Their ways-8
heir ways-
彼女たちが去った後、わたくしは予想そうだにしなかった事態に思考の海へと没していた。
そこへ突然、背後から愉快げな押し殺す気のないクスクスと言う笑い声が聞こえた。没していた意識をサルベージし振り返る。
「何の用ですの?」」
わたくしの口から出た言葉には、不快感と言うエッセンスが塗りこまれていた。意識してのことではない。むしろ、そうならないように気をつけたくらいだ。それでも、自分で意識できるくらいに不快感あらわな口調。きっと表情も不快げに歪んでいるのだろう。
「ばれてしまったな、茉莉さん?」
わたくしの口調など気にしていないかのように、その人は愉快げに言う。その心底から愉快げな口調が、今のわたくしにはたまらなく腹立たしい。ああ、本当ならこの人にはこんな顔、見せたくありませんのに。
「失礼しますわ」
不快感を表した表情を見せたくないのと、このままではこの人に酷い言葉を投げそうだと思い、わたくしは足早にその場を後にしようとする。
けれど、
「カテドラルが利用できる」
突如発せられたその言葉にわたくしは足を止める。その言葉には先ほどまでの愉快げなものは含まれていなかった。いや、そうじゃない。何も含まれていなかった。
「あそこならたとえ姫の力と言え満足には発せられない」
「……何のつもりですの?」
「黙って聞け。――たとえ学園と言う場所の中にあろうともカテドラルが聖域であることに変わりはない。当然キミの力も満足には行使できなくなるだろうが、キミ本来の力を鑑みればこれはむしろプラスだろう」
そこで一度台詞が切られる。
静かな瞳でわたくしを眺め見やるその人に、頷いて先を促す。
「キミがどういう采配でいく気でいるかは知らないが、あまりそのノートに頼らないほうがいいといっておこう」
その言葉に少し驚く。わたくしは今ノートを手には持っていない。けれどそれをもっていることをこの人は見抜いた。
驚愕に目を見開くわたくしを無視しその人は言葉を続ける。
「そのノートに書かれていることはおよそ正しい。しかし、完全ではない。どう書かれているかは知らないが、『白鬼』と『蟲の蔵』を当てる気なら止めておけ。意味がない。『白鬼』は姫に当てろ。そして『蟲の蔵』にはキミの人形を当てると良い」
「なぜですの?」
「言っただろ?意味がないからだ。『白鬼』の力は『蟲の蔵』には意味がない。アレはそういうのとは違う。せっかくの良い舞台だ、駒は上手くつかえ」
「どういうことですの? 違う、とは……」
「言葉通りの意味だ。アレは根本から違い、異なり、外れ、ずれている。だが、それでも頑なに人の側にあろうとしている。ならば、キミの人形のほうがアレには効く」
それだけを言うと当てていた壁から背を離し、身を翻す。
「話は以上だ。信じるか否かはキミしだいだ」
そう言って立ち去ろうとするその人に私は疑問を投げる。
「お待ちを! 何故そんなことを?」
この人には今回のことはおよそ関係のないことのはずだ。むしろ、迷惑なだけでしかないはず。
「つまらない劇は嫌いなんだ」
振り返りも、足を止めることすらせずにそれだけ言い、去っていく。
再び一人になったわたくしは、今度こそこの場を立ち去る。何時までも長居をするとあの子達が心配するだろうし、何より懐疑と言う名の魔物が鎌首をもたげそうだったからだ。
「――わたくしは、貴女のそういうところが嫌いです」
知らぬうちにそう呟いていた。
それは徐々に消えていく。
夜になった。
あの後、部屋に戻るとリンはボクに真相がわかったのかを聞いてきた。当然、というか、ボクには真相がわかっていた。いや、真相などではない。未だに犯人の目的はわからないし、どうやったのかもわからない。けれど犯人が誰かはわかったと言うお粗末なものだ。
ボクはそれを説明する手段をもっていなかったし、説明する気もなかった。だからと言ってリンに適当なことを言う気もなく、嘘を言う気もなかった。それにリンもそんなことをしたって納得しないだろうし、すごく怒るだろう。
だから、リンを少々強引なやり方で黙らせた。
ベッドのほうを見る。ベッドの周りには衣服が散乱している。ベッドの上ではリンが裸で白い肌に汗を浮かべ眠っている。その寝息は安らかなものですこし、安心する。
ボクの勘と、“カガミ”の言を信じるのなら、焦った彼女は今夜にでもやってくるだろう。
理由はわからない。
考えられるありとあらゆる理由がボクにはある。ボク自身にその覚えがなくても雛罌粟が関係すれば、それは全て、唯一の雛罌粟であるボクのほうに来る。
あるいは“カガミ”にあてられたのだとしても、やっぱりボクのほうに来る。
ボクは、リンにはこういったことに関って欲しくはない。関った結果、昔のようなことにならないと言う保証はない。たとえならなくてももしかしたらと言うことがある。
そう思いながらも、ボクはリンを必要としている。だから、これはボクの傲慢。それでも、絶対にリンを関らせたくない。
ボクは座っていた椅子から立ち上がると、果物ナイフを手にしてリンの眠っているベッドへ向かう。
静かな寝息を立てるリン。その顔はすごく安らかだ。白い裸体にはボクのつけたキスマークと、首筋と鎖骨あたりの小さな傷跡がある。僅かに濡れ光る恥丘と乱れた長い髪。とても卑猥で、また欲しくなるが、ボクはぐっと我慢する。そんなことをしているヒマはないし、これ以上はリンの負担になる。
ボクは手にした果物ナイフを首筋に押し当てると、力強く一気に引く。
ちゃんと動脈も静脈も切ることが出来たらしく、すごい勢いで血が飛び散る。部屋の中が徐々に鉄錆のような血の臭いで満たされていく。吹き出た血はリンの綺麗な白い裸体を紅く染め冒し、ベッドのシーツを紅く侵食する。
急激に減る血の量に多少の倦怠感が訪れるが、苦になるほどではない。
生暖かい悪血に綺麗な白い肌のほとんどを冒されたリンと、鮮血に染め上げられたベッドの様を見て、これくらいで十分だと納得すると血を停める。そして止まった血を今度は留め、傷口を無理矢理にふさぐ。
その簡単な作業を終えると、今度はリンの白い肌を冒す血をベッド―のシーツに落としていく。ベッドのシーツを侵食した血を浮き上がらせる。流れ落ちる血と、浮き上がる血は広く薄い、水黙りと言うにはあまりにも足りていない面となる。その面をさらに薄く延ばしリンの身体を覆わせる。
それを終えると、一息つと同時に軽い眩暈が襲ってきた。流石に、急激な能力の行使に身体が耐えられなかったようだ。消耗が激しい。事が始まる前にこれでは先が思いやられるが仕方がない。絶対にリンを傷つけさせるわけにはいかないのだから。
ナイフについた自分の血を舐めとるとテーブルの上に置き、クローゼットを開ける。多分、あのナイフはもう使い物にならないだろうな。とどうでもいいことを考える。
クローゼットの中には制服の夏服の他に幾つかのトランクが収められている。その中から黒いのを取り出す。
黒いトランクにはボクの服が入っている。その着ている服を脱ぎ、中の服に着替える。ノースリーブとホットパンツと言う露出の多いモノだが、それでいい。いや、ボクにはこれがいい。
トランクのポケットに入れていたナイフを数本、腰のベルトに刺す。
さぁ、これで、準備は整った。
あとは素適にエスコートしてくれるマドモアゼルを待つだけ。
それにしても、ボクはふと思うことがあった。
――“カガミ”の呪いにしては質が低い。
と…………。
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