知的なメガネ男子 【テオドール】
アタシとジョゼ兄さまとアラン、それにお勉強道具を抱えたクロードは、お師匠様の移動魔法で跳んだ。
今日も、王城に来たらしい。
『らしい』って推測なのは、又しても目が見えないからだ……
移動の際は、必ず目隠し。シクシク……
そして、シャルル様とシャルロットさんの待つ小部屋へ……
部屋につくと、何故かジョゼ兄さまはアランの横に並び、親しげに会話を始めた。
アランは今日も蛮族戦士スタイル、つまり腰布姿。
シャルロットさん、アランをまともに見る事ができないようで、兄さまに話しかけづらそうだ。かわいそう。
今日、アタシ達が会う相手は、学者だ。
勇者の仲間としてポピュラーなのは戦士に僧侶に魔術師だが、次いで多いのは学者なのだ。
学者と言っても、何でもOKなわけじゃないの。
宗教考古学の専門家だけ。古代信仰の技法を知識として身につけた者だけが、勇者の仲間になれるのよね。
古代信仰の技法は、魔法じゃない。誰でも使える技なの。
正しい知識をもって、正しい手順にのっとって、精確に行使すれば、だけど。
会得するのに必要な知識量が非常に多いから、宗教考古学を専門に修めている『学者』でなければ、ほぼ使えない。
でも、専門職の技法だけあって、便利な技がいっぱいなのよ。
絶対防御、攻撃力倍増、敵の防御力低下、周囲への強制睡眠、治療、性質変換などなど。
問題は、魔王戦では、一人一回しか攻撃できないこと。
仲間への強化技法も、間接的に魔王に与えるダメージに関わる。なので、仲間への技法であっても『魔王への攻撃』とカウントされかねないと、お師匠様は推測した。
アタシも、そう思う。というか、お師匠様が、そー言ってるんだから、そうに決まってるもん。
便利な技も、使用してもらえるのは一個だけ。
と、なったら、どの技がいいか……お師匠様とよく相談して、アタシはこの結論に達した。
「『先制攻撃の法』が使える学者だけを紹介してください」
アタシはシャルル様にお願いした。
『先制攻撃の法』とは、『敵に攻撃される前に、味方全員が必ず攻撃できる』技。
開幕に使ってもらえば、アタシ達百人の攻撃が終わるまで魔王は何もできないってわけだ。
こちらが一方的に攻撃して1億ダメージを与えれば、アタシ達の勝利!
一人あたり100万ダメージをノルマと考えてただけに、攻撃しない仲間を抱えるのは、正直、痛い。
だけど、『先制攻撃の法』担当者は、どうあっても欲しい。絶対に必要だもん。
シャルル様が、手元の書類を確認した。『先制攻撃の法』を覚えている学者は二十人いるみたい。
昨日と同じように、シャルル様は順に学者を部屋に連れて来てくれた。
でも、高名な学者って、おじいさんやオジさんばっかなのだ。
ときめかない……
そして、きっかり十人目に……
彼が入って来た。
何つうか……
キリッとした格好いい人だ。
胸元に白いスカーフをつけたアカデミックドレス姿で、正方形の角帽を被っている。よく似合っていて知的。
その上、黒縁の、メガネをしてたのよ! メガネよ、メガネ! メガネ男子!
赤みがかったライトブラウンの髪はさらさらしていて、眉はすずしげ、切れ長の瞳はブラウン。知的メガネでクールなハンサム……
何々派だ、専攻は何だと、よく通る声で説明してくれている。でも、右から左だ。アタシは素敵な学者にみとれていた……
胸がキュンキュンした。
心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴る。
欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。
《あと九十五〜 おっけぇ?》
と、内側から神様の声がした。
「新たな仲間だな」と、お師匠様が言った。
教科書を読んでいたクロードが顔をあげ、『ふーん、又、若い男かよ』とか言う。
おじ様も、おじい様も、嫌いじゃないわよ。でも、萌えられる渋い方がいなかったんだもん。
「おめでとう、テオ」
「おめでとうございます、テオドール兄さま」
と、シャルル様とシャルロットさんが、学者さんに親しげに声をかける。
知り合い?
シャルロットさんが、にっこりと私に微笑みかける。
「テオドール兄さまは、ポワエルデュー侯爵家と親しいボーヴォワール伯爵家の次男。私達のまたいとこにあたります」
またいとこ?
