SF奇兵隊 伝法斑の狗(8/34)PDFで表示縦書き表示RDF


SF奇兵隊 伝法斑の狗
作:隆伊



虐殺の村


       萩へ
1・穢れなきままに
 小一郎は世話になった礼にライフルを置いていった。わしは火縄の方が慣れとるんじゃが、と晴蔵は言っていたが、新しいおもちゃを貰った子供のように、ガチャガチャとあちこちいじくりまわして喜んでいた。
 伊予乃介は綺麗に月代を剃り上げ髷を結い、立派な武将姿となった。小一郎は長髪を後ろでくくり、奇兵刀や牙は隠し持ち、幕兵を装った。ふたりのそのいでたちをは、誰が見ても、えらいお侍とその従者といったところか。
 立ち去りがたい思いのなか、二人は厚く礼を言って、翁の小屋を辞した。
 さて、小屋を出てずっと山を下っていくと、行く手に集落が見えた。咲き乱れる桜の花のなかひっそりと静まりかえるその村は、虐殺の里であった。

 村の入り口に赤子が土壁に叩きつけられて死んでいる。頭が割れている。そばに母親らしき女が内臓をえぐり取られて死んでいる。身重だったのか、肉の塊の中に胎児らしきものが見てとれる。歩を進めれば同じような遺体がそこかしこに横たわっている。首だけになった者が、道端に転がっている。木の枝に吊るされた者もある。女たちはことごとく乱暴されたあと殺されたようである。幼い少女の遺体もあり同様である。中でも一番酷かったのは、村の中央の広場にあった遺体である。一目で輪姦されたことが判る。それも五・六人ではないだろう。少なくとも二十人はいたはずだ。拷問に近い否、それ以上の目に逢わされている。顔の形が残らないほど殴られたか蹴られたかしている。はだけられた胸から下腹までこれでもかと言うほど突き立てられた刀傷が残っている。歳の頃なら十二・三であるだろう。
 人の為した業とも思えぬこの光景に、伊予乃介はしゃがみこんで嘔吐した。侍の彼には到底理解できぬ獣の所業であった。小一郎とて、あまたの戦場を見てきたがこれ程の殺戮を目にしたのは初めてだ。
「いったい何者が・・・」呻くように伊予乃介が言った。
「決まっておる。・・・幕軍だ」
「馬鹿な・・・」伊予乃介は否定したが、小一郎は今ようやく、晴蔵の言った言葉の意味が分かった。奇兵が山中に立てこもり戦うなら、当然その兵糧は近隣の里の者の援助を得なければならぬ。幕軍が奇兵を叩くなら一番効果的なのは民を根絶やしにすることだ。また、一口に奇兵隊と言っても、大小二百近い諸隊があり、中には村落単位で結成されているものも多い。農兵隊と呼ばれるものだ。この村がそうであった可能性も無いとは言えないが、それにしては交戦の跡がみえない。故に前者の考えに基づく作戦の犠牲者である可能性のほうが高い。
「幕軍と言ってもお前のような侍ばかりではないだろう?」小一郎は静かに問う。
「将は侍であっても、下っ端はかき集められたごろつきばかりじゃないのか?その侍も天下泰平に慣れきって、部下も統率できないような腰抜けばかりじゃないのか?」
「だが、・・・このような事は・・・あり得ない、否、許されぬ・・・」伊予乃介は反論するが、その声に力は無い。
 その時である。村を見下ろす山の草陰に、何者かの動く気配がした。
「子供じゃ!」小一郎は脱兎のごとく駆け出した。「生き残りがいるぞ!」

