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アラベスクに問え! 作者:一瀬詞貴

三、晴れた蒼の章

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それぞれのアラベスク(3)

 機織りの音は、日に日に少なくなり、やがて聞こえなくなった。
 一方、アルバートは精力的にハッグを探して街中――いな、近郊まで足を伸ばして歩き回った。
 ハッグに出会えたのは、ちょうど二次試験が始まってから十日目だった。
「いた! いたいた、〈クサボン〉もといハッグ!!」
 カルト・ハダシュトから半日ほど歩いた所にある森の中で、アルバートはハッグを見つけた。
 そこは森を裂くようにして川が流れる場所だった。岩にぶつかった川波が、陽光を照り返して煌めく。
 アルバートはそっと丈の高い草を掻き分けると、襤褸(ボロ)をまとった、ずんぐりむっくりした一匹の精霊が地に頭をこすりつけ、肩を揺らすのを遠目に見遣った。
 木の精霊ではないのは、群れていないのと、頭部の骨帽子、そして手にした壺で分かる。
 アルバートはすぐにナイフを取り出せるように準備をしつつ、前に進んだ。
 危険度Dランクの精霊に不要かとは思ったが、気をつけるに越したことはない。
「おい、ハッグ! お前の色を――」
 何事かに没頭していたハッグは、アルバートの声にのそのそと顔を上げた。
 鈍く、ゆったりとした動きで振り返る。
「ひっ!!」
 と同時に、アルバートは悲鳴を飲み込み、草陰に飛び込んで身を隠した。
 牛の骨を被った下、緑色の肌には大きな愛嬌のある蒼い目があった。
 小さな二つ穴の鼻や口は木の精霊にとてもよく似ている。が、決定的に違うところがあった。
「き……聞いてねーんだけど」
 口の周りを汚す、赤。
 アルバートは恐る恐るハッグが頭を擦り付けていた場所を目を眇めて見た。そこには予想通りの物体が横たわっていた。
「――――――肉食」
 血まみれで横たわるのは、何か小動物のようだった。
 キシャーッと、ハッグは姿の見えない敵を威嚇して大きな口を開けた。
 鋭い牙が煌めいた。アルバートは暫くその様子を見ていたが、詰めていた息をホッと吐き出した。
「まぁ、死なねぇだろ」
 基本的に精霊は人を襲わない。
 加えてハッグの危険度は最低ランクのDだ。しかも体格差に加えて、素早さの面でもずっとアルバートの方が優れている。それに、肉食だからと言って人を食べるならば、犬と人は仲良くなれなかったはずだ。
 アルバートが観察する先で、ハッグはのろのろと鈍い動作で辺りを見渡すと、手にした酒瓶のような壺の蓋をスポンッと抜き開けた。
 甘い香りが鼻孔を擽り……刹那の後に、一気にそれは重みを増すと、そのまま鼻をもぎ取らんとするかのような、衝撃的な臭いに変化した。
「うっ……」
 アルバートは息を止める。
 ハッグは続いて、その壺をぐい、と傾けると、口に含んだそれを辺り構わずビュッと吐き出した。
 近くの草の葉を千切り取ったアルバートは、ぐん、と勢いを増した臭いに全身を泡立てながら、手の甲に付着した飛沫を拭った。
 それから、涙目で食事に戻ったハッグを見つめつつ、考えを巡らせる。
「さて、どーすっかな。あんま、近付きたくはねぇよなァ」
 精霊から色を分けて貰うのに、相手が知能の高い精霊である場合は交渉も可能だ。
 が、一見する限り、ハッグがこちらの意思を理解できるようには思えない。
(っつーか、ぜってーアレは浴びたくねぇ)
 惨状を思い描いて、咽を鳴らす。
「だけど、アレこそ蒼の原料だよなァ。ちょちょっと盗れたりしねーかな」
 アルバートはハッグが手にする壺の中身を睨め付けながら、うん、と唸った。
「でも、採色難易度はAなわけだし」
 彼は、再び餌に顔を埋め始めたハッグの背を難しい顔で見つめ――やがて、愁眉を開くと首を傾げた。
「………………難しい?」
 ――ハッグの動きは遅すぎる。
 背を向けている間に、サッと壺をむしり取ることなど簡単なように思えた。
「いや、いや、いや。さすがに、ンな簡単には」
 ありえない。
 とは思いつつ、疑念がむくむく膨れ上がる。
 ……アルバートは自身を抑えきれなかった。
 とうとう腕まくりをして気合いを入れると、足音立てずに精霊の背後に歩み寄った。
 警戒を解いたハッグは、食事に夢中で気付いていない。
 そろそろとアルバートは更に歩みを進める。
 すんなりと背後が取れた。
 しかし壺に手を伸ばした瞬間――――バッと思わぬ素早さでハッグは壺を前に抱え込んだ。
「ですよね!」
 採色難易度Aランクなのだ。簡単にいくわけがない。
 アルバートは舌打ちと共に、攻撃に備えて素早く距離を取った。
 ハッグはやはり、のそのそと見ているこちらが苛立つ動きで振り返った。その二つの瞳がアルバートを捉える。
 ハッグは壺を傾けると、中の液体を口中に含んだ。
「来るなら来い。俺の方が動きは速ぇんだ――――え?」
