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アラベスクに問え! 作者:一瀬詞貴

二、歪んだ銀の章

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テスト×テスト×テスト(8)

 翌日。
 一次試験を終えた、染め士、機織りの受験生は結果発表を聞くために、国立歌劇場に集まっていた。
 区役所のすぐわきに建つこの建物は、西風の建物で、いつもはオペラやバレエ、演劇などが催されている。外観も豪勢ならば、中も凄かった。
 ロビーの大階段は、細密な彫刻の刻まれた欄干を備え、大理石の床には華やかな紋様が描かれている。大ホールの客席は赤一色で統一され、上を見上げれば、有名画家による天井画からシャンデリアがぶら下がっていた。
 アルバート以外、生徒は西風、東風の違いはあったが正装だった。
 白い折り襟のシャツに黒いピタリとした上着を身にまとう者も入れば、細密な刺繍の施された腰衣に肩掛け姿の者もあった。機織りの受験生だろう、女性も何人かいた。
 呆気に取られたアルバートは、建物に一歩踏み込んですぐさま後悔したが、逃げ帰る前にスタッフに捕まった。
 腕を掴まれ席まで案内されれば、もう身動きが取れない。
 左右からジロジロと視線を感じた。身体を縮こまらせて存在を消そうと努めれば、左から声が降った。
「あなた、帰らなかったんですね」
 見れば、ミシェル・ニールだった。
 彼はおもむろにポケットからハンカチーフを取り出すと、口元を覆った。
「結果発表は出席が強制と言うわけじゃないですよ? 恥をかく前に帰ったらどうですか。――それとも、自信があるのかな」
「……うっせー。放っとけ」
「やれやれ。本当に口が悪い。これだから庶民は」
 結果を聞かずに帰った者ももちろんあった。
 アルバートは猛烈に後悔した。ミシェルに言われて帰るのも癪だったが、彼の隣で不合格を知るのも嫌だ。
 悶々とした思いで、帰るべきか帰らぬべきか悩んでいる内に式が始まってしまった。
 司会が簡単な挨拶を終えると、さっそく合格者の発表となる。
 まず、機織りの試験監督――ウィリアム・ルイスが舞台に上がった。
 彼は淡々とした声で名を読み上げていった。
「ヒューズ・ルイス」
「はい」
 穏やかな、けれど凜とした声が右の前方で返事をした。
 癖毛の金髪がにょきっと立ち上がる。拍手が起こる。ミシェルは煩いくらいに手を叩いていた。その隣で、アルバートはぎゅっと膝の上で作った拳に、目線を落としていた。
 総勢六十三名の機織りの合格者が立ち上がると、続いて染め士の合格発表になった。
 ゼロが面倒そうに舞台に上がった。
 ペラペラと書類を捲り、欠伸を差し挟みながら名を読み上げていく。
 ミシェルが誇らしげに返事をして立ち上がった。
 ふふん、と見下ろしてくる気配はしたが、アルバートが何の反応もしなかったので、彼は鼻白んだようだった。
 ……聞きたくなかった。
 早く終われば良い。アルバートの尻は、椅子から浮かびかけていた。
 終わったら、ミシェルが何か口を開く前に、他の受験生を飛び越え出ていこうと決めていた。情けなくて、情けなくて、どうしようもなかった。
 と。
「アルバート・グレイ」
「……え」
 アルバートはぼんやりと顔を上げた。
 ゼロが書類から顔を上げて客席に目を眇めると、さっきよりも大きな声を張り上げた。
「アルバート・グレイ!……あれ? 帰っちゃったの? まさか?」
 客席がざわめき始める。
 ミシェルがきょろきょろと辺りを見渡した。
「おーい。アールーバァ――ト・グゥーレーイーくーん!」
「は……はい。はい!!」
 三度目でやっと、アルバートは立ち上がった。ミシェルが隣で息を飲む。
「なんだ、いるじゃん。呼ばれたらさっさと立ってね。さて……はい! これでお終い。以上、染め士合格者、六十三名」
 ゼロが舞台から退場する。
 司会が受験生に向かって雛形の言葉をかけると、閉式した。
 アルバートは立ち尽くしていた。
 途中、ミシェルが何か声をかけてきたが、何を言ったのか、混乱していて理解ができなかった。
