難しいラッキーアイテム
「ねぇ知ってる? ラッキーアイテム占い!」
「なにそれ。あんたまた変なサイト見つけたの?」
私の趣味はネットサーフィン。暇を見つけてはスマートフォンをいじり面白いサイトを見つけてカナに報告している。
私はいつも通り興味なさそうな顔をしたカナにスマホを差し出した。
「ふふ、今ネットで話題になってる占いサイトよ。すっごく当たるって評判なんだから」
「へぇ……ちょっと待って、なにこれ」
カナは私のスマホを一瞥するや小さく噴き出した。
「シンプルすぎるわ。こんだけザックリしてたらそりゃあ当たるでしょうよ」
スマホに表示された画面には『今日の運勢 吉』としか書かれていない。
私は慌てて画面を指でなぞる。
「違う違う。そこはぶっちゃけどうでも良いの。大事なのはその下よ」
「下?」
画面をスクロールさせると、また新しく文字が出てきた。
「ラッキーアイテム:ラフレシアの花」と書いてある。カナはそれを見て首をかしげる。
「ラッキーアイテム……ラフレシア? そんなもん一般家庭にあるわけないじゃん」
「一般家庭どころの話じゃないわ。ラフレシアって栽培は不可能。見るにはジャングルに行くしかない上になかなか花を咲かせないの」
「ふうん……そうなの」
「ちょっと、興味なさそうな顔しないで! あのね、ここに書かれるラッキーアイテムはちょっとやそっとじゃ揃えられないものばかりなの。でもそれをどうにかして揃えられればその人に幸せが訪れるのよ!」
「へぇ……とはいえ、ラフレシアは無理でしょ」
「ラッキーアイテムは日替わりだから揃えるチャンスのある時に幸運を掴むの! 白いハンカチだの赤い車だのぬるいラッキーアイテムに幸運を掴む力があるはずないでしょ!?」
「な、なるほど……」
「よし、じゃあスマホ貸して!」
「ええ?」
私は鮮やかな手つきでカナのスマホを奪い、素早く画面をタッチしていく。
「ええと名前を入力して……おっ、大吉だ」
「ちょっとまた勝手に」
「ラッキーアイテムはー『彗星を見る女の贋作』……? なんだろ、これ。ええと検索検索っと」
画像検索の結果カナのスマートホンに映し出されたそれは綺麗な星空とそれを眺める女性の描かれた絵画であった。
「これのニセモノってことだよね。日本の画家が描いた絵みたいだけど……」
カナはスマートホンを手に取り、しばらくそれを見た後ポツリとつぶやいた。
「あ、これ見たことある」
「えっ!?」
「家の蔵に……あったような。確かおじいちゃんが人にもらったんだけど、鑑定に出したら贋作だって言われたとかなんとか」
「えーッ! だったら幸運つかめるじゃん! あんた今日絶対その絵を見に行きなさいよ!」
「う、うん」
一ヶ月以上毎日このサイトを見ているのに一回もラッキーアイテムを用意できたことがない人もいるというのに、カナはなんと幸運なのだろう。
そして次の日、カナは私にさらなる幸運を見せつけることとなった。
「蔵から小判でてきたッ!!」
朝、学校に来たカナは開口一番そう言った。
あまりに唐突で、私はその短い文を咄嗟に理解することができなかった。
「えっ……こ……小判? えっ、それってあの小判? 山吹色のお菓子ってやつ?」
「うん」
「本物? 金メッキとかじゃなくて?」
「うん、純金」
「……えっ!!」
よくよく話を聞いてみたところ、ラッキーアイテムである『彗星を見る女』の贋作を探そうと蔵に入ったところ、小判の入った木箱を見つけたのだという。
「すっごい臨時収入だよ! 本当にあの占い当たるんだね」
「ほんと……私もまさかこんな露骨な幸運がやってくるとは思ってなかったよ。そうだ、カナの家の小判見せてよ! 本物の山吹色のお菓子ってやつを見てみたい!」
「ああ、ごめん。実は放課後は予定があって」
「あらそうなの? 残念。予定ってなにがあるの?」
「今日のラッキーアイテムがクジラの胆石で、それを見に博物館へ行くの。早退するから今度ノート見せてくれる?」
