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短編集イロイロ(作者選)

エクストリーム将棋(決勝戦)

作者:名明 伸夫
「王手ッ!」

 対局室である和室中に鋭い駒音が鳴り響く。
 将棋盤を挟んで二人の男が盤を睨む様に座っている。
 今日は将棋界の重鎮である布武ふぶ竜王と、田辺たなべ九段の二人による王座をかけた決勝戦であった。

 布武竜王は、もはや将棋界どころか一般的にも広く知名度が知られた有名人で、数々の書籍やゲーム化もされているほどの人気ぶりであり、将棋ブームの火付け役とも言える人物だ。

 一方の田辺九段は、一見すると大人しそうで地味な印象を受けがちだが、その棋風きふうは見た目とは裏腹に相手の囲いを攻めて攻めて攻めまくるガツガツとした将棋を好む、今、新進気鋭の棋士きしである。

 私は、この両雄が王座をかけてぶつかり合うのを、テレビ中継とはいえ生で見られることに喜びを感じていたが、まさにその布武竜王が今、王手をかけられていた。

「これは厳しいな……」

 私はテレビを見ながらぼやいた。
 事実、布武竜王は田辺九段の執拗しつような攻めにどんどん押され、もはや竜王の王将は風前のともしびといった状態だった。

 テレビの中の竜王も、手に持った扇子を開いたり閉じたりを繰り返しており、現状の苦しさがこちらまで伝わってくるようだった。

「布武竜王、残り十秒です……いち……に……」

 淡々と記録係が秒数を読み上げる。
 お互いが持ち時間を使い果たしているので、その後は全て一手三十秒以内で指し続けなければならないのが、この大会での原則である。

「おいおい竜王、時間ないぞ」

 大の布武竜王ファンである私は、手に汗を握りながらテレビに向かって呟いた。
 残りあと五秒と差し迫った所で竜王が動きを見せる。

 竜王はすっと右手を高くあげ、一言こう言った。



「……チャレンジチャンス」



 私はふうと息を吐いた。
 これで一旦、タイマーの時間がストップされるからだ。
 すると記録係の一人が机の上に置いてある、小さな箱に手を入れ、一枚のカードを取り出した。


「布武竜王、チャレンジ内容は……【ダーツ】です」


 記録係が手に持ったカードをカメラの方に向けるとそこには大きく【ダーツ】とだけ書かれていた。

 布武竜王は小さくうなずき立ち上がると、ふすまを開け隣の部屋へ入った。
 そこで映像が切り替わり、今度は隣の部屋が映し出される。

 映し出された部屋は、まさに簡易ダーツバーといった様相を呈しており、部屋の壁際に一台のダーツマシンが設置されていた。
 竜王は手慣れた手つきで用意されたダーツの矢を三本持つと、真っ直ぐにマシンに向き合った。

 少しの間部屋は静寂に包まれ、竜王は小さく息をつくと、ゆっくりと手に持った矢を構えた。

 テレビの前の私も、思わず固唾かたずを飲んで見守る。

 竜王が放った矢はゆるやかな放物線を描き、なんと一投目で枠の中心ブルに命中した。

 ダーツマシンが軽快な効果音を発すると、苦虫を噛み潰した様な顔をした田辺九段のアップに映像が切り替わる。

「布武竜王、チャレンジ成功です」

 記録係は無表情のままそう告げると、布武竜王は残った二本の矢を置き対局室へ戻ってきた。

「布武竜王、チャレンジ成功のため《駒変更》となります」

 私はテレビの前で小さくガッツポーズを決めた。

 駒変更とは、相手の王将以外の盤上の駒を一枚、自分の好きな様に変えることができる特殊ルールであり、自分の王将を好きな場所に移動させたり、相手の駒を移動させたり、自分の持ち駒にすることもできる。
 もちろん、これはチャレンジを成功させなければ行使することはできない。

 布武竜王は悠々と自分の王将を激戦区から遠く離れた場所へと動かした。


 しかし、以前として盤上の駒数は田辺九段にがあり、防戦一方の布武竜王は再び窮地きゅうちへ追い込まれてしまった。
 徐々に布武竜王の顔にも苦悶くもんの表情が広がっていく。

「布武竜王、残り十秒です……いち……に……」

 記録係がカウントダウンを始める、しかし布武竜王がここで再び動いた。



「……チャレンジチャンス」



 その言葉を聞いた記録係はタイマーを止め、黙々と箱の中に手を入れカードを取り出す。


「布武竜王、二度目のチャレンジ内容は【テーブルクロス引き】です」


 私はテレビに向かって「よしっ!」と叫んだ、テーブルクロス引きは布武竜王の十八番おはこでこれまで一度も失敗したことがなく、将棋界でも【盤上と机上の貴公子】という異名を持つほどなのだ。

 さすがの田辺九段もカードの内容を聞いただけで、肩を落としているのが見える。


 布武竜王は余裕の表情で、今度はダーツマシンがあった部屋とは反対側の襖を開ける。

 そこには赤い絨毯じゅうたんが床一面に広がっており、部屋の中央には直径、いちメートル程の円卓のテーブルが置かれていた。
 もちろんテーブルの上には、ワイングラスやお皿、フォークといった様々な食器も用意されている。

 布武竜王はテーブルの前に立ち、純白のテーブルクロスを軽く持つと、目を閉じ精神統一をした。


「はっ!」

 そして大きな掛け声と共に、布武竜王は見事一瞬でテーブルクロスを引き抜いて見せた。
 対局場はしんと静まり返ったままだが、私は竜王の見事な成功に盛大な拍手を送った。


