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She is
作:鳩梨



Her true colors-6


 
 私は、泣いている。
 いつかと同じように。
 膝を抱えて。丸くなって。
 耳をふさいで。
 目を瞑って。
 恐いから。
 寂しいから。
 ココロを殺すようにして。
 そうすれば、恐くないから。寂しくないから。
 けれど、ココロは、死ぬことは、無くて――。


「リン!」
 ようよう鈴音のもとまで、身体を引きずるようにしながらも辿り付いたキョウは、その異様な姿に一切構うことなく鈴音を抱きしめた。
「リン。大丈夫だから」
 鈴音はそんなキョウを敵と認識したらしく、髪の触手や右腕の脚で攻撃をする。
 それに対して、キョウはただ、鈴音の名を呼び、大丈夫だよ、と優しく声をかけながら抱きしめつづける。
 そうしている間にも、髪の触手や虫の脚はキョウの肌に穴を穿ち、傷つけていく。それでも、キョウは鈴音の身体を抱きしめたまま、離さない。
 触手が腕を貫く。
 脚がキョウの左腕の傷を抉る。
 触手が首を刺す。
 脚が腹を刺し貫く。
 それでも、ただ、優しく呼びかける。抱きしめたまま離さない。
 貫かれた腕からは、穴があき、血が流れ、そこがまた回復し、また貫かれる。それが何度も、違う場所で、あるいは同じ箇所で行われる。
 抉られた傷口からは、流れる血が、罅割れた腕の欠片が、灰となり零れ落ちる。そこから筆舌尽くしがたい灼けるような痛み、気を失いそうな苦しみが幾度となく襲いくる。
 刺された首から、血が流れ、気道をから口に血が逆流する。息が出来なくなるのも数瞬。そこもまた、回復していく。けれど、その度刺されていく。
 刺し貫かれた腹を通して、胃や肺、内部の臓物が幾度も傷つけられる。かき回される。不快感、こみ上げる吐き気、痛みに苦しみが襲い、頭が徐々にぼやけていく。
 それでも、抱きしめて、優しく声をかける。
 ただ、戻って来れるように。
こんな状態をリンも望んでいないと知っているから。
ただ、リンと一緒にいたいから。蟲に、リンを穢されたくないから。


ココロを殺した気になっても、そんなことは、私にはできない。
――サビシイ
――ダレカ
――イヤ
――ホシイ
ヤメテ! お願い。
内側から叫ばれる悲痛な声。
知らないけど知っている声。
自分じゃないけど自分の声。
耳をふさぐ。
目を瞑る。
幼子が駄々をこねるように、首を振る。
そうすれば、何もなくなると信じて。そう思い込むようにして。
何も無い? 
それがイヤで、こうしているのに?
それを望む?
わからない。いやだ。
――――ン
耳をふさいでも、声が聞こえる。
――――ン
目を瞑っても、何かが目に入る。
――リン!
それは――


「――キョ、ウさま?」
 絡まって出来た触手が、髪が解けて元に戻る。
 僅かに蠢いているが、それは風に揺れているようなもの。
 脚の動きがやみ、死した虫のそれと同じように、固まる。
 ギチギチと音を放ちながら開閉を繰り返していた口が止まり、止む。
 はばたき煌く麟紛を舞上らせていた蝶のような翅が止まる。
 空気を叩いていた羽虫のような透明な翅が止まる。
 無機質に動き回り見つめていた複眼が、濁り何も映さなくなる。
 死人のように濁っていた瞳には、光が灯っていた。
 キョウは、はっ、として顔を上げた。
「リン? リン! よかった」
 キョウは動かない左手の分まで、右腕で意識を取り戻したらしい鈴音を――リンを強く抱きしめる。
「大丈夫だから。ゴメン。一人にして。すぐ、終わらせる気だったんだ。ううん。言い訳だ。ゴメン。ホントに。一人にしないっていったのに」
 ゴメン、とキョウは泣きそうな声で、強く抱きしめたままのリンに話し掛ける。
 リンはなにがあったのかいまだよくわかっていないのか、どこか呆としている。
 けれど、キョウが抱きしめてくれていることはわかったので、とりあえず抱きしめ返してみた。
 ――けれど、

 ――カガミがそうとわかるほど、深層から、表層に届くまで声を張り上げて、狂ったように、禍ったように、哄いだした……。

 鼻腔を、強烈な血の匂いが刺激する。
 それは、抱きしめている、抱きしめてくれているキョウから。
 それは、自分の髪から。
 それは、異形と化した右腕の、そこに生えた脚から。
 それは、異常な口の生えた自分の両足から。
 それは、自分の身体のことごとくから。
 それは、すべて、キョウの、血。

「――ぁ。ぁ、ぁぁ、ぁぁぁぁぁぁぁぁっああああああああ! いやぁぁっぁぁぁっぁあああっぁぁああっぁっぁぁぁっ!!」

 空気が振動するほどの悲鳴。
 泣声。
 かなきり声。
 思い出される、腕を、脚を、切られ、もがれ、穿たれた自分。
 燃える家。
 目の前で殺される父や母。
 無気味な音を立てる何か。
 哄笑。
 凌辱されるイタミ。
 自分が、自分じゃなくなる感覚。
 紅い血。
 赤い血。
 朱い血。
 アカイチ。
 
「大丈夫、だから! 違うんだ! これは、違う! そうじゃない! 落ち着いてリン! これは違う! あの時とは違う! あれはもう終わったんだ! リンじゃない! 違う!もう、終わってるから!」
 顔を覆い、切り裂けるようなイタミの悲鳴を上げるリンを、キョウはそう叫びながら強く抱きしめる。
 けれど、悲鳴は止まず、抱きしめていたキョウを、何か強い力が引き剥がし、突き飛ばす。
 受身すら取れず床に叩きつけられたキョウは、それでも叫ぶ。
 けれど、止まないイタミの悲鳴に、その病んでいく響きにかき消されていく。
 そこに、小さな、音が混じる。
 イタミの悲鳴の響きにかき消されずに、空気に乗って、音が混じる。
 肉が裂けるような音。
 粘着しつな滑ったモノが零れ落ちる音。
 空気が叩かれる音。
 何かが這いずる音。
 蠢くような音。
 開閉を繰り返すような音。
 およそ、虫が放つだろうと想像できる限りの全ての音。
 それが、無数。
 幾箇所から。
 いつの間にか、悲鳴は止んでいた。
 変わりに、音が響きつづける。












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