来し方
奇兵隊は、戦況のなかで、自然、変化を要求された。奇兵の奇は当初正規軍に対しての「奇」であったが、この頃になると、奇策の「奇」となりつつあった。ゲリラ戦やテロの専門部隊として訓練され、装備もそれに伴った物に替わってきた。
ライフルでの狙撃訓練は勿論、市街地や森、洞窟内を想定した短銃を使った銃撃戦の訓練など。
なかでも特に鍛錬されたのが、短刀を使った格闘術。柔術と組合せた殺人術だ。
これは、町人出の彼には、非常に過酷な訓練だった。何しろ、武芸のたしなみなどまったくないから。けれど、その短刀は気に入った。
名を奇兵刀といい、刃渡りは30センチ程度。日本刀のように刃が反ってなく真っ直ぐで幅も太い。バランスがいいので投げナイフとしても使える。
そして、人食い牙。通称、牙と呼ばれている。大型の手裏剣のような物だが、殺傷力は手裏剣の比ではない。形はさまざまあって、形状により使い道も違えば、飛ぶ軌跡も違う。
思う通りに飛ばすにはコツがいるやつだ。
さて、彼には遠い話だが、米国が幕府と接近するにつれ、英国が公にではないが長州に近づいてきていた。
英国は前年薩摩と戦争をし、それを機に急速に友好を深めていた。英国は、薩摩と同様に長州にもこの国の今後を変える力があると見たのかもしれない。または米国の介入を快く思っていないのか。その辺の真意は町人の彼には計りかねるが、大量の武器を供給してくれたと聞いた。
武器の密輸には、下関の勤皇商人白石正一郎が暗躍した。白石なら小一郎も知っている。
彼は奇兵隊の会計方であるばかりでなく、結成当初に宿舎を提供したこともある人物なのだ。
彼が英商人グラバーより調達した武器で、彼等奇兵隊は下関郊外で米軍と互角の戦いをした。奇策を用い、奇襲、待ち伏せ、闇討ち、高杉は勿論井上聞多、伊藤博文、山形狂介等の指揮で奇兵隊は戦果をあげてきた。
だが、泣きっ面に二匹目の蜂が飛んできた。
徳川幕府だ。長州征伐に乗り出したのだ。長州は四境を封鎖された。つまり、袋の鼠。
幕軍長州征伐隊の大将は井伊直弼。殺されぞこないのジジィだ。と言うよりも三度殺しても飽き足りない、攘夷論者にとっては四度地獄へ送りたい天敵だ。うち一度は地獄から来たに違いないという根拠からだ。
奴が米国の内政介入を許し、大量の武器供与を受けたが故、腰抜けどもあいてに、長州は苦境に立たされたのだ。
通商条約を締結した時から、奴は絵を描いている。米国の力を背景にした、徳川主導の開国。
そしてこの二月。
東の国境が破られ、幕軍が萩へ侵攻してきた。やむを得ず奇兵隊をはじめとする諸隊は萩郊外の苅田原へ急行する。(がため、下関は完全に米軍の手に落ちた)そしてそれこそが先の戦、苅田原の戦いである。
結果は述べた通り。おそらく幕軍はあの勢いのまま進軍し、萩はその手に落ちただろう。毛利敬親は桂の計画がうまく行っていれば、首尾善く朝鮮ヘ亡命したはずだ。かねてより、桂と高杉は話し合っていた。小一郎も聞き及んで知っている。朝鮮への根回しは桂が調える。そして長州窮地の折には藩主を朝鮮へ亡命させる。残った高杉は山中にこもり長州全土が焦土になるまで徹底抗戦する。
毛利父子さえ無事ならばいつの日か御家再興はなる。それが彼等の考えだった。
だが、と小一郎はふと思う。ここまで必死で駆けてきて、この場を逃れることのみ考えていた彼の心が逆方向を向く。
向いたとたんに、不思議と冷静になった。
だが、と町人出身の彼は思う。
民なくしてなんの国ぞ?
町は滅び、田畑は消え、耕す民もなく、藩主と侍だけ残った所でそれが国か?
見えた。行く末が。と、彼は思う。隊と逸れ、たった一人でできる事ではないかもしれない、が、俺は民の為に働こう。今後この国は夷人と幕軍に支配されどんな運命をたどるか分からない。だが出来る限りでいい、俺は民の為に戦おう。
その為には、まずは萩へ行く。萩へ行って様子を見る。昼間町人のふりをして行ってもよい。夜黒装束で忍び込んでもよい。まずは様子を探る事だ。
冷静になったおかげでもう1つ気付いた事がある。それはあれ程の激戦を潜り抜けて来たというのに、かすり傷程度の怪我しかしてないことだ。べったり付いていた血糊も人のものだったのだろう。彼自身は殆ど無傷に近かった。まだまだ戦えるのだ。弾もたっぷり残っている。
小一郎は鎧をうち捨て、帯に二本の奇兵刀と拳銃を挿し、人食い牙を牙袋に入れライフルと一緒に背負うと近くの里を探して山を下っていった。
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