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花葬
作:淡屋林檎



5.愛情


[ウィリアム]
コーディが倒れた翌日。
点滴を外してもらって、どうにかベッドから起き上がることができた。
歩こうとして、足を踏み出すと世界が歪み、倒れそうになる。
だが、俺はどうしてもコーディの所に行かなければならない。
重い身体を引きずるように歩いた。

精神科105号室。
コーディの部屋。

本来ならクロルドがいてもおかしくない時間帯なのだが、どうやらハル先生が何か謀ったらしい。

「コーディ…」

部屋に入り鍵をかけて、コーディを呼んだ。
コーディは青白い顔でうなされていた。

「コーディっ!」

…俺はコーディに呼び掛けて、夢から解放してやろうと、コーディの顔に手をやった。
少し身動いて、コーディがゆっくりと目を開く。
開いた途端、涙が零れ落ちた。しばらくボーッと俺を見つめるその瞳から、涙はとめどなく溢れた。

「コーディ…?」

その瞬間。
上半身を起こしたコーディは、俺を両手で突き飛ばした。俺の体は倒れ、尻餅をつく。

コーディはテーブルまで走って行き、テーブルの上にあるメモに何やら書いて、俺に突き出した。


『あたしジニー』
『コーディとらないで』

決して上手いとは言えない字で、そう書かれていた。
「ジニー?」

そう言うと、彼女はコクンと頷いた。

「コーディは?」

するとジニーは部屋の隅に置かれた大きな鏡の前に座った。そして鏡に顔を近付けて、ジーッと鏡の中の自分を見つめている。

一体、何がなんだか分からない。



[ジニー]
目覚めると、目の前には誰かがいるようだった。涙で顔が見えない。
しばらくして、その人物はウィリアムだと分かった。

アタシは…彼を突き飛ばした。そしてメモで、アタシがコーディではないことを告げた。

驚いているウィリアムの横を通って、鏡の前に座り込む。

鏡に両手をつけて、じっと見つめる。

『コーディ、コーディ起きて!』
『ん…おはよう、ジニー』コーディが笑顔で現れた。

『あのね、コーディ…ウィリアムが来てるの』
『えっ!ウィリアムが!?代わって…代わって、ジニー!!』
コーディは必死に鏡を叩いて、アタシに懇願した。

コーディの幸せは
アタシの幸せ。

結局アタシはコーディと交代して、深い闇に落ちていった。



[ウィリアム]
ジニーは鏡に向かって、手振り身振りしたり、さらには鏡を叩きだした。

まるで鏡の中の自分に何かを問い掛けるように。

しばらくして、ジニーはゆっくりと立ち上がった。
そして俺の方を向いて、声にならない声で「ウィリアム」と言った。
両手を伸ばして、何度も何度も「ウィリアム、ウィリアム」と。
そして俺の前まで歩いてくると、俺の掌に『コーディあたし』と書いた。

「コーディ…なのか?」
そう言うと、コクンと頷いて、また俺の掌に『コーディあたし』と書いた。
急激に愛しさが込み上げてきて、コーディを抱きしめた。コーディの細い腕が絡む。果敢無いコーディの身体を抱きしめながら、頭を撫でた。慰めるように。

「ごめんな、コーディ。体が言うこときかんで…ずっと起き上がれなくて。約束したのに、ごめん」

コーディは俺の胸に顔を埋めながら、首を振った。そして顔を上げ、微笑んだ。
俺はコーディの顔に舌を這わせて涙を舐めとった。

「…これからは、もし行けなかったらちゃんと伝えてもらうから。…一人、信用できる人がいるんだ。ハル先生って知ってる?」

コーディは一瞬怪訝な顔をして、コクンと頷く。

「んっと…ハル先生と何かあるの?」

コーディは俺の手をとり、掌に指で『いじわる』と書いた。

「意地悪?何かされた?」

コーディは少し考えて、首を横に振った。

………。

「えっと…。あの先生、言い方とかキツイからコーディには意地悪に見えるのかもな。でもちゃんとコーディのこと見てくれてる。良い子だって言ってたよ」

またコーディは首をふるふると振る。そして俺が口を開く前に、掌に『ウィリアム』『からだつらい?』と書かれた。

「…大丈夫。コーディの顔見たらマシになった。いつもこの部屋来たら…ていうか、コーディの顔見たらすごく楽になる。やっぱりコーディは俺の天使だな」

コーディは頬をほんのり染めて俯き、大きく首を振った。その様子がとても可愛かったので、両手で抱きしめてベッドへ押し倒した。
それから色んな所に唇を落とした。額、頬、鼻先…。唇の中に舌を入れると、コーディはキュッと目を閉じて一瞬息をとめ、深くはいた。