「うん……えっ?」
それからカナはすっかりラッキーアイテム占いにのめり込んでしまった。彼女の生活は占いを中心としたものに変わり、ラッキーアイテムの為に西へ東へ走り回って学校を休むことも厭わない。
彼女のためにとっておいたプリントでファイルがパンパンになってしまう始末だ。
ある日珍しく学校に来た彼女にファイルを渡し、それと一緒に苦言も呈した。
「カナ、占いも良いけど学校をないがしろにしすぎだよ。このままじゃ留年しちゃう!」
「……ああ……うん」
まさに暖簾に腕押し、糠に釘。
彼女は心ここにあらずと言った風にどこか遠くを見ている。
「ちょっと、聞いてる?」
「……あのね、これ見て」
彼女は私の言葉を遮り、スマートフォンを手渡した。
言われた通り見てみるとまたあの「ラッキーアイテム占い」のサイト。半分呆れながらスマホを突き返す。
「もうこれ止めなって」
「……あのね、今回のラッキーアイテムは『彗星を見る女』なの。前は贋作だったけど、今回は本物」
「それを見に今度はどこの美術館に行くっていうの? 北海道? 沖縄? それとも外国?」
「彗星を見る女は個人所有で美術館にはないの」
「ふうん、そう……ちょっと待ってあんたまさか」
嫌な考えが浮かんで私は顔を青くさせた。
カナはそれを悟ったように笑みを浮かべる。
「彗星を見る女の贋作は私の初めてのラッキーアイテムだし、きっとそれを見れば凄い幸運を手に入れられるとおもうの。でもリスクが伴うし……今日はお別れをと思って」
「ええッ!? ちょっとなによお別れって! 馬鹿な事はやめて」
「ごめんなさい! そしてさよなら!」
「ちょっとカナ!?」
カナは学校を飛び出してそのまま戻らなかった。
家宅侵入で捕まったと知らされたのはその翌日の事だ。
予感は的中した。あの絵画を見るため……もしかしたら盗むため一般家庭に忍び込んだのだ。
私はカナの軽率な行動に心底呆れ、同時に酷い罪悪感に苛まれた。
元はといえば私がカナにあのサイトを教えたのが悪かったのだ。私が余計なことをしたばかりにカナは今檻の中にいる。
そう考えると居ても立ってもいられなくなり、私はカナに会いに行くことにした。
塀の中のカナは、私の想像していた三十倍くらい元気そうだった。
「……なんで捕まったのにニヤニヤしてんの?」
そう聞くと、カナは締りのない頬を手で揺らしながら首を傾げた。
「えへへー。実はね、忍びこんだ部屋にいた男の人がめっちゃイケメンでねー?」
ああ、こいつはもうダメだ。占いに脳を食い荒らされてしまっている。
私は顔を緩ゆるにした彼女を冷ややかな目で見ながら心の内で合掌をした。
数ヶ月後。
何故か私は教会にいた。
お祈りに来た訳ではない。結婚式の参加者として教会の椅子に座っているのだ。
ウェデングドレスを着て壇上にいるのはカナ、その隣にいるのは例の絵画の持ち主である。
なんでも忍びこんだカナに一目惚れをして両親の大反対を押し切り結婚にまで漕ぎ着けたとか。
これでまたカナはラッキーアイテム占いにますますのめり込むことだろう。そういつまでも幸運は続くだろうか?
私は複雑な感情を抱きつつもカナに拍手を送った。
「はーい、それではブーケトス行きまーす」
「こんなもの貰ってもなぁ……」
紙袋からブーケを取り出しポツリと呟く。
受け取るつもりもなかったのだが、私の腕の中に飛び込んできたのだ。
花嫁の投げたブーケを受け取った者は次に結婚することができると言う。これもいわばラッキーアイテムの1つだ。
「ラッキーアイテム、ね」
私はおもむろにスマホを取り出し、久々に「ラッキーアイテム占い」のサイトへ飛んだ。
カナが占いに翻弄されてから見るのを辞めていたが、これを機にまた始めるのも良いかもしれない。
「ええとラッキーアイテムは……花嫁のブーケ?」
その時、横に座っていた若い男性が笑顔で私に声をかけてきた。
「綺麗な花ですね、それ」
「!!」
どうしよう……今度は私がハマっちゃいそう。