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花葬
作:淡屋林檎



4.過去


[クロルド]
一体何があったのだろう。


この間、ジニーの様子がおかしくなったのは…通ってた野良猫が姿を見せなくなった時。
…誰かに連れて行かれたのか、それとも事故にでもあってしまったのか。
だけど、いくらそう言ってもジニーは、自分が悪い子だから嫌われたんだと思い込んでいた。
ジニーは、なにもかも自分のせいにしてしまう所があって、結局その自らの重圧に耐えられなくなってしまう。

また、なにか裏切られたと感じるようなことがあったというのか。

どうしたら、ジニーを救ってやれるのだろう?

どうしたら、僕を信じてくれるのだろう?


可愛い可愛いジニー。


どうして、医者と患者なんだろう。


眠っているジニーの汗を拭ってやりながら、僕は矛盾なことを考えていた。



医者じゃない自分が、ジニーに何をしてやれるというのだろう。



[コーディ]
目を覚ますと、クロルドの姿はなかった。

…頭がいたい。

急いで、鏡の前に座り込んだ。

『ジニー!ジニー!』

『ん…おはようコーディ』


少しやつれた顔でジニーが現れる。

『ジニー、お願い!交代して!頭が痛いの!割れてしまいそう!』
『勿論よ、コーディ。ゆっくりお休みなさい』

鏡に手を合わせて、ゆっくり目を閉じる。

闇に堕ちていくのを感じながら。



[ジニー]
ベッドに寝そべって、ずっと昔の夢を見ているの。

もう何度も繰り返し見たのだから、これは夢だと分かるわ。

…でも現実だったの。
昔は。


物心ついた頃から、アタシは他人の家にいた。

義父と義母…そして義兄。

義父と義母はとても義兄を愛していた。

『何もできなくていいんだよ。私達はお前さえいればいいのだから』

アタシは他人だったので、愛されるように努力した。
良い子になろうって。


勉強も運動も奉仕活動だって、できることは何でもやった。家族にアタシを認めてもらえるように。

周りはみんな『えらいね』と褒めてくれた。
だから、きっと家族の人もアタシを褒めてくれる…そう思ったのに…何も言ってはくれなかった。


アタシの努力が足りないから?もっと頑張って、もっと良い子にならなくちゃ、アタシを見てさえもくれない!



でも家族はアタシが努力すればする程に、アタシを無視するの。

…幼かったアタシには、その疎外感に耐えられなかった。

ある日、義父と義母がアタシに言った。

『せっかく引き取ってやった恩も忘れて、立場をわきまえられないのか。お前は息子の下にいなければならないのに。お前のおかげで息子が周りに何て言われてるか』

『恩を仇で返すなんて』

『最低な人間だ!』


何を…どうしてそんなふうに言われるのか分からなかった。


それから、アタシが周りに褒められるたびに家族はアタシを嫌い、憤慨した。

殴ったり蹴ったり暴力をふるわれ、アタシがたまらず泣き声をあげると『うるさい』と外へ出されたり、倉庫に閉じ込められたりもされた。

義父に折られた腕は今も変型したまま、義母に煙草を押し当てられた火傷はいくつも痕になった。

傷が人目につかないよう、いつも長袖を着せられた。

アタシは気に入られるように、良い子になろうって思うのに、何一つ受け入れてもらえず。

家族の言うことは何でも聞いた。家族の耳にアタシの話が入らないように、外では目立たないようにして。

感情を表に出さないように…アタシはだんだん無口になっていった。そんなアタシは家族以外の人にも相手にされない。


そんな中、義兄だけはアタシの相手をしてくれるようになった。

色々なことをさせられた。
悪いことも。

でもアタシは義兄に命令されるのは苦じゃなかった。


だって、こんな誰からも愛されないアタシに構ってくれるのだから!



義兄は加虐的な人だった。


自分より弱い動物を傷つけたり、殺したりして遊ぶのだから。
アタシはどうしてもそれだけはできなくて、泣いて義兄に縋り付いた。
すると義兄は『じゃあジニーがあいつらの代わりになる?』とカッターナイフをアタシに向けた。

…恐怖で固まったアタシに『大丈夫。殺したりはしないから』と笑って。


アタシを自室に連れて行くと鍵をかけ、ベルトでアタシの手足の自由を奪った。

そしてアタシの脚にカッターの刃が触れた。
恐怖で体が震える。

義兄はそんなアタシを楽しそうに眺め……一気に力を込めて切り裂いた。
瞬間。内股から血が溢れ、脚を伝って床に血溜まりを作った。
痛くて痛くて声も出ない。

義兄はその溢れる血を、うっとりと眺め『綺麗だね』と口を寄せた。
そして傷口を舐められた。
そこに舌を差し込められ、我慢できる痛さじゃない。

『…っ痛い!痛いよぉ』泣いて訴えるアタシを見て義兄は『可愛いジニー。僕の人形だよ。愛してる』と言った。

手放しかけた意識の中で義兄の言葉が反芻される。

『あいしてる』と。



アタシの心は踊った。

それからアタシは義兄の人形になった。



義兄はアタシが良い子にして言うことを聞いていればちゃんと愛してくれる。

義兄の愛が歪んだものだということは知っていた。

それでもよかった。


だって初めてアタシのことを愛してくれた人だから!

アタシは嫌われたくなくて…喜んでもらおうと、自ら肌を切って見せた。

傷が増えるたびに愛されてる実感を覚えた。

他には何もなかったから。


義兄がくれる痛みだけが、アタシにとっての全てだったから。

でもそんな幸せも長く続かなかった。


義父達に見つかってしまったの。アタシ達の歪んだ愛を。当然、義父達は憤慨した。アタシに暴行を加えて倉庫に閉じ込めた。

『世話した恩も忘れて!』

『もう二度と息子の側に寄るな』

『汚らわしい!お前なんかいらないのに』




『どうしてまだ生きているんだ』





どうしてアタシは愛してもらえないの?

きっとあの人達の言う通り…アタシには生きている理由もないのだろう。
…アタシにはその価値がない。愛してもらえるだけの価値がないんだわ!


もう何を言っても仕方がない。だって、あの人達はいつだってアタシの言葉なんて聞いてくれなかったんだから。

伝わらないなら、もう声なんて必要ない。

アタシには両親の遺した遺産があるから…お金だけがほしかったのでしょう?

もう二度と義兄に会わせてもらえない。

おにい様は本当にアタシのことを愛して…必要としてくれてたんだよね?

義兄のカッターで手首を切った。



下がっていく体温…流れ出す血の温かさだけが、アタシに生きていることを教えてくれた。



家族を見兼ねた近所の人の通報でアタシは一命を取り留め、そして義父らは逮捕された。
義兄は精神病と判断され、病院に入れられた。
もう二度と会えない…。


本当に身寄りの無くなったアタシは、解放されたのと引き換えに、声と表情を失った。もう何も信じなくていいと思ったから。


そしてアタシはこの病院に連れてこられたの。
ここは特殊な病院だと言われたわ。


ここには天使が住んでいたの。いつもアタシに汚れのない、純白の羽根を降らせてくれる。

まだ姿は見えないけど。


いつかきっと迎えにきてくれるの。

そしてアタシに永遠をくれるのでしょう。




……どうして、繰り返し、繰り返し、こんな夢を見るのだろう。
あと何度繰り返したら、アタシに永遠をくれるの?


思い出したくないの!
もう、許して!

お願いだから、アタシを独りにしないで…何度も…何度も。



もう嫌なの。

こんな過去を見るのは。
こんな夢を見るのは。


許して!




【終わりのない螺旋階段】












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