鬼の子
4.拾われた子
龍馬は西郷のもとを訪れた。限界じゃき、我らじゃ本当の意味で彼らを救うことはできん。医者じゃ、本当に必要なのは医者じゃき。特に娘達じゃ。
矢継ぎ早に訴える竜馬の言葉に、西郷は頷きながらも本意を理解できていないようだった。竜馬は焦れて、声を荒げた。
「心が壊されちょるんじゃ!我らじゃ救えん。どうすれば良いかいの?医者じゃ、違う、医者でも無理じゃ。何か方策は無いか?」
西郷はもっそりと体を動かしながら窓辺へ出た。しばし海峡を見つめ漸く返ってきた答えは、「わかりもうさん」というものだった。
「アーネストという御仁に会うたことは?」西郷が聞く。
「無い、確か英国の通史じゃったか?」
「ふむ、あんしに相談してはいかがかのう。船はこちらで用意するとして、西洋の医者を連れて来てもらってはどうじゃろう。病院船じゃ」
「よし、それはおんしに任せたきに。それはそうと、先日面白い者を拾った。いや、面白いなどと言っちゃあいかんがに。鬼よ。鬼の子を拾うた。聞きたいか?高杉晋作の子じゃ」
西郷が興味を示し、身を乗り出して聞き入る。龍馬はかいつまんで話して聞かせた。
一週間程前、海上を漂流している船を見つけた。生き残っていたのは子供がたった一人。よほどの目に遭ったと見えて、一言も口をきけぬ。ただ、恐ろしい形相で周囲を睨みつけるのみ。何故高杉の子と判ったか、それは高杉の妻政の手記が船倉に残されていたからだ。そこには、萩崩落以来、近郊の虎ヶ崎の漁村に身を潜めていた事、やがて幕兵の捜索の手が近づき、周囲の勧めもあって此度の船出となった事など、事細かに記されていた。そして、その本人は亡骸となって甲板にあった。自害した姿で。手には自ら掻っ捌いた腹から取り出した肝臓を握り締め・・・。これより先は推測にしか過ぎぬが、おそらく海賊の襲撃を受け同乗者は皆殺しにされ、彼女自身も陵辱されたとみえる。その間、子の東一は何処かへ匿われて難を逃れたのだろう。海賊が去った後、甲板に戻り彼が見たものは自害した母、あるいは自害を決意した母。水も無い食糧も無い漂流する船で、我が子を助けるため彼女は自らの腹を裂き、内臓を取り出し、我が子に与えたのだ。すなわち東一は、己が母の血を飲み、肉を喰らい生き延びた子である。
「どうじゃ?」龍馬は聞く。「鬼の子であろう?」
「奴にあるのは、幕府に対する強烈な復讐の怨念のみ。今はわしが預かっちょうが、このまま長ずればまさに鬼神となろう」
龍馬のその言い回しが西郷には気にかかり「坂本さぁよ。この内戦は長引くんかいのう・・・」と尋ねた。
「長引けば何じゃ?」
「いや・・・長引けば、その様な子等がこの戦を受け継いでいくかのう、と思うてな」と続けた。
「幾つの子かいのう?」
「数えで十二・三といった処じゃろう」
既に維新回天の期は逸した。否、訪れなかった。薩摩と長州を結ぼうと竜馬は考えていた。西郷もそれは乗り気だった。だが、長州はこの有様である。
「そうそう、忘れるとこじゃったきに」龍馬は急に思い出したように言った。
「実は中岡慎太郎を通じてじゃが、土佐参政後藤象二郎が俺に会いたがっているらしい」
「ほう」
「会ってみようかと思うちょる・・・」
「それで?」
「土佐藩と手を組むつもりは無いかいの?」
西郷はポンと膝を叩いた。是も非も無く乗り気な時のしぐさである。ただ、問題なのは薩摩藩ではなく、佐幕派の土佐藩主山内容堂の方である。かの堅物を後藤がどう説得するか。
もうひとつ、大事な話を忘れるところじゃった。別れ際竜馬は付け加えた。実は朝鮮に人をやって調べさせたが、長州藩主は勿論、桂の姿さえ見つけることは叶わんかった。朝鮮政府に問い合わせると、日本国政府からも再三身柄引き渡しの要請が来ているが、そのような者、亡命の事実は勿論、渡航した記録さえないそうじゃ。
|