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アラベスクに問え! 作者:一瀬詞貴

三、晴れた蒼の章

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それぞれのアラベスク(1)

 中庭に面した窓ガラスを、陽の光が貫いていた。
 ほんのりと暖かい室内の温度とは一転して、アルバートとヒューズは張り詰めた沈黙の中にいた。
 アルバートは自身のベッドに腰を下ろすと、対面に同じようにして座るヒューズを見た。
 ヒューズは暫く無言だったが、膝の間で手を組むと、ぽつりぽつりと語り始めた。
「僕は兄と同じく、八歳から受験を始めました」
 アルバートはヒューズの現在の年齢から八年をさっ引くと眉根を寄せた。
 ヒューズは暗く笑った。
「そうです。僕、今年で七回目の受験なんですよ」
 何と言って良いか分からずアルバートは黙ったままだった。
 そもそも、あのウィリアムと同列で語る方が酷な話だとも思う。
 彼が八歳と言う幼少で染め士となったのは、前代未聞の快挙なのだ。
「ルイス家の人間がどうして地方受験なんてしてると思います? もう、都で受けられないからです。同一の会場で受験すれば、前年度落ちた人と再会するかもしれない……ルイス家の人間が、幾度も落ちているなんて、余り大っぴらにはできないので」
 ヒューズは苦しげに溜息を一つ零すと、項垂れた。
 その暗鬱な瞳には光るものがあった。
「……本当は、今回、試験そのものを受けないつもりだったんです。カルト・ハダシュトを越えてミノア川を下ったのもそのためでした。なのに、あなたに出会ってしまった。あなたが村を出るのにつられて、ここまで来てしまった。何度、途中で抜けようと思ったか。だけど、あなたと一緒にいるのが、とても、楽しくて」
 言葉を詰まらせ、彼は両手で顔を覆う。
「これでも、二次試験だけは棄権しようと兄に申し出たんですよ。……ご覧の通り、許されはしませんでしたが」
 ヒューズは黙り込んだ。
「あなたとだけは、組みたくなかった」
 かなり長い時間が経ってから、かすれた声が落ちた。
「あなたとだけは、組みたくなかったのに!」
 顔を上げたヒューズはくしゃりと顔を歪ませた。
 彼はベッドから崩れ落ちるようにして、アルバートの足下に身を投げ出すと、詫びた。
「本当にごめんなさい! あなたには、染め士としての才能がある。あなたなら、きっと、クラシックで終わらない。ブロンズ、いな、シルバーだって夢じゃなかったはずだ。――――僕とさえ、ペアに、ならなければ!」
 ぎゅっとアルバートのズボンを握り締め、彼は熱を帯びた吐息を逃がすと続けた。
「ごめんなさい。ごめんなさい……この罪は必ず償います。お母様と一緒に都にいらしてください。あなた方の生活の全てをルイス家で保障します。何不自由なく、暮らせるように尽力するつもりです。だから――」
「い、いらねぇよ」
 遮るようにして、アルバートは言った。
 ヒューズが押し黙る。
 アルバートは戸惑いの表情で、悄々とした年下の友を見た。
「何だよ、保証って。俺が欲しいのはンなもんでも、ましてや謝罪でもねぇ。俺が染めた糸で作った、アラベスクだ」
「で、でも、だから、僕には」
「そもそも、いろいろおかしーだろ」
 感じた違和感を口にすれば、少しずつ混乱は晴れた。
 アルバートは一つ一つ確認するように、言葉を紡いだ。
「落ちたこと隠すくらいなら、受験なんてさせねぇ。兄貴だって、理由知ってるなら尚更棄権させるはずだ。お前に受ける気がないんだから。それなのに」
 アルバートはヒューズの両肩に手を置いた。
 ヒューズはビクリと肩を揺らして、吸い寄せられるように友の力強い瞳を見上げた。
「それなのに受けさせるってのは、お前が織れるからだろ。少なくとも、お前の家族はそう思ってるってことだろーが」
