SF奇兵隊 伝法斑の狗(18/34)PDFで表示縦書き表示RDF


SF奇兵隊 伝法斑の狗
作:隆伊



下関


5・下関
 今日は茶店を休み、小一郎、伊予乃介、作蔵と千鶴、それに香枝とその子良太、一家総出と言えばおかしいが、皆で下関へやって来た。目的は物資の調達と行楽である。根を詰めて働いている香枝と、相変わらず言葉を発せぬ千鶴を少しでも楽しませてやろうというのがひとつ。 今ひとつは、白石正一朗の回船問屋小倉屋へ出向き、そこで必要な物資を手に入れようといった所である。あの後、もう一度奇襲に成功したが、もう鉄砲の弾が残り少ない。それに、奇蹟的に二度の成功を収めたが、ただ運が良かったに過ぎない。三十人からの幕兵にたった二人で挑んでいればいつかは死んでしまうだろう。白石がまだ小倉屋をかまえているのであれば、彼に情報を流すことで、奇兵隊に動いて貰ったほうが良い。あれから殆ど毎日のように登城し、情報入手に努め、幕軍の目的と戦略をほぼ掌握することができた。その情報を流す。
 下関の街は米軍の支配化にあるとは言え、萩とは違って華やいだ雰囲気がある。歓楽街ゆえの活気がある。物珍しい物が沢山売ってある。また米兵は幕兵に比べ比較的紳士である。町民に手出しすることなどない。勿論、遊郭などではちと様相が違うが。
 千鶴に飴を買い与えてやった時の彼女の顔を、伊予乃介、小一郎は生涯忘れないだろう。山奥で育った彼女には無理もないことだが、飴など食べたことは勿論見たことすらない。始めて見る奇妙な食べ物を恐る恐る口にはこんだ時の表情、そしてその後のびっくりしたような顔と笑顔。愛らしいことこの上なかった。伊予乃介は香枝に見立ててもらって髪飾りを千鶴に与えた。とにかく、何でもいい。何か楽しい思いをさせたかった。
 小一郎は皆と行動を別にし、小倉屋へ向かった。この状況下で奇兵隊御用商人の店がまだあるのか半信半疑だったが、昔と変わらぬまま営業を続けていた。不思議なものである。米兵の情報収集力が足りぬのか、何か思惑があって手を出さぬのか、そこは知れぬが、小倉屋の白石正一郎と言えば知らぬ者のない高杉晋作のシンパで、初代奇兵隊の会計方を務めていたばかりか、結成当初の奇兵隊に宿舎を与えていた。その店がまだ営業しているのである。
 小一郎はなかに入り、白石の姿を探した。見当たらぬので店の者に白石正一郎氏に会いたいと頼むと、兄はもう居りませぬが、と言って店の主が出てきた。小一郎は思わずにやりと笑った。何が兄だ、本人ではないか。白石の方は小一郎の顔をもう忘れてしまっているようである。トンと気付かぬ。どころか警戒している。
「白石殿、この顔見忘れたか?奇兵隊結成時にいの一番に入隊した花火師の小一郎だ。覚えておられぬか?」そう言って、懐から牙と奇兵刀を取り出して見せた。
 なんとっ!幕兵だとばかり思って居ったが確かにその顔見覚えがある。確か銃の腕がめっぽう良かった御仁じゃな。そうか、そうか、良くぞ参られた。いずこから参られた?なに、萩とな。ならば道中幕兵を装うのは良い考えじゃ。喋り続ける白石を遮り、小一郎は切り出した。
「牙と銃が欲しい。それに弾も。あと、できるだけ口径の太いライフルがあれば所望したい」
 白石は心得たとばかり、小一郎を奥へ案内した。何の変哲もない廊下がくるりと回転し奥に小部屋があった。壁一面の拳銃、ライフル、人食い牙が目を奪う。
 牙にはいろんな種類がある。もともとの目的は暗殺用の武器である。例えば敵の歩哨を音もなく倒す。あるいは森の中で待ち伏せし敵の斥候を倒す。ライフルを使えない状況、言い換えれば音をたてられない状況での使用を目的としている。始まりは斧であった。前述のような状況下で斧を投げて敵を倒していたのだが、それが発展改良され人食い牙という武器が生まれた。故に例えばこの三方斧と呼ばれる牙は最も初期の頃のもので、その名の通り三方に斧があり短い握りがある。投げれば回転しながら飛び、どの面が当たっても敵の骨まで砕く。最も殺傷力の高い牙である。小一郎のよく用いる三日月は、弧を描いて飛ぶ。熟練すれば森の中でも、立ち木を避け敵に命中させることが出来る。蝙蝠は三方斧を二方に変形させた物といえるが、斧と呼ぶには薄手である。三方斧ほど重量もなく、真直ぐ飛ぶので比較的扱いやすい。今ひとつ、最も奇妙な形をした牙がある。黄金虫と呼ばれている。穴が穿ってあってそこを握りにして投げる。形は左右対称とは程遠く、片面に死に神の鎌を思わせる刃が牙をむいている。大きさは牙の中でも最も大きく通常背中に装備して使う。一番熟練を要するが、熟練すれば弧を描いて飛ばすことも、木立をなぎ倒して真直ぐ飛ばすことも出来る。小一郎は三日月と黄金虫を買い求めた。それから拳銃と弾とホルスター。そして彼の最後の所望品について白石は「これはおそらく使えぬ物だが・・・」と言いながら奥から二丁のバカ太いライフルを持ってきた。
「英国のミリンガム卿の依頼で作ったものだが、とにかく太すぎて使い物にならない。口径は十四ミリある。撃っても的に当たることはないだろうがそれで良いのか?」