 生徒たちが二次試験の受付を行うためにホールを出ていった後も、彼は動けなかった。スタッフに引っ張られてやっとロビーに着いたが、それでも呆けていた。
 ありえない事だった。
 何せ、自分は筆記も実技もできなかったのだ。自信がないという程度でなく〈できなかった〉のだ。それなのに名が呼ばれるなど――――
 間違いだ、とアルバートは思った。
 思ったら思ったで、一瞬、もしかしたら、との思いを抱いたせいで、なおさら、落ち込んだ。忌々しくさえあった。でも、まさかが本当にあるかもしれない。いや、だが、しかし……この場合、二次試験の受付に進むべきなのだろうか? それとも、受付に間違いがあるのでは、と馬鹿正直に自己申告するべきか。
 ロビーは賑やかだった。
 喜びで噎び泣く者もいれば、悔し涙を零す者もいた。
 合格者の中でも行動の速い者は、二次試験で組むペアをすでに捜し始めていた。そんな中で、アルバートは途方にくれていた。
「面白い顔をしているね」
「ゼロ試験監督……」
 と、背後からかけられた声に振り返ったアルバートは、ゼロの姿を前にして段々と冷静さを取り戻していった。
 感情の読めない、親しげな微笑みで立つ、彼ならば。人に嫌がらせをするのが大好きなゼロならば、ありえないことではない。
「あれっスか。上げて落とす作戦とかですか」
 睨め付け、吐き捨てるように言えば、ゼロは一瞬、きょとんとしてから、腹を抱えて笑い出した。
「あっはっは! 君、思ったよりも捻くれてるねぇ。真実合格だよ!!」
「信じらンねっスよ!!」
 飄々とした態度の彼が、どこまで本気なのかなど分からない。ただ、アルバートには自分の試験の出来だけは確かに分かるのだ。
「筆記も実技もボロボロで、どうやったって受かるはずないじゃないですか!! それこそアミダクジか何かで……」
「鋭いね。当たらずも遠からずだ」
「マジかよ」
 パチンと指を鳴らしてウィンクを飛ばす彼に、アルバートは顔を引き攣らせる。ゼロは続けた。
「俺はね、毎年、地雷問題を一題用意するんだよ。その一題が解ければ、他がどれほど悪くとも、二次試験に進めるようにする。君はね、その一題をピタリと当ててきた」
「なっ……」
「はい、これ」
 言って、ゼロは肩掛けの合わせ目に手を突っ込むと、糸玉を取り出した。それは、アルバートが満月の夜に染めた白銀の糸だった。
「後学のために、この色を持っていた精霊の名を教えてあげよう」
 ゼロは真摯な瞳でそれを見つめると告げた。
「遭遇率SSランク、危険度不明、採色難易度不明、ここ最近、公に研究され始めた怪物(モンスター)系、上級精霊」
 アルバートはハッとして顔を上げる。ゼロは頷いた。
「名を〈狂った貴婦人(ルナティック・レディ)〉。月光の精霊だ」
「そんな、馬鹿な……」
 アルバートは目を真ん丸に見開いた。ふっと鼻で笑った彼はいつもの飄然とした態度に戻っていた。
「運が良いねぇ。たまたま採った色が課題精霊で、たまたまクリアできたその一題が、俺の地雷問題。しかもその精霊の遭遇率ランクはSSと言う難易度ときた」
 アルバートは戸惑った。
 合格が真実だとしても、そんな偶然の産物を素直に喜ぶことはできない。
 それは、自分の実力ではない、と思う。
 そんな考えを見透かすように、ゼロは肩を竦めた。
「――って言っても、〈たまたまだ〉なーんて卑下する必要はないよ。胸を張って、二次試験に進みなさい。〈狂った貴婦人〉を知っていても、採色しようと思うかは別だし、チョー運良くあの精霊に出会っても、色を採れるか否かも別問題だもの。君は真実、〈狂った貴婦人〉から色を貰った。その実力があったんだ」
 ゼロはアルバートの肩に手を置くと、耳元に唇を寄せた。
「以前、俺が君に言った言葉は撤回しよう。君には素質があるかもしれない。――俺たち人が測るよりも、ずっと、確実な素質がね」
 言い終えると素早い動きで身を離し、「それじゃ」とはにかんで片手を上げた。
「ここまで来られたんだ。後は立派に合格を決めてくれよ」
 アルバートは、呆然と、颯爽と歩き去るゼロの背を見送った。
(素質……?)
