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ヤマホウシの咲く頃

作者:桂まゆ
 それは、今よりずっとずっと闇が深かった頃。
 山奥には、「山姥やまんば」や「山童やまわらわ」が棲んでいると言われていました。
 今よりずっとずっと、貧しかった頃。人は、働けなくなった老人や体の弱い子供を、こっそり山に連れて行きました。
 これは、そんなころの物語。


 山をきれいにいろどっていた紅葉も、すっかり葉を落としてしまった頃。
 六歳になったばかりのマサは、おとうに連れられて薪を取りに行きました。ひと冬分の薪を、今から少しずつこしらえておかなければならないからです。
 まだ幼く、しかも生まれつき左足が悪いマサを、家の人は「やっかいもの」だと呼びます。でもそんなマサもやっと、おとうの手伝いができるのです。左足を引きずりながらの山行きは大変でしたが、それでもゆっくりと歩いてくれているおとうに、必死になってついて行きました。
 おとうが切った木や小枝を束にするのが、マサの仕事でした。おとうは枝を打ちながら、山の奥へ奥へとマサを連れて行きます。
 秋の山に、おとうが枝を打つ音が響いています。マサはまた小さな束をこしらえると、そちらに向かって行きます。
 と、そんな時です。
 突然、枝を打つ音が聞こえなくなりました。おとうに、何かあったのでしょうか?
 マサは、慌てておとうを探します。大声で何度も何度もおとうを呼びますが、返事はどこからも聞こえません。
 何時間、さがし歩いたことでしょう。もう足が痛くてたまりません。下草の上にしゃがんだ時に、すっかり道に迷ってしまった事に気が付きました。
 秋のお日様はすぐに落ちてしまい、山道は真っ暗になりました。マサは怖くて仕方ありません。
 もう、歩けません。遠くで、山犬だか狼だかの遠吠えが聞こえて来ます。
 泣きそうになりながら、マサはまた、おとうを呼びます。でも、やっぱり返事はありません。
 そういえば、大人の人が言っていました。山奥には『山姥』が住んでいて、人間を襲うのだと。だから、子供たちだけで山に入ってはいけないと。
 こんな時に、どうしてそんな怖い話を思い出してしまったのでしょう。マサはとうとう泣き出してしまいました。
「こんなところで何をしている?」
 不意に、後ろからそんな声が聞こえました。
 飛び上がるように後ろを向くと、行燈の灯りが突き付けられます。そこに立っていたのは、腰の曲がったばさまでした。
 これが、『山姥』なのでしょうか。逃げ出したいのですが、腰が抜けてしまったようで、マサは立つことすら出来ません。
「どうした? 道に迷ったか?」
 ばさまの言葉に、マサはただ頷きます。
「おとうを呼んでいたな? どこの村のわらしだ?」
 そっと、マサの頭の上に手を置き、ばさまがたずねます。そうされると、何故か安心できて、マサの目から涙が流れました。
 『山姥』などである筈がない。いや、こんなに優しく話しかけてくれるのなら、山姥でもいい。
 マサはそう思いました。
「川向こうの村。おれ、マサっていう」
「そうか。腹が減っているか?」
 マサが頷くと、ばさまは少し考えるようにしてから、マサの手を取り、立ち上がらせてくれました。

 ばさまの家は、すぐ近くにありました。
 中に入ると、囲炉裏には鍋のようなものが据えてあって、湯気が立ち込めています。
 マサはどきどきしながら、鍋の中を覗いてみました。ばさまが『山姥』なら、さぞ恐ろしいものが入っている筈です。でも、笑いながらばさまが器に入れてくれたのは、そのあたりに生えているような葉っぱやきのこがたくさん入った雑炊のようなものでした。
「ここには、こんなものしかない」
 こんなものでも、マサにとってはごちそうでした。だって、朝早くに家を出てから、何も食べていないのです。
 熱い雑炊を、ひとさじひとさじ口に運びます。ばさまは、向かいに座ってそんなマサのことをじっと見つめています。
 だから、マサは気になっていた事を聞こうと思ったのです。
「ばさまは、どうしてこげな所にいるんだ?」
 ばさまは、おかしそうに笑います。
「ばばが、こんなところに住んでいてはおかしいか?」
「ひとりぼっちでか? さみしくねえか?」
「さみしくねえ。たまには、旅人が迷い込んで来る。色んな話をしてくれる」
「ばさまは、山姥か?」
 やっと、一番気になっていた事をマサは口にしました。ばさまはまた、おかしそうに笑います。
「どうなんだろうな。マサは、山姥って、何だと思う?」
 山姥は、山に棲む妖怪です。
 道に迷った旅人を甘い言葉ですみかに連れ込み、夜、旅人が眠ったところでこれを殺し、その皮を剥いで肉を喰らい、剥いだ皮を被って村を襲うと言われています。
 でも、ばさまはそんなに恐ろしいものには見えません。
「マサは、なんでばばが山に居るんだって思う?」
 たずねられて、マサは解ってしまいました。
 村でも、川を挟んだとなりの村でも、今年は凶作で。今年だけではありません。何年か前にはひどい干ばつがあって、何人もの人が飢えて死んだそうです。
 働く事が出来ない者を養っている余裕なんか、ないのです。だから、マサのことをおかあもあにさも「やっかい者」と呼んでいました。
 大人の人が言っていました。
 最近、どこそこのばあさんをみかけない。きっと山に捨てたのよ。あちらの子供をみかけない。きっと山に捨てたのよ……。
「おれ、おとうに捨てられたんだ」
 マサは、もう六つになるのに、同じ年頃の子供たちの中では一番体も小さくて。おまけに、左足を引きずっています。
 一番上のあにさは、働きに行きました。二番目のあにさも、おとうの手伝いをよくします。
 あねさも、妹たちの面倒をよく見ています。そう、マサだけがやっかい者で。
 だから、捨てられたのでしょう。
 そう考えると、マサの眼からぽろぽろと涙がこぼれ落ちます。
「わしは、この山の暮らしも悪くねえと思ってるけどな」
 そんなマサの頭を撫でながら、ばさまが言います。
「マサ、おまえもここに住むか?」
 その言葉は、マサの心を大きく揺らしました。
 ばさまは、マサの事を「やっかい者」とは言わない。ばさまは、こんな山奥でも生きて行けると言っているのです。
 顔を上げたマサは、ばさまに飛びつきました。ばさまは、そんなマサの頭を何度も何度も撫ぜてくれました。


