第28話 料理と決心3
「待たしてごめんね」
マーカーは謝りながらシンに近付くと、目の前の鎧を持ち上げて床に置いた。
どうやら雑用と共に髪もとかしてきたらしく、およそ普通の髪型に戻っている。
「…狩りに行って、帰ってきたばかりだったんですね…
疲れているときにお邪魔して、申し訳ないです」
目の前にある椅子に座ろうとしているマーカーに向かって、まずは謝る。
「いやぁ、別にそれはいいんだけど」
“狩り”という単語が出たからか、マーカーは机の上に残された双剣を見つめている。
「今回の相手はちょっと大きくてね。怪我こそしなかったけど、返り血が酷くて。おまけに場所が火山だったから血が乾いてこびりついちゃってね」
「…火山で、大きいモンスターっていうと?」
「グラビモスだよ。飛竜のくせに飛べない竜なんだけど、あいつの甲殻はまるで岩盤みたいに硬くてね。それでも柔らかいところを探して切ってたら、滝のように血が流れてきて…。こうなっちゃった」
マーカーはそう言いながら、おどけたようにはにかんで見せる。
…この人、こんな田舎に住んでいながら、実は一流のハンターなのでは…?
「一人で倒したんですか?」
「そうだよ。
この村にはハンターか少ないからね」
グラビモスという飛竜は聞いたことも見たことも無いが、かなり大きそうで、強そうな感じがする。それに、甲殻が岩盤級の堅さなら、どこをどう切ったら勝てるんだか…
ハンターとしての差を感じ、シンは小さく溜息をついた。
「話は変わるけどさ、その手はどうしたの?」
マーカーは吊り下げられた右手を見ながらそう呟いた。
シンは一度右手に視線を落としたあと、ダイミョウザザミ戦での経緯を説明する。
「…それで、思いっきり弾き飛ばされて、気付いたら折れてました」
「そうなんだ…。
それにしても、よく骨だけで済んだね」
「そうですね…。たぶん、かなり運が良かったんだと思います」
そこで2人の会話が一度止む。
多少の間を空けた後、マーカーが本題を切り出した。
「ところで、僕になにか用事があって来たんじゃないの?」
「あ………はい。さっきの話とも少し関連するんですけど…
僕の武器は片手剣ですけど、モンスターが強くなるにつれて、だんだんと歯が立たなくなってきてるんです。
結果的に戦闘はリナに任せっきりになってるし、このままじゃダメかなって思って…
そこで、一番形状が近い双剣に武器を変えたいかなって思うんです」
マーカーは最後まで口を挟まずに聞いてくれた。
最後まで止まらずに言える自信がなかったので、それがとても嬉しかった。
マーカーは少し悩んだ後、口を開く。
「…まず、シン君はさっき自分が戦闘にあまり加われてないって言ったね?」
その質問に、シンは静かに頷く。
「そもそも、その考えが僕は間違いだと思うよ。
あくまで憶測だけど、シン君たちはちゃんと2人で狩りが出来てると思う。
確かに、自分があまり攻撃していないと役に立ってないと感じるかもしれないけど、それでも、相方に安心感とかを結構与えてたりするんだよ。
それと、役割を分担した方が、2人で延々と同じことをするより効果的だし、ただ何もせずに逃げ回るだけでも、相手を錯乱させるには十分だ」
今度はシンが黙って聞く番だった。
正確に言えば、返す言葉が見つからず、黙って聞く事しか出来ないだけなのだが…
「おまけに、武器の種類にはそれぞれ性格があってね。
大剣が良い例なんだけど、その類の武器を使うと、その周辺に被害を及ぼす武器っていうのがあるんだ」
「被害…ですか?」
「例えば…
大剣使いがモンスターに向かって思いっきり攻撃してる時に、シン君はその横に立って攻撃しようと思うかい?」
大剣使いと言われ、ふとシグのことが頭をよぎる。
…一回、シグの攻撃が敵に当たらず、勢い良く自分のすぐ横の地面にのめり込んだことがあった。
たまたま、そこには誰もいなかったが、もし人がいたら、大剣を止めることも出来ずにそのまま切りつけてしまったはずだ。
高い攻撃力とリーチの裏には、それ相応のリスクがある、と言うことか…
「…思いません。
たぶん、相手の反対側に回るなどして戦うと思います」
「その考えが一般的だろうね。
ここで、それぞれの武器を思い出して欲しいんだけど、大剣は今言った通りだし、太刀はリーチが長いから大剣とほとんど変わらない。
双剣は両手一杯に武器を振り回すし、ガンランスは爆発を起こすから近付くのはかなり危険だ。あと、リナちゃんが使うハンマーや狩猟笛も、あの重量を考えれば、もしもの時は恐ろしいね」
「…となると、安全なのは片手剣とランス…ですか?」
「僕の定義ではそうなるはずだよ。
なら、僕が安全でないとする武器の共通点はわかるかな?」
共通点…。5つの武器に共通点があるんだろうか?
