【競演】 ある雨の夜
この度はこの作品を読んで下さり、有難うございます。
初めての短編をこうした形で出せる事をこの場をお借りして感謝させて頂きます。
なお、この短編は筆者の初小説である「イタチは笑う」の序章的な作品となっております。
もし興味が御座いましたらそちらも合わせて読んで頂けましたら幸いです。
それは、ある雨の夜の事。
繁華街はいつもの様に、天気などお構いなしに様々な人を引き寄せる。その光景は、さながら光に集まっていく虫のように。
考えてみればそれも当然かもしれない。
繁華街は【人の欲望】で成り立っている。
食欲、金欲、物欲、性欲……等々。
太古の昔から……欲望とは人が生きる為に欠かすことの出来ない要素だった。
男はふと考えた。自分の欲望とはなんだろうか?
今から、自分がしようとしていることも単なる欲望なのだろうか、と。
男は今までの人生の大半を戦地で生きてきた。そこでは人の命などまさに紙屑同然で、ほんの一瞬目を離した瞬間に今そこにいたはずの仲間の姿は消え――そこに残されているのは足首から先だけだった、等といった事は日常茶飯事だった。
そこでは生きることは殺すことで、迷いや躊躇などが入り込む余地などは一切無く――すべき事は明白だった。
一般的に、夜は暗いのが、当たり前の事だそうだ。
だが、男にとって夜こそが一番目映い時間だった。
大昔ならいざ知らず、暗視装置や宇宙空間からの衛星で前世紀から戦場はくまなく監視されており、かつてのような夜陰に紛れての奇襲なども今では大した効果も期待できない。――にも拘わらず、戦場では相変わらず夜襲が好まれ、昼夜を問わず銃弾や砲弾、ミサイルが飛び交っていた。
一般的な感覚の持ち主ならば、こうした戦場の状況に精神を徐々に磨り減らせ、消耗していくそうだ。何故ならば、夜は暗く、休みを取る時間だからだそうだ。それが自然な事だから、と。
だが、戦場で子供の頃から生きてきた男にとっては【その異常な状況】こそが日常であり、夜は暗く、静かだということの方が非日常の事だった。
だから、戦場から離れ、長い間あちこちを転々としたが、いく先々で夜の暗さと静けさに男は内心どこか怯えていた。本来ならゆっくり眠る為の夜の闇が彼には非日常だったから。
だから、ネオンが煌々と光り、眠らないこの繁華街は彼にとって実に落ち着く場所であった。
様々な騒音の中にこそ静寂を感じ、目が眩む程に攻撃的で挑戦的なまやかしの光の中に精神の安らぎを感じる。
如何に自分が異常で異質なのかは身近にいるあの子のお陰で今さらながら理解していた。
――ねぇ、パパは何処なの?
それがあの子の、男に対する第一声だった。まだ三歳になったばかりのその子はたった一人だった。
その女の子の父親は男にとっても【教官】のような存在だった。戦場で泥を啜り、死んだ兵士の装備や貴重品を戴いては売りさばいて日々を生き延びていた子供を拾いあげ食事を与え、知識を教え、そして……戦闘技術を授けた。
戦地から離れ、裏社会でその技術を活かしていた男の前に、ある日教官が訪れると言った。
――娘を守れ。
たったそれだけだった。その一言と共に住所と顔写真だけを渡すと教官は居なくなった。
男がその住所を訪ねると、女の子は誰かに連れていかれそうになっていた。迷うことなく戦場仕込みの技術をその誰かに用い、排除するとそのままその子を連れ出した。
それ以来、男は表社会からは殺人と誘拐で警察に追われる身になった。もっとも、今や警察も名ばかり。大した力も無く、検挙率は年々低下する一方らしく、たかが一人を殺した誘拐犯に少ない余力を費やす気力は無いのか、追及も大した事も無く――さして脅威にもならなかった。
しかし、それはあくまでも男だけの話。そのまだ年端のいかぬ女の子にとって、それはつらい旅路だった。
「雨が強くなったか……」
ふと男が空を見上げる。さっきまでの小雨が大粒の雨に変わり始めていた。繁華街の人々が慌てて傘を開いたり、近くの店の中に入っていく。
「この分だと、荒れるな」
男がそう呟いてすぐ、雨足は一層強まり、あっと言う間に豪雨にかわっていた。さっきまでの喧騒が嘘のように大通りから人の気配は消え失せた。まるで、この世に生きているのは男一人かの如く。そんな無人の繁華街を男は一人歩いていく――
女の子には友達が出来なかった。いく先々の町でも人の目を避けて暮らしていた男にとって【友人】等は必要では無かった。まずは生き延びる事が優先であり、それ以外の事は知らなかった――というよりは、知る余裕も無かった。
男にとって子供時代はただただ【生きる】事に精一杯だった事しか記憶には無い。
生きる為なら何でもやった。夜営中の補給部隊の物資を仲間と徒党を組んで強奪したり、負傷した兵士を襲撃なんてのは日常茶飯事の事。戦闘が終結した後はまさに稼ぎ時だった。
――くそっ。
――この悪魔がッッっ!!