 ばさまは、いつも山の中途にあるお地蔵様に参ります。
 そこに、野菜やら雑穀やらが供えてあれば、それは持って帰って食べても良いものなのだそうです。
 それは、山に住む人の為に供えてあるものなのだと、ばさまは言います。
 でも、それは毎日供えてあるわけではないらしく、手ぶらで帰ることもしばしば。
 それでも、山奥に住むばさまの元には、たまに旅人が迷い込んで来ます。
 冬になって、山が雪で閉ざされる前に道を進めたい旅人達が、一晩の宿を願ったりするのです。
 ばさまは、そんな旅人から食料を少し分けてもらう代わりに、寝間を貸してあげていました。
 でも、旅人達は朝になってマサが起き出したころには、とっくに旅に出ています。よほど、急ぎの旅なのだとマサは思っていました。


 秋が終わり、冬が来ました。
 もう、旅人が訪れることはありません。ばさまは、秋の間にひろっておいたドングリの粉を挽いたり、野菜を干したり、凍りつくような川に魚を探しに行ったりしています。
 だから、お地蔵様の所にお供え物を取りに行くのは、マサの仕事になっていました。


 そんな時、ひとりの男が、山に入って来ました。
 山の中に放り出されたままになっていた小枝の束をひろい上げ、そっと目を抑えます。
「山犬にでも食われちまったか。それともひもじくて死んじまったのか。ごめんな、マサ。うちにはお前を養う余裕はねえ」
 どうやら、マサのおとうさんのようです。
「最近では、山姥の噂もよく聞くしな。ま、子供が山姥になるわけはなかろうが」
 そんな事を言いながら、里へと引き返しておりますと。
 なんでしょう。
 貧相な男がお地蔵さまに痩せた芋をお供えして、何度も何度も頭を下げていました。
「ありゃあ、炭焼きの耕吉じゃねえか?」
 凶作で、だれもお供えなどする余裕はない。
 そんな地蔵に、村はずれに住む貧乏炭焼きの耕吉がお供え? 何の願掛けかと思って見ておりますと。
 ひとりの子供が現れ、芋を取って再び藪の中に消えて行きます。
 間違いありません。男が捨てた、息子。マサです。
 男はひどく驚き、後をつけてみました。


 芋を持って帰ったマサを、迎えたのは老婆です。
 男は、知っていました。それは三年程前に行方知れずになった、耕吉のばあさんだ。そうか。耕吉はやはりばあさんを山に捨てていたのか。
 なるほど、あのばあさんは山姥のふりをして、人をだまして、身ぐるみを剥いでいたのか。だったら、あの家には旅人から奪った金品がたくさんある筈だ。
 男は、考えました。
 人から奪ったものなら、自分が奪っても悪い事にはならないだろう、と。
「わしだって、金さえありゃあ、息子を捨てようなんて思わなかったさ」


 その日の夜、覆面をした数人の男たちがばさまの家をたずねました。
 ひとりが、戸を叩きます。
「もうし。誰かおりなさるか?」
「何じゃ? このような夜中に」
 ばさまが答えると。
「猟をしておったのじゃが、連れがうっかり足を踏み外して、怪我をしておる。少し休ませてはもらえまいか?」
「それはそれは、難儀なことで」
 ばさまが引き戸のつっかいぼうを外し、引き戸を開けました。
 それを待っていたのは、鍬や鋤を持った男たち。
「見つけたぞ、やまんばめ」
「さんざん、甘い汁を飲んでいた貴様も、今夜が最後だ」
 ばさまの悲鳴に、マサは何事かと起きだしました。
「マサ、お逃げ。逃げるんだよ」
 逃げたくても、マサは片足が不自由なので、とっさにからだが動きません。
「なんで、だ?」
 だから、マサは叫びました。
「なんで、ばさまを襲うんだ? ばさまは、悪くねえ。おらのことだって、助けてくれたんだ。おらの、大事な大事なばさまなんだ」
 言いながら、ひとりの男にすがりつきます。

