海上
3.海上
人々は重い腰をあげた。憔悴しきったその体に鞭打つように。海賊船が近づいて来ているのだ。無駄な努力とは知りながら男達は手に手に棒切れを持ち、女達に船倉に隠れるよう促した。一人の若い娘が悲壮な声をあげ、海へ身を投じた。あの地獄をまたもやその身に加えられる位なら死んだ方がましだったのだろう。幾人かが海上を見やったが、既に娘の姿は何処にもなかった。水を吸った着物の重さに耐え、浮かんでいる力さえ残ってはいなかったのだ。
その船、行方無く、舵も無く帆も無くただ大海を潮流に翻弄され、さまようばかり。水も食料も無く否、奪われ、希望も生きる力さえ奪われて、あるのは絶望と疲労と混濁した意識のみ。
やがて海賊船が横付けされ、武装した男どもがバラバラと乗り込んできた。棒切れで抵抗する人々をゲーベル銃の台座で打ち倒し、船倉に隠れた女達を引きずり出す。海賊の体にしがみついて止めようとする老人が幾度となく打ち据えられ、憔悴しきった体には、それだけで致命傷になったようだ。ひとりの海賊が船倉の戸棚を開けた時、中から飛び出してきた少年に尖った木の棒で刺された。海賊は怒り狂い少年を撃った。戸棚の奥に少年が守ろうとしていた者、同じ歳の頃の少女がいた。怯え泣き叫ぶその子を、海賊は燦々と陽の照りつける甲板へ引きずり出した。絶命しきっていない少年が後を追い這い出てくる。やめてくれ、叫ぼうとするが血を吐いて声にならない。・・・天よ、かような残虐非道を幾度許されるつもりか!空を仰ぎ、薄れゆく意識で想う。我らに一体何の罪がある?弱きことが罪なのか?そなたは弱き者を助けてはくれぬのか?あの娘を助けぬと言うのか?それが意志なのかっ?
ドンっと大きな音が天から降ってきた、と、次の瞬間には耳を劈く様な大音響が響き渡り海賊船が木っ端微塵に消し飛ばされた。メリメリと音をたてながら残骸が海中へ沈んでいく。死にゆく意識の中で少年ははっきりと聞いた。蒸気船の汽笛と、外輪が水を掻く音。そして胸の空くような猛る声。
「我が名は坂本龍馬が海援隊、乙斗丸船長池内蔵太じゃ!貴様らっ、畜生にして人に非ざる者どもよっ!一人残らず叩っ切ってやるから覚悟せぃっ!!」
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