「布武竜王、チャレンジ成功です」


 記録係の無機質な声と共に竜王は座布団の上に戻ると、今度は相手の飛車ひしゃを指でつまみあげ自分の駒台の上に置き、駒変更を終了させた。

 これで戦況はほぼ互角になった。
 だが田辺九段は飛車を失ったことで、攻めの起点を無くし、一転して今度は布武竜王の攻めが始まった。

 そしてここで竜王が最後の仕上げにかかる。



「……チャレンジチャンス」



 三度目、竜王最後のチャレンジチャンスである。
 田辺九段は恨めしそうな目で竜王を見るが、序盤で早々に三回を使い切ってしまった九段に為す術はなかった。

 記録係が箱からカードを取り出す。



「布武竜王、三回目のチャレンジ内容は【PK】です」



 私はドキッとした。
 これまで布武竜王のPK成功率は約三割であり、他の名人に比べるとそれは決して高い数字ではないのだ。
 心なしか布武竜王の顔も少し曇ったように見える。

 布武竜王は画面に向かって奥側、つまり記録係の後ろにある縁側に出ると、庭先へ下りた。

 庭先の映像に切り替わると、そこには見事なサッカーフィールドが広がっていた。
 サッカーゴールの前で両手を広げ構えるのは、全日本代表の縄島なわしま選手である。


(これはかなりマズい……)


 私は更に冷汗をかいた。
 本来ゴールキーパーを務めるのは《この時間に参加できる中で一番PKセーブ率の高い選手》という制限があるのだが、不運なことに今日は日本代表の試合が無いため、名実ともに最強とも呼べる縄島選手が選ばれたのだ。

 布武竜王はそんな動揺を微塵も見せることなく、ゴールの前に置かれたサッカーボールの前へと足を進めた。

 縄島選手が深く腰を落とす。

 そんな気迫溢れるゴールキーパーの前にたたずむ和服姿の布武竜王は、一見するととても滑稽こっけいな様子に見えるが、私は真剣な眼差しで竜王を見つめる。


 ゆっくりと布武竜王がボールから後ずさり、助走距離を取る。

 そして、そこから一気に駆け出し右足で強くボールを蹴りつけた。
 ボールは一直線にゴール左端を目掛けて突き進む。

 しかし、同時に縄島選手も同じ方向に向かって飛び出し、今まさにその指先がボールに触れようとしていた。

「あぁ! ダメだ!」

 私は思わず大声をあげて、目を背けようとした。

 ところがゴールキーパーの指先に当たり軌道が変わったボールは、幸運にもゴールポストの内側で跳ね返り、そのまま転々とゴールネットに入っていった。


「布武竜王、チャレンジ成功です」


 その瞬間、いつもは冷静沈着の布武竜王が両手を高々と上げてガッツポーズを決めた。
 そしてその猛々しい姿に思わず私も「ゴオォォォォーゥルッ!!」と獣のような雄叫おたけびをあげてしまった。

 縄島選手が悔しそうに地面を殴った。もちろん私もその気持ちはよくわかる。
 これまで海外でも数々のエースストライカーのシュートを止めてきた彼が、棋士のシュートを止めることができなかったのだから。

 しかしそれらのシュートを上回る程、竜王のシュートは鋭く正確にコースを突いたものだったのだ。


「なるほど、こりゃ竜王もさぞ努力したに違いない」

 テレビの前で私はニヤリと口角をつり上げた。
 おそらくこのテレビがマジックミラーの様なものだとして、向こう側から誰かが私を見ていたとしたら、確実に私は狂人だと思われているだろう。


 布武竜王は再び対局室に戻り、自分の席に着いた。
 向かいに座る田辺九段は悔しそうな表情を浮かべている。まるで歯ぎしりまでこちらに聞こえてくるようだ。

 布武竜王はゆっくり盤上に手を伸ばすと、田辺九段の玉将の守りのかなめになっていた金将きんしょうを引き剥がした。
 そして一拍置いて、田辺九段が口を開く。


「……参りました」


 布武竜王と田辺九段はお互いに頭を下げ、両者の健闘をたたえた。
 そして、私は大きく息を吐くとソファーに深く体を沈めた。


「これで竜王も三連覇か……全く底が知れんな」


 天井を見つめながら呟く私の耳に、階段を降りる足音が聞こえてきた。

「あ、お父さん! 布武竜王どうだった?」

 息子がリビングにひょいと顔を出した。
 私が一言、勝ったぞと言うと息子は「イエス!」と声を上げ、そのまま玄関へ向かって走っていった。


 私もソファーから立ち上がり玄関まで行くと、息子は登山用の大きなリュックサックを背負い、手にも大きなボストンバッグを持っていた。

 リュックサックからは、入り切らなかった野球のバットやテニスラケットが顔をのぞかせている。
 おそらくボストンバッグにはボウリングシューズやら、バスケットボールが入っているのだろう。

「将棋か? 今日も精が出るな」

 私が声をかけると、息子は元気良く振り返り爽やかに笑った。

「あったりまえじゃん! 今日こそはカッちゃんに勝ってやるんだ!」

 そう言うと息子は荷物をガチャガチャと鳴らしながら勢い良く外へ飛び出していった。

 私は息子を追いかけるように外へ出ると、どんどん遠ざかって行く息子の背中に向かって声をかけた。



「おーい! 対局中にケガだけは気をつけろよー!」


   
最後まで読んで頂きありがとうございます^ ^
もう読んで頂けたことだけで感謝感激なのですが、ご意見・ご感想などもしあれば気軽にコメント等よろしくお願いしますm(_ _)m





…たまにはこんな作品があってもいいですよね?笑

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