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逆ハーレム100(旧) 作者:松宮星

勇者世界

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幻想世界へ

 お師匠様の移動魔法で、アタシ達はそこへ行った。
 部屋でくつろいでいたアンヌは、突然、現れたアタシ達に驚き、ソファーから立ち上がった。

《アンヌ! やっと会えた!》
 ニーナはアタシの側から駆け出し、友だちに抱きついた。
《ぼく、まってたんだよ。ずっと、ずーと。あそぼー アンヌ》

「ニコラ……?」
 抱きつかれた方は、信じられないって顔をしている。
 戸惑いながら、白い幽霊を見つめる。

「本当に……ニコラ? あのニコラなの?」
 ニコラが、クスクスと笑う。
《アンヌ、鬼ごっこしよー アンヌが鬼ねー》

「遊んでやれ」
 くわえ煙草のマルタンが、アンヌに言う。

「俺はマルタン。聖なる血を受け継ぎし神の使徒だ」
「マルタン? もしや、あなたは、あの悪霊祓いでご高名な使徒マルタン様ですか?」
「フッ・・・俺ほどの者になると、隠しても聖気(オーラ)で正体が気づかれてしまう。困ったものだな」
 隠してない。あんた、自分で、使徒マルタンだって名乗ったじゃない。
 こんな怪しい男でも、有名な『使徒』なのは事実。アンヌから、警戒心が消える。
「きさまと遊びたくて、そのガキ、デュラフォア園の館で幽霊になっていたのだ」

「私と……遊びたくて?」
 アンヌは眉をしかめ、目を細めた。ニコラとマルタンに視線をさまよわせる。

「でも、もう、あれから五十年以上も……ニコラは、あの館で賊に襲われて、それで、」
「過去の出来事など語るに値しない」
 マルタンがアンヌの言葉を遮る。
「事実のみをマッハで受け入れろ。目の前に、きさまの幼い日の許婚が居るのだ。なすべき事は、自ずと自明のはずだ」

 アンヌはせつなそうに、白い幽霊を見つめた。

「ニコラ……あなた、あそこで、私をずっと待っていたの?」
《うん。あそぼって約束したからー アンヌがいつ来てもいいように、ぼく、どこにも行かなかったんだ》
「私のせいで、あなたは……あそこに……ずっと」

 アンヌはうつむき、目元をそっと隠した。
「ごめんなさい。私、怖かったの……あんな事があってから、悲しくて怖くて、あそこに近づけなかったの。許して、ニコラ」
《いいよ、もう。大好きなアンヌに会えたんだもん》
 ニコラが、満面の笑顔で笑う。
《あそぼ、アンヌ。鬼ごっこ。アンヌが鬼だよー ぼくをつかまえて、ほっぺにキスして》

「待って、ニコラ。私、もうおばあちゃんなのよ。走れないの」

「ニコラ。俺もまぜてくれ」
 そう言ってニコラに近づいたのは、意外なことにジョゼ兄さまだった。
「俺は、アンヌの……親戚なんだ」
《アンヌの?》
 ジョゼ兄さまは頷いた。
「アンヌが好きか?」
《うん。フィアンセなんだ。大きくなったら、アンヌはぼくのおよめさんになるんだ》
「そうか……大好きなアンヌと再会できて良かったな」
 兄さまが笑う。おにーさんらしい顔で。
「俺はキスはしない。キスは、おまえとアンヌの二人だけでやってくれ」
 ニコラがにっこりと笑う。
《入れたげる。おにーちゃんが鬼だよ》

「ジョゼフ……」
 オランジュ女伯爵アンヌは、孫をジッと見つめた。
 兄さまが、おばあさんに笑みをみせる。ニコラに対しての時みたいな、優しい顔で。
「いっぱい遊んで、この子の心残りを無くしてあげましょう……おばあ様」

