少しは民心も癒されましょうぞ。あの大罪人を生かしておくだけで、街の人々の心は穏やかならぬのです」

 早く決を採れ、と言わんばかりの口調で迫った。
 当たるべからざる勢いに、抗弁する者はない。
 誰もが「こうなってはやむを得ない」と思い始めたときである。

「あの! あたし、公開処刑……じゃなくて衆前処刑っていうんですか? は、しないほうがいいと思います!」

 きっぱりと言い切った者がいる。
 ハルカ。
 皆の視線が一斉に、彼女に向けられた。
 代表の老人がすぐさま胡乱げな表情をつくりつつ

「……ハルカ様。それはまた、どのようなおつもりですかな?」

 口ぶりに、咎めるような調子がある。
 が、ハルカは動じた風もなく

「だって、そんな残酷なことをしたら、ガルザッグとかドボスと同じじゃん。いいの? それで」

 あっけらかんと言った。
 ウォリスやリディアの相好には「おいおい、ハルカ! 今それを言うか!」といった表情がありありと浮かんでいる。
 ただ独り、アリスだけはやんわりと愁眉を開いていたことに誰も気付いていない。彼女の胸中にある思いを、ハルカがそのまま代弁してくれたようなものであったからだ。
 すると、間髪を容れず

「英雄のハルカ殿のお言葉とも思えませんな。あれは民を殺した大罪人なのですぞ! 処刑とはいっても、ガルザッグの連中がやることとは違います!」
「そうです! 生かしておいて、何の益があるというのです?」
「我々は何も、ハルカ様にダムの処刑を執行していただこうと言っているのではない。おわかりですかな?」

 有力者たちが口々に反論し始めた。
 憎しみに支配されている彼らは、相手が一人の少女であるにもかかわらず容赦がなかった。
 しかし、ハルカはいちいち抗弁しない。
 言うだけ言わせたあと、ちょっと苦笑しつつ

「だからぁ」

 腰に両手を当てて胸を反らした。弾みで、大きな胸がたゆんと上下する。

「あの、あたし、衆前処刑がいけないって言ったんです。それだけです」

 今度は、有力者たちが呆気にとられる番だった。
 皆「へ?」という、間の抜けた面つきになっている。

「衆前処刑がいけないだけ? と、仰いますと……?」
「正直を言えば、殺して命を奪うこと自体気が進まないです。――でも、あのダムはたくさんの罪もない人たちを殺したわけだし、そのことを悪いとも思っていないですよね? あたしが生まれ育った国でも、人を殺して反省しない人は死刑になったりしていました。わざと他人の命を奪った人は、死んで償う以外にないってコトですよ。だから、死刑になっても仕方がないように思います。ただ」

 どう表現したものかと考えるように、ちょっと間を置いてから

「残酷な死なせ方はダメです。あたしのいた国に武士の情けっていう言葉があるんですけど、メスティアやアルセスの人たちがガルザッグ帝国と違って人情のある国だっていうなら、ダムが苦しまないように死を与えるべきです。――だいたい」

 ピッと有力者たちを意味ありげに指し

「小さな子供たちに残酷な処刑なんて見せたらダメじゃないですかぁ。みんな、いいオトナなんだから、少しは冷静に考えなくちゃ」

 武士の情け、と言っても通じないだろうと思ったが、そこはノリで一気に押し込んでしまった。
 この際、言い回しはどうでもいい。どんなときでも人として大切なものを見失ってはいけない、ということを言いたかったのである。

「……」

 あれだけ騒いでいた有力者たちは皆、押し黙ってしまった。
 まったくもって簡潔かつ明瞭、小さな子供ですらよくわかるような言い方である。抗弁の余地がない。
 可憐な少女にそのように指摘され、かつ道理をもって諭されると、今さらながら自分たちが激情に支配されているだけのように思えてきたのであろう。それもさることながら、残虐な処刑の様子を子供たちに見せるなど、確かにもってのほかである。市中で処刑を行えば、どう手を尽くしたところで子供たちの目についてしまう。
 しばし、議論は停滞した。
 ハルカの指摘を受け、一座はすっかり考え込んでしまっている。言うべきことを言った当の彼女は涼しい顔をして様子を眺めているだけである。
 実のところ、昨日ヘレナが替えの衣装を用意してくれたのだが、丈が短すぎて股下が気になるうえに胸のあたりがやたらときつくて仕方がなかった。さっさと着替えたいので衆議が早く終わってほしいという気持ちもある。
 ようやく、有力者の一人である商人の壮年が

