姉の様な妹で彼女の姿は幼馴染
お節介も度が過ぎればただの迷惑でしかない。
そうは言うものの相手が善意100%で周りの信頼も俺なんかよりもずっと高い場合、迷惑なんて言葉を発したら最後。
自分に罵倒が飛んでくる。
でも、その罵倒の原因となる幼馴染はいつだって俺のことを庇い甘やかし守ってくれた。
迷惑と思ったのは小学校の頃以来思ったことはない。
「俺に世話焼いてばかりで楽しいか?」
代わりにこんな疑問が頭をもたげることがある。
しかし、彼女は決まって俺の言葉を否定するのだ。
「そりゃ楽しくないこともあるけどさ、放っておいたらきっと君は堕落するだろうからね。私という尻を叩く人が必要だ」
「いい歳して尻を叩かれるのは御免蒙りたい。そういう趣味はないんだ」
「はあ……叩くか、バカ」
バカ、という口癖もあって俺が否定される確率はかなり高い。
たまに幼馴染から自分という人間性を疑われることすらあるが、概ね彼女とは仲良くやってきたつもりである。
ただ問題なのは幼馴染は2つ年下であるにも関わらず俺よりもしっかりとしているものだから、俺の立つ瀬がないということである。
「明日から起こしに来なくていいぞ」
だからたまにこういうことを俺は言う。
人としての面子がかかっているのだ。たまには強気になることだってある。
「……もう何回も聞いた。いい加減黙って起こされたらどう?」
「ふふん。俺にはこの強力目覚まし時計がある」
わざわざ5千円もする時計を用意しての発言なのだからこの上ない自信がある。
まだ試してはいないが、誰でもばっちり起きられると書いてあるのだから安心感は高い。
「明日からは自立した生活が始まるぞ。命も安心だろ?」
「……あっそ、バカ」
世話焼きな幼馴染は俺が自立しようとすると決まってつまらなさそうに俺をバカにしたような目で見て首を横に振る。
彼女はよく知っている。俺が自立宣言する度に失敗することを。
しかし、それも今日で最後。しっかりと見返してやろう。
翌朝、少し急がないと遅刻するであろう絶妙な時間になって目を覚ました俺の横で幼馴染は呆れた目をこちらに向けながらパンを黙って差し出した。
少し前に見せてもらった真新しい制服の上からエプロンをして俺にパンを渡すと、幼馴染は自分の腰を両手を当てて溜息をつく。
「電池くらい入れなよ」
「……普通入ってるだろ」
昨日と同じ時刻を指し示す動かない時計を見て俺は朝からげんなりとした気分だった。
さらに言うとパンが俺の嫌いな黒糖パンだったのも拍車をかけている。
「まったくもう。呆れて言葉にならないよ」
「言葉として出ているじゃないか」
「屁理屈言ってないで着替えたら?」
そう言って幼馴染は肩をすくめる。
そうした後にクローゼットからシャツや制服を一式持ってくると、着替えろと言わんばかりに無言でそれらを俺に渡す。
さて、着替えようか。そう思ってパジャマに手をかけた瞬間、ふと幼馴染が出ていないことに気がついた。
「気にせずどうぞ?」
「俺が気にするわ」
「今更君の裸の心配とは……心外な。君の着替えを見ても私の記憶に残るだけだけだよ」
「尚更気にするわ。何度風呂場でばったり会ったと思っているんだ……」
俺が風呂から出てきた時に幼馴染が洗濯物を入れようとしたり歯を磨きにくるせいでよく裸を見られるのだ。
俺は叫びたいくらいに恥ずかしいのに幼馴染はただ淡々と自分のしたいことをしてから洗面所から出ていく。
……。
よく考えたら出来過ぎていないか?
普通、風呂に入っているかどうかくらい物音や明かりを見れば分かるはずだ。
「実は狙って来てないか?」
「うん」
涼しい顔をして幼馴染は不敵な笑みを浮かべていた。
そもそも俺が風呂に入る時間に幼馴染が家に帰っていないのがおかしい。
……。
「……それはどうでもいい。早く出て行け」
「え?」
「どこの世に着替えを見られて喜ぶバカがいる」
「ここにいる。と言いたいところだけどバカやってると遅刻するね、うん」
命の奴、朝っぱらから浮かれているなあ。
そんなに高校に入るのが楽しみなのだろうか。
……心配だなあ。
着替え終えて洗顔を済ませ、リビングに顔を出すと幼馴染がずいとコップを俺に突き出した。
「はい、牛乳」
ちなみに、俺の答えは聞いてはいない。
それからは怒涛の様に世話を焼くのである。
「ネクタイ曲がってる。ちょっとじっとしてて」
「……ご飯粒はついてない」
「ハンカチ、ティッシュは……持ってる」
「ちょっと待った。制服の後ろ、埃ついてる。あー、ちょっとじっとしてて」
「うーん、身だしなみはいいかな」
今日はいくらか多い方で、口うるさい幼馴染にあれやこれや言われ続けるのだ。
いわゆるサービスデーである。
ということにしておこう。
自転車の2人乗りは憧れるが大変なものである。
昔見た学園ドラマに影響されて始めたのが中学3年の頃。
1度田んぼにダイブした。俺1人で。
幼馴染は泥船からさっさと逃げ出して、膝まで泥まみれになって助けてくれた。
『青春してるね』
あの時、幼馴染がそう言ったのは今でも覚えている。
学園ドラマのヒロインのセリフだった。
「ぼーっとしてる」
「前を向いているんだ」
……幼馴染から声をかけるまで昔を懐かしむなんて懐古趣味に走りすぎか。
背中越しに声をかけられているので幼馴染の表情は分からない。
ただ、背中に頬を当てて小さな声でバカともう1度言ったのだけは聞き逃すことはなかった。
それからしばらく自転車を漕ぐと同じ制服を着て同じ方向を目指す集団が見えてきた。
国道への角を曲がるまではあまり見掛けることのないうちの学校の制服である。
集団ボイコットでも知らぬ間に行われているのか?
疑問に思いつつその間を自転車で縫うように進んでいくと知り合いを見つけた。彼に時間を聞くと8時5分と言う。
……。
その瞬間、俺は幼馴染に騙されていたことを初めて知ったのだった。
「慌てているのが可愛いから、つい合わせちゃった」
しかし、何かとても満足そうに幼馴染は笑顔を見せるものだから俺は怒る気はなれなかった。
結果、遅刻せずに済んだのだし。終わったことなので幼馴染に騙されたことはもういいとしよう。
だけども、気になるのは自転車の後ろで僕の腰に腕を回して落ちないようにくっついている幼馴染自身のことだった。
いつもと同様にいる。それが問題なのだ。
「……ところでさ、命?」
「ん、なーに?」
後ろから聞こえた声は心なしか甘い。
朝からご機嫌だったからだろう。
ただ、そんなことよりも重要なことを幼馴染には告げなくてはいけない。
「入学式は明後日の月曜日だぞ?」
バカめ。視線でそう投げかけると、幼馴染は顎で前を向くようにと示して横を向いてしまった。
……連れて帰るか。幸いにも早く起こされて家と往復しても時間に余裕はある。
「全速力で飛ばすからしっかり捕まってろよ?」
「……何でそんなに楽しそうなの?」
「人の不幸は蜜の味って言うだろ」
「サイテー。……でも送ってくれてありがと」
幼馴染が背中を叩くのを合図に俺はペダルを漕ぎだす。
帰り道は心なしか幼馴染の回す腕の力が強いように感じた。
暖かい春の日に背中に感じる温かさはきっと別の物だろう。
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