 素質があったら、木の精霊からも土の精霊からも色を貰えただろう。しかし、それはできなかった。
 アルバートは白銀の糸玉をまじまじと見つめた。
「素質、って何だよ」
 どうして〈狂った貴婦人〉から色を貰うことができたのか――あの夜の出来事が、奇蹟だとして、何故、ゼロは「素質がある」などと言い切れるのか。
 考えても考えても、答えはでない。何かしら行動をしていたのならば、まだ検証もできた。けれど、あの夜、アルバートはただぼうっとしていただけなのだ。
「二次試験に進む方ですか?」
「え? あ、ああ、はい」
 スタッフの一人に声を掛けられて、アルバートは我に返った。慌てて、リュックの底の方から受験票を取り出して見せる。
 スタッフはニコリと微笑むと言った。
「一次試験合格おめでとうございます。二次試験のペアの登録はお済みですか?」
「ペア……ですか」
「ペアが未登録の場合は受付ができません。機織りのお知り合いがいらっしゃらない場合は、こちらの部屋に移動して、ペアを見つけてくださいね」
 二次試験の内容は単純だ。
 『ドア・ザ・アラベスク』と呼ばれるアラベスクを、実際に染め士と機織りがペアを組み三反作成する。一つは染め士のために、一つは機織りのために、一つは王のために。
『ドア・ザ・アラベスク』。
 それは生涯に二度だけ使用する――アラベスク国家資格の授与式で身にまとい、死んだ時に棺にかける――始まりと終わりを飾る布。
「ペア――――」
 頷き、移動をしようとしたアルバートははた、と歩みを止めた。
「グレイさん?」
「これが、最大の試練かもしんねぇな」
 アルバートは一人ごちた。
 受験生のそれぞれが、家格をもとにペアを捜している様子だった。
 そんな中、庶民出のアルバートと組む者がいるかどうかは、甚だ疑問だ。
 入門試験で織り上げるアラベスクは、人生単位で特別なものだ。その糸を、庶民出のアルバートが染めるのを良しとする者など、なかなかいないように思われた。
「ダメもとで……当たってみっか」
 案内をしようとするスタッフに、頭を下げて案内を断ってから、アルバートはヒューズを探して歩いた。
 ヒューズの長身は、人でごった返した中でも軽々と見つかるかと思いきや、意外と時間がかかった。それもそのはずで、彼はロビーの彫像の影に身を隠すようにして立っていたからだ。
「よぉ、ヒューズ」
「アルさん……」
 アルバートの声に、彼はハッと顔をあげると、ぎこちない笑みを浮かべた。
「一次試験合格、おめでとうございます」
「ああ、そっちこそ」
 アルバートの言葉に、彼は目線を落とす。
 アルバートは訝しげにヒューズを見たが、慌てて自分に非があったのだと思い返すと、頭を下げた。
「いろいろ……八つ当たりみてぇな事して、悪かった」
「え? あ、ああ。全然平気です。謝らないでください。辛い時はお互い様ですよ」
「そっか……ありがと」
 いつもの様子で首を振るヒューズにホッとする。
 それからアルバートは、呼吸を整えると、姿勢を正してヒューズを見た。
「……ンでさ、ものは相談なんだけど」
「はい?」
「二次試験!」
 アルバートは顔の前で両手を合せると頭を下げた。
「もし、誰ともまだペア組んでなかったら……俺と――――――」
「すいません」
 叩き斬るようにして、ヒューズが言葉を遮った。
「あなたとは、組めない」
 ハッキリと、口にされた拒絶。
 アルバートは一瞬、ポカンとした。
 それから、慌てて、取り繕うように笑った。
「え、あ、そ……そっか。そうだよな!」
 ヒューズを見るも、彼はアルバートを見なかった。アルバートも慌てて目線を逸らすと、無理に明るい声を絞り出して、付け加えた。
「馬鹿な事聞いて悪かったな! じゃ、お互い二次も頑張ろう! っつー事で」
 クルリ、と踵を返し、アルバートは努めて自然に歩き出した。
 突き放された気持ちになった。そんな風に思うのはお門違いなのに。
 ヒューズのような名門が、庶民出の人間を……能力値もはっきりとは分からない者を、一蓮托生のペアに選ぶはずはない。そもそも必要がないのだ。ルイス家の姓があれば、染め士の中でも最も力のある者が寄ってくるし、彼は選べる立場にいるのだから。けれど。
(嘘、だったのかよ)
 アルバートはギリ、と唇を噛んだ。
 ヒューズは糸が綺麗だと言ってくれた。――素質があると言ってくれた。あれは世辞だったのだろうか。
 確かにヒューズの性格上、落ち込む相手を前にしたら励ますだろうが……
 じくじくと胸に痛みが広がる。
 偶然で手に入れた合格。アルバートは唇を噛んだ。
 そう。やはり、自分の合格は偶然なのだ。そんな奴と誰がペアを組むと言うのだろう?
 と、その時、ロビーがざわついた。
「失礼。受験生諸君」
 浪々とした声が響く。アルバートは人混みの向こうを訝しげに見た。
「……ウィリアム試験監督?」
 険しい顔で立っていたのはウィリアムだった。その背後には、俯くゼロの姿……
 機織りの試験監督は、きょとんとする受験生を見渡すと、言った。
「一部の生徒から、当会場の試験が公正さを欠いているとの声が上がっているらしい。よって、二次試験は籤引きでペアを決める」
 一瞬にして、場の空気が凍り付いた。
 生徒たちが色を失う。当り前だ。彼らはしっかりと根拠をもって、お互いの利害を計算し尽くしてペアを選んでいたのだ。
 それが――
 ウィリアムの背後で、口元に手をやったゼロが、堪えきれないと言うように、ぶふっと噴き出した。それを、アルバートは見逃さなかった。
お読みくださり、ありがとうございます!
次回更新は、3月10日(火曜日)7時です!!
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