Their ways-11
Their ways-11
「そろそろ諦めないか?」
冗談。
唇が笑みの形につりがる。
鮮血を使えなくされたボクは先ほどからほとんど防戦一方だった。
『白鬼』と化した八雲は先ほどまでとは段違いの強さを表している。腕力、速さ、そのどれもが強くなっているのだ。けれど、裏を返せばそれだけだった。
確かに、『白鬼』の『浄化』の力は鬱陶しい。ボクの鮮血が使えないということもそうだが。それ以上に不快感も恐怖感も、そのどれもが拭えない。マイナス感情がボクの枷となって思った通りの動きをさせてくれない。
けれど、それだけ。それだけなのだ。『色鬼』の能力はそのどれもが強力なのだろう。だが、『色鬼』の力とは一つだけだ。その色が意味する力それ一つ。一つだけだから強い。その一つだけを延々向上させればいいのだ。他に回すべきを全てそれに回せる。
先ほどから鮮血を行使しようとするが使えない。最低でも、このカテドラル分くらいは力が及ぶということなのだろう。普通なら、ここを出て戦おうとするだろう。だが、ボクにそんな気はない。カテドラルそのもの聖浄さもボクにとってはマイナスだ。八雲がそう簡単にここから出ることを許す筈が無い。
だが、それ以上に。
――――愉しい
あの雛罌粟を皆殺した時でさえボクの力は圧倒的だった。誰もが及ばなかった。なのに、今はどうだ!互角どころか押されている。
八雲の長い腕が蛇のような軌道を辿りながら拳を放つ。その変則的な動きと素早い突きを、ボクは八雲の足に払い気味の蹴りを打つことで無力化を狙う。ゴリッ、という音共に痛みが走る。アバラを何本か折られたようだ。クリーンヒットしたはずのボクの蹴りを受けも八雲は動じない。それどころか、さらに攻撃を仕掛けてくる。
鮮血を使えず、ただ人より強いだけの力しか使えないのがこんなにも不便で、弱化することだとは。
『白鬼』の『浄化』。たしかにすごい。けれど――――
何本もの軌跡を描きながらの鋭く、疾い、蛇のように不規則な連撃。腕でガードしながら耐えるが、そのうちの何発かは、ボクの腕を通過していく。八雲の優しさなのだろう。首から上にはまったく打ち込んでこない。
――殺したければ心臓か首を持っていくしかにというのに
笑い出したくなるのを堪えながら、ボクは始めて八雲の腕を掴んだ。
「――っ!?」
八雲の先ほどまでの無機的な顔に初めて驚愕の色が浮かぶ。何をそんなに驚いているのかがボクにはわからない。これくらい、当然だろう?
グイッ、と掴んだ腕を無造作に引っ張る。ボクは肩膝を上げ、突き出す。突如加えられた力に八雲は抵抗したが虚しく、いいように引っ張られ、ボクの膝が八雲の腹に突き刺さる。そのまま腕を放して蹴り上げる。
八雲の力は確かに強い。けれど、一つしかネタの無い奇術師に何ができる?
「いい事を教えてあげよう。八雲」
ボクは腹を抑えて苦悶の表情を浮かべる八雲に優しくそう語り掛ける。顔を狙わないという、乙女に対する紳士的行為のささやかなお礼として。
「キミの『浄化』は確かに『不浄』を浄化する。現にボクの鮮血がまったく使えない。けれど、ね。それだけなんだよ」
何を言ってる、みたいな疑問の表情の八雲。
「キミは『不浄』とは何を指して言うか正しく理解しているかい?キミはどうも不浄とはボクらのような人外そのものとそれに連なるモノを指すと考えているようだが、それは誤りだよ。不浄とは、罪や穢れを言う。確かにボクみたいなのは罪深く、穢れきっているだろう。なんたって、血を分けた一族を殺しているし、他人の命を利用して生きている。けれどね。本来、生まれ出命に罪も穢れも無い。だから、罪も穢れも生きるという過程で否応も無くついてしまうものだ。そのため、命に存在そのもに罪も穢れも無い」
「――っ!?ぅあああぁぁああ!!」
「煩いよ。顔に裂傷が走ったくらいで。
……ボクのこの鮮血も、不浄であることには変わらないだろう。血とは、『血液とは命そのものであり、生命の象徴である』だと言うのに、ボクの鮮血はそれを簡単に操作する。神ですらそうそう都合よく生命を弄ばないというのに、ボクはそれを容易にやってのけてしまう。傲慢もいいところだ。まったく罪深い。傲慢は、オリジナリ・シンの筆頭だというのに。――けれど、血そのものには不浄も何も無い。それを操るボクが罪深く、その能力が穢れているだけなのだから」
ボクは長々とした話を終えると、ふぅ、と一息ついた。今は、それだけの余裕がある。
八雲を見ると、端正で綺麗な顔に醜い裂傷が走っていた。そこからは、およそ顔から出ているのだとは思えないほどの鮮やかな赤い血が、止めどなく流れ出ている。
