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花葬
作:淡屋林檎



1.罪証


神が求めているのは、
犠牲ではありません。

愛です。




[コーディ]

高く白い天井、
冷たい床、
白い無機質なベッド、

何もない。
希望も絶望も。

時間さえ認識する必要のない空間で夢を見ていたわ。

ふわふわと天から純白の羽根が舞ってアタシに降りてくるの。

それは途切れることなく降り続け……


それでもまだ永遠は見つからない。



[ウィリアム]

天使を見た。

静かで何も無い部屋。
そこでただ残された時間。
死を待つだけの自分。

ここへ来た日から、涙と過去を捨てた。だから自分が何者なのかも知らない。何の興味もない。

ここへ来てどれくらい経つのか見当もつかないが、あの日。初めて踏み入れた部屋で、幻覚と踊っている天使を見た。現実を映してない瞳で天を見上げ、愛しげに空間に触れる。

何故、興味を覚えたのか、その姿に惹かれたのかは分からないけど。

ただ、無性に欲しいと思った。痛みが俺の身体を支配してしまわないうちに手に入れなければ…

最初で最後の望み。


天使の腕の中で眠りたい。


[コーディ]
ふわふわと舞う羽根に混じって桜の花びらが吹き込んできた。そこに窓があったことさえもアタシは知らなかった。
初めてその窓から外を覗いてみた。桜の木があって、すでに花は満開。
そこに、寂しい瞳をした人が立っていたの。

アタシはその人の瞳が忘れられず………

恋をした。





鏡の前に座り込んで、そっと手で触れる。

『ジニー、起きて』

この鏡はアタシとジニーを繋ぐ、唯一の場所。

『おはようコーディ』
ジニーは鏡の中でニコリと笑って、アタシの頬に触れる。アタシも同じように、ジニーの頬に手を伸ばす。

『コーディ、なんだか嬉しそうね』
『うん!素敵な人を見つけたの!あの窓から見える、桜の木の下に立っている人よ』

アタシが窓の方に視線をやると、ジニーも窓の方に視線を向ける。

『ジニー、アタシ少し疲れたの。代わってくれる?』

『勿論よ、コーディ』


こうしてアタシは深い眠りに落ちる。



[クロルド]
僕はこの病院でカウンセラーを担当している、クロルド。この場所は、様々な事情で、恐らく二度と世間に戻ることのない患者がほとんどだ。

…ここは病院という名の牢獄。ただ死を待つだけの何もない病室。それをいつものように一部屋ずつ巡回していく。

いつも床に座り込んでいるジニーが珍しく窓辺に立っていた。

僕の存在を認めると、ニコリと微笑んで両手を差し出す。窓から見える桜。きっと風で舞い込んできたのだろう…その花びらを両の掌に乗せて見せる。

「綺麗だね」

そう言ってジニーの髪を撫でてやると、甘えたように寄り掛かってくる。


愛情に飢えた子供。

幼い頃に両親を亡くし、親戚に引き取られたが、そこで虐待を受け凌辱された。

その時のショックでジニーの時は止まり、子供のままいつも夢を見ている。
精神的なもので口は聞けない。笑顔を見せるようになったのも、ここへ来て数年経つが、最近のこと。



ジニーは僕の袖を引っ張って窓へ導いた。
そして桜の木の下にいる人物を指差し、じっと僕を見る。

「彼に興味があるの?」

コクコクと頷くジニー。
よりによって何故、彼に興味を持ってしまったのか。
「彼の名前はウィリアム。ある残酷な罪を犯したんだけど、精神障害で罰を与えられなかったんだ。犯行後に自殺未遂を起こしたが、自らの手で死ぬことは許されず、結局は病に身体を蝕まれ、ここへ連れてこられたんだよ。そして自分の終生を悟ったのか、彼は記憶を捨ててしまった。もう恐らく長くはないだろうね。気付いた時には、もう手遅れだったんだから。持って一年…くらいかな。自分の手で死ねなかったっていうのは、法に裁かれない彼…犯罪者への罰かもしれないね」

