斑の狗
2・問われて答えるに
秋吉台にほど近い、絵堂の集落からさらに山中を分け入ったところにある小村であった。
幕兵がやって来て、奇兵検めである。と言い村の衆を集めた。人々は疑問に思いながらも従う。人々が集まると、やおら兵隊達は刀を抜き、次々と人を斬っていった。悲鳴があがる。女達が逃げだそうとする。男達が抵抗する。だが、圧倒的に武力が違う。殺しかたは残虐だ。腹を引き裂き内臓をえぐり出す。首を切り落とし木の枝に挿す。赤子を地面に叩きつけようと、ふり回す。そのときだった。
音もなく飛んできた牙が、今にも赤子を殺そうとしていた兵の後頭部を割った。続いて四枚の牙が幕兵の背を、首を、額をえぐった。何事か? 兵隊達が色めきたったところへ、猛々しい蹄の音とともに、木々をなぎ倒し、藪を突き破り、どうっと黒い影が山中から踊り出た。
二頭の馬。馬上には黒い鎖帷子に覆面の男が二人。一人が両手の拳銃を乱射する。幕兵が一斉に銃を構える。そこへ空馬が突入してきた。がため、狙い定まらずまた、混乱を助長する。馬が駆け抜けた跡の砂塵の中に人影があった。その人影に向けて銃を構えた時には、既に砂塵から飛び出した人影に三人が斬り伏せられていた。幕兵の中央に抜刀した覆面の男。一同、一斉に襲い掛かるが、その無数の白刃の下を掻い潜り、手にした業物の大刀を、一太刀舞うが如く、二太刀竜巻の如くふるうたび一人また一人と討ち倒し、その屍のうえを乗り越えて、さらに容赦なく突き殺してゆく。
銃を持った兵等は二挺拳銃の男を狙った。銃弾が馬上の男を掠めてゆく。瞬間男の姿がかき消えた。と、鞍に足を引っ掛け、馬の腹の下から顔を覗かせ両手を突き出し、たて続けに引き金をひく。トンと片手をついて馬から降りると、すっくと立った二挺拳銃の男。兵ただなかに仁王立ち、狙い違わず敵撃ち殺す。
兵等が気付いた時には、既にライフルを持った味方はあらかた倒されていた。が、男の弾も切れたようである。今だ。と、左右同時に襲いかかるが、三日月型の牙がその兵の額を割る。さらに、大刀をさらりとかわし敵懐に飛び込むや、奇兵刀で喉を掻ききる。
二挺拳銃の男は思った。この隊で一番の手練れはどいつだ。指揮官不在、であればこの隊の精神的支柱は一番腕の立つ男、自然その男に頼った闘いかたをする。いた。いま1人の男を取り囲んだ兵の中に。背後から襲いかかろうとしている。こいつだ。いかにも浪人くずれのような男。その敵兵に牙を飛ばす。兵はふりかえるや否や、背後から飛んできた牙をその剣で弾き落とす。二挺拳銃の男は瞬時に間合いを詰めた。袈裟懸けにふりおろされた敵の剣を、体をひねり半身にしてかわす。右足で大地を蹴って敵懐に躍りこみ、奇兵刀を敵首横に深々と突きたてた。動脈を切断された敵の血飛沫が舞い散る。
思った通り敵は浮き足立った。逃がさじ、とばかり覆面の男が、今や戦意喪失した幕兵を斬り伏せてゆく。最後の一人が身を翻して逃げ出そうとした時、牙使いの男の投げた奇兵刀が深々と後頭部に突き刺さり、わずか数分間の戦闘が終わった。
馬上の人となり立ち去ろうとする男二人に、人々は駆け寄りひれ伏し拝み倒した。天狗様!天狗様じゃ!口々に言う。村の長らしき者が、噂に聞く天狗様でございましょう?どうかお名乗り下さいまし。と言う。
歳若い方の仮面の男が、しばし考えこう答え立ち去った。
「・・・我らは、斑の天狗」
3・斑の狗
伊予乃介、小一郎が帰宅するより早く、噂は駆け巡っていた。覆面黒装束で斑の天狗と名乗る二人組が、あろう事かたった二人で三十人からの幕兵を倒し虐殺の危機にあった村を救ったという。人々は辺りはばからぬ大声でその快挙を語りあう。
香枝の茶店も大賑わいである。噂も手伝って皆はぎを買い求める。いまや約束事のように客は「まけてくれ」と言う。香枝が嬉々として「いいえ、はぎは負けません」と言うと客は喜んで買って行く。店先も黒装束の二人組みの話で持ちきりだ。伊予乃介、小一郎は面映い思いで店に入り、「忙しそうだな、手伝おう」と香枝に声をかけた。
「いえ、大丈夫ですよ。奥でゆっくりされて下さい」と香枝は言った。が、二人が傍を通ったときふと顔を曇らせた。かすかに硝煙と血の匂いがした。しかし二人は香枝の表情の変化に気付かなかった。
翌朝、瓦版が撒かれた。そこには権力にはばかったのか、「斑の天狗」ではなく、「斑の狗」と書かれていた。要約するとこうである。斑の狗と名乗る覆面黒装束の二人組みが、奇兵捜索にあたっていた豊永志功殿配下の一隊を殲滅した。幕軍はこの者二人を三十両の懸賞首とし捜査を始めた。この二人について何か知りえる者は協力されたし。なお、一人は二兆拳銃で奇兵の使う人喰い牙と奇兵刀を使う。今一人は鬼神のごとき剣の使い手である。
二人は何食わぬ顔をして登城した。香枝が心配そうに見送った。
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