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アラベスクに問え! 作者:一瀬詞貴

二、歪んだ銀の章

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テスト×テスト×テスト(5)

 月の綺麗な晩だった。
 寮には戻りたくなくて、アルバートは彷徨い歩いた。
 というか、戻り道が分からず、事実彷徨っていたが、帰り道を訊く気力がなかった。
 街は昼間とはまた違った意味で賑わっていて、鼻孔を擽るアルコールとコロンの香りが心に染みた。
 今まで不快に思っていた、退廃的な、無気力な「夜の街」が、こうも心を穏やかにさせるものなのか、とアルバートは感心した。
 穏やか――いな、麻痺しているのかもしれないと、自嘲が唇から転び出る。
 方向音痴とは不思議なもので、街の中央に聳える区役所には幾度試しても自分一人ではたどり着けなかったのに、こんな時に限って、たどり着けてしまった。もちろん、夜の区役所の門は固く閉ざされており、中に入ることなどできなかったが。
 門番が不審げにアルバートを見た。
 アルバートは溜息を漏らすと、素直に踵を返した。
 期限はあと一日しかない。
 なのに、一つの色として手に入れられていない。
 ふいに現状を認識すると、背筋が冷えた。もしこのまま、色を採れなかったら……?
 そんなことはない。ありえない。
 そう強く打ち消す声は「願い」だった。
 前向きな否定なはずなのに、どんどん打ちひしがれていく。
 …………もうダメかもしれない。
 分かっていた。
 現状など、とっくに心は理解して、折れていた。ただ、認めたくなかったのだ。
「アルさん?」
 そんな時、唐突に背後から声を掛けられた。
 振り返れば、平服にガウンを羽織ったヒューズだった。
「ヒューズ」
「ああ、やっぱりアルさんだ」
 彼は何だか少しだけほっとした様子でアルバートに歩み寄った。
「どうしたんです、こんな夜更けに。眠れないんですか」
「…………まぁ、な」
「僕もです。落ち着かなくて」
 俯いたままのアルバートの横に立つと、ヒューズは心配げに眉をハの字にして首を傾げた。
「何だか、元気がありませんね。何かあったんですか? 僕で良ければ、話くらい聞きますよ」
「いや、いい」
 自分でもびっくりするほど、固い声が拒絶した。
「アルさん……?」
「お前はエリートだもんな。良い教育受けて……こんな入門テストなんて楽勝だろ」
「そんな事ないですよ」
「いいや、楽勝だ。っつーか、楽勝じゃないならサボってたに違いない」
 気まずい間が落ちた。
 ばつの悪い思いに舌打ちして、アルバートはチラリとヒューズを見た。
 外灯の下、ヒューズは気を悪くするわけでもなく、ただ、きょとんとしていた。それがますます自己嫌悪に拍車をかけた。
「違う。こんな事が言いたいんじゃない。俺は……俺は、情けなくて」
「アルさん――――」
 力なく頭を振ったアルバートは、ヒューズを手で制すと、顔を上げずに詫びた。
「悪ぃ。なんか、今、俺、すげぇ凶悪で。お前の顔、見たくないんだ」
 前へ付きだした手をぎゅっと握ると、腿を打った。
 地面を睨め付ける。震えた唇から、掠れた声が漏れる。
「羨ましいって思っちまうんだよ」
 脳裏に過ぎる、過去の自分の言動。
 努力してきたと思った。自分には素質があるのだと、疑ったことなどなかった。
 試験さえ受ければ、自分には染め士としての輝かしい道が開けるのだと……そんな、夢を信じていた。
「笑っちまうよな。あれだけ自分は天才だとか何だとか思ってたのに。……本当、周りの奴らが言ってたのが正しかった。俺にゃ才能なんてねぇ。っつーか、何これ、クラシックにもなれないとか。笑うしかねぇよ」
 渇いた笑いが落ちる。
「最後なのに。今年で、最後なのにっ」
 アルバートは拳を再度太股に打ち付けると、声を荒げた。
