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アラベスクに問え! 作者:一瀬詞貴

三、晴れた蒼の章

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それぞれのアラベスク(9)

 真っ青に染まった〈妖精の糸〉に顔を近づけて、アルバートは小鼻を動かした。
「たぶん、これ――――」
 何度も何度も確認してから、アルバートはそっと糸を籠に置くと、グッと握りしめた拳を天頂へと振り上げた。
「消・臭・成・功!」
 感動に身震いしてから、鼻歌まじりに小躍りする。
「俺はやった! やったぞ!! 天才! 俺、天才!!」
「や。染め士やめて、踊り子にでもなるつもり?」
 突然かけられた声に、アルバートは飛び上がって振り返った。
「ゼロ試験監督!……と、ウィリアム試験監督」
「って、どうしたの。その顔。随分、男前になったじゃない」
 見回りだろう、寮の門から庭を突っ切ってやって来た試験監督の二人は、アルバートの痣だらけの面に顔を顰める。
 じゃらじゃらした華々しい恰好のゼロと、鋭い静かな美しさを極めたウィリアムは、同じ柄の布をまとっているようには見えなかった。
 二人が並ぶと尚更、その対照的なさまが浮き彫りになる。
「まさか最終試験にハッグで染めてくるとはな」
「そーそーまさかの〈蒼〉」
「……何か、ダメなことでもあるんすか」
「いやぁ、別に? ただ、たっくさん文句来てたなーって。君らの部屋から異臭がする! ってさ。まったく……少しでも香りが残ってたら、即失格だからね」
 それに、アルバートは少し誇らしげに胸を張ると、糸を手に取り二人に差し出した。
「ああ、そのことなら。今、まさに消臭に成功したンすよ。ほら」
「本当? ちょっと、失礼」
 つ、と長い指でもって糸を摘み上げて、ゼロはそろそろと鼻先に寄せた。
 目配せして、ウィリアムに示す。
「どうやって気付いた?」
 ゼロの持つ糸に鼻を寄せ、同じように香りを確認したウィリアムはアルバートに問うた。
 アルバートはしゃがみ込むと地に転がっていた瓶を起こした。
 そこには蜂の姿が描かれていた。
「村にいた時……地味(ちみ)が弱った聖域に栄養だって生ゴミやってたんですよ。一旦、土の精霊に食わせてから。土の精霊の唾液って臭い取る作用があるじゃないですか。それ思い出して、試しにやってみたって寸法です。いろいろあったけど……謝って、殴られて、臭う糸に好物の蜂蜜塗りたくって渡したら、喜んで協力してくれました」
「なーるほどね」
 消臭の方法に加えて、顔の痣の理由を聞いたゼロは、頷いてから改めて糸を太陽にかざした。
 その美しさに目を眇める。
〈精霊の糸〉に落とされた蒼はきらきらと眩く輝いていた。
 舌先に触れればスッと抜けるような冷たさを孕んだ、それでいて明るく、清々とした夏の青空の色だ。
 壺の中には、あと一度は染色できる程度の液体しか残っていなかった。
 ぎりぎりだった。
 アルバートはドッと全身から力が抜けるのを感じた。
 これで自分の仕事は終わったのだ……
「あの……ゼロ試験監督」
「ん?」
「前に、聞きましたよね。一生、職人になれないとしても……染色を続けるか、って」
 アルバートは姿勢を正すと、ゼロに向き直った。
「その答え、出たッス」
「へぇ? それで?」
「俺は続けます」
 真っ直ぐゼロを見つめて言う。
「今回のテストがダメでも、金になんなくても、名誉が得られなくても。素質があろうがなかろうが、俺は糸を染め続けます。多分、染めずにはいられないんです。染めたい色があったら」
 心は凪いだ海のように静かで、澄んでいた。
 嘘偽りのない思いは、スルリと唇から零れでた。
 単純なことだった。
 胸をときめかせる色に出会えば染めるだろう。
 そうしたいからだ。
 それだけのことだった。
 ゼロは目を瞬かせてアルバートを見て、やがて、意地悪そうに笑った。
「その発言は、もう諦めたってことかな」
「まさか! 諦めちゃいませんよ。俺は今回の試験、絶対受かると思ってます。ただ、あんたの問いをずっと考えてて……その答えが見つかったから言ったまでで」
「ふーん」
「あ! でも、これ以上は何も言わないでください!」
 顎に手をやって唸るゼロに、アルバートはばっと手の平をかざした。
「答え合わせとかいらねーし。っつーか、俺が見つけた答えが、答えってことで」
 ゼロがニヤリと笑う。
 それから糸をアルバートの手に返すと、何も言わずに髪をくしゃりと撫でた。
「……ヒューズの様子はどうだ」
 踵を返したゼロの後に続いたウィリアムが、ふと立ち止まると問うた。
 アルバートは部屋を振り返り一瞥してから、ウィリアムに向き直った。
「さぁ、知りません。ただ、織り続けてます。今日で二週間目っス」
 それから、少しだけ言いづらそうに声を落とす。
「……でも、昨日ちょっと見た限り、アラベスクじゃありませんでした」
「そうか」
 二次試験最後の一月に差し掛かると言うのに、ヒューズはアラベスクを織れないでいた。
 彼の努力をずっと間近で見てきているからこそ、アルバートも歯がゆくて仕方がない。
 それでも、織るということに関してだけはヒューズ自身が乗り越えねばならないことであり、彼以外の誰にも何かしてあげられることは無かった。