「コーディ…こういうことするのは嫌?」

少し不安になって聞くと、コーディは首を振った。
そして、目を閉じてコーディからキスをしてきた。軽く触れるだけの。

「俺はコーディのもの。だからコーディも俺のものになってくれる?」

コーディは目をパチクリさせて、それから極上の笑顔で頷いた。

「俺は信じてな?俺にはコーディだけだから」

今度は、ためらいがちに頷く。

「じゃあ、所有印残しとこ…消えたら何度もつけ直すから」

俺はコーディの…見えない位置…ちょうど鎖骨の下辺りをキツク吸って、キスマークを付けた。

「コーディも俺に、コーディのものだって、印つけてくれる?」

そう言うと、コーディはおずおずと俺のシャツを第二ボタンまで開け、同じ所にキスマークをつけた。
いまいち付け方が分からなかったのか、薄い痕だったけど。きっと2・3日もしない内に消えてしまうだろう。そしたらまた付けてもらう。


夕方までそんなふうに戯れながら過ごし、自分の部屋に帰る時間になった。
帰ろうと立ち上がると、コーディは俺のシャツの裾を引っ張った。

「もう行かないと…クロルドが来てしまう…」

そう言うとコーディは手を離し、俯いてしまう。
俺はコーディの頭を撫でながら「明日も来るから待っててな?」…諭すように言って、コーディにキスをした。コーディがやっと笑顔になって頷く。そして手を振った。俺も手を振り返して、大分楽になった体でゆっくり歩き、自分の病室に帰った。


『ジニー』という人物への疑問を頭に浮かべながら。



[コーディ]
まだ…まだ夢を見ているのかしら?
ウィリアムがくれた痕…そっと擦ってみる。
消えない痕はそれが現実だと教えてくれる。
アタシのウィリアム、
ウィリアムのアタシ。
思った途端、何だか熱くて落ち着かなくなった。
眠ろうと目を閉じても昼間のことを思い出して。

アタシは鏡の前に座った。
『ジニー、起きて』
『おはようコーディ』
ジニーはいつもの笑顔で現れた。
『そろそろクロルドが来るから…交代しよう?』
『うん。おやすみ、コーディ。おやすみ…』

そしてアタシはまた深い闇に堕ちる。



[ジニー]
カチャっとドアがゆっくり開いて、クロルドが顔を覗かせた。
「ジニー、起きてるの?」
アタシは起き上がり、スタンドの明かりをつけてベッドに座った。
「起きなくていいよ」
クロルドが慌ててベッドの側まで来て、アタシの頬に触れた。
冷たくて気持ち良い、大きな手。
笑顔を向けると、クロルドも笑ってくれた。
「だいぶ気分よくなったみたいだね。コーディは俺に遠慮しないでいいんだからね?無理もしなくていいんだから」
クロルドはそう言ってアタシを抱きしめた。
クロルドの手が背中から後頭部へ移動して、髪をすいてくれる。倒れたせいで洗ってないことを思い出して…アタシはクロルドの胸を押して離れた。いっぱい汗かいたし、きっと汚れてるから。
「ジニー?」
クロルドが不安な表情を浮かべた。アタシはメモとペンを取って、『おふろ』と書いた。
「お風呂に入りたいの?」
アタシは頷いた。
「でももう消灯時間過ぎてるからね。明日の朝、ジニーが起きたら入れるようにしてあげるから。今日はもう、おやすみ?」

アタシは頷いて、自分からクロルドに『おやすみ』のキスをした。
いつもはクロルドからしてくれるので、クロルドは少し驚いているみたい。
でもすぐに『おやすみ』とクロルドからキスをしてもらった。

クロルドの形の良い唇が好きで、重ねた時の冷たい感触も好きで。
クロルドと『挨拶』をするとアタシはいつも心地良くなって落ち着くの。
何だか眠れそうな気がして目を閉じた。



[クロルド]
ジニーからキスをしてきたのは初めてだった。
…いや、正しくは挨拶か。

僕のジニーに対する愛情は恐らく常識を越えている。
淫らな妄想でジニーを汚したりもした。ジニーの知らない頭の中でジニーに触れる。ジニーの唇を奪って…なめらかな背中や細い脚、そしてその肌に唇を這わせて……だけど僕の妄想はいつもその先へはいけない。


ジニーを壊してしまう気がして。今だって充分詐欺みたいなものだけど…医者の仮面を被った狼だって…そんなことは決してジニーに悟られてはいけない。

愛しい、という感情はどうしてこんなにも残虐性を孕んでしまうのか。

大事に大切に守ってやりたいと思うのも本当で。
壊してしまいたいというのも事実で。


嘘偽りの現実で、
ジニーだけが真実。












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