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私のクラスに異世界の王子達がいるんだけど  作者: 奏多
第一部 ガーランド転生騒動
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「それは多分、ガーランド王国の人ではないかしら」


 お昼休みの廊下で、窓際の壁に背をもたれて立ち話をしている時に、昨日のことを話してみた。

 するとさすがは異世界の王女様。ヴィラマインは「服従」という言葉と、キースという男子生徒の話をすると、すぐに答えを導き出した。


「確かガーランド王国から、女王候補の王女様が留学してらしてると聞きましたわ。その王女様と一緒に留学された方ではないかしら」

「え、女性に服従を要求するのに、女性が王位につくのはいいの?」


 私の疑問に答えてくれたのは、ヴィラマイン以外の声だった。


「血統の問題で名目上の女王位は与えるけれど、実際の権力行使はすべて夫に渡ってしまうんだ。そのために女王の夫は、必ず結婚と同時に摂政の地位につくことになっているんだよ」


 蛍光灯の明かりの下でも美しい淡い金の髪に、深い色合いの紫の瞳の男子生徒、アンドリューだ。

 深くやわらかな声で紡がれる回答を聞きながら、彼もまた王子であるために、他国のことに詳しいのだろうと私は思った。

 とにかく、非常に面倒な慣習のせいで、複雑なことをしている国だというのは理解できたのだが。


「あー、そこまで男尊女卑だったのか……」


 たかがレディーファーストを拒否したというか、用事がないからいらなかっただけなのだが、せっかくの配慮を無駄にされた、という理由で彼はむかついたのだろう。


「一応女性は『弱い存在』として無体なことはしないように教育されるし、貴族の子女は尊重はされるんだよ。だから表面上は虐待とかはないようだけど、反抗すると色々と……厳しいみたいだね。まぁ、うちの国も『こちらの世界』に比べたら、平等とは言い難いけど」


 同じ世界で生きている人だからか、アンドリューは少しガーランド王国のことを庇う。


「それは私の国も同じですわ。生きていく上でどうしても『あちらの世界』では、体力差で役割分担を決めることも多いのですから。それが生死を分ける場合が多いのは事実ですし」


 ヴィラマインも女性なりに思うことがあるようだ。

 異世界は前時代的なりに、インフラなども整えたりしている国家が多いらしい。けれど、あちらの国には怪獣としかいいようのない生き物がいて、時にそれらをすべて破壊しつくし、死傷者が出てしまうのだ。

 戦う者、逃げるための努力をすべき者、と役割を決める時に、どうしても性差というものが基準になりやすい。男性のほうが腕力が強く体力のある者が多いのだから。

 そしてわかりやすい成果を上げる者、命のやりとりをする場へ飛び込まなければならない者が優先されていくのも、ある意味自然な流れなのだろう。


「でも、どこかのクラスに女騎士さんがいるって聞いたんだけど」

「一年の方ですわね。一度垣間見たのですけれど、その称号に劣らぬ美丈夫でしたわ」

「び……じょうぶ?」

「ええ。高い背に、竜の背を駆け上がれるのだろう立派なおみ足。大剣を難なくあやつる力強そうな腕。それなのに優しそうな目をされた騎士様でした」


 あこがれるように夢見がちな表情になったヴィラマインに、私はやや引いた。

 まさか、ヴィラマインはマッチョがお好み?

 お姫様が好きなのはアンドリューのような細身で綺麗な男性だと思っていた私は、意外に思いながらちらりとアンドリューを見る。

 絵本の王子様的なアンドリューは、体が大きくて威圧感があるという雰囲気ではない。


 よ、よし。この事はエドには内緒にしておこう。でなければアンドリューが走り込みや筋トレをさせられて、私の貴重な目の保養先がひとつ失われてしまう。

 心の中でそう思っていると、アンドリューと目が合った。

 困ったように微笑むその表情に、おそらく自分と同じことを考えて、いるだろうことが分かる。


 大丈夫。私は友を谷底に突き落としたりはしない。

 そうアイコンタクトを送りながら、私は何度もうんうんとうなずいて見せた。


「女性でも能力さえあれば重用されるのです。皆、命を守るために時には身分差や性差を気にしてはいけないのだということを理解しているので」


 ガーランド王国は、そうした危機に陥ることが少ない土地なのかもしれませんね、とヴィラマインが付け加える。

 他の国よりも巨大生物が少ない立地の国なのだろう。だから男女関係なく戦える人も、戦えない人もいるんだよとか、みんなでがんばるのだから差別を徹底してはいけない、という認識が根付かなかった、と。


「でも留学先で母国の習慣を押しつけるなんて……。こちらの人々のことを、爵位も持たない平民、と考えていらっしゃるのかしら」


 つぶやくヴィラマインの憂い顔に、私はあの男子生徒が怒り出した理由が深く納得できた。

 もし相手がヴィラマインだったら、身分差のこともあるので大人しく引いたのだろう。けれど現地民である私は、下々の者扱いしていたので、反抗されてよけいに腹立たしかったのに違いない。


「何にせよ、女が申し出を断ったら侮辱、って思った謎が解けたわー。いやそういう人ってこっちの世界にもいるけどね。誰であっても自分の言う事を聞いてくれない奴は馬鹿だーって叫ぶ変なのが」