《おねーちゃんも、そっちのおにーちゃん達も、あそぼー》
 ニコラの誘いに、アタシと仲間達は頷いた。

 その日の夕方から、アタシ達はニコラと遊んだ。
 お師匠様は旅の支度があるから抜けたけど、それ以外のみんなが参加した。あのテオも。ちょっとびっくり。
 鬼ごっこばっかじゃない。ドロ様に誘われて、ニコラはみんなとカード遊びもした。
 人間と話せないサムソンも、いろんな獣を呼び寄せてニコラを喜ばせた。
 ルネさんの披露する珍奇な発明に、ニコラは大はしゃぎだった。
 リュカはスリの仕方だのダガーの使い方だのニコラに教えようとして、アンヌおばあさんに怒鳴られていた。
 クロードはけっこうノリノリで遊んでいたんだけど、『今日の分の課題、終わってるの?』って質問したら、うっ! と、うめいておばあさんに用意してもらった部屋に一人、移動した。

 夜も更けると、おばあさんは『ニコラが遊びたがっていたのは私です。みなさまは、明日からの旅に備えお休みください』と、アタシ達を追い出した。
 しばらくしてから覗きに行くと、おばあさんは椅子でこっくりこっくり眠っていた。お年寄りは夜には弱いものね、ニコラとお話しているうちに、ダウンしちゃったみたい。

 ニコラは近くの床に座って、ニコニコ笑っていた。眠っているフィアンセを見つめる顔は、幸せそうだった。

「頼みがある」
 廊下から部屋の様子を窺っていたアタシや仲間達。
 全員に兄さまが、頭を下げた。
 あの兄さまが!
 よく言えばマイペース、悪く言えば自分勝手な兄さまが、みんなに話しかけるばかりか、頭まで下げるなんて!

 兄さまは「ごっこ遊びだ。だが、ニコラが満足する形でやってやりたい」とみんなにお願いした。

 朝まで、アタシ達は交替で仮眠をとって、ニコラと遊んだ。
 仕切りたがりのテオがタイム・テーブルを決めたので、みんなそこそこ眠れたと思う。
 アタシが一番お休み時間が多かった。平気だって言ったんだけど、テオは聞く耳持たずだった。女だからって特別扱いしてもらうのも、ちょっと新鮮。

 翌朝、アンヌおばあさんが起きてから、『ごっこ遊び』をした。旅の支度が終わったお師匠様と、クロードにも、その遊びに参加してもらった。

「遊びだ。本番の予行と思って楽しめ」と、兄さまはニコラに言った。
 最初、おばあさんはジョゼ兄さまに『年寄りをからかうのはおよしなさい』と怒った。
 けれども、じきに口をつぐんだ。大はしゃぎのニコラを見たから。

 朝の光が差し込む窓を背にテオが立ち、向かい合う形でにニコラとアンヌおばあさんが並んで立った。
 おばあさんは、レースを頭から被って、花瓶にあった花でジュネが作ったブーケを持っている。
 テオの役は、本職のマルタンがやるべきなんだけど……『華麗で見事で必殺なアドリブをかまし、二目と見られぬ式にしてやろう』、などと阿呆なこと言いやがったんで、テオにやってもらった。
 アタシと残りの仲間は参列者役だ。

「あなたは、すこやかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、夫として妻アンヌを愛し、敬い、慰め、助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
《ちかいます!》

 交換する指輪も、ジュネのお手製。編んだお花の指輪。

 ニコラは、しゃがんだアンヌの頬にキスをした。とろけそうな笑顔だった。

《アンヌ》
 ごっこ遊びが終わった後も、ニコラはおばあさんに抱きついたまま離れなかった。
《大すき、アンヌ》
 結婚式ごっこを、ニコラはとても喜んだ。ずっと夢見ていたのだろう、大好きなアンヌと結ばれることを。

「これで、綺麗さっぱり、まったく、完璧に、このガキの心残りは無くなった。後は神の御許に旅立つだけだ」
 ごっこ遊びの間はくわえていただけの煙草に、マルタンが魔法で火を点ける。
「しかし、」
 ん?
「そこの女が萌えたんで、昇天はオアズケだ」
 へ?
「このガキは、女の仲間枠に入っている。魔王戦が終わるまで、この女の側を離れられん。下僕も同然だからな」

 う。
 おばあさんと仲間達が、一斉にアタシを見る。
 視線が冷たい……

 いや、だって、あの、その……
 あそこは、萌えるでしょ、人間なら、普通……
 萌える……よね?

