水戸藩士
4・水戸藩士
しばらく行くと、山中の道なき道に、倒れている一人の男を見つけた。木の根を枕に虫の息で、全身血にまみれていた。小一郎の気配を感じ取ったらしく、男は弱々しい息の下からこう言った。
「里の者・・・・済まぬが助けてもらえまいか・・・礼はする・・・」
小一郎は男をよく見た。一見して幕軍と分かる。だが、下っ端ではない。立派な甲冑を着けている。ひょっとすると身分の高い侍かもしれない。
「助けるのは良いが、あんたの名は?」男は瞼をあける事すらかなわぬらしい。小一郎の声の方に向かって苦しげにこう言った。
「水戸藩士・・・・鮎沢・・伊予乃介。今、金はないが・・・必ず・・・」
こいつは天から降ってきた幸運だ。この男を殺し身包み剥いでこの男に成済ませば、萩の幕軍に忍び込める。だが、まて。知り合いに会った時はどうする? 一目で偽者とばれるだろう。小一郎はすぐにこの考えを捨てた。もっとよい案が閃いた。この男の家来になるのだ。
「・・・残念だったな。目を開いて見るがいい。俺は奇兵だ」
小一郎の答えに男はギョッとしたように目を見開き彼を見た。二本挿しの奇兵刀、頭の鉢ガネ、背中の牙袋。それは紛れも無く奇兵隊独特の装備だった。男は短く息をつき、観念したように言った。
「殺せ・・・・」
「いやだ。助ける。」おちょくっている訳ではない。本心からだ。
「何故・・助ける?」
そうしたいからじゃ。小一郎はからかうように言った。
「敵に助けられて・・・生延びようとは思わぬ・・・殺せ・・」
「ほう・・。死にたいのか? 始めは助けてくれといったじゃないか? 里の者になら助けを求めるのか?」
「敵に助けられるわけには行かぬ・・・武士の名折れじゃ・・・殺せ・・・」男は繰り返すばかりだった。
「まあ、待て。考えよ。俺はお前の敵なのか? それは俺かお前のいずれかがいずれ決める事であって、出会ってすぐ決まっているものなのか? まぁ聞け。確かにお前様は幕軍で俺は奇兵だ。お前の言う通り、敵ではある。じゃが、今の俺は、隊を逸れ一人じゃ。一人の人間としてお前の前におる。確かに、お前の首を取って隊へ戻れば俺は出世するだろう。だが俺にはもっといい考えがある。お前に頼みがあるのだ。お前にとっては地獄のようなものかもしれないが・・・。俺はお前を助ける。必ず元気にしてやる。命の恩人になってやる。しかしだからと言って必ずしも俺の命令を聞かなくても良い。そこはお前の気持ちに任せる。無理強いはせぬ。どうじゃ?まだ死にたいか?」
男が殺せの“こ”を発音する前に小一郎は恫喝した。
「武士じゃなんじゃという考えは捨ててしまえ! おぬし生きたいのであろう!? 嘘をついても無駄じゃ。わしも先の戦でいやと言うほど味おうたわ。愛する故郷を遠く離れ、今ここで、泥だらけになって、会うたことも無い外道に切られ死んで逝くくらいなら、どんな惨めな、喜びなどひとかけらもない辛いばかりの人生でもかまわぬから、生きていたい!! ただ、生きたい、また朝を迎え、おてんと様の下で生きていたい。そう願うた筈じゃ。違うか!?・・・俺は、戦のたびにそう思うとる・・・」
短い沈黙の後、伊予乃介と名乗る男は「・・・頼む・・・」とだけ言った。
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