第48話 追憶と力5
もう、何もかもを失った気がした。目を開けていることさえが苦痛だった。
私に関わる人が次々に息絶え、私だけが生き残った。
…私だけが生き残って、どうしろというのだ。こんな何も出来ない、生意気な小娘が生き残ったところで、世界の何が変わるというのだ。
考えてみれば、私のため、村のためと死んでいった人たちは幸せなのかもしれない。自分が守りたいものの為に死ねるのだから。
ならば私は何を守ればいい?
母は家族を守るために力を使って死んだ。守ると決めた少年は私の腕の中で息を引き取った。
私は何も知らない、広すぎる世界の人のために死ねというのか。
守る人も見つけられぬまま、見ず知らずの人を救うために死ねというのか。
私の力がそのためにあるのだから、人々は犠牲になっても仕方ないと言うのだろう。
結局は誰かが犠牲となり、自分たちの生活が守られれば良いのだから。それに表面的には感謝するものの、心の中では犠牲が自分ではなくて良かったと、ほくそ笑んでいるに違いない。
…嫌だ。私はそんな人の為に死にたくはない。もっと、自分の好きなように生きて、母さんみたいに好きな人の為に尽くし、そしてその人の為に死にたい。
…私はどうしたらいい?
私は生きていることが幸せなのか、それとも死ぬ方が幸せなのか…。
母さん…ずるいよ。
生かしておいて、先に楽になるなんて、生かす人の先のことも考えないと、逆に不幸にするだけだよ。
でも、私だって少年を助けたよね…?
もう、片腕を落とされて瀕死に近い少年を、無理矢理連れて逃げたよね?
死ぬことが楽になることなら、あのまますっと殺されていた方が苦しまずに死ねたよね。
連れて逃げた私は、後のことを考えなかった母と同じ。つまらない自我を押し通して、他人を振り回した罪人。その人の望むものをはねのけ、希望通りにしなかった欲深き者。
私はもう、死にたい。
私にかかる全ての期待を捨てて。
人のためにとか、私のためにとか。そんな思想を投げ捨てて、母さんの所へ行きたい。
“生きて”なんて、拷問だよ。
今から生き続けることよりも、死ぬことの方がよっぽど魅力的なのに。
死んだ母さんの意志通りにするならば、私には苦しみながら生きる以外に道はない…
流しに流した涙はそれでも枯れることはなく、頬を伝い、足を、床を、そして少年をも濡らす。
それから先は、私は声を上げて泣いた。ずっとずっと、声が枯れ、涙が流れなくなるまで泣いた。
死んでいった人の為に。
今から生きていく自分の為に…
そこまで話すと、リナは俯いて黙りこくった。
僕自身、リナの話によって作り上げられた空気にあらがえず、未だ声をかけられないままだ。
リナの過去…
それは信じられない程重く、辛いことだった。それを全て吐ききったリナに、なんと声をかけようとも信じてもらえない気がする。
「私の力…
つまり、母さんが村を救った時の力は、自らの命と引き替えに何かしたいことを代わりに遂行してもらう力なの」
「え…?」
こちらから話しかけようと考えていた最中と言うこともあり、リナの言った意味が理解出来なかった。
「例えばね…
一つの街を存在ごと消してしまいたいとする。もとよりそんな街がなかったと人々に刷り込み、街自体も消す。
そんな事は、絶対に人間には出来ないでしょ?」
リナは、呆れることもなく僕に説明を続けた。
今度こそはきちんと理解しようと思いながら、僕は頷く。
「でもね、私の家系にはそれが出来る力があるの。
自分は死んでしまうけれど、考えつくことは何でも叶ってしまう。
…私の母さんは、“村を救ってくれ”って祈ったんだと思う。一つの命で一つしか願いは叶わないから、それしか私たちを救う方法はなかったはずなの」
「…なんで、リナの家系にはそんな力が…?」
「それは、私の祖先が立国者のダグラスとリーシャで、祖龍との接点があったから」
「祖…龍…?