「まぁ、これは僕の説だからね。別にこれが絶対正しいとは言えないんだけど…」
答えが出せないと踏んだのか、マーカーは答えを話し始めた。
「僕が思う共通点は、武器が自分で制御出来ないことだと思うんだ」
「…制御出来ない、とは?」
「自分の力だけではその武器を扱いきれない、ということさ。
…攻撃してる時にそれを止めようとしたとする。その時にすぐ攻撃をやめれない、と言う感じのことかな」
「……双剣や太刀はすぐに止められると思いますけど」
大剣とハンマーは、考えずとも止められないのはわかる。実際に一緒に戦ったことがある訳だし…
狩猟笛はハンマーに近いから理解しやすい。
ガンランスも砲撃中のことを考えれば、止めることは難しいだろう。
だが、いくら考えても、双剣と太刀だけは理解出来なかった。
「そっか…
あの二つの武器はちょっと特殊なんだよ。
双剣には鬼人化、太刀には鬼刃切りと言う技があってね。
二つとも、自分の闘志を高めたりして繰り出す技だから、始まったら歯止めがきかなくなる時があるんだよ」
「………えっと…」
そう言えば、メイも双剣使いだけど、“鬼人化”をしてたのかな…?
「まぁ、実際に見てみないとわからないよね…」
マーカーは苦笑いしながら、机の上の双剣に手をかけた。
それを太股の上に置き、一本ずつ鞘から抜く。
まるで、鏡かと思わせるような刃が鞘からゆっくりと現れる。鞘に着いた血と、きらめくような刃が対照的に見え、何となく怪しい。
そんな双剣を両手に構え、マーカーはすっと立ち上がった。
静かに眼を瞑り、息をすーっと吐く。
「…僕の鬼人化は、かなり極端だと言われるから、すべての双剣使いがこうだとは思わないでね…」
マーカーは小さくそう呟いた。
その、小さな呟きがシンの耳に届くか届かないかという時に、異変は起こっていた。
マーカーから流れ出る冷気…、いや、殺気と言うべきだろう。それが一瞬にして部屋を満たし、全ての物を凍り付かせる。
もちろん、シンも例外ではない。椅子に座ったままマーカーを見上げたまま、何も出来ない。
もはや、目の前にいる人は、マーカーではない。…鬼だ。
ただ立っているだけのマーカーに、シンはそこまでの恐怖感を押しつけられる。
ゆっくりと、マーカーは眼を開けた。
その眼は、いつもと変わらない。…いつもの眼。
だが、眼があった刹那、シンの脳は“殺される”としか考えることが出来なかった。
なんとか目の前の鬼から逃げ出そうと、足を動かそうとするが、足は主人の命令を無視し、動こうとしない。
動こうとしないのは足だけではない。手も口も、どこもかしこも時間が止まっているようだった。
額からは、冷や汗と脂汗が混じったような嫌な汗がとめどなく流れ、さっきから指先には血が巡っていない。
…そんな状態で、2人は暫く膠着していた。
どれくらい経っただろうか。
マーカーはふっと目を瞑った。それと共に辺りを覆っていた冷気は消え失せ、指先に血液が戻ってくる。
すると、さっき送ったはずの足への信号がたった今届いたらしく、いきなり足が暴れ出す。
その暴走を自分で抑えることが出来ず、シンは椅子ごと無様にひっくり返ってしまった。
「大丈夫かい?」
双剣を鞘に納めたマーカーは、シンの横まで歩き、手を差し出した。
シンは震えながら手を掴むと、ゆっくりと立ち上がる。
マーカーはそのついでに倒れた椅子を直すと、シンに座るように勧めた。
「…どうだった?」
自身も椅子に座りながら、マーカーは感想を聞いてきた。
その顔には相手を殺そうとする意志など、微塵も感じられない。それどころか、うっすらと笑みすら浮かべているようだった。
「…怖かったです」
「だろうね。
僕の鬼人化を見た人の大半が、口を揃えてそう言うよ。中には面白いとか言う人もいたけどね。
まぁ、怖いとか言われる僕自身ととしては、ちょっと微妙な気分なんだけど…」