 うううう……
 ごめんなさい……

「ジョゼフから聞きました。勇者様は本日、異世界へ旅立つそうですね。何処へ行くのです?」
 ニコラに抱きつかれたまま、女伯爵のアンヌおばあさんがアタシに尋ねる。
「お師匠様の魔法で幻想世界へ旅立ちます」
「危険な場所なのですか?」
「さほどは。でも、全く危険が無いというわけではありません」
 歴代の『勇者の書』の幾つかに記されていた。魔法的な力に満ちた生き物がいっぱい居た。巨人や獣人やら、ドラゴンなんかも。
「でも、他の世界のがよっぽど危険ですよ」

「そうですか……これから先、勇者様は仲間を求め、危険な場所へ赴き続けるのですよね……この子やジョゼフを連れて……」
 おばあさんがニコラを見つめる。幽霊となったもとフィアンセを見つめる眼差しは、ひどくつらそう。ニコラが迎えた最期を思い出しているのかも。

「幻想世界へは、あなたのご友人は伴いません」
 と、答えたのはお師匠様だ。今日も、ドラゴンのきぐるみにくっつかれている。

「私の魔法で異世界に向かえる人間は、六人だけなのです。私と勇者の他には、僧侶マルタン、魔術師クロード、獣使いサムソン、それからあなたのジョゼフ様を伴おうと思っています」

「ジョゼフを?」
 おばあさんが、孫を見つめる。
 アタシが見た限り、おばあさんは、ずっと高圧的だった。ジョゼ兄さまに対しても、偉そうに命令するだけで、とっつきにくい人だった。
 でも、今は……
 孫の無事を心配する、おばあさんの顔をしている。

「ジャンヌが賢者様にひきとられた時からずっと、共に戦える日を夢見てきました。今、俺は幸せですよ」
 ジョゼ兄さまがおばあさんに対し、優しく微笑む。
「ご心配は無用です、おばあ様。俺は必ず帰って来ますから。ジャンヌと共に、おばあ様のいらっしゃるこの世界へ」

「ジョゼフ……」
 おばあさんは複雑そうな顔をし、それから、いつも通りの女伯爵の顔となり、しゃきっと背筋をのばした。

「わかりました。では、こちらからご提案します」
 ん?
「みなさまはここを離れられましたが……改めまして、魔王討伐を果たすその日まで、私の館を提供いたします」
 お?
「賢者様も勇者様もお仲間のみなさまも、宿泊所としても、鍛練場としても、会議場としてでも、お望みのままにご利用ください。これまで以上に、おくつろぎいただけるよう、手配いたします」
 おおお?
「活動の為の資金も提供します。魔王退治に協力するのは臣民の義務ですので、そちらもご遠慮なく……」
 きらん! とリュカの目が輝く。
 ルネさんも機械仕掛けの両手を組み合わせ、おばあさんを凝視。個人スポンサーか何かと勘違いしてそう。

「感謝します、オランジュ伯爵」
 お師匠様が、アンヌおばあさんに頭をさげる。きぐるみのサムソンを背中にひっつけたままだけど。
「賢者の館は山奥にあります。移動魔法が使える私には不自由ありませんが、他の者には不便な場所です。都に、勇者と仲間達の拠点を置けるのは願ってもない事です」
「当然の義務を果たすだけです、お気になさらず」
 おばあさんはツンとすました顔のまま、ちょっとだけ頬を染めていた。
「勇者様と旅立たれない方は当家にご滞在になって構いません。もちろん、よろしければ、ですが」

 ニコラが友達を見つめる。
《ぼく、ここにいていいの、アンヌ?》
「もちろんよ、ニコラ」
 おばあさんはニコラに対しては、子供の頃の口調になる。
《やったー うれしー いっぱいあそぼーね、アンヌ》

 ニコラに抱きつかれ、おばあさんは嬉しそうに微笑んだ。

 ジョゼ兄さまは静かに微笑んで、おばあさんとニコラを見ている。
 こっちまでつられてニコニコしちゃった。





 いよいよ異世界に旅立つ。
 オランジュ伯爵家のアタシ用の部屋に、みんなで集まった。
 共に行く、ジョゼ兄さま、クロード、マルタン、サムソン。
 残る仲間も、見送りに来てくれた。