「かまわぬ。頂こう。ところで奇兵隊本隊は何処に在る?」唐突な質問に白石が口を濁すと、
「大体見当は付いておる。秋吉台周辺の洞窟じゃろう?」と続けた。秋吉台には大小四百近い洞窟があり、それらに潜伏していると小一郎は考えていた。白石が黙っているので、
「幕府もおおよそ分かっているようだ。奇兵探索の手を秋吉台周辺に伸ばしている。だが秋吉台を攻撃することはしない。的となっているのは周辺の民だ。幕府は絶対に認めることはないだろうが、奴らの作戦は民を根絶やしにすることだ。民を根絶やしにすることに拠って、奇兵隊の兵糧を絶とうとしている。併せて隊と民の心を分断しようとしている。奇兵検めと呼び、村々を殲滅していっている。故に、それを恐れ、萩は勿論、その近郊、否、今では長州全土から、民が村を捨て国外へ逃れようとしている。そうして避難民となった者達の運命は、今では皆の知るところじゃ。白石殿も存じておられるであろう。悲惨極まりない。その作戦を秘密裏に任され遂行している者の名は、豊永志功。奸物井伊直弼の腹心中の腹心。そ奴、人にして人に非ず、その行状、畜生にも劣る。奴の奇兵検めの日取りと探索地区をここに持ってきた。これを高杉殿に渡して欲しい。頼む。民を救ってくれ」
「分かり申した」白石は感嘆して答えた。「よくぞこれまでの情報を手に入れられたものじゃ。小一郎殿は命を賭して幕軍に潜伏しているとお見受けした。頂いたこの情報、必ずや本隊へ届け、その豊永志功とか申す者、倒していただこう」小一郎と白石はかたく手を握り、袂を別った。
 忘れてはいけない。ここで、小一郎には奇兵隊に戻るという選択肢もあったのである。白石を通せばそれは容易いことだった。が、そうしなかった。それが彼の選択だった。
 さて、その夜は下関に一泊し翌朝、小一郎はまた行動を別にし、今度は職人時代の馴染みの店をまわり、鉛や錫、真鋳それから簡単な炉を作るための耐火煉瓦や型取りのための石膏といったものを買い求めた。途中、異人の一行とすれ違った。中の二人がいやに印象に残った。一人はばかに背が高く、髭を生やしていた。米国人らしいが周りの気の使いようを見ればかなり偉い人物のようである。いま一人は英国人のようだが、流暢な日本語を話し、周辺の長州人に話しかけ色々と説明を求め、それを英語に直して、長身の男に解説しているようだった。同行しているいずこかの藩の役人がアーネストさんと呼んでいた。小一郎には知る由もなかったが、この男が後に幕末史について貴重な見聞録を残す英国通史アーネスト・サトウであった。
 待ち合わせ場所で、小一郎は香枝達を見つけることができた。だが、見つけはしたがすぐには声を掛けられなかった。伊予乃介が香枝の子を抱いていて、間に千鶴を挟んで並び歩く様は、仲睦まじい夫婦のようである。その様子に少なからずショックを受け、更にショックを受けたこと自体に動揺した。自分は知らぬ間に香枝を好いていたのか?無理も無いとも言える。香枝は美しい娘だ。特に、内に強いものを秘めた気丈な瞳が魅力的だ。そうかと思えば無邪気で無鉄砲でそんなところも小一郎は好いていた。だがそれがどうしたと言うのだ?どうしようもないだろう。望んではいけないことだ。
 香枝の方が小一郎を見つけ手を振った。
 たった今起こった信じられない出来事を早く聞かせたくて堪らない様子だ。それはなんと、異国の人達が千鶴の写真をぜひ撮らせてくれと言ったこと、併せて自分達も写真を撮ってもらったこと、だそうである。
「どんなふうに写ったかしら?」
 香枝は嬉しげに言う。魂を取られるなんて田舎者の言うことだわ、と言う。
 だが、小一郎は香枝が期待していたほど驚きもせず、逆に訝しがる。
「なぜ、千鶴の写真を撮りたがったのだろう?」小一郎が不思議がると、伊予乃介も分からぬが、と前置きし、
「その表情に戦さの悲劇を見て取ったのだろう。アーネストと名乗る英国人はキャンプを作ろうとしているらしい。本国の新聞に載せ寄付金を集めたいと語っておった」
「キャンプ?」
「長州人が長州を離れなくともすむように、安全に収容する施設のことらしい。千津の身の上も話して聞かせた。すると奥地の虐殺の現場に行きたがっていたが押し止めた。危険極まりない故。どうしても望むのであれば米兵の同行を助言した」
「キャンプ・・・?それが実現すればこの上ない事だが・・・」
 アーネストは先程小一郎がすれ違った異人の一行である。言われてみればカメラを持った男もいた。
 小一郎達には知る由も無かったが、アーネスト・サトウは長年日本に留まるにつれ幕府側の役人の事なかれ主義の二枚舌に辟易とし、かえって戦果を交えた薩摩や長州の人々に好感を持っていた。そこへ持ってきてこの内乱であり、また庶民の虐殺されるを知るに及びひどく心を痛めており、何とか力になれないものかと考えていた。そこで難民キャンプ設立を画策し、米国からある人物を招き状況打破を策したのである。












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