どんなに罵られ、毛嫌いされようともまだ子供だった男が生きる為には関係なかった。
死に損なった兵士にはトドメを刺し、その後で換金出来るモノなら何だって奪い取った。
そして、奪った装備や物資を巡り、今度は他の集団と対立した事もあった。彼らも生きる事しか考えておらず、子供だった男にも全く遠慮する事なく暴力を振るい、何度も死にかけ――その度にしぶとく生き延びていった。
そんな環境で少年になった頃、男は既に【死神】と呼ばれる様になっていた。戦場から戦場を渡り歩いては物資を強奪し、売りさばくいっぱしの悪党になっていた彼に転機が訪れる。馴染みの情報屋からネタを得た男は、物資を奪おうとキャンプに潜り込み、そして捕らえられた。
――フム、君がここら一帯で追い剥ぎをしている死神君か?
そのキャンプは【罠】だった。
そこにいたのは完全装備をした精鋭部隊。いかに少年だった男がそこいらの大人よりも腕っぷしが立とうがどうしようも無かった。
あっという間に包囲され――追い詰められた。
そこにいたのが、【教官】。又の名を【マスター】と呼ばれるその男だった。
――思っていたよりも随分と若いな……面白い。
当然、殺されると思っていた男を教官は助け、自分が新しく設立した部隊のキャンプに招いた。
そこは自分と似たような戦争孤児や犯罪者等がひしめく場所で、教官があちこちから【引っ張りあげた】らしい。
――いいか、君達は選択出来る。一つは訓練を受け、誰かの役に立つ道。
もう一つは誰の役にも立てずに何も残せずに人生を終える道。
どちらが楽で、どちらが辛いのかはそれぞれの考え方と感じ方だろう。だが、今までの自分から変わりたいのなら、私は君達を受け入れよう。
それは男にとって人生で初めて他人に【必要】とされた瞬間だった。
今まで感じた事の無い【高揚感】が湧き上がり、男は訓練を受けることにした。
訓練は苛酷にして苛烈を極めた。
教官曰く、戦場で必要な技術は戦場でしか得られないという考えの元、様々な戦場に送られ――文字通り【命を賭して】技術を一つずつ学び、体得していった。
最初は百人はいただろう訓練生が一人、また一人と死に、逃げ出し――気が付いたら男を含めて数人しか残らなかった。
男は何故、周囲の訓練生が泣いているのかが理解出来なかった。
毎日人が死ぬのは当たり前の事なのに。そんな当たり前の事も分からないのかと。
気が付けば、男は訓練生の中で一人浮いていた。
普通の精神の持ち主ならば、耐えられない程の陰湿な嫌がらせも受けたが、子供の頃から泥水を啜り、血に塗れて生きてきた彼にとってはそれも些細な事だった。
そんな中、男に話し掛ける者が現れた。
――よぉ、お前強いんだってな!