それだけではない。よく見れば、服のあちこちが赤く汚れている。ボクは八雲に歩いて近寄ると、八雲の着ている服を引き千切って、肌を露出させた。『白鬼』と化しているためか真白い肌には、乳房といわず腕といわず醜い裂傷が走っている。そのどれもから、おびただしいほどの血が流れ出ている。
八雲は息も絶え絶えで、ボクを睨みつけこそくるが、もはや動く気力も無いらしくされるままになっている。それでも女として恥ずかしいのか、腕で胸は隠していた。――ちょっとだけ意外に思い、苦笑が零れた。
「ふぅ〜ん。さすがだね。この程度ですむなんて。けど、もう動けないでしょ?そのままで居てよ」
ボクは冷たい声でそう言う。八雲は睨みつけたまま、動こうとしてはいるが動けないでいる。
ボクは別に何かをしたわけじゃない。ただ、八雲が少しだけ不注意だったにすぎない。
ボクらはまず『人間』ではない。姿形は似ているが、明らかに違う。ボクを例にすればまず、ボクは『人間のような食事』を必要としない。あんな肉隗や、植物を摂取したところで意味が無いのだ。ボクが必要とするのは『生命の象徴』。それを他者から摂取することがボクの食事。確かに、中には例外として『異食症』の患者で血を食すものがいるが、あれは病気であり、それを食せねば死ぬというわけではない。ボクたちの場合は生命の象徴を摂取せねば死ぬ。他の物で代用など出来ないのだ。
これだけで、人間とは違うと十分に言える。存在としても。その在りようも。
八雲は『白鬼』化する前に、一度ボクの血を摂取してしまった。いや、厳密に言うのなら、摂取させた。それはとても微量であったが関係無い。血は身体を廻る。廻れば体中を周る。
その結果が今だ。
人間でも違う血液型の血を摂取すればそれは毒となる。それがちがう生物の血ともなれば尚更。
ボクは人間とは違う。
ボクは他者の命を必要とする。人間のそれよりもより正しい意味で。
そんなボクの血が、猛毒でないはずは無い。
確かに、八雲も人間ではない。むしろボクたちよりだと言える。けれど、明確には違う。ボクなんかよりはよほど人間的で、綺麗だ。
だからこそ、彼女は気をつけなければならなかった。
綺麗なものほど汚れやすいという事実を正しく知らなければならなかった。
「安心しなよ。別にこれ以上傷つけるつもりはないから。キミは、鈴音にとっても大切な友人だ。あまり酷いことをすると、後で怒られる。泣きながら」
「……そりゃ……、きついね……」
ボクの軽口に八雲は息も絶え絶えにそう言って苦笑した。
「けどさ、……ここで、終わるわけには……いかんのよ」
「そう。けど……」
よろよろと立ち上がろうとし、それでも立ち上がることの出来ない八雲。その声には苦々しさと、強い思いが込められているようだった。
けれど、
「悪いけど、そんな状態のキミと踊る気はボクにはもうない」
八雲とのダンスは愉しかった。それをまたできるのだと思うと心が踊る。ここまでボクと互角に踊れた相手もはじめてなら、ここまでボクが傷つけられたのも初めてだ。ここで、こんなつまらない終わり方をするのはつまらない。できることなら、まだ踊っていたい。もっともっと愉しみたい。けれど――
ボクは、睨みつけ、立ち上がろうとする八雲を
「――っ、が」
蹴りつけて、黙らせた。
持ちネタが一つしかない奇術師のネタがわかってしまうと、途端にしらけるものだ。たとえそれがどれほどすごいのだとしても。
あまり力をいれずに蹴ったのだが、八雲は弧を描いて吹き飛び、床に激突するとそのまま動かなくなった。
――これ以上傷つける気は無いとか言いながら、蹴り上げてしまった……
そう思い、なんとなくばつの悪い気分になるが、とりあえずその事実は無視した。
ふいに、流れていたボクの血は突如に止まった。
見ると八雲の髪は元の長さと色に戻り、あの不快な気配も消えていた。『白鬼』化が解けたことにより『浄化』の力は消え、ボクの鮮血が力を取り戻したようだ。そのため、鮮血に出していた命令が再度実行されたのだろう。
同時に、幾つか出来た打撲や骨折も修復されていく。切り傷だけは修復させない。まだ終わっていないから。
「――お、と」
不意に立ちくらみに襲われる。ただでさえ力を消耗したところに、さらに力を消耗しダメージを負ったのだ。当然だろう。傷は治ってもダメージまで消えるわけじゃないのだ。
――餌が在るだろ?
今まで以上に強くはっきりと“カガミ”の声が聞こえた。
はやく終わらせないとマズイ。
――――
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