 一日前の事である。村はいつもと変わらぬ平穏な午後を迎えていた。そこに二十人から三十人の兵隊がやって来た。奇兵あらためである、と口々に言いながら、片っ端から人を切っていった。母親の手から赤ん坊をもぎ取り壁に投げつけた。赤ん坊の頭は砕け、土壁にべっとりと血の跡がついた。男たちは手に手に鍬や斧を持ち必死に戦ったがむなしい抵抗にすぎなかった。  
 異変のなか、2人の少女が納戸に隠れ潜んでいた。姉の多津と妹の千鶴である。外の様子は見えない。物音だけが聞こえてくる。初め男達の怒声や罵声が聞こえていたが、それが終わると女達の悲鳴がえんえんと続いた。幼い千鶴はともかく、年上の多津には今外で何が起こっているのか見当がついた。嘆願する声、命乞いをする声、やがて悲鳴は聞こえなくなり、兵隊たちが大声でしゃべる声と、下卑た笑い声が聞こえてきた。あちこちの家に押し入り家財をひっくり返して金目のものを探し始めた様子だった。ここにいては危ないと、とっさに多津は思った。見つかるのは時間の問題だ。しかもここで見つかれば逃げ場が無い。今のうちに一か八か外へ逃げるしかない。
「いいかい」多津は妹の肩を抱いてささやくように、しかし一言一言しっかりと言い聞かせた。「よく、お聞き。おとうもおかあも殺された。わかる? もう二人きりなんだ。怖いだろうけどここを出て逃げるしかない。いい? もし見つかったらお姉と反対の方へ逃げるんだよ。そうしてすぐ裏の山へ入っていつも行っている小道を通って庄屋さんの屋敷まで逃げるんだ。そうすれば必ず助かるからね。いい? わかるね? お姉と反対の方へ逃げるんだよ」多津は数えで十五になる。もし見つかって二人がそれぞれ反対の方向へ逃げたとしたら、兵隊たちは必ず自分の方を追ってくるだろう。妹を助けるには他に方法は無い。多津は悲壮な決意を固めた。最後にしっかりと千鶴の体を抱きしめた。二人とも小刻みにふるえている。目に浮かんだ涙をぬぐい、「お姉が守ってやるからね」と言った。姉の口調からわずか四歳の千鶴にも、何か大変な恐ろしいことが起こっていること、そしてそれから逃げるには、姉と反対の方向へ逃げなきゃいけないこと、それだけは絶対に守らなきゃいけない大事なことだと理解できた。
 二人は、手に手を取りあい、ゆっくりと物音を立てぬように小屋から抜け出た。家の陰づたいに、気づかれないように、裏山へ少しずつ少しずつ近づいて行く。あと少し、この空き地さえ横切れば裏山の藪の中だ。ひょっとしたら助かるかもしれない。多津に希望がわいてきたその時である。「娘がいるぞぉ」後ろの方から兵隊が叫んだ。
「千鶴!走るんだよ」多津は妹の肩を叩き駆け出した。
 千鶴は約束どおりにした。姉の駆け出した方向をみて、その反対の方へ。多津が、村の広場の方へ駆け出したから、千鶴は山の方へ。
 すぐに笹藪のなかに逃げ込むことができた。そのまま無我夢中で、走り、山の中腹まで駆け登った。息が切れ、もう走れなくなるまで走って、後ろを振り返った。村が遠く見下ろせた。
 お姉、逃げられたのだろうか? どうして広場の方へ逃げたのだろう? 急に心配になった 千鶴は言いつけを忘れ、村の方へ下っていった。村に近づき山の中から、広場がよく見わたせる場所に出た。そっと、藪のなかから覗き込むと、広場には三十人近い兵隊がぐるりと輪になっている。多津はその真ん中に押し倒され、一人の兵隊が多津の上にのしかかり乱暴に押さえ込んでいる。遠く風に乗って多津がすすり泣く声が聞こえて来る。周りにいる兵隊が、その間中、顔といわず腹といわず、力任せに蹴り上げる。一人の兵隊が終わると、次の兵隊が多津にのしかかる。それがえんえんと続く。一人、二人、三人・・・・・。千鶴はまったく動けなかった。最後まで。ただ見ていた。一人の兵隊が刀を抜くと、太陽の光を受けギラリと光った。兵隊はその刀を何度も何度も多津の体に突き立てた。突き立てるたびに刀がギラギラと光った。千鶴はまったく動けなかった。すべてが終わり、静寂が訪れた。ゆっくりと日が暮れて、あたりが暗くなっても千鶴は動けなかった。夜が更け、朝が近づき、朝靄が立ち込め、日が昇り始める。その間、ずっと千鶴は身じろぎひとつせず、その場所にいた。彼女のなかを、静寂が支配していた。悲しみや怒りが、感情であるならば、幼い彼女のなかでそれらのものは絶えいろうとしていた。ただ、恐怖のみが、人間の精神のなかで、感情とは別の次元に位置するらしい。彼女は、まるで野生の動物のように敏感になっていた。が同時に、自分が風に溶け込んでいるかのようにも感じていた。それらは、自我崩壊の最初の兆候だ。
 陽が高くなり二人の侍がやって来た。一人が彼女に気づき追ってきた。必死で逃げたが追いつめられた。彼女はただ怯えるばかりだった。噛み付いてやるとか、引掻いてやるとか頭の中に浮かんでも、実際には怯え慄くばかりだった。男は彼女を抱き上げ、あの恐ろしい村の広場へ連れて行った。「いったい何があったんだ?」「もう大丈夫だ」「誰がこんな酷いことをした?」二人の侍は口々に言ったが、それらの声はどこか遠いところで響いているようだった。彼女はかわいそうな多津のそばにペタンと座り、でも、その姿を見ることは出来ず、顔を背けうつむいたまま、ただ多津の着物の裾を握り締めじっと離さなかった。