「それは、僕が嫡男だからで……」
「俺は貴族様の事はよく分かンねぇけど、そんな理由なら、さっさと廃嫡されるもんなんじゃねぇの? お前の兄貴は、あのウィリアム・ルイスだろ」
 ヒューズは何事か言葉にしかけたが、すぐに哀しげに目線を落とした。
 アルバートはめげずに続けた。
「お前の家族が諦めてねーのに、俺が諦められるかよ。お前も知っての通り、俺は今回が最後のチャンスなんだ」
「……はい」
「とりあえず、やってみよーぜ。今始まったばかりなんだ。諦めるにはまだ早いだろ。それにさ、お前だってちゃんと一次通って来たじゃんか。嫌ならわざと落ちることもできたはず。そうしなかったのは……お前だって、どっかで受かりたいと思ってるからだろ?」
「そう、ですよね」
 アルバートが努めて明るく告げれば、ヒューズはそろそろと力なく笑って答えた。
(ああ……クソ!)
 ――アルバートは内心歯軋りした。
 酷なことを言っている、と思った。
 自信の無い辛さは痛いほど分かる――自分も正に今、そのまっただ中にいるのだ。
(でも、まだ時間はある)
 もちろん、焦る思いがないわけではない。
 糸を染められるか否かを棚上げするわけではないが……どちらにせよ、合格のためにはヒューズに織って貰うのが必要不可欠だった。
 けれど、自分のことでいっぱいいっぱいの彼の横で、自分までもが取り乱すわけにはいかないと理性が主張していた。
 それは、アルバートがヒューズよりも二歳年上であり彼を支える立場にあるとの思いからでもあったが、もちろん自利的な欲求が働いていることを、アルバートは自覚していた。
 そんな自分に苦々しいものを感じてもいた。
「っつーわけで、ほら。これでも使って練習しとけ」
 アルバートはいつもの調子に戻ると、リュックから、先ほどゼロから返却された糸玉を取り出した。それを受け取ったヒューズは目をぱちくりさせた。
「これ、まさか……〈狂った貴婦人(ルナティック・レディ)〉の銀ですか」
「…………一発かよ」
 さすが、とアルバートは舌を捲いた。
 染め士でないのに、色を見ただけで判断してしまうとは――彼の知識量は誰にも引けを取らないものなのだろう。だからこそ、織れないとは哀しいまでに皮肉だった。
「色合いが薄くてやり辛ぇかもしんねぇけど、今はこれしか用意できない。木の精霊も土の精霊も失敗しちまったから」
「え……」
「俺も色が採れねぇままなんだ」
「で、でも、これは?」
「分かンねぇよ。俺にゃ、〈狂った貴婦人〉が色をくれた理由なんてさっぱりだ。ぶっちゃけ偶然だと思ってる」
 アルバートは真っ直ぐヒューズを見た。
 自信などなかった。でも、アルバートは謝らなかった。
「だけど、絶対に何とかしてみせる。染めてみせる。だから、お前も――――」
 言いかけて、言葉を飲み込む。
「いや、何でもねぇ」
 彼はそっとヒューズをどけると、ベッドから立ち上がった。
 ニッと口の端を持ち上げて友を見た。
「アラベスクに使う色、探してくる。ま、時間は目一杯あるんだ。お互い焦らずいこーぜ」
 そう明るく言い置くと、彼は部屋を後にした。
 消極的な発言は控えよう。それだけを自身に強く命じて、アルバートは、これ以上ヒューズを気にかけるのをやめた。
 干渉すればしただけ見返りが――――アラベスクを織って欲しい気持ちは強くなる。
 それはヒューズにとっては脅迫以外の何者でもない。
 そう考えれば、自ずとやるべきことの姿が明確になった。
 アルバートは後ろ手に閉めた玄関の扉に寄り掛かると、頭を預けて目を閉じた。
「俺は俺の仕事をするだけだ」
 やがて瞼を持ち上げると、キッと天井を睨め付けた。
お読みくださり、ありがとうございます。
次回更新は、3月17日(火曜日)7時です!
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