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クラスに異世界の王子達がいるんだけど 作者:奏多

第一部 ガーランド転生騒動

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 とにかく今はエドのことだ。

 私は目を皿のようにして凝視してくるご近所のお婆さんやお散歩パトロール中のおじいさんに、ゴミ捨て途中の奥さんから大注目を浴びながら、私は黒塗りの車に飛び込んだ。

 続いて乗車しようとしたエドを問い詰めようとして、彼のふっと外の光を塞ぐような体の大きさに言葉が止まる。
 思わず反対側のドアに寄り添うように逃げかけた私は、とっさに、という感じで掴まれた右手に、飛び上がるほど驚いた。

「ええええ、エド!?」
「師匠、降りないで下さい」

 どうやら私が逃げると思ったようだ。

「え、あの、降りる気はないんだけど」
「それは重畳。……運転手、車を出していただきたい」
「はいわかりました」

 あの穏やかそうな運転手さんがエドに返事をして、車が始動してしまう。
 そうなればもう降りることもできないのに、エドは私の手首を掴んだまま離さない。

「あの、逃げない……よ? てか逃げる理由が思いつかないけども」

 手を見下ろしながら言えば、エドが少し考えるような顔をした。

「師匠は、私に手を握られるという状態を、不快と感じられるのでしょうか」
「不快!? いやそんなすごい嫌ってわけではないけど」
「それを聞いて安心しました。殿下もしていらしたので、私もと思ったのです。ご不快でなければそのままで」
「…………?」

 なんだろう。アンドリューがやってたから、自分もやってみたくなったの? まさか子供が親を真似るようなそんな行動なんだろうか。
 いやしかし、なにせ礼儀作法としての女性への対応はたたき込まれても、同じ年頃の女の子には慣れていないエドのことだ。小さい頃から隔離されていたのだから、ご近所の子と手をつないで~なんてシチュエーションもなかったのだろう。

 幼い子供と同じだと思えば、緊張がほぐれていく。
 でも、落ち着かないのには変わりない。
 エドの手はアンドリューよりも大きくて皮膚が固い。手首を掴んでいるのに、手の甲まで覆われているような有様だ。

 けれど柔く、手に巻き付いた布の枷のように手首に触れているだけで、力を入れているわけではない。いつでも抜け出せそうな拘束は、こちらの自由を尊重してくれているような、自由だと思わされているけれど、管理されているような、不思議な感覚を与える。
 なにより、手首をつかまれたまま黙っているのも、なんだか不安だ。

「それで……これはどいうこと? なんでお迎えに来ちゃったの?」
「師匠の身を案ずるが故の、殿下の命令です」

 言われて、私はようやくアンドリューが居ない事に思い至った。
 エドがうちの貧家にお宅訪問してくるという重大事件に、思考回路がショートしていたらしい。

「そういえばアンドリューは?」

 尋ねると、なぜかエドは困ったような表情になる。

「殿下は学校から徒歩圏内であるからと……歩いて登校されるとのことで」
「え、王子が徒歩とか大丈夫なの?」
「一応供は連れて行くと仰せでしたが。この平和な土地であれば徒歩10分ほどならば問題ないと殿下も仰っていました」

 なんと、君たちは徒歩10分圏内の至近にお住まいでしたか。

「何より殿下も一通りの武器が扱える方。ご身分の件がなくとも、無礼者ごときに遅れを取ることはございません」

 無礼者、のところで私は無意識にキースのことを思い出し、腕に一瞬力が入ってしまった。

「まだ、恐れていらっしゃいますか」
「…………」

 変化に気づいたエドに聞かれたが、素直にそうと認めるのはなんだか難しかった。
 ずっとエドに対して、一段上の存在として扱われていたせいだろうか。弱みを見せるのに抵抗を感じる。
 いや、エドではなくともそうかもしれない、と昨日のアンドリューの言葉を思い出す。

 笹原さんであっても私は弱みを見せられなかった。普通の女の子なら『怖かった』と、一番恐怖を感じない同性に縋って泣き出してもおかしくない状況だったのに。
 だから私は足の震えを隠して、笹原さんに支えられながらではあったが、あの公園まで自分で歩いてしまったのだ。

 そんな風に弱みを見せるのが嫌な私には、一言怖かったと言うのがとても難しい。
 だから黙ってしまった私に、エドは困るかなと思ったのだ。
 そう思ってたのに――

「大丈夫です。今度は必ず守ります」

 すらりと応じた言葉に、私は目を見開いた。エドを見れば、じっとこちらを見ている。

「えと、別にエドは気にしなくて良いのよ。昨日も言ったじゃない……」
「元はといえば師が女性であることを忘れておりまして。てっきり不埒者ぐらい倒せるものと誤解していたのです」
「は!?」

 あまりに予想外な言葉に、私は悲壮感もなにもかも吹っ飛んだ。
 おいおいおい、君はスカートはいてる私を男だと思ってたのか。というか、私は君の剣の師でもないから、異世界人を倒すなんて不可能だろう。

 どうしてそうなったと思いながらも、エドの勘違いに笑いかけた私だったが、次の瞬間ひっと悲鳴をも飲み込む。
 こちらに身を乗り出してきたエドに驚いたのだ。

 彼の顔が迫る。
 真剣なまなざしに、キースのような企みの色は見えない。
 だから違う、キースじゃないから避けなくても大丈夫と念じて踏みとどまる私に、エドは告げた。

「今は違います。きちんと師匠が女性であることは理解しました。どうして、こんなに小さな手の方を、壁のように強固な人物だと思えていたのか……」

 ふっと息を吐いて、エドは座り直す。
 そうして掴んでいた私の手を持ち上げて……おいおい、なんでさらりと撫でるかな!? えと、大きさ再確認してるだけ……だよね?