ダグラス…?」
「そっか…。シンは記憶がないんだったね。
今私たちが暮らしてるナキシス国は、ダグラスが幾つかの国をまとめて造った国なの。
彼は元々ハンターだったらしいんだけど、伝説に残る塔とやらに行って祖龍と遭遇したらしくて、それからは国を造るために奔走してたって話が私の家に伝わってる。
彼と祖龍の接点はわからないけれど、それからと言うもの、我が家にはさっき言った特殊な力が備わった。確か、恩を受けた者の子孫が困っている時に救済する…みたいな感じだったと思う」
「そうなんだ…」
リナが王家の血筋だと言うことには、正直驚かされた。
そのことをリナに伝えようかとも思ったが、今はそれについて話すのは相応しくないし、リナもそれを望まないだろうと判断し、心の底にしまい込む。
「…これがね、母さん…いや、私の祖先が儀式に使ってきたハンマーなの。
そんな儀式に使う道具が武具だなんて似合わない気もするけど、ハンターの家系から来てるんだから不思議じゃないのかもね」
そう言いながらも、リナは目の前に置いてあるハンマーの柄を愛おしそうに撫でている。
「…こんなことを聞くのは少し酷いことなのかもしれないけど…」
少し間をおいて話し始めた僕に、リナはかすかな微笑み見せた。僕はそれを肯定と受け取り、続きを話す。
「リナはそのハンマーを…えっと…狩り以外で使おうと思ったことはあるの?」
ハンマーの柄を撫でることを止め、リナは微笑みを浮かべたまま前に向き直った。
「…ない…かな。
あれから、私と父さんは村から離れて、各地を転々としてたの。最初の頃は他の村に入ったりしてたんだけど、一回村の中でまた“奴ら”っぽい集団に囲まれてね。命辛々逃げ出したまでは良いけども、それから後はずっとテントとか、野宿の生活だった。
その時にね、父さんは“絶対に父さんの為にリナの力を使うな”って言ったの。
…多分、この特殊な力を持つ家系を途絶えさせたくなかったのと、自分が親子二代に渡って助けられる程の人間じゃないと思ったんだと思う。逃げてるときに、しょっちゅうそんなことを言ってたしね。
私も母さんの犠牲で生き残った1人だし、父さんの言った意味がわからない訳じゃないから、その約束だけは破るまいと思った」
「そうなんだ…
…なら、今お父さんはどうしてるの?」
「追ってきた奴らに殺されたの。結局、私は父にまで生かされて、生き延びた」
「…ごめん」
気になったとは言え、安易にそんな事を聞いた自分に腹が立つ。
「気にしないで。
こんな話を始めたのは私なんだし、それにシンにはこっちからお願いして聞いてもらってるんだしね」
言いたいことを言い終えたのか、どことなくリナは満足そうだった。
…そんな中、一つ、思ったことがある。
リナがしてくれた話、これは紛れもない真実なのだろう。それを疑う気はないし、素直に信じようと思う。
ただ、僕にはリナの話に出てきた少年が、今のリナに重なって見えるのだ。
今のリナは、不安と悲しみで心が一杯で、何をしていても不安で仕方がないのだと思う。
リナの家で、リナの父親も部屋から出ていって、誰もいない部屋に1人取り残された少年も、およそそんな気持ちだったに違いない。
…そんな少年に、リナが何をしたか。
自らの温もりを、少年に分け与えたのだ。今にも崩れてしまいそうな相手を、“私がここにいる”と伝えて一緒に支えたのだ。
少年は、リナが言うように不幸な人生だったとは考えてないだろう。自分の最期を、おそらく好意を寄せていたであろうリナに看取ってもらえて、逆に幸せだったのではないだろうか。
…それならば、僕がリナにするべき行動は決まっている。
僕にリナを安心させる力があるのかはわからない。それでも、僕は迷わなかった。
体を捻り、僕は正面を向くリナを抱き寄せた。
だが、座ったまま人を抱くことには体勢的に多少の無理があり、リナが腕を開かない限りは僕がリナに不自然に寄りかかる体勢になるだけだった。
リナはこちらを向くことなく、暫くはそのままだったが、ふと口を開く。
「…私ね、シンと会った時に、ずっと死ぬことを考えてたんだ。友達を巻き添えにして、親を犠牲にして、生き残ってる私をみんなが許すはずがないって。
だけど、自分で死ぬ勇気はなかった。でも、あの力を見ず知らずの人の為に使うことは嫌だった。