「サムソン……あぁ、僕のベベちゃん……気をつけてね。怪我しちゃ嫌だよ。特にお顔はダメ。無事に帰って来てね」
 愛の狩人ジュネに、背後から頬ずりされているサムソン。
 嫌だ! と、全身で拒絶するように、サムソンはお師匠様にすがりついている。
 お師匠様は、ドラゴンのきぐるみどころか、半ズボンの狩人にまでくっつかれてる。背中が重そう。

 物質転送の魔法で、お師匠様が白い反物を取り出し、アタシに手渡した。
「部屋の隅の床に広げろ」

 巻かれていた反物を、床にコロコロと転がした。
 部屋の端っこの床に、サーッと一直線に白い道が出来る。
 真新しい、綺麗な光沢の布だわ。
「魔法絹布?」
 クロードに対し、お師匠様は頷いた。
「ここに異世界への通路を開く」

 つづいてお師匠様が取り出したのは、『勇者の書』だった。
 アタシのじゃない。
 表紙に、『勇者の書 96――シメオン』ってある。
 お師匠様の『勇者の書』だ。

 お師匠様は、自分の『勇者の書』の裏表紙をアタシに見せた。

「勇者が勇者としての生を終えた時、ここに魔法陣の模様が浮かぶ」
 え?
 嘘。
 そんなのあったっけ?

「その書を記した勇者の旅の跡……勇者が行った事のある世界への扉が刻まれるのだ」

 アタシは、お師匠様の『勇者の書』をまじまじと見つめた。
 だけど、模様なんか、どこにもない。
 もしかして、ツメの先ぐらい小さいのかも! って思って、『勇者の書』に顔をはりつけ、探してみた。
 むぅぅぅ……
「どこ? どこです? 魔法陣模様」

「おまえには見えん」
 あっさりと、お師匠様が切り捨てる。
「賢者だけが見えるのだ」
 そーいう事は、早くに言ってください!

 お師匠様が自分の書の裏表紙を、そっと撫でる。
「現れる模様は、その勇者と関わりのあった異世界への道。私の書の裏表紙には、幻想世界へ行く為の魔法陣が記されている」
 へー。
「おまえの書の裏表紙には、十一の魔法陣が現れるだろう」
「託宣通りにアタシが行動すれば、ですね?」
 お師匠様が、静かに頷く。
「おまえはこれから十一の世界に赴き、残り八十九人の仲間を得る。そして、魔王を倒し、私の跡を継いで賢者となるのだ。そうだろ?」

 しのび笑いをしてるのは……誰?
 アタシが『賢者』になっちゃ悪い? 生き残れたら、そーなる予定なのよ!

「これからこの魔法絹布に、幻想世界への魔法陣を写す。そこを通り、異世界へ向かうのだ」

「あんたらが仲間探ししてる間、オレ、お宝探ししてるね」
 と、プププと笑いながら、リュカ。笑ったのは、あんたか!

「リュカ、おまえさんの遺跡探索の旅には……多くの困難……刃……血が見えるぞ……」
 水晶玉を撫でながら、ドロ様。
「おまえを守る剣が必要だ……アランさんについて行ってもらえ」

「いいですよ」
 と、腰布一枚の蛮族戦士は、あっさりと答える。

「え? いいよ、探索はオレ一人で」
「いいや。剣の腕では俺はギルド(いち)、筋力もおまえより遥かにあるぞ」
 アランが、腕を折って逞しい力こぶを誇示し、更には厚みのある胸やら腹筋やらを強調するポーズをとる。ほぼ裸だから、すごい迫力。
「足りぬところを補い合い、共に宝探しをしよう」
「やだよ! ついてくんなよ! あんた、ちょー目立つんだもん! 一緒に居たら、オレの商売、あがったりだよ!」
「商売?」
 やばっ! って顔でリュカが口元をおさえる。
「おまえ、スリを続ける気か? オランジュ伯爵様から資金援助が約束されているのに? 勇者様の評判を貶める気か?」
 威圧的にポキンポキンと指を鳴らすアラン。リュカは、ぶるんぶるんかぶりを振りながら後退する。このままリュカが、アランに押し切られそうね。