「……ならば、ダムに死を与えるとして、どのようにすればいいのでしょうかね? 奴は頑強な肉体を持っています。ちょっとやそっとのことでは死に至らないでしょう。ひと思いに止めを刺せなければ、結果としてじわじわと殺すことと同じになってしまうのではないかと思うのですが」

 そう、切り出した。
 口調が穏やかになっているところからして、先ほどまでの衆前処刑要求は引っ込めたようである。代わりに、どうやってダムの命を絶つかという点を衝いてきた。
 彼の疑問はもっともである。
 ダムほどの巨躯があれば生命力もそれなりであり、首を絞めようと刃物で刺そうと簡単に致命とはならない。荒れ狂う大海のど真ん中に投げ出されてさんざん海水を飲みながらも溺死することなく生き延びたほどの男なのだ。単に運がいいというだけでは、そうはならなかったであろう。

「そうですね、私もそこを心配します。ダムは野蛮な獣同然の男です。もし迂闊に苦痛を与えしめたならば、暴れ狂って手の付けられないことになりましょう。できれば、こう……静かに息の根を止めることが望ましいと考えますが」

 あとを引き取りつつ、率直な懸念を口にした中年の医士。医事に携わっている者らしい、そういう観点からの発言であった。
 他にも数人が、やはり死を与える方法についての不安を述べた。
 ともかくも、強いて衆前処刑を主張する者はない。
 メスティアの一同はようやく望む方向へ議論を動かせたことに安堵したが、またしても頭を悩ませねばならなくなった。ダムを穏便に死に至らしめる方法など、果たしてあったものかどうか。
 が、知恵者はいる。

「……ひっそりと死なせるっていうんならあれだ、キュウドの実となんとかいう毒草をすり潰して混合したものがえらい毒で、口にすれば必ず死ぬって聞いたことがある。そいつをダムに与えればいいんじゃねェか? キュウドなら、このアルセス島にも生えているだろ? あともう一つが何だったか思い出せねェが……」

 ウォリスであった。
 突然ハルカが真っ向から衆前処刑反対を唱えだしたことに肝を冷やした彼だったが、そもそも衆前処刑などという蛮習に賛同する気はさらさらなかった。たった今、話の風向きが変わったのを機敏にとらえ、咄嗟に閃いた考えを述べてみたのである。
 と、隅のほうにいたマーティが大きく頷き

「ああ、キュウドの劇薬ですね! このあたりの狩人たちは、巨体の獣を狩るときにはあれを使うんです。ダムも獰猛な獣と同じようなものですから、ちょうどいいかもしれません。あっという間に効きますから、じわじわと苦しませることもないでしょう。――あと、混ぜるのはデミソハの葉ですよ。もちろん、どちらもこのアルセス島に野生しています」

 ダムの姿をそのあたりの野獣に重ねて想像したのか、くすりと笑った。
 弓矢を扱う兵である弓士は、狩人あがりだったり狩りに携わったりする者が多い。彼もまた、その経験があったのだろう。

「……なるほど、キュウドですか。考えもつかなかった」

 商人の壮年が感心したように言った。商いをしていると、そういう知識も耳に入ってくるらしい。
 隣にいた職人の青年も

「確かに、狩士の人達がそんなことを言っていたのを思い出しましたよ。あれを口にしたが最後、あのダムといえども持ち堪えられやしないでしょうね。悪くないと思います」

 同意を示してくれた。
 あとの有力者たちも、一人また一人と了承する旨の発言をしていったが、代表の老人だけが最後まで頷かず

「まあ、皆がいいと言うなら仕方がないとは思います。衆前処刑は差し控えましょう。――ですが、人々にはどうやって説明しますかの? 皆、ダムを激しく憎んでおる。言葉に出さずとも、心の内では奴の衆前処刑を望む者も多かろうと思います。密かに死を与えたなどと知れれば、どういうことになるか」