「あいつ、たぶん……織るの嫌いじゃないと思うんですよ。だから、いずれは――――」
 至極残念そうに頷いたウィリアムに、アルバートが付け加えれば、
「うわああああああああああああああああ!」
 突如上がった悲鳴に断ち切られた。
「な、なに、なに!?」
「ヒューズの声だ!!」
 驚き振り返るゼロに答えるとアルバートは部屋に駆け戻った。
 いちいち寝室からヒューズの元に行くのは面倒で、自分の腰よりも高い位置にあった窓をガラリと開けて、機織りの作業場に飛び込む。
「どうした、ヒューズ! 何か――――」
「アルバートさんッ!!」
 叫んだ本人は、アルバートの姿を認めると腰機から勢いよく立ち上がり――足を引っかけて、盛大に転んだ。
 彼は打ち付けた膝をさすりながら、慌てふためき腰機に張られた布を示した。
「お、織れ……これ、とにかく、これ! 見てくださいッ!」
 訝しげに機に近付いたアルバートは目を瞠る。
「これ、って」
「織れました。アラベスクです。これ、アラベスクですッ」
「…………マジだ」
 隣に並んだヒューズが息せき切って告げる。
 アルバートは息を飲んだ。
 まだ、数十段しか織れてはいなかったが、〈狂った貴婦人(ルナティック・レディ)〉で染められた糸からなるそれには、ほんのりと〈精霊の加護〉の光が舞っていた。
 まだ、布と言うほどの面積はなかったが、しかしそれは正しくアラベスクだった。
「やりましたよ! やりました、僕、やりましたよッ」
「ぐ……ちょ、ヒュー、ズ、お、おち、落ち着……ッ!!」
 アルバートを背後から抱きかかえたヒューズは狂喜乱舞して、相棒を人形のように振り回す。
「喜ぶのはまだ早いんじゃない?」
 と、その時、窓に肘をついたゼロが、二人の様子に呆れ声で言った。
 ヒューズははた、とすると姿勢を正した。ゼロは続けた。
「今日の朝着けで、君たち以外の合格見込みの全てのペアが三反目に取りかかり始めてる。並みの機織りじゃ、一月で三反は織れないよ?」
「僕は並み以上の機織りですので」
 ゼロの釘差しに怯みもせず、ヒューズはアルバートを解放すると至極真面目に答えた。「少し見ない内に、たくましくなったな」
 ウィリアムが眩しげに目を細めて笑う。
 ヒューズは気まずそうに俯いた。その頬は赤く染まっていた。
「ヒューズ、こっちも朗報だ。消臭できたぞ」
 頭を振って目眩から回復したアルバートが、染めたばかりの糸を放る。
 ヒューズは手にしたそれに恐る恐る鼻を寄せると、感嘆の溜息を漏らした。
「…………本当だ。凄い」
 それからくるりと機に向き直ると、声を弾ませた。
「すぐに取りかかります」
「おう」
 アルバートは、さっそくハッグの糸をかけるヒューズを見た。……込み上げる笑みを抑えきれない。
 と、窓の外で同じようにして弟を見ていたウィリアムと目が合って、二人はどちらともなく苦笑を漏らした。
「あれ? ……ねぇ、ちょっと」
 庭先からゼロが一つの糸玉を持ってやってきたのはその時だった。
「ねぇ。これもちゃんと消臭できてるんじゃないの?」
「え? ああ、それは……」
 それは、少しばかり色合いが違うが、やはりハッグの蒼で染めた絹糸だった。
 ゼロはふんふんと香りを確認すると小首を傾げる。
「微妙に色合いが違うけど……でも悪い色じゃないよね?」
「あ、はい。でも、ヒューズの奴、織りたくないってだだこねやがって」
 窓から身を乗り出して、ゼロの手にする糸を見たアルバートが肩を竦める。
「織りたくない?」
 ゼロはきょとんとした。
 束の間、彼は考えるようにして――その手から糸が滑り落ちた。
「…………何使って消臭したの、これ?」
「ああ、ご想像通り、それは俺の○○(ピー)で」
「す」、と言うのと同時に、ゼロはアルバートの頭部を両手で挟み込むと、卵を割るかのように窓枠に彼の顔面を打ち付けた……
「に、しても。……アルさん、リアクション薄くない? 合格できるんですよ?」
 監督の二人が――まだ帰る気のなさそうだったゼロをウィリアムが引きずると言う形で――帰ってから暫くして、ヒューズは機を織る手を止めるとアルバートに声をかけた。
「お前、今、俺にリアクションを求めちゃうわけ」
 鼻の穴に丸めた布きれを突っ込んだスタイルで、壁に寄り掛かり鼻血を止めようと上向いていたアルバートが呆れ返る。
 ややあってから、彼はずるずると壁を滑ると仰向けにゴロリと寝転がった。それからふっと小さな笑いを零す。
「っつーか、まだ織り終わってもいねぇのによく言うぜ。期限内に織れるか否か、ピンチは相変わらずだって言うのによ」
 言って、勝ち気な瞳でヒューズを見ると、彼は凜とした声で続けた。
「リアクションが薄い? 当り前だ。最初から言ってんだろ。俺らは受かる、ってな。……俺は、一度として、お前が織れねぇだなんて思っちゃいねーよ」



 ……とは言っても、現実にアラベスクが三反出来上がった時には、アルバートは形振り構わず飛び上がって喜んだのだったが。





〔第三章 完〕
お読みくださり、ありがとうございます。
次回は、4月14日(火曜日)7時予定です。
宜しくお願いします!
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