マーカーは苦笑いしながら頭をボリボリと掻く。
「どうやら、僕の鬼人化は人に恐怖心を植え付けるらしいんだ。僕自身はそんな気は一切無いんだけど…」
「………鬼人化が出来ないと、双剣使いとしてやっていけないですか…?」
その質問に、マーカーは一瞬険しい表情を浮かべる。
「絶対にやっていけない訳じゃない。でも、双剣の強みが無くなるのは事実だ。
……少し酷な話だけど、僕はシン君は鬼人化が出来ない気がする」
「………」
「決してシン君の能力が劣っている訳じゃないんだよ。ただ…、今までの僕の経験上、シン君には合わない気がしてね…」
何となく、予想が出来た答えだった。
人間、やってみないとわからないとは言うものの、自分に“鬼人化”が出来るとは到底思わない。
出来ないなら、武器を変える必要はない。そうなるのも頷ける。
マーカーの、“やめろ!”と、はっきりと言わない遠回しな言い方が、少し胸に突き刺さった。
「…でもね、新しい武器に挑戦してみるのは良いことだと思うよ。いろんな経験が増えるし、それで新たな発見があるだろうし。
あと、右手が治るまで、体を鈍らせない為にも体を動かした方が良いしね」
マーカーはそう言うと、立ち上がってアイテムボックスへと歩いていき、中を色々とあさり始めた。
どうやら中には様々な道具がしまってあるらしい。捜し物は一番底にあるらしく、手を深々と差し込んで探している。
「…何を探してるんですか?」
ぽつんと机に取り残されたシンが、顔をアイテムボックスに突っ込んでいるマーカーに訪ねた。
「いやぁ、どこかこの辺りにしまったはず…年を取るとこれだからなぁ…
……おっ!あった!」
何かを掴んで立ち上がったマーカーの髪の毛には、細かな誇りがあちらこちらについて、かなり見窄らしい姿になっていた。
「シン君にこれをあげよう」
「これは…片手剣ですか?」
目の前の机に置かれた剣は、少し古ぼけてはいるものの美しい木目のついた木の鞘に入れられていた。
「これは、双剣の片割れだよ。
これはもう、僕が持ってても仕方ないから。それに、シン君が持ってたら必ず役に立つ時が来る。
例え、シン君が双剣使いにならなくても、この剣は持っていて欲しい」
マーカーの目は…真剣だった。
鎧も貰っておきながら、剣まで貰うのはなんだか悪い気がするが…。ここまで頼まれて断るのも悪い気がする。
「どうしてこの剣が僕の役に立つと断言できるんですか?」
どちらにしようかすぐには決められず、とりあえず気になった事を質問してみる。
「具体的には言えないけど…
役に立つことは断言できる。…これで何とか納得してもらえないかな?」
“意味は言えないが、とりあえず取っておけ”
その理由になんとなく納得出来なかったが、剣は貰うことに決め、その意志をマーカーに伝える。
「ありがとう。
何かまた聞きたいことがあったらいつでも来て良いよ。僕は暫く狩りを休む事にしたから多分家にいると思うし」
「休むって…何かあったんですか?」
「う〜ん…まぁ、ちょっとね…。
それに、ここ最近は船の材料集めとかに奔走したから、少しくらい休んでも良いかなぁって思ってね」
その後、シンとマーカーは世間話を少し交わし、頃合いをみてシンはマーカーの家を後にした。
もちろん、腰には先ほどの双剣の片割れを下げて。
家についてから、貰ったばかりの剣を鞘から抜いてみる。
アイテムボックスの底にあったにしては、よく整備された剣だった。色は白っぽく、少し円を描いた独特の形をしている。
側面には、細い線で何かが描かれているようだが、そのものが何を表しているのかはわからなかった。
「………この剣が役に立つ…かぁ」
剣を鞘に戻し、壁にある棚に剣を置きながら、シンは静かに呟いた。
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