 液体が噴射される頃合いを見計らっていたアルバートは、信じられない出来事に身体を強ばらせた。
「な、に……?」
 くてん、と膝から力が抜けた。
 自分の意思に反して座り込んだ彼は驚愕した。足に力が入らない!?
「な、何だ、これ? 身体が、痺れ……」
 自身の右手の甲を見たアルバートは目を見開いた。
 先ほど、飛沫が掠ったそこに赤い斑点が浮かび上がっている……
「そうか。麻痺の効能があるのか。それで、獲物捕まえて」
 アルバートはハッとした。
 頬をプクッと膨らませたハッグが、ゆったりとした動作で近付いて来る。
「やっべ。これはヤバイ。今度こそヤバイ。動けねぇ」
 ハッグが食べていたものを見た時、どうして気付かなかったのかとアルバートは自分を胸中で殴った。あれほど遅い動作で小動物など穫れるはずがないのだ。けれどハッグは食べていた。それにはちゃんと理由があった。
 腕に力が入らない。ナイフも振るえない。
 大丈夫だ、とアルバートは自身に言い聞かせる。
 まだ怒らせたりはしていない。
 危険度Dほどの精霊が人を傷つけるはずがない。でも、可能性が無いなんてことはない――だから先ほど、注意に越したことはないとナイフの準備をしていたのではなかったのか。
『死んだって学ばないよ、この子は』
 ゼロの哄笑が耳を掠める。
 アルバートは自分の信念を胸中で唱えると、高笑いする試験監督の面影を一蹴せんと試みた。一に行動、二に行動、三四も行動、五だって行動、だ。
 失敗しても次こそ気をつければ良い。そうやって今まで多くのことを学んでき――
(どうせ、俺は、学ばねぇ男だよ!!)
 ゼロが予言するまでもなく、結果、いつも満身創痍の為体(ていたらく)で、母に迷惑をかけてきたアルバートであった。
 ハッグが近付いてくる。
 その赤く汚れた口元からは黄緑色の液体がダラリと垂れる。
 動きにも増して、その姿は間が抜けていた。
 いまいち危機な現状をアルバートはしっかり理解できないでいた。
 ここ最近の連続した危険で心が麻痺したのかもしれないし……いな、この場合は何よりも、
(あああああ、くっせえええええッ)
 アルバートは口をパクパクさせて空気を求めた。
 ついにすぐ側までやってくると、ハッグはニヤリと口元を歪めた。
「――――――あ?」
 アルバートは裏返った、情けない声をあげた。
 思わぬことにハッグは……ツンツン、とアルバートの腕を突いたのだ。
「な、何だよ。何――」
 嫌悪と恐怖と焦りで大混乱だったものの、アルバートは何とか冷静さを取り戻し、精霊の意思を読み取らんと試みる。
 ハッグは幾度もアルバートの腕を――――左腕に巻き付けられた、アルバートが染め、ヒューズが織った赤い紐を、突いてきた。
「これ? が、欲しいのか?」
 問えば、ハッグはアルバートにじっと目を据えたまま何度も頷いた。
 渡せば食われないのだろうか? 
 アルバートが不安げにハッグを見れば、ハッグは何を思ったのか、おもむろに踵を返すと、先ほどまで食べていた肉塊を引きずってきた。
「これと……交換、って事か?」
 お前もこうなるンだぞ! と脅しているとも考えられたが、とりあえず、そうではないとの希望的観測でもって、アルバートは問いを口にした。
 ハッグはやはり奇妙な動作でのっそりと頷いた。
「いや、いらねぇし」
 首を振る。と、ハッグは次に頭の骨を脱いだから、アルバートは目に飛び込んできた、露わになった気味の悪い頭頂部に身震いした。
「いや、いや。骨帽子とかいらねぇ。マジでいらねぇから。っつーか、被っててくれ。頼むから」
 ハッグはポカンとした。
 それから、骨を被り直すとグルグルと頭を回した。考えているらしい。
「こ、交換ならさ」
 アルバートは恐る恐る、壺に人さし指を向けた。
「これ、と、なら。交換しても良いけど……」
 ハッグはきょとんとした。
 指さされた壺に次いで、アルバートに目線を向ける。
 間が、落ちた。
 アルバートとハッグは暫く無言で見つめ合った。
 と、次の瞬間。
「ひゃっ」
 目にも止まらぬ速さで、ハッグがアルバートの腕から紐をむしり取った。
 それからご丁寧にも蓋をした壺をアルバートの方に押しやると、何事も無かったかのように食事に戻った。
「………………あ、ありがと、な?」
 がっつくハッグの気を削がぬよう、アルバートは痺れた足を引きずり、尻でもって這い退く。足の回復を感じてやっと、クルリと方向転換し、脱兎の如く走り出した。
 森を抜ける。
 肩で息をして振り返る。幸いなことに追い掛けてくるハッグの姿はない。
「………………採れたよ」
 アルバートは腕の中の壺を見下ろした。ちゃぽんと、中で液体が揺れた。
お読みくださり、ありがとうございます。
更新が遅れまして、大変申し訳ございませんでした。
次回は、3月24日(火曜日)7時予定です。宜しくお願いしますm(_ _)m
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