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アラベスクに問え! 作者:一瀬詞貴

一、打ち破る赤の章

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自称天才染め士、アルバート・グレイの出立(3)

 夕食を済ませたアルバートとヒューズは、母を加えてとりとめのない話に花を咲かせた後、一階のアルバートの自室兼作業場に引っ込んだ。
 夜を迎えた室内では、心許ないランプの明かりに加えて、暖炉で火が煌々と燃えていた。
 春先とはいえ、夕闇を迎えればグッと気温は低くなる。
 二人には会話と言うほどの会話もない。静かな室内には薪が爆ぜる音ばかりが響いている……
 世話になる手前、意識を張り巡らせるヒューズに対し、アルバートは他人が自室にいることを何とも思っていない様子で、荷造りに忙しい。
 その状況に初めは戸惑っていたヒューズも、気にする必要はないのだと知ると、さっさと自分のしたい事――途中だった紐を再び織り始めた。
 出会って間もないものの、同じ場にいて全く異なることをする奇妙な二人だったが、険悪と言うよりかは、打ち解けた雰囲気がそこにはあった。
「これと、それと、あと……これも」
 アルバートは下着から外套、ガラス容器に至るまで、手当たり次第、リュックに突っ込んでいた。
 作業から顔を上げたヒューズは、はち切れんばかりに膨れ上がり、脇には鍋すらぶら下げる鞄を見て、首を傾げる。
「受験しに行くだけにしては、荷物が多くありませんか」
「んー。まぁ……村出たら、暫く帰って来るつもりねぇし」
「え……」
 藍染めの脚絆を足に巻き付けながら、アルバートが答える。
「いろいろあンだよ」
 底の平たい布の靴を履き、革製のカバーに入ったナイフを腰にぶら下げると、アルバートはぶっきらぼうにそう告げた。
 ぎゅっぎゅっと足で荷物の中身を踏みつけ、リュックの口を閉じる。
 やがて木戸がしっかり締まっているのを確認すると、腰に手をやり、感慨深げに部屋を見渡した。
「っしゃ。後は、頃合い計って出るだけだな」
 ふん、と鼻から息を吐いて、真剣な瞳を荷物から剥ぎ取ると、アルバートはヒューズに目を向けた。
「うおっ! すげぇ!!」
 と、感嘆の声を上げる。
 ヒューズに歩み寄ったアルバートは、彼の手元――引っ繰り返した椅子の足でもって織られた紐を、まじまじと見下ろした。
「お前、本当に早いな。もう一本できたのか」
「あ、これは二本目ですよ」
「え……」
 仕上げを素早く終えると、ヒューズは今織り上げたばかりの赤い紐をアルバートに差し出した。
 それから自分の左腕の袖をまくって見せる。そこには全く同じ紐があった。
「ね。今織り上げたのはアルさんの分です。はい、どうぞ。いろいろお世話になったお礼と合格祈願を兼ねて」
 受け取った紐を見下ろし、アルバートは目を瞬かせた。
 赤地に、寸分の乱れもなく黄で聖句が織り込まれたそれは、淡く光沢を放っていた。見れば見るほど美しい、朱の紐だ。
 自分で染めた糸がこうして目前で完成されるのは初めだった。
 アルバートの頬が興奮したように紅色に染まる。
「サ、サンキュ」
 慌てて礼を述べると、ヒューズに倣いすぐに紐を左腕に巻き付けた。
 それは、まるで元からそこにあったかのように、しっくりと彼の腕に収った。
「ところで、あのぉ……アルさん。さっきから気になってたんですけど」
 不意に、ヒューズは部屋の奥の木戸を示すと、おずおずと問いを口にした。
「この村、随分、物々しい雰囲気に包まれてません?」
 村のあちこちで、夕方まで杭を打つ音が響いていた。
 アルバートも例に漏れず、夕飯前に家の窓と言う窓に板戸を打ち付けていたのだ。
「ん? ああ。嵐がそろそろ来るんだよ。この感じだと、あと二日後くらいだろーな」
「嵐」
「そ。こいつが来ると、春だ。一気に気温が安定する。まぁ、一週間ほど強風で、外に出られなくなるけど……」
「一週間!?」
 素っ頓狂な声を上げたヒューズに、アルバートははたとした。
 それから彼は、顔の前でパンッと手を合わせて勢いよく頭を下げた。
「悪い! 泊まってけとか言ったの、嘘なんだ!!」
 恐る恐るヒューズを見上げ、彼は続けた。
「本当は、お前が受験生だって知った時、すぐに村を出た方が良いって、伝えるべきだったんだけど……でも、どうしても、俺にはお前が必要で――咄嗟に嘘、ついちまった。……あ! だけど、安心しろ。今夜中に出れば、嵐には追いつかれないから」
「僕が、必要? どうして」
 問いに、アルバートは目を逸らした。ややあってから、唇を突き出すと、ぼそぼそと告げる。
「……方向音痴なんだよ」
「は?」
「一人でカルト・ハダシュトに着く自信がない」
 暫しアルバートを見下ろしていたヒューズは、目を瞬かせた。
「それは、確かに……なるほど」
 こくりと頷く。
 と、その時、部屋の扉が控えめにノックされた。
「アルバート」と呼ぶ母親の声に、慌てて袖を引き下ろしたアルバートは、続く言葉に舌打ちした。
「話があるって。お姉ちゃんが」
「…………来たか」
 アルバートは素早く踵を返すと、荷造りしたバックを部屋の隅に押しやった。
「今行く!」と声を張り上げる。
 二階に続く階段に足をかけた時、彼はヒューズを振り返ると、指を突きつけた。
「お前も荷物まとめとけよ。っつーか、置いてくなよ。絶対だかんな。絶対置いてくなよ……マジで、頼むから」
 噛みつかんばかりに、念に念を重ねて小声で命じる。
 ヒューズが首を縦に振れば、満足そうに口の端を持ち上げ、アルバートは階段を上っていった。
お読みくださり、ありがとうございます!
次回更新は、1月27日(火曜日)7時です!!
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