馴れ馴れしい男だった。訓練生の一人だったが、いつもヘラヘラ笑顔を浮かべ、常に誰かと喋っていた。およそ自分とはかけ離れた奴だった。どんなに無視を決め込んでもお構い無しに話しかけてくるソイツに男は遂に根負けし――男は聞いた。
「何で俺に構う?」
それに対してソイツの返事は、
――んあ? 何となくお前とオレは似てる様な気がしたんだよ。
それから、二人は行動を共にするようになった。
無口な巨漢とおしゃべりの痩身の二人には一つだけ【共通点】があった。それは――互いに生まれながらに【名無し】だった事だ。
ここの訓練生は全員が【番号】で区別される。名前は入隊時に捨てる事になっていて、その理由はこうだ。
――まだ訓練生の君達は何者でも無い。だから名前を持つ必要など無い。君達の中で一人前になった者のみ私が名前を与えよう。
二人は同じような境遇で生きてきた。だが、その生き方は対称的だった。片や、その恵まれた体格と強さで生き抜き――もう一方は口八丁で大人にすり寄りながら生きてきた。
だが、二人は結局は誰にも心を開かなかった。心を開くということがどれだけ危険なのかを散々見てきたから。
そんな二人が互いに心を開き、信頼関係を築くのに時間はそれほど必要無かった。
いつしか互いに初めての【名前】を付けた。【デカブツ】と【ヒョロ】。思い返すとひどい名前を考えたものだったが、それでも二人はその名前を大事にした。
やがて、二人は死線をくぐり抜け、名前を与えられた。
【レイヴン】と【ブラックドッグ】。それが二人を示す証になった。今、思えば、その頃は生き生きしていた。生死の狭間を流離い、命が実に軽いその世界には彼の、レイヴンと呼ばれた男の求める全てがあった。
だがやがて、部隊は解散され――無為な日々が始まった。
実社会に出た際にレイヴンの使えたスキルはただ一つだけ。
それは【人殺し】の技術。当然それを活かせる場所は【裏社会】にしか無く、ある組織と契約したレイヴンはその名を広く知られる様になる。
来る日も来る日もレイヴンは受けた仕事を淡々とこなす。
しかし、どれだけ殺してもかつての様な気分の高揚は無く、彼の心は【渇いた】ままだった。
そんな日々を終わらせたのが、女の子だった。
最初はちょっとした気紛れも手伝い、彼女を引き受け――様々な苦労をあちこちで味わった。だが、まだ年端のいかないその女の子と過ごす内にレイヴンの渇いた心に変化が起きた。
(この子がちゃんと生きていける場所を見つけなければ)
いつしかそう考える様になり、行き着いた先がこの街の――繁華街。ここは男がかつて裏社会での仕事をしていた際、根城にしていた場所だった。
ここは汚れた街だった。様々な誘惑があちこちに満ち溢れ、それにのめり込んだ者は例外無く破滅していく背徳の街。
常に誰かが誰かを陥れ、または出し抜きつつ、命のやり取りをしていて――およそ小さな女の子が暮らす様な場所では無いと思われた。
だが、その彼女はここに来てからよく笑う様になった。それまでは小さいなりに色々と気を使っていたのか、何処か距離を感じる事も多かった彼女が、ようやく年相応に笑う様になった。男は決めた。ここで生きていこうと。このごみ溜めみたいなこの街で彼女を守り――生きていこうと。普通の場所では生きていけない女の子もここならそんな事を気にする様な奴はいない。いたとしてもソイツは敵なだけだ。敵は排除すればいい、ここはそういう事が起きてもイチイチ問題にはならない場所なのだから。
バシャバシャ。
雨はますますその勢いを増し、一歩歩く度に水飛沫が飛び散る。まるでバケツを返した様などしゃ降りの雨は、容赦無く――その雨粒を叩きつけていく。
かつてレイヴンと呼ばれた男はその豪雨の中、真っ直ぐに目指す場所に歩いていく。彼は雨が好きだった。特にこんな豪雨が昔から大好きだった。
雨はすべてを洗い流す。戦場にこびりついた真っ赤な血の池も、自分の服の返り血も、そして何よりも自分の心に染みついた【汚れ】も洗い流してくれる様な気がしたからだ。
やがて男は繁華街の裏通りにある、事務所の前に着いた。
まだ時間は午前三時。繁華街は朝を迎える前の最後の稼ぎ時の時間を迎え、人通りもまだかなりある時間。だが、ここの繁華街は表通りを一歩外れるとその治安は一気に悪くなる。路地裏にはいかにもな薬中のジャンキーがたむろし、売人がそいつらの骨の髄までしゃぶり尽くす。ジャンキーはクスリの為の小銭稼ぎに簡単に犯罪に走る。彼はそうした汚染を苦々しく思っていた。
男は別に、善人ぶるつもりは無い。ただ――そういう連中がうろつくのは女の子が安全に暮らす上で邪魔だと判断しただけの事。
バキン!!
