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アラベスクに問え! 作者:一瀬詞貴

一、打ち破る赤の章

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自称天才染め士、アルバート・グレイの出立(6)

 見渡す限りの夜空は、蝋染めされた藍色の布のようだ。一面に白く星が瞬いている。
 あれやこれやの内に、ヒューズは馬と共に村の入口に立っていた。
 夜半に叩き起こされた馬がブルンと不機嫌そうに鼻を鳴らす。その背には、アルバートの母親から買った絨毯が、物言わず括り付けられていた。
「今から出れば、明日の朝には隣町に着くわ。だけど一息着く間もなく、出立しなくちゃすぐに嵐に追いつかれるわよ。そうしたら結局足止めされる羽目になる……暫く強行日程だろうけど、事情が事情だものね。頑張って」
 頬を突き刺す冷たい風に、ヒューズが外套の襟を立てれば、見送りに出てきた、アルバートの叔父がポンとその肩を叩いた。
「旅の幸運を祈っているわ」
 アルバートの母がニコリと微笑む。
「は、はい」
 ヒューズは、ぎこちなく笑って頷いた。
「もし次があるのなら……今度はもう少し暖かくなってからいらっしゃい。その時は、もっと美味しい食事を振る舞うから」
「ありがとうございます。是非、伺います」
「にしても……まさか、あいつの絨毯を買うとはねぇ」
 嘆息と共に吐かれただみ声に、ヒューズはびくりと背筋を伸ばした。
 アルバートの叔父は、感慨深げに馬に括り付けられた絨毯に歩み寄ると……愛おしげにそれを撫でた。
「これは古いけど……なかなか良い品物でしょう?」
「はい。立派なアラベスクです」
 ヒューズは深く肯いた。
 それに、彼は満足そうに微笑むと言った。
「これはねぇ、あのお馬鹿――アルバートの父親が染めた糸で織り上げたものなのよ」
 彼は過去に思いを馳せるように、じっと絨毯を見つめた。
「アルバートの父親はね、とても、とても、精霊に愛された男だったわ。聖域に一歩足を踏み入れれば、あっと言う間に精霊たちに取り囲まれてもみくちゃにされて。精霊が村に会いに来ることだってあったのよ。……あいつには、手に入らない色はなかった。精霊はあいつを愛したし、あいつも精霊を愛していた。本当に、綺麗に糸を染めたものだったわ――――あら?」
 不意に、彼は絨毯の端に目を止めると、ヒクリと口の端を引き攣らせて黙った。
「あっ…………」
 ヒューズとアルバートの母が、同時に小さな悲鳴を上げる。
 叔父はズカズカと馬の尻の方へ移動すると、目を細めてそれを――丸めた絨毯の中から垂れ下がった、黒い三つ編みを見下ろし、やがて容赦なく引っ張った。
「―――――――――!!」
 絨毯が、声にならない悲鳴を上げる。
「ね、姉さん……」
「ええ、ええ、そうですとも。本当にあいつの染める糸は綺麗だった! だけどね」
 控え目な妹の制止を無視して、彼は手に力を込めたまま鼻息荒く続ける。
「コネがなかった。機織りに恵まれなかったのね。庶民出の染め士は相手にされなかったのよ」
 やりきれなさの滲む溜息と共に彼が手を離した時、びゅおぅと、一陣の風が吹き抜けた。
「そろそろ、行った方が良いわね。風が出てきたわ」
 叔父は風に遊ぶ長い髪をかきあげると言った。
「……いろいろとお世話になりました」
 ヒューズは深々と頭を下げてから、おずおずと馬の手綱に手を伸ばす。
「それじゃ、行きますね」
 最後に、アルバートの母を振り返り告げれば、
「いってらっしゃい」
 二つの声が重なった。
 ヒューズは一瞬、目を瞬いてから、互いに顔を見合わせる姉妹に、くしゃりと微笑むと手を振った。
「…………もう少し行ったら、荷物解きますから。それまで我慢しててくださいね」
 馬を引いて村を出たヒューズは、絨毯に語りかける。
「おう」と絨毯が答えた。その声はくぐもっていて……ちょっと湿っていた。
お読みくださり、ありがとうございます!
次回更新は、2月6日(金曜日)7時です!!
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