ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
1-18:向けられし刃
 穏やかな日々が続いていた。
 エスティア王国は約十年前からガーデン南部に位置するヴォルグ帝国との戦争
状態に入っていたのだが、二年程一進一退の攻防を繰り広げると、そのまま休戦
となったのだ。
 もともと両国の国境の大部分はグランディアという巨大な山と、その周囲を囲
む大森林と呼ばれる森に隔たれている為、戦火はそれほど拡がらなかった。
 休戦のまま八年近くが経ち、戦争は終わったのだと感じている人も少なからず
いるのだ。
 だが、両国の睨み合いは静かに続いていた。
「陛下。どういう事か説明していただけますか」
 ケイオス達が夜の城へと乗り込んでから二週間ほど経ったある日、国王である
ガレノフに詰め寄る壮年の魔術師が居た。
「城が襲撃されたという話を聞いたのですが」
 それを聞いてガレノフは一瞬だけ表情を強張らせる。
「あれはただの訓練だ。私意外には誰にも知らせずにやったのは少しまずかった
かもしれないが。そうでもしなければ訓練にならないと思ってな」
 笑いながら話すガレノフに、周囲は僅かに違和感を抱く。
「笑い事ではありません。城内には少なからず混乱が生じ、大きなものではない
とは言えども、怪我人も出たそうではありませんか」
 ケイオス達の襲撃に関して、城の者達には訓練だったと説明されたが、それを
そのまま信じた者ばかりではなかった。
「陛下は何かを隠しておられませんか」
 追求する魔術師に対し、ガレノフは冷たい視線を向ける。
「フォボス。おまえは魔術学院の事を考えていれば良い。余計な事に関わる必要
は無いだろう」
 厳しい声と表情に、周囲に緊張が走る。
「聞けばオーベルやシャーリーですら襲撃者には敵わなかったとか。そのような
力を持つ人物の事を知らないというのは不安があるのですよ」
 だが全く意に介する事無く話を続ける魔術師。この魔術師こそがヒュペリオン
魔術学院の学院長である、フォボス・ダイアノスだった。
「仕方が無いな。フォボス以外の者は外に出ろ。二人だけで話がしたい」
 その言葉に周囲の人間が外へと出て行き、広い玉座にはガレノフとフォボスの
二人だけが残された。
「貴様は何者だ」
 フォボスの第一声がそれだった。
 目の前のガレノフに対して、全く敵意を隠そうともしない。
「結構上手く騙せていると思ったんですけどね。流石に魔術師の眼は誤魔化せま
せんか」
 溜息と共に空気が揺らぐ。
 次の瞬間、玉座に座っていたのはガレノフでは無く、一人の少年だった。
「お久しぶりです。フォボス・ダイアノス。私の事を憶えていますか」
 笑みを浮かべるケイオス。フォボスはその姿に寒気を憶えていた。
「誰だ……私は貴様など知らん。それより陛下はどこに居るのだ」
 フォボスは辺りを見渡すと、途中で違和感を感じ壁の一点に視線を向ける。
「そこか」
 無造作に腕を振るフォボス。
 放たれたのは力の込められていない魔力。だがそれは、その場所に元から在る
魔力を乱すには十分な量だった。
「陛下っ……」
 姿を現したのは縄で縛られたガレノフだった。黙ったまま、静かに床に座らせ
られている。
「陛下に何をした」
 ケイオスは何も答えず、ただゆっくりとガレノフに手の平を向ける。
 作られる氷槍。そしてそれは躊躇無く放たれる。
「なっ……」
 言葉を失うフォボス。
 氷槍はガレノフに深々と突き刺さっていた。
 その口元から血が溢れ、後ろへと体が倒れる。
 ぴくりとも動かないガレノフ。あまりにもあっけない死の形がそこにあった。
「フォボス。あなたは誰の味方ですか。エスティアか、それともヴォルグか」
 ヴォルグ。その名前を聞いてフォボスは冷静さを取り戻す。
「成る程。貴様はヴォルグから来たと言う訳か。私に全てを任せてくれるのでは
無かったのかな。それとも私はもう不要だとでも」
 明らかな不快感を示すフォボス。だがケイオスは全く意に介す事は無い。
「私はあなたの真意が聞きたいだけですよ。それがどのような答えであろうとも
私のすることは変わりません。ただ周りには色々と五月蝿い人もいますからね」
 フォボスは息を呑む。
 目の前にいる少年に逆らうのは得策ではないと本能で感じていた。
「私は地位には興味は無い。必要なモノさえ手に入れば、あとは貴様等の好きに
してもらって構わん」
 その答えに満足そうに頷くケイオス。だが、フォボスはそこから不吉なものし
か感じられなかった。
「それはヴォルグ帝国がエスティア王国をどうしようとも構わないと。つまりは
そういう事でよろしいですね」
「だからさっきからそう言っているだろう」
 そう言い捨てた瞬間、目の前の光景にフォボスの頭は真っ白になる。
「貴様の考えは、しかと聞かせてもらったぞ」
 床に倒れたガレノフ。その隣に、無傷のまま立つ王の姿が在った。
「馬鹿な……」
 目の前に立っているのは紛れも無い本物のガレノフ。では倒れているのは一体
誰なのか。フォボスがそこまで考えた瞬間、魔術による偽りの姿が消え、一人の
女性が姿を現す。
「自分の体を貫かれるのはあまり気分が良いとは言えないわね」
 言いながら無造作に氷槍を体から引き抜くと、そのまま床へと投げ捨てた。
 飛び散った様に見えた血も、辺りを汚す事無く霧散してしまう。赤く染まった
口元も一拭いで綺麗になり、血で濡れた服も一瞬で元通りになった。
「リズ。ありがとう。おかげで予想以上に上手く事が運んでくれた」
 ケイオスは笑顔を作ってそう言った。
 それはフォボスにとっては不気味にしか感じられなかった。
「貴様は一体……」
 いつでも戦闘に入れるように身構えながらの問い。その視線は正面のケイオス
とガレノフの両方を警戒している。
「私の名前はケイオス・アストライア」
「アストライア……だと……」
 その名に即座に反応するフォボス。
「与えられた役目に従い、あなたを処分させていただきますよ」
 ケイオスはそう言ってフォボスに剣を向けた。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。