「こちらの事はご心配なさらないでください、賢者様、勇者様。魔王戦に備え、さまざまな準備を進めておきますね」
 テオ、張りきってるなあ。
 まあ、学者様が仕切ってくれるんだ、こっちは問題ないわよね。

「勇者様、困ったなーという時にはこれです!」
 ルネさんが、アタシの手にかなりデカい革袋を押しつける。
「ボクの発明品を詰めた、その名も『ルネ でらっくす』! あらゆる危機に対処できる、発明品を詰めておきました! 旅のお伴にどうぞ!」
 うわぁ〜い。うーれしーなー
 一個でも、役立つモノ、入ってるかなー 入ってたら、いいなー

 横から大きな手がのびてきて、『ルネ でらっくす』が消える。
「持とう」
 ジョゼ兄さまが、でっかい袋を軽々と持つ。
「いいわよ、これぐらい」
 アタシは、兄さまから袋を奪い返した。
『おまえに重い物は持たせられん』って、アタシの荷物のほとんどをひょいひょい持ってちゃうんだもん、自分の荷物だってあるのに。兄さまは力持ちだけど、何もかんも頼るのは嫌だわ。アタシ、勇者なんだから。
 兄さまは、不満そうに眉をしかめた。あの似合っていない金髪のカツラを外したんで癖のある黒髪が出てる。お化粧もやめてる。
 貴族としての嗜みはこちらの世界に居る間でだけで良いって、アンヌおばあさんに言われたんだ。服装も、そう。お貴族さまっぽい絹のシャツにズボンのままだけど、華美さが控え目となった。
 自分の考えを押しつけてたおばあさんが、兄さまの希望を聞くようになってくれたのだ。
 兄さまがおばあさんと仲良くなれたのは、義妹として嬉しいわ。

《おねーちゃん、またねー》
 手を振る白い幽霊に、アタシも手を振り返した。

 アランにひきはがされてジュネが、ジョゼ兄さまにひきはがされてサムソンが、お師匠様から離れた。
「ここに立て」
 魔法絹布の一番端、向って右側にアタシはお師匠様と並んで立ち、共に幻想世界へ旅立つ仲間はその後ろに立った。
 お師匠様が、『勇者の書 96――シメオン』を魔法絹布の上に置く。
「魔法にて、赴くべき世界の魔法陣のみを魔法絹布に記す」
「ここに魔法陣を開くんですか?」
 アタシはびっくりした。
「だけど、布、丸め直しちゃったら、どうなるんです? アタシ達、帰って来られるんですか?」
「魔法防御をかけておく。我々が還るまで、何人たりとも魔法絹布には触れられない」
 なら、大丈夫か……
「いずれ、おまえは賢者として、次世の勇者を異界に導くのだ。今のうちにその法も覚えておけ。私の呪文の後に続け」

 お師匠様がアタシと向かい合う。
 アタシはお師匠様を見上げた。昔よりはずいぶん大きくなったけど、アタシはまだお師匠様の肩ぐらいの背だ。

 見慣れた顔が、そこにある。昔っから変わらない無表情。
 白銀の髪に、すみれ色の瞳。綺麗だけど、作りものめいた印象がある。

 お師匠様が体をかがめ、ゆっくりと……
 アタシに顔を近づけてきて……
 おでこをアタシに合わせたんだ……

「呪文に私がこめる念を感じ取れ……ゆくぞ」
 お師匠様が呪文を唱え出す。
 アタシはどうにか、それをおっかけた。
 接触する事で魔力の波動を伝えようとしてるんだろうけど……

 いろいろ無理です!

 みんなが見てる中、お師匠様とキスができそうな距離で向かい合ってるんです!

 冷静でなんかいられません!

 ああああ、近い! 近いわ、お師匠様……

 ほんとに……

 綺麗だなあ……





 魔王が目覚めるのは、九十三日後。

 そんなわけで、お師匠様が魔法で開いた魔法陣を通って、アタシは仲間達と共に幻想世界へと旅立って行った。
+注意+
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