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2-7:模擬戦の準備
 夜の学院は静かで、人の気配がしない。
 生徒、教師のどちらも寮の自分の部屋に帰ってしまうからだ。
 しかし、例外も当然存在している。
「仕事熱心なんですね」
 学院長室。グランはそこで資料をまとめていた。
 生徒の住む寮が一先ずとはいえ決まり、管理の為に名簿にする必要があるから
である。
「これくらいの仕事なら他の人に任せても良いんじゃないですか」
 普段ならリズが座っている場所。ケイオスはそこに座り、グランの作業の様子
を眺めていた。
「一応機密資料だからな。出来る限り見る人間は少ないほうが良い。君だって、
自分の身元はあまり知られて嬉しいものではないだろう」
 作業に集中しながら、淡々と答える。
 嫌々やっている、という感じではない。
「それでも、こんな夜中にやる必要はないでしょうに」
 山積みの資料に若干あきれたように言うケイオス。
 ちなみに、ケイオスのいる方の机の上には湯気を立てているカップが一つ置い
てあるだけ。作業を手伝おうという気は微塵も無かった。
「一気に片付けるには夜の方が都合が良いんだ。昼間だとそれなりに人の出入り
もあるからな。さっきも言ったが、これは機密資料なんだ」
 グランは自分の目の前に詰まれた紙を指差しながら言った。
「ここには私もいるんですけどね。見ても良いんですか」
 ケイオスが冗談でそう言うと、グランは一度手を止めると、目の前の山から紙
の束を掴み、ケイオスへと突きつける。
「むしろ見てくれ。主犯は君だろう。目を通しておいた方が良いと思うんだが」
 だが、全く気にも留めずにカップに口をつける。
「自分の仕事はちゃんとやりますよ。でもこれは私の仕事ではないので」
 グランは持っていた紙の束を置くと、椅子にもたれ、深く息を吐く。
「だったらそちらの仕事の話だ。黒の寮の生徒はどんな感じだったんだ」
 紙の資料ならグランも見たが、それだけでは分からないことも多い。
「一部の生徒に嫌われてしまっているみたいですね。新規の入学者は大体好意的
なんですが、もともと学院に居た生徒の中には、新しい教師陣をあまり歓迎して
いない者も居るらしく……」
 呆れたように、苦笑いで答えるケイオス。
 反発の理由は単純。新しい教師達には権威というモノが無いからだ。
 地位や名誉などよりも、自らの腕のみで現場を生きてきたせいで、実力を知る
者から見れば信用できるが、そうでない者からすればただの無名の魔術師。
「何も出来ない子供の癖に、プライドだけは一人前か」
 魔術を扱うには術者の強い意志と、ある程度厳しい訓練が必要になる。魔術師
の中には、自分は他の普通の人間とは違う、特別な人間なんだと勘違いする愚か
者も少なからず居るのだ。
「去年までの、名前だけは一流の教師達とは違うんだけれどね。せっかく本当に
一流の人材に集まってもらったんだが……」
 どこか残念そうな様子のグラン。人材集めには相当の苦労があったらしい。
「学院長。そこであなたにお話」
 どこか悪そうな笑みを浮かべ、グランへと近づくケイオス。
 二言三言、言葉を交わすと、グランの表情も微妙に変化する。
「別に止めはしない。むしろ積極的に推奨しよう。と、言ってもだ。君はあまり
目立つなよ」
 グランの忠告の言い回しに違和感。
「君は、というのは?」
 もともとケイオスが勝手にやろうと思った事。他に誰かが何かをするような話
はしていない。
「せっかくなら学院全体でやる方が良いだろう。連絡は任せてくれて構わない。
だから君はあまり目立つような真似はする必要無いんだ。他のやるべき事がある
だろう」
 グランは悪戯を思いついた子供のように、笑いながら言った。
「あなたも人が悪いですね」
「言うな。礼儀を知らない子供に、ちょっと躾をしてやろうというだけの話だ」
 二人はその後、授業の日程を確認したりと、準備を進めていく。
 あまり長い時間は掛けられない。
 やるなら一気に事を進めたい。
 そんな考えから、決行の為に日程の調整を続ける二人。
「本来の仕事の時より集中している気がしますね」
 そんなケイオスの呟きと共に、その日の夜は更けていった。


 数日後。
 初めて行われる模擬戦に、生徒達は落ち着かない様子で居た。
「今日は初めての模擬戦だが、ここでちょっと対戦の組み合わせについて言って
おく事がある」
 担当の教師から告げられる言葉。
「模擬戦では二人の教師が授業を監督する事になるのだが。特定の生徒との対戦
を行う事となった。対象は模擬戦で優秀な戦績を収めている者。今回はもともと
学院に居た者で、実技の成績の優秀者を各系統から二名ほど選んである」
 いきなりの事の戸惑う生徒。
 だが、教師と手合わせすると言うのは、良い経験となる。
「勝てばそれなりの見返りがあるように検討中だからな。拒否も認めているが、
出来れば積極的に参加して欲しい」
 簡単な説明が終わり、今回参加する二名の生徒が選ばれる。それは、ケイオス
が寮の代表になった事を快く思わなかった生徒だっだ。
 直接やりあうチャンスを得て、当然参加を了承する二人の生徒。
「まずは私からだな」
 最初はケイオスではなく、もう一人の方の教師の出番である。
「どちらでも良いぞ。準備しろ」
 ちなみにこの教師は研究者系の人物である。見た目からは、強そうなどという
感じは一切無い。
「俺から行く」
 生徒の片方が名乗り出る。
「それじゃあ、さっそく一戦目ですね。両者共に準備は良いですか」
 ケイオスが審判として二人の間に立つ。
「では。始めてください」
 開始の合図。
 試合は静かに始まる。
 両者は魔力を高めながらも、様子見の状態だ。
 教師が牽制の為に、自らの魔力を前方に集約させる。一度大きな魔術を見せ、
相手が攻め難いようにするつもりだった。
 だが、その隙に生徒の方が動いた。
「最初から全力だっ。俺の力をこの場の全員に見せ付けてやるぜ」
 生徒の放ったのは雷。一瞬で教師に迫り、そして大きな炸裂音と共に、土煙が
周囲を包む。威力は小さいが、発動から命中するまでの時間が極端に短かった。
「まさかこんなんで終わりじゃないだろ」
 舞い上がる砂煙を睨みつける。
 やがてそこに、面倒そうに砂を払う教師の姿が見えてくる。
「仕方ない。ちょっとだけ真面目に相手してやるからな」
 そう言って、今度は教師が動き始めた。


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