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1-3:大空を越えて
 一匹のドラゴンが上空を飛んでいく。
 高度はグランディアの山頂よりも少し高いくらい。3500メートルといった
ところだろうか。
「寒い。もっと低い所を飛べないのか」
 そのドラゴンの背には、一人の少年が乗っていた。
「いつも目立つなって言っていたのはどの口だったかしら」
 ドラゴンからは女性の声が聞こえた。
「人の目に付かないようにこんな所を飛んでいるの。境界の近くを飛ぶなんて、
本当は私だって嫌なんだから」
 ドラゴンの体は純白で、体長は4から5メートルと言ったところだろうか。
 左右で違う銀色と金色の瞳が印象的だった。
「境界はリズでも駄目なのか」
 境界と言うのはガーデンと外界を隔てている魔力の層で、大陸を覆うように、
半球状に広がっている。
 目に視えるというわけでもなく、触れる事も出来ない。だが、その強い魔力に
他の魔術は干渉を受けてしまい、上手く発動できなくなってしまうのだ。
「一体私を何だと思っているのかしら。あんな場所でも平然と魔術を使えるのは
化け物くらいよ」
 今のリズの姿も化け物と言って問題無いかもしれないのだが、所詮これは魔術
で創られた偽物の体だ。
 肉体を再現する魔術は良く知られていて、怪我の応急処置にも使われる。魔力
を込め続ける必要があり、本来の自分の体から形が離れるほどに難しくなる為、
完全に違う生物を形作るなんてこと、普通は出来ないのだが。
「年の功で何とか、とか……」
 少年がそう言った瞬間、リズは大きく体を捻って何度か回転した。
「ケイオス。ここから下に落ちたいのかしら」
 リズの声は冷え切っていた。周囲の空気が更に冷たくなったと感じるほどだ。
「もう落ちかけたよ。俺が悪かったから止めてくれ」
 その言葉に、再び真っ直ぐと飛び始めるリズ。
 落下の恐怖が無くなり、ケイオスはうっかり気を抜いてしまう。
「うわあぁー。寒っ。凍え死ぬっ」
 次の瞬間には強風がケイオスを襲っていた。慌てて魔術で空気の膜を作る。
「はぁー」
 空気の膜によって風が遮られて静かになると、ケイオスは深く息を吐く。
 リズの飛んでいる速度は時速80km前後。風も強く魔術によって風を遮らな
いと寒さで凍えてしまう。
 基本的に、魔術の効果を持続させるには魔力を込め続ける必要があり、さっき
は気を抜いた瞬間に魔力の流れが乱れて、空気の膜が維持できなくなった。
「一人で何を騒いでいるのかしら」
 不機嫌そうなリズの声。
 自分の背中の上で騒がれたら誰だって嫌だろう。そんな機会があるかどうかは
別問題だが。
「いや。悪かった。気をつけるよ」
 素直に謝るケイオス。
 さっきのように落とされそうになっては堪らないからだろう。
 たった二人で何も無い空の上。
 それでも結構騒がしく時間は過ぎていった。


 目的地であるフォルトス。そこから少し離れた森へ、ドラゴンは降り立った。
「思ったより早く着いたわね」
 リズは地上に降りるとすぐに人の姿へと戻り、空を見上げながら言った。
「そうだな」
 日暮れ近くになると思っていたのだが、まだ空は明るい。
「これからどうするのかしら」
 今すぐフォルトスへ入れば、今日中に目的の人物と接触出来るかもしれない。
「いや。暗くなるまで待とう。町に入るのはそれからだ」
 ケイオスは待つ事を選んだ。
 事を起こすまでは可能な限り目立たないようにしたいからだ。
「意外と冷静なのね。それとも躊躇っているだけかしら」
「……」
 ケイオスは表情を硬くし、何も答えない。
「どうやら図星みたいね」
「リズに隠し事は出来ないか」
 そうやって溜息をついたケイオスに対し、リズは首を横に振った。
「私じゃなくたって気付くわ。言葉遣いもずっと乱れたままだったわよ」
「いつからだ……じゃなくて、いつからでしたか」
 ケイオスは初めて気付いたのか、慌てて言い直した。
「昨日。私が目標の人物を見つけたって伝えた直後からずっとよ」
 それを聞いてケイオスはがっくりとうなだれた。
「まだ覚悟が決まらないのかしら」
「自分ではそんなつもりは無かったんですけどね」
 今までは力を磨く為の訓練をしていただけだ。それが本格的に行動を開始する
となれば、戦いは避けられず、人を殺す事にもなる。
「怖いのかしら」
 そう言うリズに、ケイオスを馬鹿にしている様子は無かった。純粋に気遣い、
優しい眼差しを向けていた。
「怖くは無いですよ。恐怖心は無いんですけど、やっぱり期待や不安はあります
ね。どこか冷静になりきれていなかったみたいです」
 ケイオスは真っ直ぐとリズを見て言い切った。
「でも今更やめるつもりは無いですよ。死ぬまで戦う覚悟ですから」
 ようやく表情が柔らかくなってきたケイオス。
 持って来た荷物の中から食料を取り出していく。
「暗くなるまでは時間があります。それまではゆっくりしていましょう。リズも
グランディアからここまで来るのに消耗しているでしょうから」
「私ならまだ余裕があるわよ。本気を出せば倍くらいの速さで飛べるんだから。
ケイオスを乗せていたから加減したの」
 リズの魔力の強大さを改めて感じ、ケイオスは苦笑いを浮かべる。
 穏やかな空気の中、二人は暗くなるまで待ち続けるのだった。


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