て……いとこの子? 違うか。両親がいとこなんだっけか。むぅ。
「百一代目勇者様、賢者様、仲間のみなさま、どうぞよろしくお願いします。テオドールです」
貴公子らしい優雅な所作で、テオドール様がお辞儀をする。
「こちらこそ、よろしくお願いします」と、アタシは挨拶を返した。
ジョゼ兄さまは儀礼的な挨拶を返した。
アランは『アランと申します。よろしくお願い致します』と頭を下げた。蛮人風なのに礼儀正しいのよねー この人。
全員と挨拶を交わした後、テオドール様はアタシ達の背後に控えた。
もう『学者』は仲間にできない。けど、一応、会うだけは会った。
学校の先生とか他のジョブで仲間にしといて、魔王戦では学者技を使ってもらう……なんて、手も使えるかもと思ったからだ。
だけど、残念ながら、アタシが萌えられる相手はいなかった。
追加の仲間探しの間、知的なテオ様はずっと口を閉ざしていた。
無口な方なのかな? と、思ったんだけど……
それが誤解だったという事は、宿泊先のオランジュ伯爵家に戻ってからわかった。
「質問してもよろしいでしょうか?」
アタシとお師匠様に内密に尋ねたい事があるって言うんで、アタシはテオ様を伴ってお師匠様の部屋に向かった。
「託宣の正確な内容と、魔王戦までの予定、戦闘計画などの情報をいただけませんか?」
へ?
何で?
「情報を分析し、勝率を計算し、場合によっては計画を修正して、我々が魔王に勝利する為です」
メガネのフレームを押し上げながら、スパッとテオ様が言い切る。
「百一代目勇者のあなたは、『一、百人の異性を仲間とするが、同じジョブは仲間にできない。ニ、自身を含め百一回だけ魔王に攻撃が可能』だと情報を得ています。これに相違ありませんね?」
「ありません」
「では、託宣の内容を、正確に教えてください。一言一句たがわず」
う。
「言わなきゃ……駄目です?」
「駄目です」
きっぱりとテオ様が言う。
「神からの託宣には、表面の言葉以外に二重三重の別の意味がこめられている場合があるのです。裏の裏の意味を読み取り、裏の託宣に従わねば、魔王を討伐できない恐れがあります」
「でも、アタシの託宣は、裏の裏なんて、ありえなくて……」
テオ様がキッ! と、アタシを睨む。
「素人判断はやめてください」
う。
「素人判断が、どれほど危険かという事をお教えしましょう。三十二代目勇者の時代のことです、学者が仲間にいなかった為に……」
ちょ。
「更には、六十九代目勇者の時代、学者どころか仲間すらいなかった為に、賢者様と勇者様は愚かしくも……」
まって。
「そもそもが初代勇者様からしてですね、託宣の内容を正確に理解していれば、もっと簡単に魔王を倒せたはずで……」
あああああ……
ごめんなさい……
話します……
話しますから、もう勘弁してください……
「《汝の愛が、魔王を滅ぼすであろう。愛しき伴侶を百人、十二の世界を巡り集めよ。各々が振るえる剣は一度。異なる生き方の者のみを求めるべし》ですか……なるほど」
両腕を組んだテオ様が、ジーッとアタシを見る。
その眼差しで見つめられると、ゾクゾクしちゃった……
責められてる?
アタシ、知的メガネ様に責められてる?
うぅぅぅぅ。
ごめんなさい。
仲間にする=伴侶にする、です。
内緒で、アタシ、あなたを伴侶にしました。
許してください。
ああああ、この容赦ない眼差し、いいなあ……
癖になりそう……
「たしかに、裏はなさそうな内容ですね。しばらく修辞法の面から検討してみますが」
あれ? 怒ってないの? 内緒で、アタシの旦那さま扱いされてるのに?
「それは、そうと……現在の仲間は、格闘家、魔術師、僧侶、戦士、そして学者の私ですね。今後、どのような仲間をどの世界から集める予定なのでしょう?」
アタシは正直に答えた。
「お師匠様に聞いて」
全部、任せてるもん。
テオ様は、ちょっぴり眉を曇らせた。
あ……
もしかして、好感度、下げちゃったのかしら、アタシ? ファザコンならぬお師匠コンと思われた?
