SF奇兵隊 伝法斑の狗(6/34)PDFで表示縦書き表示RDF


SF奇兵隊 伝法斑の狗
作:隆伊



回復


6・回復
 一ヶ月が過ぎた。
 伊予乃介は起きて歩けるほどに回復した。今では時折庭に出て、右手一本で剣の鍛錬などしている。しかし回復すればするほど、その立ち居振る舞いや何気ない所作などに気品と威厳を感じさせる。本物の侍である。伊予乃介と膳を囲むと、小一郎はもとより晴蔵までも背筋がピンとのびる思いであった。
 裏の狸はもう来ない。お陰でこのところの夕餉はずっと狸汁である。
 ところで、肝心なことを二人ともまだ口に出せないでいた。伊予乃介は切り出そうとしてなかなか切り出せない。小一郎のほうは気にも留めぬ様子で、晴蔵のぼろい登り窯の窯出しの手伝いなどしている。
 ここにいるとまるで、戦のことなど別世界の出来事のようである。ただ、淡々と日々が過ぎていく。
 だが、ある夜、思い詰めたように伊予乃介が切り出した。
「小一郎殿、そなたは拙者を助けてくれたときの事を覚えておいでか?そなたは拙者に頼み事があると言った。そろそろ教えてはくれまいか?そなたの目的を」
 焼きあがった茶碗をしげしげと眺めていた小一郎は、ふむ、と向き直り、だが目は茶碗から離さず気のない素振りを装いこう答えた。
「貴殿の・・家来になりたいのじゃ」
「奇兵隊を抜け幕軍に入りたいと申すのか?」
「そうじゃあない。逸れたとは言え俺は奇兵だ。そこは違わぬ」
一拍おいて、小一郎の真意を理解した伊予乃介は真っ赤になって憤怒した。
「そっ、そなたは、わしに内偵になれと申すのか!?」
「察しがよいのう。そのとおりじゃ。貴殿なら幕軍の駐留する萩城へも自由に出入りできようし、重要な話も聞けよう。俺は貴殿の家来としてそこについて行く。どうか?」
「言語道断にもほどがある。敵の内通者となる位なら、せっかく助けていただいたこの命、もったいないが今この場で腹を切る」
「まあ待て。俺は奇兵には違いないが、隊に戻るあてはない。俺独りで、伊予乃介殿が手伝ってくれるなら二人で、民を守るために働きたいと思う。それに無理強いはせぬと言った筈じゃ。イヤなら断ればよい」小一郎はあくまで淡々と答える。伊予乃介は「うーむ」と唸り、拙者にも拙者の志がある。と言い、しばらく黙り込んだ。
「民を守るためと言うがいったい何をどうやってそれを成すつもりだ?」
「それよ」小一郎は正直なところを述べた。「実はまだ分からぬ。萩へ行ってみないことには情勢がどうなっているのかも分からぬゆえに。が為に、貴殿の家来となって萩へ入りこみたい。いずれ御用金の運搬や、賄賂の受け渡しなどの情報が入ろう。その金を盗み取って困窮する民にばら撒くのも手かと思っている」
「きっ、きっ貴殿は」小一郎は泡を吹くほど猛り狂った人間をはじめて見た。
「強盗の片棒を担げと言うのかっ!!」伊予乃介は今にも卒倒しそうな勢いだった。
 そこへ大笑いしながら割って入ったのが、先程から黙って聞いていた晴蔵である。
「わっはっはっはっ、可笑しな話よ。頼むほうも頼むほうなら、悩むほうも悩むほうじゃ。伊予乃介よ。そなたはただ「引き受けた」とのみ答えて萩へ連れてゆき、幕使にこの者は奇兵じゃと引き渡せばよい。それだけの話じゃないか? 違うか?」
 伊予乃介と小一郎が同時に答えた。
「それはできぬ」「それはできんじゃろう」
小一郎が続けた。
「それができる男なら助けはせぬ。たとえ見込み違いで初め助けたとしても、途中で殺すか、殺さぬまでも打ち捨てて去ったわ」
 晴蔵が問う。
「じゃが、奇兵隊には隊則があろう?盗みを働いたものは・・・・」
「盗みを働いたものは死罪だ」他人事のように小一郎が答える。
「つまりお前さんは、幕軍に捕まっても死罪、米軍に捕まっても死罪、なおかつ隊に帰れぬどころか、命を賭した仲間の奇兵隊に捕まっても死罪というわけじゃ・・・。その覚悟はできて居るのか? しかもそれは伊予乃介にとっても同じことが言える。彼にもそれを強いるのか?」静かに晴蔵は問う。
「ゆえに、無理強いはせぬ」
 長い沈黙の後、晴蔵は笑って言った。
「ふぉふぉふぉっ、まあよい。まずは二人で里へ降りてみることじゃ。そこで何がおきているか、自らの目で見て確かめてから判断しても遅くはあるまい。わしは長いこと生きてきた。こんな山奥にあっても、下界の事が手に取るように分かる。今度の戦は昔ながらのそれとは違う。小一郎よ、ひとつ聞くが、奇兵は何者であるか?いや、何の集団であるか?」
「奇兵は・・・」小一郎は老人の問いの真意を測り、答えた。義勇軍? 革命軍? 否、
「奇兵は民兵の集団だ」
「然り」晴蔵は満足げに頷きながら言った。
「つまり奇兵とは民じゃ。と言うよりも民が混ざっておると言ったほうがよい。幕軍に民と奇兵の見分けがつこうか? また、奇兵のほうもそれを逆手に取った戦略をとるだろう。確かに言えることは唯ひとつ。古来、戦のたびに最も苦しんできたのは民じゃ。じゃが、此度の戦、これまでとは比べようもないほど民をいたぶるじゃろう。まずは里へ降りてみることじゃ。小一郎よ。お前さんはたった一人でいかにして民を救う?」
「・・・・・」方策は無い。小一郎にも皆目見当がつかない。この広い長州の民を、幕軍から、夷敵から。一体自分に何ができる? まったく無力か? そうは思いたくはなかった。たとえ、それに近いとしても・・・。
 沈黙を破ったのは伊予乃介だった。
「萩までだ。そこまでは同行する。身の安全も保障する。後は自由にすれば良い。私にできるのはそこまでだ」












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