 くすぐったいけどそれを訴えるのもなんだか恥ずかしい。硬直するしかない私に対し、エドはごく自然に手を包み込むように持ち直す。
 優しく卵を温めるように包まれた手が、なんだか恥かしい。
 でも引き抜くことができない。
 ただ、先ほどのように手を握られていても怖いということはなかった。

 むしろなんだか落ち着いて……ルーヴェステインには怯える人にはまず手を繋ぐとか、そういうマニュアルでもあるのかなと、余計なことを考えていなければ、ぬるま湯につかるような感覚にぐずぐずになりそうで怖いほどだ。

「師匠にはいつも元気でいてもらわねばなりません。まだまだ教えを受けなければならないことが沢山あるのです。そのためにも、必ずや御身は守り通します」

 再度の誓うような言葉。
 今までも、決して言った言葉を裏切ったことのないエド。彼が言うのだから、間違いなくそうするだろうと信じられる。

「でも、女扱いしなくても……」
「そうしないと、護衛対象の腕力や武力を失念しそうなので」

 こんどこそ、私は吹き出してしまった。本当に四角四面な人だなぁ。

「護衛すべき相手とかに、か弱い男とかいなかったの?」
「なぜかそういう人物の場合、私は警護役から外されます」

 おいエド。君に護衛される相手は、戦力まで要求されるのか。どんな護衛をしてたんだ、怖ろしい。
 でも想像できてしまった私は、笑いが止まらなくなる。するとエドが言った。

「ようやく笑顔になられましたね」

 珍しいほどに柔らかな口調に、顔を上げた私は一瞬呆けたように彼を見つめてしまった。

 エドが、とても柔らかく微笑んでいた。
 笑うと三白眼もやや目尻が下がって、それほど険を感じない。
 いつもの宇宙人が長方形に切り出した絶壁みたいな雰囲気は消失し、今日初めて彼を見た瞬間の、朝日をまぶしいと思った感覚がよみがえった。

 つい何秒か、そのまま見つめ合ってしまう。
 そのことに気づいて視線をそらしかけた所で、不意にエドが顔に手を伸ばしてきた。

「もう、腫れてはいませんね」

 エドの手は怖くなくなっていたから、それを振り払おうとは思わなかった。けれど驚きで思考回路が一部凍結されていたのに違いない。
 彼がそっと指先で顔に触れることを許してしまう。
 こめかみから頬にながれる、羽先すらゆらがせまいとするように微かなエドの指の感覚に、私は背筋に、恐怖以外のなにか名状しがたい感覚が走るのを感じた。

「いちにち……たったから……」

 もう迫ってこられているわけでも、怖がっているわけでもないのに、答えがしどろもどろになる。けれどエドはそんなことなど気にしていないようだ。

「それでも気にしておりました。でも腫れも引きましたし、笑って下さったので安心しました。師匠が元気のない様子でおられるのは……調子が狂うので」

 その言葉に、のど元で言いたい言葉が爆発しそうになる。
 こっちの方が調子狂うってば!
 だってあのエドが、絶対私のこと女だなんて思ってなかったエドが(間違いなく私のことを、仙人とか宇宙人枠で考えてたはず)女扱いしているのだから!

 霰でも降るんじゃないのか?
 思わず窓を見るが、スモークガラスの向こうは燦々と日が照っているようにしか見えない。
 しかも顔が横を向いたせいで、エドに顎を撫でられるようにして向き直らさせられた。

「師匠、動かないでください。確認がまだです。……しかしまだ精彩を欠く顔色のようですね」

 じっと私の顔を見つめるエド。
 視線がこまかに眉やら目やら、関係ないだろう鼻や口にまで移動するのを感じて、いたたまれない。やめてくれ、お姫様たちみたいに綺麗じゃないのに、そんなに見つめられたらその価値がないだろう自分が辛い。
 イタチかなんかの動物みたいに可愛いよというのが、私に向けられてきた中で最上級の誉め言葉なのだ。
 見れば見るほど、ボロを見つけられそうでいたたまれないので、やんわりとやめさせようとした。

「どうしてそんな、じっと見る必要が?」
「故郷の先輩に教わりました。もし誠心誠意助けたい女性がいた場合には、元気を出させるためにこうすると、良く効くと」
「は!?」

 おいエドの先輩とやら。この歩く立方体に何教えてるんだ!
 もしかしてそれ、女を口説く手管じゃないのか!?
 発端について理解すると、余計に私は恥ずかしくなる。無自覚で女をたらしこむ行動を実行する弟子が怖ろしい。でも真実は、私の口から教えられない。恥ずかしすぎる……。
 けれどエドはしごくまじめに私の顔を見聞した後、ようやく顎から手を離して言った。

「きっと栄養が足りていないのでしょう。こんなこともあろうかと、用意してまいりました。さ、どうぞ」

 恭しく差し出されたのは、どこかの高級菓子店のものだろう、綺麗にラッピングされたクッキーだった。

「腹が空いては戦ができぬと、いつだったか師匠に教えて下さったのを思い出しまして。出陣の前には必要になられるだろうと、準備いたしました」
「う……うん」

 促されるままに、私はそれを受け取った。
 元気を出すためにお菓子とか。女は女でも子供扱いのようだ。

 ……まぁ、こんなオチだよね。エドなんかに顔ほてらせたのが間違ってたんだよと思いながら、菓子袋を開けた私はクッキーを口の中に放り込みながら思った。

 とはいえさっきの見つめる行動はイカン。
 差し当たっては、誰かに、こんなことをしてみたんだけど師匠には効かなかったんだが、何が悪かったのだろうか、と尋ねられないようにするべきだ。
 なので私は元気になったふりをするべく、エドに笑みをみせながらクッキーを食べることになったのだった。
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