男が大きな音を立てて事務所のドアを蹴破るとそのまま踏み込む。
「何だ今の?」すぐに寝惚けた顔をした売人の手下が飛び出してきた。その手にはグロッグ。本来ならば、警察機関などが使う銃をクスリの売人の手下が普通に用いるこの状況が街がいかにロクでもない場所なのかを物語っていた。
手下が気付いた瞬間――男は腰のホルスターに納めていたベレッタを抜き放つと引き金を引いた。その弾丸は手下を一発で永遠に黙らせる。男は更に事務所の中を進む。ここの間取りは事前に調べてある。何人の手下がいて、ボスである売人がこの時間に決まって同じ娼婦を連れ込むのも全て調査済みだった。
手下達がここに敵が来たと理解し、容赦無く銃撃してきた。
まだ薄暗い中を銃撃の際の火花がやけに眩しく光る。
手下達は所詮、男の敵では無かった。連中はとにかく手当たり次第に弾丸をあちこちにばら撒き――事務所を穴だらけにしていく。
素人なら腰を抜かす場面なのかも知れないが、この程度の銃撃は子供の頃から見慣れている。冷静にその時を待つ――反撃出来るように 。
カチカチ、という音 。待っていた音だ。即座に飛び出すと、ベレッタから、弾丸を放ち――確実に仕留めていく。手下達はやみくもに銃を撃ちまくった為にロクな反撃も出来ず倒れていき、やがてこの場で立っているのは男だけになった。
情報通りならば、標的も残りは売人一人だけ。だが、その情報が間違っていることを知ることになった。
バタン、売人のいる部屋のドアが勢いよく開かれると半裸の女性――娼婦が飛び出してきた。彼女は「助けて!」そう叫びながら走ってくる。だが、男は迷う事無く、ベレッタの引き金を引き――その眉間を撃ち抜いた。彼女ははヨロヨロとふらつきながら、後ろ手に隠したナイフを振り下ろそうとして――倒れた。予想外ではあったがこれで残すは一人。しかし、今のでベレッタの弾も尽きた。
「死ぃねやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーッッッッッ」
その時を待っていた訳では無いだろうが、売人が飛び出してきた。手にしていたのはアームスコーMGL。グレネードランチャーの一種でその特徴は軍用仕様なのでスコープが付いている事に、リボルビング式――つまりは回転式の為、連射が可能だと云う点。引き金を引き、次々と擲弾を発射し――それが爆発した。
「は、は。死んだか?」
売人がボロボロになった事務所を眺めながら歩く。周囲には手下と自分の情婦だった女の無惨な成れの果ての姿が転がっており、後はベレッタが落ちていた。手下達は死んでしまったが、金なら持ってる。またどうとでもやり直せる。男の姿は見当たらない。或いは擲弾を直接身に喰らってその場で四散したのかも知れない。相手が只者じゃなかったから、ロクに確認もしなかったが、それでいい。殺られる前に殺れ。それが繁華街で生きる為の大前提なのだから。とは言え、流石にこれだけ派手に暴れれば幾らここの警察が無能でも動くだろう。早くここを出ようと売人が自分の部屋に戻ろうとした時だった。
パン。
クラッカーの様な乾いた炸裂音が一つ。
その音に再度振り返ると、いつの間にか男が立っていた。間違いなく、自分を殺しに来た男だ。アームスコーMGLの引き金を引かなければ――だが、指に力が入らない。それどころか、急に足にも力が入らず、膝から崩れた。売人が叫んだ。
「ま、まってくれ、金ならやるよ!! だから」