 と、あくまでも、街の人々の感情が気になるようであった。
 推測に過ぎないといってしまえばそれまでなのだが、そこはやはり街の人々の代弁者として忠実であろうと努めているのであろう。あっさり引き下がってしまっては、ダムを憎んでいる者達に対して申し開きができないというものである。
 しかし、彼がその責任を負う必要はなかった。

「……よろしいでしょう。アルセスの街の皆さんには、私から説明しましょう」

 おもむろに、椅子から立ち上がったアリス。
 ゆったりとした所作で一座を見回してから、

「私も、気持ちとしてはアルセスの皆さんと同じで、あの残忍なダムを許すことは断じてできません」

 一瞬語気を強めたが、すぐに元の穏やかさを含ませつつ言ったのであった。

 ――しかし、だからといって、じわじわと命を絶つような残酷な真似をしてはなりません。ハルカ様が仰ったように、ガルザッグと同じに成り下がってしまっては人としての誇りを喪うことになりましょう。罪の償いとして死を与えるからには、不必要な復讐を上乗せすることは間違っていると思うのです。
 ダムに対するアルセスの皆さんの憎しみや怒り、私もよくわかります。もっともなことです。
 彼に穏便な死を与えるという決議となれば、あるいは反対という人もいるかも知れません。
 そういう方々に、衆前処刑を行うことの愚を諭してわかってもらわねばなりませんが、その責をこの場の皆さんにお願いするつもりはありません。この衆議の決めに対する責は議頭である私にあります。
 ですから、街の皆さんには、私からお伝えいたします。

 懇々と、説き聞かせるように話していくアリス。
 話が一区切りすると、老人は一度、大きく頷いて見せて

「……王女様のお気持ち、よく、わかりました。ダムの処置、この衆議の決めに従いましょう」

 はっきりと、承知の意向を示した。
 最後の責任は自分が負う、という王女の断固たる意志に感銘したのであろう。
 こうして、衆議は一決した。
 アリスやハルカその他メスティアの面々が望むとおり、ダムは衆前処刑ではなく、穏便に死を与えられることになった。
 広間から皆が退出していき、ハルカも自室へ戻ろうとすると

「ハルカ様!」

 アリスに呼び止められた。
 彼女はそそくさと傍へやってくるなり、ゆったりと丁重に頭を下げた。

「ありがとうございます、ハルカ様。今回の衆議、何とお礼を申し上げてよいのやら……」

 感謝の表現がやや大袈裟なようではあるが、アリスとしては思うところが大きいのであろう。
 苦痛に悶絶して発狂同然の姿となりつつ死が訪れるのを待つ様子を大勢の者に注視される刑罰など、もはや人としての心を完全に取り去ってしまった者だけがやりうる所業に違いない。例え裏切り者と罵声を浴びせられようとも、ガルザッグの連中と同類には決してなりたくなかった彼女の心情は、察して余りある。敵を憎むとは本質的にはそういうことであり、いかに敵の者を苦しめたとて敵と同じ行為であるならば、結果的に敵と何ら変わるところはないのだ。
 メスティア王国は滅亡寸前まで追い詰められてしまっていたが、義と道理を重んじるその精神はいささかも喪われていなかったということになる。たった一人血筋を受け継いだアリスの中に、脈々と息づいていたのである。
 ハルカが躊躇なく堂々と衆前でそれを言い切ってくれたことに、彼女は深い感動を禁じずにはいられなかった。
 が、当の本人。
 自分の行動がそこまで重大なものであったとは気付いていない。
 けろりとした顔で

「別に、お礼を言われるようなことはあたし、やってないですよ! 死っていうのはすごく重たいことだから、いくら敵のことだっていっても街の人達には軽く考えて欲しくないなぁ、って。そう思って、意見しただけです。自分がされたから相手にもやってやるって、すごくカッコ悪いじゃないですか!」
「ハルカ様……」

 アリスは染み入るような微笑を浮かべた。
 単なる同志という域を超えて、別世界からやってきたこの少女を心の底から尊敬し、深い愛情を感じ始めていたといってよい。
 するとハルカ、ふと思い出したように

「本当は島流しの刑、とかにすればいいと思ったんですけど」

 とまで言ってから、苦笑いした。

「――よく考えたら、そもそもここって島なんですよねぇ」
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