 男の覆面が、はらりとはだけました。
 そこに在ったのは、マサが大好きだったおとうの顔。
「おとう? なんで、おとうが?」
 他の男たちが驚いたようにマサを見ました。
「おい、なんでここにマサが居るんだ?」
「なんで、マサが山姥と一緒にいるんだ。まさか、お前は……」
「ちがう、こいつはおれの息子じゃねえ。おれの息子のマサは、死んだんだ。こいつも、山姥の妖術で息子のように見せられているんだ」
「おとう! ばさまは、山姥なんかじゃない!」
 マサの叫びに、応じるように。
 その胸に、包丁がつきつけられました。
「マサは死んだ。やまんばに食われて。おまえなんか、わしの子じゃない!」
 そうでもしなければ、疑われてしまう。自分も、山姥の仲間だと言われてしまう。
 それが、男の決意でした。
 マサの小さな体が、かくんと倒れます。
「なんてことを」
 ばさまが、恐ろしい目で男を睨んでいました。
「どうせ、旅人をだまくらかして、溜めこんでいるんだろう。みんな、探せ!」
 男たちは知りません。
 ばさまは、確かに『山姥』のふりをして、迷い込んで来た旅人から食べ物を巻き上げていました。
 迷い込んで来た旅人たちが寝入った頃に、出刃包丁をしゃこしゃこ研いでいれば、相手は勝手に誤解して荷物を置いて逃げ出してくれますから。

 でも、金品はお地蔵様にお供えしていました。
 それだけが、ばさまの唯一の、罪滅ぼしだったのです。

 殴られ、蹴られ、ばさまはもうほうほうの勢いで。
「ばかだねえ。大切な預かり物は、ちゃんと隠してあるんだよ。必要なものだけ、使わせてもらったけどねぇ」
 ばさまの言葉に、男たちは笑います。
「そうか、耕吉の所だな」
 そうじゃない。
 とんだ誤解だ。むすこは何の関係もない。
 ばさまは、叫びました。
 でも、もう声は出ません。身体も動きません。
 ただ、すすり泣く声だけが、長い間聞こえていました。でもそれもいつか、途切れました。
 山は、元の静けさを取り戻したのです。

 鎌や鍬を持った男たちは、夜に村はずれの耕吉の家に押し入りました。
 でも、貧乏な耕吉の家にはめぼしいものは何もありません。
 怒った男たちは、耕介を殴ったり水に頭を沈めたりして、盗んだものをどこに隠したのかを聞きだそうとしました。
 でも、そんなことは知らない耕吉は、何が何だかわかりません。
 欲に狂った男たちは、耕吉やその妻まで殺し、家の中から畑の中まで探しました。でも、思っていたようなものは見つかりませんでした。


 包丁を持った老婆が、村に舞い戻ったのは、その日の早朝でした。
 山で、人を恨んで死んだばさまは、本当の山姥になってしまったのです。

 息子夫婦は身ごもった赤ん坊を、諦めようとしていました。
 産んでも、飢えさせてしまうだけだと。
 だから、母親は自分から山に行ったのです。心優しい息子は、「姥捨て」など出来ないと思ったから。

 ここ数年、凶作続きで、村はとても貧乏です。このままでは、小作料が支払えない程に。
 誰もが、家族が生き延びることを考えていたのです。
 そう。金に目がくらんだ男たちも、また。


 山姥は、村を全滅させた後に、また、山に帰っていったそうです。


 山に、春が来ました。
 桜が終わると、たちまちに木々が若芽を茂らせます。その中で、まるで葉の上に雪が積もっているように、白い花を咲かせる木がありました。
 まるで、その木の周りだけ、冬が終わらずにいるかのように。

 今よりずっとずっと闇が深かった頃。
 今よりずっとずっと……愛が深かった頃の物語。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
「子供がマジ泣きするような怖い童話」を、書こうとしてみました。
私がマジ泣きする程怖かった童話が「雪女」とかそのへんの、切ない? やるせない? 全部ひっくるめて「いやん」なものでして。(言葉にすると、軽くなるのは何故だろう)

この物語にも「いやん」なものを詰め込みました。
だから、アンハッピーエンドです。

童話祭出品作品で、アンハッピーエンドでええんか? ええんです。私が決めました。(笑)
でも、某なめこさまの「子供がマジ泣きするような怖い童話書いて」の一言がなければ、「星の娘」というあたりさわりのないハッピーエンドを書いていた筈なんですけれども。
こちらは、いずれかにUPしたいと思っています。

もう一度、読んで頂きありがとうございました。

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