虎の子のグレネードランチャーを落とし、直後に売人の全身が震え出す。この震えが何か彼にも分かった。それは【死の恐怖】。
男がゆっくりと売人へと近付く。売人は恐怖に身が竦み何とか状況の打開を考えた。だが、男が先に口を開いた。
「お前に恨みは無いが、邪魔なんでな」
感情の無いその言葉は冷酷な宣告だった。売人の目には、自分に近付く巨漢の手におよそ似つかわしくない小さな銃に目が行き、それがデリンジャーだと理解した瞬間に――火花が拡がり、目の前が真っ赤に染まり倒れた。
事務所を後にした直後にけたたましいサイレンの音が鳴り響き、その後でキキーーーッッという急ブレーキの音が聞こえた。あの場には証拠は残していない。落としたベレッタも回収したし、壁や床にも触れてはいない。仮に痕跡があったとしても問題は無い。彼はその存在を消された人間、表向きは死んだ人間なのだから。
雨は少し弱まったものの、まだまだ強い。だが、これでいいと男は思った。この雨が【汚れ】を落としてくれる。この雨が自分の痕跡をここに残さずに洗い流してくれるのだから。
雨が小雨になっていくと空には朝日が見え始めていた。時計は五時を指しており、繁華街のきらびやかなネオンもいつの間にか消えていた。もうすぐ【夜】が終わる。
かつて男は陽の光が嫌いだった。全てを見透かし、さらけ出される様な気がしたからだ。でも、今は少し違う。
女の子がもうすぐ起きてくるだろう、今日は何を朝ごはんに作ろうか? それから、店の開店に向けて準備をしなければ。
そう、陽の光は朝の到来を表す。新しい今日を――。
男はこの繁華街で【バー】を開店するつもりだった。
この繁華街ならば、生きていける――あの子と。
自分に【希望】と【名前】をくれた女の子、【レイコ】と 。
――うーん、うーんと。
レイコは、辞書を引いていた。最近は気が付くとずっと辞書にかじりついていた。男はそれを新しい暇潰しと思い、そっとしていた。
――あったーー!!
レイコは喜びながら、男の元へと駆け寄り――勢い余って転びそうになった。慌てて男がその身体を受け止める。レイコは何事も無かった様に満面の笑顔をしていた。その無邪気な笑顔に男の渇いた心がどれだけ救われたか分からない。それだけで彼が彼女の為に生きようと考えるには充分だった。
――あのねー、いいことかんがえたの。
あなたのおなまえ、きめたのよ。
レイコはそう云うと、辞書を開いて男に見せた。まだまだ読めない字もたくさんあるだろうに、一生懸命に探したらしく、ページはところどころ折れていた。
彼女の指先が指していたのは、ある項目だった。それは【カラス】。
男は「カラスですか?」と聞いた。レイコはうん、と大きく頷くと言った。
――だって【レイヴン】って【カラス】のことなんだよ。カラスのほうがいいよ。よびやすいから。
そう言って笑う彼女の笑顔は眩しくて、自分みたいな感情の希薄な人間にとってはまさに【陽の光】の様だった。
かつて、男は名前を与えられた。
その時に男は初めて確たる【自分】をハッキリと持てた。
そして、その娘に名前を与えられた。
今度は【希望】と【生きる意味】を一緒に与えられた。男が、カラスが生きるのは彼女と生きる為。彼女の笑顔を見ていたいが為。
「――――雨が上がったか」
雨上がり、朝日が上がり始める。
新しい今日――明日へと繋がる時間が始まる。
その目映い光はまるでレイコの笑顔の様だった。
これはある雨の夜から朝の話。とある繁華街の物語。