「この娘子は、・・・おそらくこの子の姉だろう」
「ああ、・・・そして、命を懸けてこの子を守ったんだ」子供の様子から、伊予乃介と小一郎にも大体の事情は想像できた。見れば小一郎はボロボロと泣いていた。顔をクシャクシャにして泣きながら、「武士という者は不憫よのう。人前で泣けぬとは・・・」唇を噛み締めている伊予乃介に同情するかのように言った。
「男は、であろう・・・?」伊予乃介は、ぼそりと言って続けた。
「俺は、・・・俺は、・・・絶対に許せん。必ず下手人を暴いて裁きの場に引きずり出してやる。・・・奴等は、兵士ではない。虐殺者だ。・・・こんなことが許されてよいわけが無い。俺は萩へ行き大老に訴える。必ず下手人を割り出し裁きの場に掛けてやる・・・」 しだいに憤慨し声を荒げた。憤る伊代乃介をよそに、小一郎は鍬を拾って来て、広場の真ん中を掘り始めた。問われて答えるには、
「この子の姉の墓を造ってやる。全部の遺体の始末は出来ないが、せめてこの娘子だけは弔いたい」
 伊予乃介も手伝った。ほどなく、野犬に荒らされぬ位深い穴が掘りあがり、二人は娘の遺体を清め、綺麗に着物を着せてやり、そっと穴の底へ横たえた。生き残りの子供は一言も喋らずじっと見ていた。ところが上から土を掛けようとすると、半狂乱になったように穴の中にとびこもうとした。伊予乃介が抱き止めると「多津、多津」と、悲痛な声をあげた。
「そうか、お前の姉はたづというのだな。よしよし、辛かろうが、お別れじゃ。致し方ないことじゃ。辛抱いたせ。この仇はきっとおじさん達が取ってやる・・・」なだめながら、伊予乃介は子供が握り締めている物に始めて気がついた。それは、粗末な木のロザリオだった。
ここは、キリシタンの里であったか。二人は顔を見合わせた。その様子に子供も始めて自分の手にあるものに気付いた様である。「多津の・・・」おそらく最後に抱きしめられた時、握らされたのだろう。あの時は恐怖のあまり気付かなかったが・・・。
「そうか・・・。姉さんの形見なのだな?・・・大事にいたせ。姉さんはデウス様の許へ召された。辛かろうが辛抱して見送らねばならぬ」
 大きな土饅頭が築かれ、天辺に小一郎は墓板を立てた。そこには、墓碑銘の代わりに、
心優しき娘、たづ、ここに眠る。その身も心も穢れなきままに・・・と、書いた。












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