「では、賢者様にお尋ねします。今後、どのような仲間をどの世界から集める予定なのでしょう?」
「この世界で、必須の職業はもうない。今後は、戦闘力を考慮した上で、仲間を増やしてゆく。明日か明後日にはこの世界での仲間探しを終了し、幻想世界に旅立とうと思う」
へー そういう予定だったのか。
「幻想世界……九十六代目勇者であらせられた賢者様が、勇者時代に、おもむかれた世界ですね?」
テオ様の問いに、お師匠様が頷きを返す。
「あの世界の住人は、魔法的な力に満ちている。強力な仲間となるだろう。美しい外見の者も多いし、な」
と、アタシをチラリと見るお師匠様。テオ様もアタシをチラリと見る。
ああ……無表情なお師匠様と、冷たい眼差しのメガネ様……
ダブル知性派の視線で、いけないものに目覚めてしまいそう……
「できれば、そこで、勇者専用の武器を手に入れたい。魔王戦で使える強力な武器が必要なのだ」
「あなた、武器を持ってないのですか?」
テオ様が責めるように、アタシを見る。
持ってるもん! 今、腰に差してる!……その辺の武器屋で買える普通の鋼の剣だけど。
お師匠様の館には、昔の勇者が遺した伝説級のお宝の剣がわんさとある。
けど……伝説級のお宝には、ほぼ漏れなく、呪いやら妙な祝福やらがついてくるのよ。
剣が、持ち手を選ぶわけ。
鞘から抜けないのやら、触れただけで雷を落としてくるのやら、柄を握っただけで掌を焼かれるやらで……
お師匠様のコレクションに、アタシの剣は無かったのだ。
「私が異世界に運べる人間は、六人だ。仲間全員は伴えない。勇者と共に異世界を巡る間、この世界に残る者には、魔王戦に備えた準備を進めてもらう」
「賢者様と勇者様と共に異世界へ赴く仲間は四人まで。了解です」
テオ様が、メガネをかけ直す。
「質問します。異世界で増やした仲間は、どのようにして、この世界へ来てもらうのでしょう? 賢者様が魔法で別途運ばれるのですか?」
「いいや、連れて来ない。異世界の者はもとの世界で暮らしていてもらう。この世界を訪れるのは、魔王戦当日のみ。召喚魔法で、勇者に『仲間』を呼び出してもらうのだ」
ほー、そーなのか、これも知らなかった。
「幻想世界の後は、精霊界の予定だ」
「妥当な線ですね」
「その後は未定だ。『勇者の書』に記された異世界のいずれかに行く」
「わかりました、そういう事でしたら」
テオ様がにっこりと微笑む。
「私もご助力いたします」
ん?
「百人の勇者様のご活躍は全て暗記しております。どんな世界の出身か、どのような世界で修行を積まれたのかも、存じております。強力な仲間が得られそうな世界は何処か、一緒に検討し、最善の選択をいたしましょう」
「頼もしいな、期待している」
無表情だが、やさしい声のお師匠様に対し、
「知識をもってご協力いたします」
と、テオ様は頬を染め、うっとりとした声で答える。
え〜〜〜〜〜
もしかして、そーゆう趣味?
男がいいの?
かと思ったんだけど……
「百一代目勇者様、お願いがございます」
「はい?」
テオ様は、アタシに対しては冷たい視線を向けてくる。ちょっとゾクゾク。
「もう少し、ご自分の頭で思考し自ら行動を決める素地を培ってください。あなたは、伝統ある勇者様の百一代目なのですよ」
「はい……」
「勇者というのは、強く、賢く、正義感に満ち、道徳的で、悪を憎んで人を憎まない、美しくも頼もしい、この世を救う英雄です! そうでなくてはいけません! それ以外は、この私が認めません!」
はぁ……
テオ様の目とメガネが、キラリンと光る。
「十三代目勇者様は深窓の令嬢であったせいか、独立心に欠ける方でしたが、当時の学者の教育で、最後にはたいへん賢い女性になられました。六十六代目勇者様は下品な言葉使いを好む異世界人でしたが、当時の学者の教育で、最後には礼儀正しいレディーとなられました」
テオ様が拳をぐっと握り締める。
「勇者たる者、それ相応の好人物でなければいけません。魔王戦までに、あなたが素敵なレディーとなれるようご助力いたしましょう。なにしろ、あなたは勇者なのですから!」
わかった……
この男、勇者萌えの、勇者おたくだ……
お師匠様に頬を染めたのは、九十六代目勇者だったからだわ……
「聞いていらっしゃいます、勇者様? 七代目勇者様も学者の教育で、宮廷作法を身につけ、更に……」
わかった……
わかったから、もう勘弁して……
誰か、この男を黙らせて……
早めの夕食の時間まで、アタシは、テオドールにつかまっていた。
テオ……あんた、黙ってれば知的な美形メガネ男子なのに……
うざ。
魔王が目覚めるのは、九十六日後。今晩は、これから占い師さんに会いに行く……ふぅ。
* * * * *
『勇者の書 101――ジャンヌ』 覚え書き
●男性プロフィール(№005)
名前 テオドール(愛称 テオ)
所属世界 勇者世界
種族 人間
職業 学者
特徴 必ず先手をとれる先制攻撃の法を会得済み
しゃべり始めたら止まらない。勇者おたく。
黙ってれば、知的メガネ様なんだけど……
うんちくを傾けるのが、大好き。
戦闘方法 古代技法。
開幕に「先制攻撃の法」を唱えてもらう。
年齢 『幾つでしたっけ……
興味のない事はすぐに忘れてしまって……』
容姿 赤みがかったライトブラウンの髪。
目はブラウン。
胸元スカーフのアカデミックドレス+
角帽+メガネ
口癖 『××代目勇者様の時代……』
『質問します』『お教えしましょう』
好きなもの 勇者
嫌いなもの 知性も品格も欠ける勇者
勇者に一言 『あなたがレディーとなれるよう
ご助力いたしましょう』