裁判
5.裁判
小一郎が姿を消した。後には簡単な置手紙があった。香枝宛に、迷惑をかける結果となってすまないこと、千津を頼むこと、いずれ会える日が来るであろうこと、記してあった。百両の包み五つと併せて。
茶店は火が消えたようになった。時折常連が訪れても、名物のはぎを頼む者はいない。たとえ注文してもお約束のまけてくれは言わない。まるで香枝が負けますと言うのを懼れるように。
下関では裁判が始まった。氏名不詳自称鮎沢伊予乃介は米軍の尋問に、米司令官を殺害したのは自分ではない、ばかりでなく一人の米国人もこれまでに殺害したことはないと答えた。傍聴席の豊永を一瞥し皮肉たっぷりに、おそらく襲撃の際物陰に隠れていた何者かが私が去った後、私に罪を着せんが為なした事でしょう。と答えた。が、
審議ののち有罪が告げられた。刑は縛り首である。
悲報はすぐに萩にも伝わった。
もうそろそろ店じまいという時間に、一人の老人が茶店を訪れた。お茶とはぎを注文した。 老人は「ちと高いのう、まけてくれんか?」と尋ねた。香枝は久しく聞かなかったその言葉に、殆ど条件反射的に「いいえ、はぎはまけません」と力なく答えた。
「なんじゃ、小一郎から聞いた話とは大違いじゃな。もっと元気な娘かと思うておった」老人は言った。香枝は驚いて問うた。
「小一郎様をご存知なんですか?今何処に?」
「ふぉっふぉふぉ、そう急くでない。わしは晴蔵という。小一郎に頼まれて来た。注意を促しにの。この店幕兵に囲まれておる。今宵あたり危ないぞよ。いつでも逃げられるように支度しておくがよい」そう告げると老人は去って行った。香枝は「待ってください」と後を追ったが既に何処にも姿がなかった。
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