「どうして、俺、今まで受けてこなかったんだよ!」
 あと二回……いな、あとたった一回、チャンスがあれば。
 今日できなかったことを克服して挑むことができたのに。
 何故、何故、何故。
 何故、自分は一度で受かると信じていたのだろう。どうして受けさえすれば、染め士になれるだなどと、身の程知らずな盲信を抱いていたのだろう。
 声にならない情けなさと悔しさを、拳に込める。
 幾度も拳を足に打ち付ける――と、その手をヒューズがそっと押しとどめた。
「自信持ってくださいよ。あなたの染める糸は美しい。あなたには染め士の才能があると僕は確信しています。って言っても、僕なんかの保証じゃ心許ないかもしれませんが」
 彼は、アルバートの右手を両手で包み込むと眩しげに目を細めて続けた。
「でもね。僕、家のおかげで小さい頃から質の高い糸を見てきました。その僕が言うんです。間違いありませんよ。あなたには才能が――素質が、あります。そして、必要な努力もしてきたはずだ。じゃなきゃ、あんな色に染めることはできない」
 ヒューズは至極穏やかに言葉を紡ぐ。
「あなたの糸は、活き活きとしていて、命がそのまま糸に宿っている。脈動が伝わってくるんです。見ている方が、わくわくするような。どんな布に織り上がるんだろう、って未来を夢見させる力がある。……何があったか知らないけど、自信持って下さいよ。大丈夫です。絶対にあなたは受かります」
「空しくなるからやめてくれよ」
 アルバートはヒューズの手を振り払うと、忌々しげに吐き捨てた。
「俺の採色技術は、所詮、田舎でしか通用しないもンなんだよ。ちょっと村を出れば、奴らを従わせることができない!」
「……精霊たちが、あなたに従わないんですか?」
 ヒューズは束の間、目を丸くすると、やがて顎に手をやり、うん、と唸った。
「おかしいですね。場所なんて関係ない。精霊は染め士の心に感応して色を分けてくれる――そう、僕は習いましたが」
「じゃあ、何か? 受験前と今と、俺の心に変化があったとでも?」
「それは、僕には……何とも」
 キッと睨め付けるアルバートに、ヒューズは困った顔をする。
 アルバートは目線を落とすと、ぽつり、と言った。
「……ねーよ」
 受験前と変ることなど、一つとしてあるはずがなかった。
 求めるものは変らない。今までも、そしてこれからも。
「一緒だ。最高の成績で余裕で合格かまして、ストレートで階級手に入れてって、村で無理だっつった奴らを見返してやって、母さんが誇れるような人間になって――――何一つ、変わっちゃいねぇよ」
「アルさん……」
 思わず、と言うようにヒューズがアルバートの肩へと手を伸ばす。
 それを再び叩き落とすと、アルバートは顔を俯けたまま、一歩退いた。
「やっぱ、俺、今、お前といらんねぇや。ごめん」
「あ、ちょっと」
「ンだよ、離せよ!」
 今度こそしっかと腕を掴まれ、苛立たしげに振り返ったアルバートの胸元に、ヒューズは自身が羽織っていたガウンを押しつけた。
「何だよ、これ。こんな気遣い無用――――」
「外で寝て風邪でもひかれたら、嫌だもの」
「寝ねーよ!」
 逆毛を立てて吠えるアルバートに、ヒューズは目を瞬かせた。
「え? だって、じゃぁ、どうやって寮に帰るつもりなんですか。僕が送ってっても良いですけど、あなた嫌でしょう?」
 言われてやっと、アルバートは自身の方向音痴を思い出す。
 それから、気まずそうに俯くと、ぼそぼそと答えた。
「なんとか、戻る」
「ないよりましですから」
 苦笑を零して、ヒューズはアルバートの手にガウンを渡した。
 受け取るまで離してはくれなさそうだった。
 アルバートは礼も言わずに、それをふんだくると、踵を返した。
お読みくださり、ありがとうございます!
次回更新は、2月27日(金曜日)7時です!!
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