 なるほどとうなずく私の横で、アンドリューの方は逆に疑問が発生したらしい。


「申し出って何?」


 話を途中から聞いていたらしいアンドリューが、訳がわからなかったようで眉をひそめる。


「何か重たい話でも持ちかけられたの? 沙桐」

「ああ『申し出』なんてカタイ言葉使ったから誤解させちゃってごめん。どうもその人、レディファーストしたかったみたいで」

「ガーランドの人間なら……そうか」


 アンドリューもこの話に納得したらしい。てかガーランドの男尊女卑って、そんな有名なんだ。

 きっとその国だと、ヴィラマインの大好きな凛々しい女騎士など存在しえなくて、彼女の人生の潤いが半減するのだろうな。

 そう思う私の耳に、午後の授業の予鈴が届く。

 ざわつきながら、各教室へ流れていく人の波。

 その中に遅れて入りながら、私はふと右手を向いていた。


 二つ向こうの教室の入口。そこに見覚えのある、少し長めの栗色の髪をした男子生徒がいたのだ。

 遠目だしあのイヤリングが見えたわけでもないのではっきりとは言えないが、間違いないと思う。なにせあそこまで髪色が淡い人間は、大抵が異世界の留学生だ。


 何よりも決め手はあれだ。

 彼は複数の女生徒に囲まれたあげく、教室へ入る時には彼女達を優先していた。

 一人一人手を取って導き、ささやかながらに上がる黄色い声の中、最後に自分も扉の向こうへ姿を消した。

 その後ろから、げっそりとした表情の男子生徒が数人、教室へ入っていく。

 きっと、そんな風にレディーファーストをしてくれるキースの周りに集う女子の姿に、脱力感でいっぱいになるのだろう。


 一方の私は、ほっとしていた。

 あれだけ沢山の女の子に囲まれていれば、昨日会った私のことなど忘れるのも早いだろう。うっかり恨まれたりしたら面倒なので、大変助かった。

 惜しむらくは、私は彼よりも救い主である聖母様な女生徒を見つけたかったことだ。

 そちらもこの日は、なかなか果たされそうになかった。



 代わりに、帰りがけに私は妙なものを見つけることになる。


「師匠~っ! まさか私がどこに潜んだ敵でも見つけられるよう、鍛えているおつもりですか!」


 低木の隙間から、真剣な表情で三白眼をつり上げた男子生徒が全力疾走していくのが見える。

 いや私、別に騎士を鍛える気なんてさらさらないし。

 心の中でだけ返事をしつつ、その姿を見送る。


 今日のエドはやけにしつこくて、私を捜し回って校舎周りを四周ほどしているはずだが、その体力が尽きる様子がない。

 ……体力馬鹿すぎて怖い。

 更には、かくれんぼの回数を経る度に、エドが私を発見するまでの時間が短くなっているのは事実だ。

 おかげで今日も、地面に這いつくばる寸前の、怪しい態勢をとらざるをえなくなっていた。

 正直、こんなところを誰かに見られたら恥ずかしさのあまり憤死するかもしれない。


「なんか対策考えなくちゃ……」


 難解な任務でも与えて、今年度末まで苦悩してもらうべきか。


「お姫様達の好みを探れとか、好きなケーキなんて面と向かって聞けないだろうから、調べるまでは弟子と認めないとかどうだろ」


 つぶやいてはみたが、私はその案をボツにする。

 エドのことだ。間違いなく喫茶店などの近くをうろつき、お姫様たちをつけまわして警察の世話になりかねない。

 あげくに、馬鹿正直なエドのことだから、師匠から与えられた任務をこなすためだと堂々と主張して、犯罪を教唆したとして私にまで累が及びそうで怖ろしい。


「なんであの人、もうちょっとそつなくできないんだろ」


 昔、想像していた騎士とはあまりに違いすぎる。

 テレビで初めて騎士を見た時には、いろいろ妄想を広げたものだった。

 品行方正そうだなとか。女の子の危機にはさっと駆けつけ、ひざまずいて手をとって安否を気遣ってくれたりとかするんだろうなとか。

 現実の最も近しい騎士は、完全に猪だった。


「顔は悪くないのにね……なんであんな、脳みそがつるんとした立方体ぽい人になったんだろ」


 残念なことこの上ない。

 そして十代も後半になってあれということは、周囲も親も、彼を矯正するのは不可能だと諦めたのではないだろうか。度々教え諭しているアンドリューの苦労が偲ばれる。だからといって私に押し付けるのはどうかと思うが。


「私もあきらめたいんだけどなぁ……」


 ため息をついて下を向いた私は、低木の根元に転がる、ポケットにはいりそうな小さい手帳を見つけた。

 ビニールのカバーは磨りガラスのような白で、手帳の表紙の濃いピンクを淡く透けさせている。明らかに女の子のものだろう。

 誰かの落とし物だろうかと思った私は、表紙裏か最終ページに、名前が書いていないかどうかを確かめた。


 そして目を見張る。


笹原(ささはら)柚希(ゆずき)……フェリシア・クレイトン?」


 普通の名前の上に、ルビをふるように書かれていたのは、異国人らしい名前で。


「……中二病、ひきずってんのかな」


 初見ではそうとしか思えなかったのだった。

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