半ば嘲笑混じりに言ってやった。いくら記憶がないと言っても、奴は犯罪者なのだから。
近付くのは危険だ。

「彼には関わっちゃいけないよ」

もっともジニーは一人で病室から出ることはないので…直接会うことはないだろうが。

風が吹いて桜の花びらが舞い込んでくる。ジニーの髪に絡んだ花びらを払う。

「じゃあね、ジニー」


挨拶がわりだと教えたキスをした。
何も疑わないジニーは目を閉じて僕に委ねている。





【ここにも小さな罪がひとつ】



[ジニー]

『コーディ、起きて!』
クロルドが部屋から出て行ったあと、アタシはすぐに鏡の前に座り込んだ。

『おはようジニー』
鏡の中のコーディはいつもの笑顔でアタシの目の前に座り込んでいる。

『コーディ、彼の名前をクロルドから聞いたわ。彼はウィリアム、犯罪者よ!クロルドが彼とは関わるなって…』

『犯罪者…それでもアタシは彼を…。ジニー、代わってくれる?』



[コーディ]
クロルドとジニーは彼を犯罪者だと言った。
アタシは彼がどんな罪を犯したのか知らない。
ただ、彼の寂しそうな瞳が忘れられないの。

彼…ウィリアムに近づきたい。初めての衝動。

何かが音を立てて崩れていくような気がした。
降り積もる綺麗で柔らかな羽根の中に、埋もれるように横になり、目を閉じた。



[ウィリアム]
この体はいつまで持つのだろうか。
痛みが日々を重ね、痩せゆく身体に限界を感じる。
早くしなければ。

薄暗い廊下を壁伝いに歩いていく。
もう、自分の足で歩くことすら苦痛になってきているようだ。
かなり長く感じた道程を経て、あの部屋に着いた。
妙な期待を抱え、そっと扉を開けると、部屋の中央で何かと戯れるようにあの人が寝そべっていた。
どこか虚ろな目をして。
現実離れした姿に、しばし見とれてると、ふと目が合った。
大きく見開かれる瞳。
起き上がって、じっとこちらを見ている。

「名前…何て言うの?」
呼んでみたくなって、聞いた。すると俺の前まで歩いて来て俺の手をとり、掌に細い指先で『コーディ』と書いた。

「…コーディ?」
復唱すると、はにかんだように笑顔を見せた。
「もしかして喋れない?」

コーディはコクンとうなずいた。
少し表情を曇らせて。
俺の言い方が責めているように聞こえたのだろうか?
そんな気持ちは全くなかったので、頭をなでた。
じっと見つめられる。
吸い込まれそうな程綺麗に澄んだ瞳。

「コーディ」
呼んでみると、コーディは柔らかそうな唇で声にならない言葉をつむいだ。
そして机の上から紙とペンを持ってきて『ウィリアム』と書いて見せた。

「なんで俺の名前知ってるの?」

『クロルドにきいた』
考えながら、ゆっくりと書き綴る。言葉を書くのさえもあまり得意ではないようだ。

クロルド…カウンセリングの奴がそんな名前だったような気がする。
あまり良い印象は持っていない。奴も俺が嫌いなのだろう。そういうことは本能で分かる。奴に俺のことをどんな風に聞いたのだろうか。

「…そいつ、俺のこと良く言ってないだろ?」

遠回しに尋ねると、コーディはギュッと抱き着いてきた。一瞬、なにが起きたのか分からなかったが…コーディはただ俺に安心をくれたのだ。

コーディは俺の腕をとり、窓辺へ歩く。ゆっくりと、時々気遣うように俺の顔をうかがいながら。そして、窓からみえる桜の木を指差した。

その桜の木は、なんとなく惹かれて、花が咲き始めた頃からよく足を運んでいる場所だった。

あの桜の木の下で眠りたいと願って。

ちょうどコーディの病室の向かいに、俺の病室が見える。距離があるので、よくは見えないが。

コーディはその桜を指差しながら、また声にならない声で『ウィリアム』と言った。
「こっから俺を見て…クロルドに聞いた?」
コーディは俺の顔をうかがいながら、ゆっくりと頷いた。俺だけじゃなく、コーディの方も興味を持っていてくれたのだ。

この部屋へ来てからコーディと一緒にいると、先刻までの苦しさが嘘のように落ち着いていた。
この感覚は一体何なのだろう?

その日から、コーディが何も無かった俺の全てになった。












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