だから、モンスターに殺されようって思ったの。
私は“奴ら”から逃げてる最中に、父さんからハンターの心得を教えてもらってたから、ハンターとして生きて行こうと考えてた。そんな私が一番自然に死ねる形としては、モンスターに殺されることしかないだろうから」
不自然な体勢といえど、リナを“抱く”という形で触れていることで、リナが細かく震えているのが手に取るようにわかる。
「だからね、シンと会った時に、組もうって誘ったの。
シンもあの村ではハンターの駆け出しみたいだったし、一緒にいればモンスターに会えると思ったから。そして機会があればすぐに死んでやろうと思った。その為にかなり無茶な戦い方もしたし、心配をかけたことも多かったと思う。
………でも何回か狩り行く内に、私には生きたいって思いが浮かんできた。
ジャンボ村で普通に暮らして、生きるために狩りに行って…
そんな平凡な生活がたまらなく幸せに感じたの。ずっとこのまま暮らしていきたいって、…心から思った…」
そこまで言うと、リナは腕を開き、僕にしがみついた。まるで、どこかに消え去っていくものを、絶対に離すまいとするかのように、強く、強く。
「………私、怖いの。
こんなに幸福を感じている私をみんなが許すはずがない…!
最近、夢にまで見るの。みんなが私を取り囲んで、ずーっと私を見てくるの…
私が何回謝っても、何をしても、みんなは許してくれない…!」
「…みんな、許してくれるよ」
僕のその言葉に、リナは顔を上げた。その顔は涙でまみれ、今にも大声を出して泣き出しそうだ。
「リナとその友達が、どんな関係だったのかは僕は知らない。
でも、一つだけ、絶対に言い切れることは、リナを庇って死んだ友達は、リナが生きることを望んでる。
こんな所で“犠牲になったみんなのために死ななければいけない”なんて言ってるリナを見たくない、って言うに違いないよ」
「なんで…そう言いきれるの?」
「それは、みんながリナが生きて欲しいっていう思いで死んでいったからさ。生きていて欲しいから死んだのに、生かした人がさっさと死んじゃったら、逆に怒られかねないよ。
それに、一言付け加えるなら、リナが勝手に死んだら僕も、怒るよ」
「…ホントに?
本当に、シンも私に生きていて欲しいって思うの?」
「当たり前だよ」
「生きていたら災いを呼ぶ私でも…?」
「リナは災いなんて呼びやしないし、関係ない」
それからは、リナは僕を強く抱いたまま咽び泣き、涙をボロボロとこぼしていた。
僕はその間ずっとリナの頭を撫でている。それが吉と出たのか凶と出たのかはわからないが、リナはそのまま延々と泣き続けた。
その内、リナは涙も枯れたかと言わんばかりに泣いたあと、段々と嗚咽が収まりだした。
そして、呼吸が落ち着いてからもう一度僕を抱き直す。
僕もリナの背中に手をやり、ぎゅっと抱きしめた。
泣き疲れたのか、はたまた安心したのか、最期にリナは一言だけ呟いて、眠りに落ちていった。
「シンも、母さんみたいに暖かくて…。
…こうしてると、とっても安心している自分がいるんだ…
…こんな身勝手な私だけれども、助けてくれて本当にありがとう…。ありがとう……」
〜お知らせ〜
第19話から第25話までに登場したシグ、ユーク、メイの3人は、「WYVERN WAR」という作品の主要メンバーです。
「WYVERN WAR」作者のムスタング先生とは懇意な間柄であり、私がムスタング先生のキャラクターをライフリズムに登場させたいと申し出たところ、快く承諾を頂いたため、コラボをさせて頂きました。
ところが、コラボしていることを前書きなどに書こうとしている時に、ムスタング先生が「小説家になろう」を脱退することが決まりまして…。
結局、いつそれを明かすか、そもそも作品が存在しないのにコラボ作品になるのかなど、様々な葛藤の末に、現在に至りました。
そんな中、ムスタング先生が「小説家になろう」に復帰する事が決まり、それならばということでコラボしていることを読者様に伝えようと思い、後書きという形でそれを記したいと思います。
お伝えが遅くなったこと、心よりお詫び申し上げます。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。